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右門捕物帖(うもんとりものちょう)21 妻恋坂の怪

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-7 9:29:22 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


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 当人のことばどおり、風のように走っていって、風のように駆け帰ってくると、果然、名人の予言は当たりました。
「ホシだッ、ホシだッ。お番所はどえれえ騒ぎですぜ」
「お年賀登城のお大名がたにでも何かまちがいがあったのかい」
「ところが大違い。本郷のね、妻恋坂で人が殺されたっていうんですよ」
「また人殺しか。あんまりぞっとしねえな」
「とおっしゃるだろうと覚悟してめえりましたが、詳しく聞くと、なかなかこれがぞっとする話なんだから、まあお聞きなせえまし。訴えてきたのは妻恋坂の町名主だっていうんですがね、殺されている相手が考えてもかええそうじゃござんせんか。十と、八つと、六つの子どもだっていうんですよ」
「なに! 子どもばかり三人やられているとな! ふうむな。いかさま、ちっとよろしくないな」
「でしょう。だから、話はおしまいまでお聞きなせえましといってるんですよ。シナの孔子様もおっしゃったんだ。常人の狂えるは憎むべからず、帝王にして心狂えるは憎むべしとね」
「なんだい。いきなり漢語を使って、それはなんだい」
「いいえ、こないだたつのふた七日なのかの日にね、あんまり気がめいってならねえから、通りの釈場にいったら講釈師がいったんですよ。あたりめえの人間の気違いはかええそうだが、王さまで気の触れているのは何をしでかすかわからねえから、あぶなくてしようがねえんだ、とこういうわけあいなんだそうながね、なかなかうめえことをいうじゃござんせんか。つまり、その心狂えるっていうやつが、殺された子どものそばにいるっていうんですがね」
「キの字か」
「そうそう、そのキの字なんだ、キ印なんだ。それも、二十三、四のうらわけえ気違いがね、殺された子どものそばに、にやにや笑いながら血のついた出刃包丁をさか手に握って、しょんぼりと張り番をしているっていうんですよ。だから、殺した下手人はてっきりもうそれにちげえねえが、それにしても子どもの親っていうのがだれだかわからねえと、こういうんですがね。どう考えてみても、男の気違いが子どもを産むはずはなし、よしんば産んだにしても、二十三、四のわけえ野郎に十をかしらの子どもが三人もある道理はねえんだから、そりゃこそ大事件だとこういうことになって、おらがだんなはお出ましにならねえし、だれにしよう、かれにしようと、人選みをしたあげくがくやしいじゃござんせんか。あばたの大将にそのおはちが回っていったと、こういうんですよ」
 いかさま、松の内そうそうに容易ならぬ怪事件です。しからば一つ、――大きくいって、ずっしりとあの蝋色鞘ろいろざやを落とし差しにしながら、すぐにも立ち上がるだろうと思われたのに、だが、名人は事の子細を聞き終わると、何を考えたものか、フフン、――というように微笑しながら、そのままごろりと横になってしまったものでしたから、鳴り屋の千鳴り太鼓がすさまじい音をあげてがみがみと鳴りだしました。
「ちぇッ。何がお気に入らねえんですかい! 人がせっかくこの寒い中を汗水たらしてかぎ出しにいってきたのに、フフンはねえでやしょう! どこがお気に入らねえんです! この伝六のどこがお気にさわったんです!」
「…………」
「そりゃね、あっしがきいたふうな漢語なんぞ使うのはがらにねえですよ。ええ、ええ、そうです。そうですよ。どうせ伝六は無学文盲なんだからね、さぞかしお気にもさわったでござんしょうが、しかし、ありゃ講釈師がいったんだ。常人の狂えるは憎むべからず、帝王の心狂えるは憎むべしとね。だんなだってそう思うでしょう。この伝六やあばたの敬大将が気違いになってるぶんなら驚きゃしますまいが、松平のお殿さまやお将軍家が気違いになったと思ってごらんなせえまし、右門、前へ出ろ、そのほうはむっつりといたして気に食わんやつじゃ、手討ちにいたすぞ、としかられたってしようがねえじゃござんせんか。だから、それをいうんだ。大きにもっともだと、それをいっただけなのに、フフンとはなんです!」
「…………」
「ね! フフンとはなんですかよ! しかもだ、並みの人間が殺されたんじゃねえ、かわいい子どもが三人も手にかかってるんだというんですよ。おまけに、あばたの大将がわざわざいやがらせをいいに来ているんじゃねえですか! 何が気に入らねえんです! 伝六の話のどこがお気に召さねえんです!」
 しかし、名人がいったんこうしてごろりと横になりながら、ひとたびその手があごのあたりを散歩しはじめたとなったら、もう梃子てこでも動くものではない。四半刻しはんとき、半刻、一刻と、やがて三時間近くも、押し黙って依然ごろりとなったままでしたから、とうとう初雷が夕だちを降らせました。
「ようがす。どうせそうでしょうよ。ええ、ええ、だんなはあっしよりか、死んだ辰のほうがかわいいんだからね。え、ええ、ようがすよ。どうせ、あっしがかぎ出してきたあな(事件)じゃお気に召さんでしょうからね。あばたの大将にてがらをされてもけっこうとおっしゃるなら、それでいいんだ。あっしゃ……あっしゃ……」
「ウッフフ……。アハハ……」
「え……?」
「ウッフフ……アッハハ」
「何がおかしいんです! あっしが泣いたら、何がおかしいんです!」
「では、ひとつ――」
 むくりと起き上がると、伝六ならずともまったく腹がたつくらいでした。
「九ツが鳴ったようだね。あれを聞いたら急にげっそりとおなかがへったようだから、おまんまを食べさせてくんな」
「いやですよ!」
「だって、おれがすかしたんじゃねえ、おなかのほうでひとりでにすいたんだから、しょうがねえじゃねえか。何か早くしたくをやんな」
「いやですよ。ろくでもねえおなかをぶらさげているからわりいんだ。だんなは辰がお気に入りでござんしょうから、妙見寺の裏の墓から、おしゃりこうべでも連れてきて、お給仕してもらいなさいな」
「しようのねえあにいだな。いつになったらりこうになるんだ。おちついて物事をよく考えてみねえな。ああしてあばたの大将が、今度こそはてがらにとしゃちほこ立ちをして出かけたうえは、あわててあとを追っかけていったとて、けんかになるばかりなんだ。あのとおり了見のせめえ男だから、お係り吟味を命ぜられた役がらをかさに着て食ってもかかるだろうし、意地わるくじゃまもするだろうし、がんになるネタだってひっかきまわして、気よく手助けさせる気づかいはこんりんざいあるまいと思ったればこそ、わざとこうして、ほとぼりがさめるまで、時のたつのを待っていたんじゃねえか。敬公を相手の相撲すもうなら、このくれえゆるゆるとしきっても、軍配はこっちに上がるよ。どうだい、おこり虫、これでもまだ、おれにおまんまを食べさせねえというのかい」
「ちぇッ。そうでござんしたか。あやまった! あやまった! それならそうと、はじめからおっしゃりゃ、泣くがところはなかったのに、正月そうそうからつれなくなさるから、つい愚痴が出たんですよ。べらぼうめ! あばたの敬公、ざまアみろい。おらがのだんなは、初めから相撲にしていねえんだ。そうと事が決まらば、おまんまも食わする段じゃねえ。あるものをみんな読みあげるから、ほしい品だけをおっしゃってくだせえましよ。――いいですか。ええと、ごまめに、きんとん、おなます、かずのこ、かまぼこ、小田巻き、こはだのあわづけ、芋のころ煮、ふなのこぶ巻き、それから、きんぴらに、松笠まつかさいかのいそ焼きと、つごう十一色ござんすが、どれがお好きですかい」
「みんな出しなよ」
「え……?」
「みんな出せばいいんだよ」
「おどろいたな。このほかにまだあるんですぜ。これは暮れの歳暮の到来ものなんだが、赤穂あこおだいの塩むしがまるまる一匹と、房州たこのでけえやつもまだ一ぱい残っているんですぜ」
「遠慮はいらんから、それも出しな」
「あきれたな。こいつをみんな召し上がるんですかい」
「あたりめえだ。食べ物だって風しだい、かじしだいだよ。はしの向いたほう、目の向いたほうをいただくんだから、威勢よくずらずらッと並べておきな」
 まったく驚くほかはない。いや、むしろ壮観でした。右の十何色のうちから、風しだいかじしだいで、はしの向いたほう、舳先へさきの向いたほうをたっぷりいただくと、もうこれで胆力はじゅうぶん、といわぬばかりに、ずいと立ち上がって、珍しやきょうは黒羽二重上下の着流しに、すっぽり雪ずきん――、雪駄せったの音が江戸一のいきな音をたてながら、いよいよ二十一番てがらの道中にかかりました。



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