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だから、当然八丁堀をでも目ざして行くだろうと思われたのに、駆け向かった先はいささか意外! 土手に沿って
いっしょにそのものものしい足音を聞きつけて、広々と明け放たれた二階座敷の涼しげな青畳の上にごろりと寝そべったまま、煩わしそうに面を振り向けた者は、これぞ待たれたわれらの
「人が暑い思いをやっていっしょうけんめい飛んできたのに、そのやにさがり方はなんですかい! しかじかかくかくで、途方もねえことが起き上がったんだから、早くおしたくなさいましよ!」
「静かにしろい。おめえの声を聞きゃ暑くならあ」
「ちぇッ。暑いなあっしのせいじゃねえんですよ! 今も申し上げたとおり、しかじかかくかくで、とてもどえれえことになったんだから、早いことお出ましくださいましよ」
「騒々しいな。ひとりでしかじかかくかくといったって、何もまだ聞かねえじゃねえか。もっとおちついてものをいいなよ」
「だって、これがおちついたり、やにさがったりしていられますかい! おまえたちふたりがそばにいりゃ暑くてしようがねえからとおっしゃいましたんで、辰の野郎と
と、――むっくり起き上がったようでしたが、まことにどうもその尋ね方がじつに右門流でした。
「人足どもあ、みんなとち狂って、川下ばかり捜しているんだろ。だれかひとりぐれえ上へのぼって調べたやつあいねえのかい」
「ちぇッ。お寝ぼけなさいますなよ。墨田の川はいつだって下へ流れているんですよ。聞いただけでもあほらしい。この騒ぎのなかに川上なんぞゆうちょうなまねして捜すとんまがありますものかい? 沈んだものでなきゃ、下へ流されていったに決まってるじゃござんせんか!」
「しようのねえどじばかりだな。だから、おいらは安できの米の虫が好かねえんだ。頭数ばかりそろっていたって、世間ふさぎをするだけじゃねえか。せっかく久しぶりで気保養しようと思ってやって来たのに、ろくろく涼むこともできゃしねえや。ちょっくら知恵箱あけてやるから、ついてきな」
「どけッ、どけッ。安できの米の虫がまごまごしたって、道ふさぎになるばかりじゃねえか。暑っくるしいから、やじうまはどぶへへえれよッ」
すぐともう名人のせりふを受け売りしながら、肩で風を切り、ありったけの
「ね、だんな、それであっしゃこう思うんですがね。聞きゃ、あの小町美人、たんざく流しで婿選みするっていうんでしょう。だから、きっと、あの式部小町に首ったけのとんまがあって、思いは通らず、ほっておきゃ人にとられそうなんで、くやし紛れにあんなだいそれたまねしたんだろうと思うんですがね。どうでしょうね。違いますかね」
「…………」
「ちょッ。こっちへお向きなせえよ。あっしだっても、たまにゃ
何をいっても黙々と聞き流しながら、ゆうようと歩を運ばせていましたが、いよいよいでていよいよ右門流でした。珍事のあった現場へは目もくれようとしないで、人波をよけよけ通りぬけながら、土手について
「世話のやけるだんなじゃござんせんか! そんなほうで舟がぶくぶくやったんじゃねえんですよ。なまずつりに行くんじゃあるめえし、沈んだところはもっと下ですよ、下ですよ。ほら、あそこでわいわいいってるじゃござんせんか!」
押えてずばりと
「静かにせい! だから、おめえなんざ安できの仲間だといってるんだ。ガンガンいうと人だかりがするから、黙ってついてきたらいいじゃねえか」
「じゃ、なんですかい、だんなの目にゃ、この大川が上へ流れているように見えるんですかい」
「うるせえな。右にすきあるごとく見ゆるときは左に真のすきあり――
じつに名人ならではできぬ着眼、舟宿を出かけたときからもう眼がついていたとみえて、いうまも
「よッ。そろそろにおってきたな! 辰ッ。ちょうちんだッ、ちょうちんだッ。早くおまえのその目ぢょうちんで、あそこのくいのところをよく調べてみなよ!」
いわれて、のどかなお公卿さまがお役にたつはこのときとばかり、知恵伊豆折り紙つきの生きぢょうちんを光らしながら、しきりとくいぎわの
「なるほど、におってきたにちげえねえや。ね、だんな、だんな! ここから何か土手の上へひきずり上げでもしたとみえて、葦が水びたしになりながら、一面に踏み倒されておりますぜ!」
きくや、会心そうな微笑とともに命令一下。
「見ろい! ぞうさがなさすぎて、あいそがつきるじゃねえか! きっと、近所の
今は伝六とても何しにとやかくとむだ口たたいていられましょうぞ! まことにわれらの名人右門がひとたび出馬したとならば、かくのごとくに
しかも、その報告がさらに上々吉でした。はね返りながら駆けもどってくると、あいきょう者がわがてがらのごとく遠くから言い叫びました。
「口まねするんじゃねえが、あんまりぞうさなさすぎて、ほんとうにあいそがつきまさあ。およそまぬけの悪党もあるもんじゃござんせんか。あそこの帳場から二丁雇ってきやがって、ここへ待たしておきながらつっ走ったといいますぜ」
「なるほど、まぬけたまねしたもんだな。行く先の眼もついたか」
「大つき、大つき!
「いかさま、名からしてそいつが
いうべきときにはずばりと名のり、名のるべからざるところではゆかしく秘めて、まことここらあたりが右門党のうれしくなる江戸まえのきっぷですが、伝六またなかなかちょうほう、命令どおり意を伝えたものか、ころころと駆け帰ってまいりましたものでしたから、意気に、ガラガラ、まめまめしいのと、三人三様の涼しい影を大川土手にひきながら、主従足をそろえて目と鼻の先の蔵前渡しをただちに目ざしました。