![]() ![]() |
心の鬼(こころのおに)
|
作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/9/11 9:29:27 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
|
これお糸ちよつと見いな、あの桜の奇麗に咲いた事なア、もう二三日後れると、散りかかるところやつたぜ。
さうどすなア、いつも十五六日頃どすけれど、今年はちつと早かつたと見えますなア。 さうやどこで休もな、三軒家あたりがてうどよいのやけど、あまり人が込んでるさかい、どこぞ外の処で。 とは茶代の張るを厭ひてなるべし。折からとある茶屋の これはこれはお糸さん、あなたも今日はお花見どすか。可愛らしいお子様の、いつの間にお出来やしたの。
ちよつと庄太郎に会釈して、愛想よし。お駒の頭撫でなどするを、苦々しげに見てをりし庄太郎に、お糸は少しも心付かず、 ほんにあなたは幸之介様でござりましたへな、ついお見それ申しまして失礼を致しました。わたしもただ今では糸屋町の、近江屋といふ家に居りますさかい、お夏さんにもちとお遊びにお出やすやうに。
通り一遍の世辞をいひたるなれど、庄太郎は例の心より、たちまちこれが気にかかり。 今の人はえらひええ男やな、お前心易いと見えるな。
疑問の ヘイあのお方は、わたしの小学校へ行てました時分の友達の兄さんで、あの人もやつぱりおんなし学校へ行てはつたのどす。
フムそれだけか。 ヘイさうどす。 それにしてはお前の顔がをかしかつたぜ。それ位の事であんな赤い顔をしたのか、妙な笑ひやうをしてたやないか。 あまりの事に、お糸も少しムツとして、 別に赤い顔をしたという訳もおへんやないか、そらあんた誰でも女子といふものは、人にものをいふ時には、ちつとは笑顔をしていふものどすがな。別にあの人に限つて笑ろうたのやおへん。
素気なくいひ放ちたるに、それより庄太郎の気色常ならず、せきかくの花見もそこそこにして、帰りは合乗車といふは名のみ。面白からぬ心々を載せたればや、とかくに二人が擦れ合ふのみにて口も利かねば、たまたまの事にまた旦那が箱やを起こして、ほんに陰気な事やつたと、下女も丁稚も ヘイ郵便が参りました。
と お糸それはどこからの手紙じや。
きのふ逢ひました人の妹よりといはむは、いとも易き事ながら、前夜より口を利かざりし人の、すさましく問ふ気色さへあるに、ふと今日の不機嫌もその人の事にはあらぬかと心付きては、何となく隠したる方安全らしく思はれもして、 ヘイ友達の処からの手紙でござりまする。
フム昨日の人の妹か。 いいえ。 つがひたる一矢は、はや先方の胸を刺したり、かかる事に注意深き庄太郎の、いかでかは昨日夏と聞きし名の、その封筒に記されたるを見 フムそれに違ひないか。
ヘイほんまでござります。 勢ひ確答を与へざるを得ずなりしお糸、庄太郎はクワツと怒りて立上り、 おのれ夫に隠し立するなツ。
いふより早し肩先てうと蹴倒し、詫ぶる詞は耳にもかけず、力に任せて お前のやうな不貞なものは、ちよつとも家に置く事は出来ぬ。たつた今出て行けツ。
血相も変はりて、逆上したるらしき庄太郎、これもこなたの常なれど、不貞の名を負はされては、お糸も ど、どうぞその手紙を見ておくれやす。け、決して悪いつもりで隠したのではござりませぬ。あんまりあんたの、お疑ひが怖さに……
ナ何というた、おれが疑深ひ――おのれツ人にあくたい 怒りはますます急になり、今は太き火箸を手にしての乱打。 サア出て行かぬか、何出る事は出来ぬ、出ぬとて出さずに置くものか。
勢ひすさまじく飛びかかり、十畳の間をかなたこなたへ追ひ廻す騒ぎも、広き家とて、始めは台所のものも気付かざりしが、あまりの物音にやうやく駈け来りたる下女三人、 マ……旦那さんお待ちやす、お糸さん早うお断りおいひやす、どうぞ旦那さん旦那さん。
おづおづとして止めてゐたれど、庄太郎の暴力とても女の力に及ばざれば、側杖喰はむ恐ろしさに、下女等は店へ駈け付けて、若い者呼びさましたれど、これは日頃覚えあれば出も来ず、男の顔見せてはかへつて主人の機嫌損はむと、いづれも寐た振して起きも来ず。お糸も今はその身の危さに、前後を顧ふに 誰でも彼でも、断りなしにお糸を内へ入れたものには、きつとそれだけの仕置をするぞ。
わめき散らして立去りたる後は、家内 ハ……出て行けといふのは男の癖やがな、それを正直に出るといふのがお前の間違へじや。そのままあやまつて寝さへすれば、
事もなげにいはれてみれば、泣顔見するも恥づかしけれど、お糸は更にさる無造作なる事とは思はず。さはいへこれこれでと打明けむは、いかに叔父甥の間柄とはいへ、夫の なるほど承つてみますれば、そんなものでござりまするか存じませぬが、何分にも今晩のうちの人の立腹は
と声を顫わせ頼むけしき、容易の事とも思はれねば、叔父もやうやく納得して、 それでは私が送つてやろ、おおもう十二時は過ぎたのや。家で一晩位泊めてもよいのやけど、なんぼ甥の嫁でも人の女房、断りなしに泊めても悪かろ、そんなら今から。
煙草入腰に これはこれは伯父様どうも夜中に恐れ入りまする、お糸のあはうめが正直に、あんたとこまで行きましたか。ほんまに仕方のない奴でござりまする。ほんの一と口叱つただけの事で。
一言を労するにも及ばぬ仕儀に、叔父はそれ見た事かといはぬばかり、お糸の方を顧みて苦き笑ひを含みながら、 おおかたそんな事やろと思うたのやけど、お糸が泣いて頼むものやさかい、よんどころなくついて来たのじや。――がマア痴話もよい加減にして人にまで相伴させぬがよい。
日頃庄太郎の仕向けを、快からず思へるままに、少しは冷評をも加へて、苦々しげに立去りぬ。跡にはお糸叔父の手前は面目なけれど、まづ夫の機嫌思ひの外なりしを何よりの事と喜びしに、これはただ叔父の手前時の間の変相なりしと見えて、叔父が帰りし後はまたジリジリと責めかけて、 なぜお前は、日頃心易くもない叔父さんの許へ逃げて行く気になつたのじや。ただしおれの留守に叔父さんと心易くした事があつてか。
さすがに再び手
|
![]() ![]() |