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――その第二十二番てがらです。
場所は少しく飛んで、いわゆる江戸八宿のうちの一つの新宿。竹にすずめは
しかし、事ご番所の公務となると、犯罪は地震と同様、いつなんどき、どこから揺れてくるかわからないので、夢まどろにいつものごとく控え室に陣取りながら、うつらうつらとあごの下に手の運動をつづけていると、今いったそのなまめかしい朱ぶさの文筥が、とつぜん内藤駿河守のお下屋敷から届きました。あまつさえ、中に書いてある文言が、たいそうもなくよろしくないのです。
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右門捕物帖(うもんとりものちょう)22 因縁の女夫雛
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-7 9:34:50 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 | ||||||||||
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右門捕物帖因縁の女夫雛佐々木味津三1 ――その第二十二番てがらです。 場所は少しく飛んで、いわゆる江戸八宿のうちの一つの新宿。竹にすずめは しかし、事ご番所の公務となると、犯罪は地震と同様、いつなんどき、どこから揺れてくるかわからないので、夢まどろにいつものごとく控え室に陣取りながら、うつらうつらとあごの下に手の運動をつづけていると、今いったそのなまめかしい朱ぶさの文筥が、とつぜん内藤駿河守のお下屋敷から届きました。あまつさえ、中に書いてある文言が、たいそうもなくよろしくないのです。 「取り急ぎひと筆しめしまいらせそろ。いまだお目もじつかまつらずそうらえども、ご高名はつとに拝承、ぜひにもお力借りたき大事
書き出しのひと筆しめしまいらせそろというあたり、結句のおしのびにてうんぬんかしこといったあたり、春情春意おのずから整って、いかな君子人が読んだにしても、そのなまめかしさ、いろめかしさ、あきらかに差し出し人は女性であることを物語っていたので、聖人君子にはおよそ縁の遠いわが伝六が、伸び上がり伸び上がりうしろから盗んで読んで、ことごとく
「たまらねえな。陽気がぽかついてくるてえと、ものごとがこういうふうにはずんでくるんだからね。どうです? まあ、この字の行儀のよさというものは――。見ただけでもほれぼれするじゃござんせんか。お将軍さまが召し上がる目刺しだっても、これほど行儀よく頭をそろえちゃおりませんぜ。べっぴんですよ! べっぴんですよ! この字の書きっぷりじゃ、きっと大べっぴんですぜ」 「うるさいよ」 「え……?」 「耳もとでガンガンとうるさくほえるなといってるんだ。おまえのようなあきめくらがのぞいたっても、犬が星をみるようなものなんだから、尾っぽを巻いておとなしくかしこまってな」 「ちぇッ。あきめくらとはなんですかい! なんですかい! いかに伝六が無学文盲だっても、このぐれえの色文なら勘だけでもわかるんだ。これが世間にほまれのたけえ水茎の跡うるわしき でないにしても、なよやかにほっそりとした美しい文字のぐあいでは、少なくも若い女性であろうと想像されたのに、しかし名人の目のつけどころ、 「せっかくお楽しみのようだが、このご用主はおばあさんだぜ」 「何を途方もねえことおっしゃるんですかい! だから、女ぎれえは自慢にならねえというんですよ。はばかりながら、色模様にかけちゃ、あっしのほうがちょっとばかりご無礼しているんだからね。あらあらかしこなぞと若々しい止め文句を使う年寄りのばんばあが、どこの世界にあるんですかい。論より証拠、行ってみりゃわかるんだ。いらっしゃい! いらっしゃい! すぐさまご入来願わしくとあるんだから、早いところおいでなさいましよ」 素足に 「あッ、ようこそ。ご隠居さまがさきほどから、まだかまだかと、たいへんにお待ちかねでございますゆえ、お早くどうぞ――」 門のところから若党ふうの小者があわただしげに顔を出して、あきらかにご隠居さまといいながら、その間も待ち遠しいように、屋敷のうちの木立ちがくれになったお組屋敷の一軒へいざなっていったものでしたから、女のことにかけては大きに目の肥えているはずの伝六が、すっかりかぶとをぬいでしまいました。 「へへえね。ちっとばかりあきれたな。当節のご隠居さまは、血の道がおかれあそばしましても、ひと筆しめしまいらせそろなんて、いろっぽいお手紙をお書きなさるのかね――」 「なんです? どこかにご隠居さまが書いたっていう判じ絵でもあるんですかい」 「あいかわらず手数のかかるやつだな。このご書面の紙をみろな。もみくちゃになったやつを、火のしかなんかで伸ばしたようなこじわが、たくさんついているじゃねえかよ。いろけ盛りの若い女だったら、こんなつましいまねはしねえもんだよ。お年寄りだからこそ、捨てるももったいないと、丹念にしわをのばして、巻き紙に使ったんだ。目を変えろ、目玉をな。ねずみおどしにぴかぴか二つ光らしているんじゃねえんだから、今度ついでがあったら、神田の 着眼するところ、つねにかくのごとく細密鋭利、しかも相手がまたことばのとおり、懐紙一枚たりともむだにはしまいと思われるような七十あまりの、一見するに内藤家老職のご後室さまといったようなみだしなみも好もしい切り下げ髪のお上品なご隠居さまでしたから、その 「お忙しいところを、ようこそいらせられました。当屋敷の ことばゆかしく 「盗難にお会いなすったのでござりまするか」 「いいえ、それだけのことなら、わざわざお呼びたてすることはござりませぬが、ちとこみ入っておじゃりますのでな、これなる雛のいわれから先にお話しいたしましょう――」 うれわしげに老眼をしばたたきながらこまごまと語りだしたところによると、いかさま少々どころか、大いにいわれ因縁のある雛でした。――ご後室に春菜という孫娘があって、これがちょうど十八歳、内藤小町とうわさが高いほどな美人だそうなが、七つの年に同家中の重役古島 「それゆえ――」 ご後室は悲しげに目をうるませると、悲しげに声をおとしながら訴えるのでした。 「こちらでは夢にも知らないことでおじゃりますのに、古島様親子はこのように申されて、ことのほかご立腹あそばされたのでおじゃります。知ってしたことならなおのこと、たとえ盗難にかかってのことであろうと、 いいつつ目をしばたたきながら、孫思うご後室は、身も世もないというように、老いのしずくを払い落としました。無理はない。小町娘の愛孫が一生一度の契りごとにかかわる大事とすれば、おぼれる者のわらのように、必死とわが 「ちとこれは久方ぶりでなまめかしゅうなったかな――」 いうように、名人は目に微笑を浮かべながら、じろじろと問題の男雛を見ながめていましたが、まず事はそれから確かめるが第一と、至極静かにきき尋ねました。 「では、なんでござりまするな。こちらの雛をお飾りなさるときは、十二年このかた預かっている男雛に相違ないとお思いなすって、お飾りあそばしたのでござりまするな」 「ええ、もう相違ないどころか、形も同じ、着付けも同じ、しまったところも去年のままで、なにひとつ変わった個所も、疑わしいところもおじゃりませんなんだゆえ、娘もわたくしもこれがにせものであろうなぞとは夢にも知らずこうして飾りましたところ、古島のててごさまが不意にびっくりなさいまして、これは偽物じゃとおっしゃりましたゆえ、てまえどももぎょうてんしてお尋ねいたしましたら、何から何までほんものそっくりにまねて作ってはあるが、着付けの こころみに取りあげて手に触れてみると、いかさまのりけたくさんの手ざわりからしてがよろしくない 「ほほう。なるほど、おっしゃるとおり、近ごろでこしらえた新品のようでござりまするな。そういたしますると、すり替えられた真物というは、よほどのご名品でござりましたろうな」 「ええ、もう名品も名品も、内藤家の古島雛と評判されている逸品じゃそうにおじゃります」 「なるほど、さようでござりましたか。いや、それならばてまえも耳にしたことがござります。内藤家の古島雛に、 「盗難じゃとおっしゃるのでおじゃりまするか」 「ではなかろうかと考えるのが事の順序かと存じます。これが世間にもざらにある安物の 「十八の年の五月五日が来たら、という約定でおじゃりますゆえ、もう目前に迫っているのでおじゃります」 「なるほど、なかなかゆかしいお約束でござりまするな。 「は、よろしゅうおじゃります、と申しあげたいのでござりまするが、それが、じつは……」 「いかがあそばされたのでござります」 「どうしたことやら、騒ぎが起きるといっしょに、どこかへ姿が消えたように、見えなくなったのでおじゃります」 「えッ――」 名人はおもわず声を放ちました。名宝なればこそ、まず十中八、九ただの盗難であろうと言いきったばかりのときに、意外や突如として、新しい疑問と新しい不審がわき上がったからです。 「ふうむ。ちとこれはまた少しこみ入ってまいりましたな。どのようなご様子で見えなくなったのでござります」 「古島様親子がご立腹なすっているさいちゅうに、なにやら悲しそうに顔色を変えて、ふらふらと奥庭のほうへ出てまいりましたゆえ、思いつめてなんぞまちがった考えでも起こしてはと、腰元の 「容易ならぬことになりましたな。ようござります、なんとか力を傾けてお捜し申しましょう。では、お多根どのとやら申されるそのお腰元を、ここへちょっとお招きくだされませな」 「ところが、その多根もいつのまにやら、ふいっと消えてなくなったのでおじゃります」 「なんでござります! お腰元もいなくなりましたとな! ふふうむ! いよいよこれは事がむずかしくなりましたな。いなくなりましたのは、いつごろでござりました」 「手分けして春菜を捜しているさいちゅうに、多根がまたうち沈んだ様子で、同じようにふらふらと奥庭のほうへ出てまいりましたゆえ、若党にすぐさまあとを追わしましたところ、やはりもういなかったそうなのでおじゃります」 「お年はいくつぐらいでござりました」 「一つ下の十七でおじゃります」 「気だては……?」 「やさしゅうて、すなおで、かわゆらしゅうて、そのうえ主人思いの、なにひとつ非の打ちどころもない子でおじゃりますゆえ、春菜もいっそほんとうの妹にしたいと、口ぐせに申していたくらいでおじゃりました」 名人は聞き終わるとともに、じっと ふたりはしめし合わせて姿を消したのであるか? それとも、別々の理由からいなくなったか? あるいはだれか背後に糸を引く者でもあったか? もしくは、ふたりともさらわれていったか? いずれにしても、もちろん、雛そのものにふたりのいなくなった原因があるに相違ないのです。しかも、原因のその雛がまた尋常一様の雛人形ではないのだ。因縁の雛、恋の思い雛、行く末かけてと七つの年から誓い祭り飾りつづけた契りのしるしの片雛であるうえに、あまつさえすり替えられた真物は、天下三宝の一つと名を取ったゆゆしき名品なのです――。これでは考えざるをえない。考えまいとしても考え込まざるをえない。どこから知恵のふたをあけて、この容易ならざるなぞを解いていったらいいか? 黙々沈々、石のごとく冷静に、おしのごとくおし黙りながら、長い間まなこをとじて考えつづけていましたが、そろり、そろりとあの手があのあごのあたりへ散歩を始めたかと思われたせつな! なぞを解くべき銀のかぎが見つかったとみえて、美しく静かな微笑がのぼると、いともたのもしいことばが漏れました。 「なに、それほども心配したことはござりますまいよ。しばらくこのにせものの雛をご拝借願いましょうかな。では、またのちほど――」 こわきにするや、すうと表へ。――表がまた憎らしいくらいな桃びよりです。見るもの、きくもの、うらうらとうららかににおやかな春でした……。
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