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右門捕物帖(うもんとりものちょう)22 因縁の女夫雛

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-7 9:34:50 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


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 すうと門をはいって、すうと木立ちをくぐり、あごをなでなでご後室の隠居住まいにはいっていった名人の姿を知って、待ちかねたように出てきたのはそのご後室です。
「どうでおじゃりました。だめでおじゃりましたか」
「いえ、どうやらめぼしがつきましてござりまするが、そのかわり」
「なんでおじゃります」
「おひざもとからとんだ悲しい科人とがにんを出さねばなりませんぞ」
「だれでおじゃりましょう。科人とやらは、だれでおじゃりましょう」
「お多根どのでござります」
「えッ――。でも、あの子が、あの子にかぎってそのような」
「ごもっともでござります。美しい子なら美しいだけに、そのような悪事はいたすまいとお思いでござりましょうが、疑うべき証拠があがってみれば、やむをえませぬ。擬物の男雛をあつらえてこしらえさせたことまでわかりましてござりますゆえ、念のため、お多根どののおへやを拝見させていただきましょうよ」
 しかるに、その居室へいってみると、これがはなはだよろしくない。一点の非も打ちどころがないと折り紙ついた当人ならば、万事が整然と行き届いていなければならないはずなのに、器具調度があちらこちらに乱れ散っているばかりか、たんすの引き出しが開いたままになっていたものでしたから、ぴかりと名人の目が光りました。
「お多根どのは、あなたさまがだいぶおほめのようでござりましたが、このふしだらはどうしたのでござります」
「いえ、これはほんの先ほど兄の敬之丞けいのじょうが参って、なにやらお多根に預けた品があるとか申し、捜して持ち帰ったようでおじゃりますゆえ、そのためこのように散らかしたのでおじゃりましょうよ」
「なに! お多根どのに兄がござりますとな! 兄はどのような男でござります」
「これもけっしてけっして疑うべき男ではおじゃりませぬ。今はろくに離れまして、この近くに浪人住まいをいたしておりますが、家内の者同様に、ときおり屋敷へも参り、よく気心もわかった善人でおじゃりますゆえ、あれにかぎってはご詮索せんさくご無用におじゃります」
 しかし、事実がこれを許さないのです。妹に預けておいた品というなら、兄自身のものでなければなるまいと思われるのに、持ち出していった品々は、妹多根の髪道具らしいもの、化粧用の品々、着物もたしかに二、三枚あいている引き出しの中から抜きとっていった形跡があったので、名人の声がさえました。
「とんだ善人のおにいさまさ。ねえ、大将!」
「フェ……?」
「べっぴんびいきのおまえさんは、さぞ耳が痛いことでござんしょうが、とかく美人と申すしろものが、外面如菩薩げめんにょぼさつ内心如夜叉ないしんにょやしゃというあのまがいものさ。まず上等なところでお多根菩薩ぼさつのやきもちというところかね。そろそろ春菜姫のおめでたが近づいたんで、やはり女は水ものよ、日ごろは忠義たいせつと仕えた主人であっても、目の前でうらやましがらせを聞かされちゃ、お菩薩さまとて番茶の出花だからな、ついふらふらと、やきもちねたみじるこに身をこんがりこがして、何か小細工をやったか、でなくばたいそうもなく善人の兄貴とふたりしての欲得仕事に預かり雛を売り飛ばし、代わりにまがい雛をまにあわせたというようなところが、まず話の落ちさ。とにらむのが順序だが、おまえさん気に入らないのかい?」
「知りませんよ。あたしゃお多根っ子の兄貴でも亭主でもねえんだからね、だんながそれに相違ねえとおっしゃるんなら、まだ先ゃなげえんだ。姫君も見つけ出さなきゃならねえし、ひょっとするてえと、きょうだいふたりゃ風をくらってずらかったかもしれねえんだから、急いで追っかけましょうよ」
「せくな! ここまでがんがつきゃ、もうひと息だ。ご後室さま、敬之丞とか申した兄の浪宅はどこでござります」
「いえ、ようわかりました。信用しすぎましたのが災いのもとやも知れませぬゆえ、どこここと申さずに、てまえがご案内つかまつりましょう」
 先へたって夜桜ふぶきの道をくぐりながら、導いていったところは、いかさま遠くない大木戸内の近くです。
「あれでおじゃります」
 いわれた一軒は路地奥のもちろんわび住まい――。しかるに、聞こえるのだ。その表まで歩みよると、こは不思議! お多根の身回り道具を持ち出していった以上は、十中八、九兄妹ふたりして出奔したか逐電したか、いずれにしても今ごろまで浪宅にいる気づかいはあるまいと思われたのに、家の中から、よよと泣き合う忍び音が漏れ聞こえるのです。しかも、声は三人! 女と、男と、そして女と、まさしく三人なのです。
「おや! ――。ちょっと変だな」
「ね!」
「おまえにも聞こえるかい?」
「ちぇッ、聞こえるからこそ、不思議に思って首をかしげているじゃござんせんか」
「とするてえと、またこれはがんちげえかな」
 とにかくとばかりはいっていくと、さらに不思議! 泣いていたのは、お多根に兄の敬之丞に、そのうえ、あの春菜なのです。
「ま! おまえはここに! おまえはここにおじゃりましたか!」
 ご後室のおどろきも大きかったが、名人のおどろきはさらに数倍でした。
「これはまた、いったいどうしたのでござります!」
 鋭くききとがめたのを、ご後室が奪っていいました。
「お多根! おいい! おいい! 何もかもいっておしまい! おまえに疑いがかかってじゃ! おこりませぬ! おこりませぬ! おまえのことならけっしておこりませぬゆえ、もう何もかもいっておしまい!」
「でも……でも……」
「いえぬとおいいか! あの預かり雛がなくば、かわいい春菜の身に大事がふりかかります。おまえがあの男雛を盗んだとのお疑いじゃ。どこぞへ隠したであろう。おいい! おいい! ほんとうのことをいっておしまい!」
「いえ、おばあさま! 違いまする! 違いまする! 多根ではありませぬ! あれを盗み出したは、多根ではござりませぬ!」
 ことばを押えて、不意に横からいったのは当の春菜でした。
「あれを盗み出したのは、あの男雛を隠しましたは、このわたくし、この春菜でござります」
「えッ――」
 事実は三たび急転直下、意外のなかの意外な陳述、予想外の真犯人に、さすがの名人も愕然がくぜんとなりました。
「ご本人のあなたさまがたいせつな契り雛を隠すとは、またなんとしたことでござります」
「お恥ずかしゅうござります。それもこれも、じつは……」
「なりませぬ! なりませぬ! それをお嬢さまがおっしゃってはなりませぬ!」
「お黙り! 多根! いいまする! いいまする! おまえに難儀がかかってはなりませぬゆえ、もう何もかも申しまする。それというのも、もとはといえば……」
「いえ、ではわたくしが、この多根が代わって申しまする。ご後室さまもお許しくださりませ。このような騒ぎの起きたもとはといえば、――でも、どうしましょう。恥ずかしゅうて言い憎うござります。いえ、申しまする、申しましょう。それもこれも、もとはといえば、こちらに控えておりまするわたくしの兄めが、おりおりわたくしをたずねてお屋敷へ参り、お嬢さまと一度会い、二度会ううちに、ついした縁の端から、ひと目を忍んでの割りない仲になりましたのでござります。なれども、お嬢さまは、古島の若さまと堅いお約束のあるおん身、――兄なぞとそのようなことにおなりあそばしてはと、わたくしひとり胸を痛めましたけれど、恋とやら情けとやら申すものは、どうせきとめようにも、せきとめるすべのないものとみえまして、三度は四度と重なり、四度は五度と重なるごとに、古島様とのお約束を破ってもと、おいじらしくも思いつめたお心におなりあそばしたのでござりましょう。今こうして三人泣き合いながら、わたくしもありのままを申しあげ、お嬢さまからも事の子細みんな承りましたのでござりまするが、ことしの節句が無事に済めば、遠からずもうお輿入こしいれせねばなりませぬゆえ、いっそ思いきってと、あの預かり雛をお隠しあそばされたのだそうでござります。さすれば、古島様がたいせつな契り雛を粗略にしたとご立腹あそばし、したがって十二年このかたのお約束も、ご立腹のあまりご破談になることであろうし、なればひとりでに兄めにも添いとげられるとお思いあそばして、こっそりどこかへお隠しなさいましたのを、ちらりとこのわたくしが見かけたのでござります。それゆえぎょうてんいたしまして、兄は、このとおりのやせ浪人、こんな浪々の身分卑しい者とご大身のお嬢さまが、りっぱなおいいなずけにおそむきあそばしてまでも添いとげたとて、いずれは先々お身の不幸と、ご恩顧うけたご主人さまの行く末々を思う心から、二つにはまた身のほど知らぬ兄めをもたしなめましょうと存じまして、お嬢さまの目を忍び、こっそり桃華堂様のところへ駆けつけて、あのようなまがい雛をこしらえさせたのでござります、契りのしるしの男雛さえあれば、よしまがいものでござりましょうと、またお嬢さまにひそかごとがござりましょうとも、約束どおり八方無事にお輿入れもできますことでござりまするし、とすればまた兄との仲もおのずと水に消えることでありましょうと、女心のあさはかさからしたことが、けさほどのように古島様親子からひと目にまがいものじゃと見現わされまして、このような騒ぎになりましたのでござります。これがなんぞの罪科つみとがになりますことなら、だれかれと申しませぬ、この多根めがすべての罪を負い、どのようなおしおきでもいただきますゆえ、よしなにお取り計らいくださりませ……」
 ききつつ、おのが身を省みつつ、恥ずかしさ、やましさ、腰元お多根の心づくしの美しさ、いじらしさにこらえかねたとみえて、当の春菜がうなじまでも一面に染めながら、消えも入りたいようにたもとで面をおおって、よよと泣きくずおれました。
 まことに意外、意外から意外、あまつさえ美しくも可憐かれんな多根女の心意気に、したたか名人も胸を打たれたらしく、知らぬまの涙が知らぬまに秀麗たぐいなきその両ほおを伝わりました。泣きぬれながら、しかし名人は静かに多根女にきき尋ねました。
「では、そなた、お嬢さまとお兄人との恋が、憎うて妨げようとしたのではござりませぬな」
「それはもう、わたくしとてもおなごのはしくれ――、なんで恋が憎うてなりましょう。いっそ、わたくしにもそのような恋がと――、いえ、いえ、恥ずかしゅうござります。いえ、そうではござりませぬ。ただもうお嬢さまがいとしいばっかりに、身分のふつり合いは不幸不縁のもとと、涙を忍んで兄との恋を忘れていただこうと思うただけのことでござります……」
 いよいよいでていよいよ美し! 名人はそのいじらしさ、可憐かれんさにしとどほおをぬらしながら、ことばを改めていいました。
「ご後室さま、お聞きのとおりでござりまするが、いかがお計らいあそばされます」
「計らいもくふうもおじゃりませぬ。わたくしまでも多根のかわゆらしい心根におもわずもらい泣きいたしました。ほんとうに、古島の婿どのが、しんそこ春菜がかわゆければ、雛一つぐらい失ったとて、あのように口ぎたなくはののしりませぬはず。いかほどたいせつな家の宝でありましょうと、人の子よりも雛のほうがたいせつじゃといわぬばかりのおことば聞いては、向こうがわびてまいりましょうと、こちらがもうまっぴらでおじゃります。それに、春菜がそれほどまでに敬之丞を好いているとあらば――いえいえ、そのようなことはもういわぬが花、恋に身分の上下隔てはおじゃりませぬものな。のう、春菜、そうでおじゃろう。こうならば、もうわしがそなたたちの味方じゃ。だれがなんと申しましょうと、必ずともに敬之丞どのと添いとげさせてしんぜまするぞ」
「いや、おみごと! おみごと! おさばきあっぱれでござります。そうなりますれば、もうただ一つ気になるは、お隠しなすった雛のことでござりますが、春菜さま、どこへおしまいでござります」
「ここにござります」
「ほうこれはまた?」
「なにも不審はござりませぬ。お屋敷裏の高円寺へそっと預けておきましたなれど、こうならばもうしょせんただでは済むまいと、先ほどこっそりまた持ちかえり、古島様のほうへきっぱりご返却いたしましたうえで、しばらくお多根ともども三人して、どこぞへ身を潜めるよりしかたがあるまいと存じましたゆえ、多根の身のまわりの品から先にまずここまで運び出して、その相談をしていたところなのでござります」
「それならばもう何も申しあぐることはござりますまい。この雛はたった今、すぐにご返却なさいませな。心の去ったおしるしに。さすれば古島家のほうでも察しましょうよ。――いや、これでもうてまえどもの役目は終わりました。恋のおふたりさん。それから、いじらしいお多根さん。おしあわせでお暮らしあそばしませよ。さ! 伝あにい! 何をまごまごしているんだ。じゃまだよ! じゃまだよ! 長居はじゃまっけじゃねえか」
 しかるに、その伝六が表へ出ると、
「ね……!」
「ね……!」
「どう思ってもたまらねえね」
 しきりにひとりでうなずきながら、しきりとひねりつづけていたものでしたから、名人の明るい声がとびました。
「何を感心しているのかい」
「いいえね、見ましたかい」
「何をよ」
「べっぴんたちの顔ですよ。内藤小町の春菜さんもくやしいほどべっぴんでしたが、お多根っ子も気がもめるほどあでやかでしたぜ。そのうえにまた、敬之丞っていうご浪人が、きりりっとこう苦み走っていてね、だんなの次くらいなべっぴん男なんですぜ」
「つまらねえことばかりを感心してらあ。だから――」
「いいえ、だからはこっちでいうことなんだ。べっぴんのなかにもああいう掘り出しものがいるんだからね、親のかたきみてえに、目の毒だの、如夜叉にょやしゃだのと悪口いうもんじゃねえんですよ」
「そうよな。たまには顔も心もそろったべっぴんがいるのかな」
「ちぇッ、それほどものがわかっていたら、なんでだんなもはええところ五、六人見つけねえんですかよ。あっしが気がきかねえようで、江戸のみなさまにも会わする顔がねえじゃござんせんか。了見入れ替えて、お捜しなさいましよ!」
 声の流れていくあとへ、夜桜ふぶきが無心にはらはらと散って流れて舞いました。





底本:「右門捕物帖(三)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:鈴木伸吾
2001年2月7日公開
2005年9月20日修正
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