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その第三十四番てがらです。
事の起きたのは九月初め。
公儀でお差し立ての分が毎年三
特志で見回っているのが同様三艘――。
そのほかにもう一つ、秋がふけるとともに繁盛するものがある。質屋です。衣がえ、移り変わり、季節の変わりめ、年季奉公の変わりめ、中間下男下女小女の出入りどきであるから、小前かせぎの者にはなくてかなわぬ質屋が繁盛したとて、なんの不思議もない。
しかし、不思議はないからといって、伝六がこの質屋に用があるとすると、事が穏やかでないのです。
「いいえ、なにもね。あっしゃべつにその貧乏しているってえわけじゃねえんだ。これもみんな人づきあいでね。物事は何によらず人並みにやらねえとかどがたつから、おつきあいに行くんですよ。え? だんな。だんなは何もご用はござんせんかい」
「バカだな」
「え……?」
「えじゃないよ。きょうは幾日だと思ってるんだ」
「まさに九月九日、だんなをめえにしてりこうぶるようだが、一年に九月九日っていう日はただの一日しかねえんですよ」
「あきれたやつだ。そんなことをきいているんじゃねえ、九月の九日はどういう日だかといってきいてるんだよ」
「決まってるじゃござんせんか。菊見のお節句ですよ」
「それを知っていたら、今もう
「じつあそいつに遅れちゃなるめえと思って、ちよっとその質屋へね」
「質屋になんの用があるんだ」
「べつに用があるというわけじゃねえんだが、ちょっとその、なんですよ、じつあ一
「曲げたのかい」
「曲げたってえわけじゃねえが、ついふらふらと一両二分ばかりに殺してしまったら、それっきり質屋の蔵の中へはいっちまったんですよ」
「それなら、やっぱり曲げたんじゃねえかよ。バカだな、なんだってまた一両二分ばかりの金に困ったんだ」
「いいえ、金に困ったから入れたんじゃねえんですよ。ふところにゃまだ三両あまりあったんですが、今も申したとおり、みんなが相談したように質屋通いをするんでね、ものはためし、近所づきあいにおれもひとつ入れてみてやろうと思って、一両二分に典じたら、あとが変なことになりやがったんですよ。なんしろ、ふところの金と合わすと、五両近くの大金ができたからね、すっかり肝がすわっちまって、吹き矢へ行こう、玉ころがしもやってみべえ、たらふくうなぎも拝んでやろうと、浅草から両国へひと回りしてみたら、きんちゃくの中がぽうとなりやがって、いつのまにか、かすみがかかっちまったんだ。べつになぞをかけるわけじゃねえんだがね、どうですかい、だんな、だんなは何か質屋にご用はねえんですかい」
「あいそがつきて、ものもいえねえや。だんなはご用が聞いてあきれらあ。つまらねえなぞばっかりかけていやがる。なんのかのといって、これがほしいんだろう。よくよくあいそのつきるやつだ。しようがねえから、三両やるよ。早くいって出してきな!」
「うへへ……かたじけねえ! 話せるね、まったく! ちょいとひとなぞ遠まわしに店をひろげると、たちまちこのとおり、ものがおわかりあそばすんだからな。だんなさまさま大明神だ。だから、女の子がぽうっとくるんですよ」
「ろくでもねえおせじをぬかすない! とっとといってくりゃいいんだよ。おいらさきに行くから、あとから来るんだぜ。いいかい、柳橋の川増だ。とち狂って、また吹き矢や玉ころがしに行っちゃいけねえぜ」
「いうにゃ及ぶだ。殺した一
ときあるごとに何か一つずつ事を起こさないと納まりのつかない男です。伝六を残してひと足さきに右門がその柳橋の川増へ行きついたときはちょうど六ツ。
与力、同心、
まもなく酒が運ばれました。
しかし、どうしたことか、とうにもう来なければならないはずなのに、伝六がなかなか姿を見せないのです。
「おかしいのう。これよ、女」
「なんでござんす」
「川増というのは、このあたりでこのうち一軒であろうな」
「いいえ、あの……」
「まだあるか?」
「ござります」
「なに! ある!――やはり料亭か」
「いいえ、絵双紙屋でござんす」
「アハハハハ。ほかならぬあいつのことじゃ。うちをまちがえてはいって、いいこころもちになって絵双紙でも見ておるやもしれぬ、ご苦労だが、ちょっと見にいってくれぬか」
「かしこまりました。お名まえは?」
「伝六というのだが、顔を見ればひと目にわかる。つら構えからしてにぎやかにできておるからのう。ひと走り様子見にいってくれぬか」
「ようござんす。みなさまこのとおりご陽気になっていらっしゃるんだから、おりましたら、首になわをつけてひっぱってまいりましょう」
十中八、九いるだろうと思って心待ちにいたのに、だがまもなく帰ってくると、それらしい男の影も姿もないという報告でした。
不審に首をかしげているとき、帳場の者があわただしくあがってくると、とつぜん不思議なことをいって呼びたてました。
「あごのだんなさまというのは、どなたさまでござんす?」
「あごのだんな?」
「急用じゃと申しまして、ただいま
「アハハハハ。あごのだんななら、あれじゃ、あれじゃ。あのすみであごをなでている男じゃ」
もちろん、名人のことです。さし出した書面をみると、おらのあごのだんなへ、と書いてある。裏には伝とまたがったような字を書いて、中がまたみごとな金くぎ流でした。