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右門捕物帖(うもんとりものちょう)17 へび使い小町

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-7 9:25:04 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语



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 だから、当然八丁堀をでも目ざして行くだろうと思われたのに、駆け向かった先はいささか意外! 土手に沿って河岸かしを下へ小一町韋駄天いだてんをつづけていましたが、お舟宿垂水たるみ――と大きく掛けあんどんにしるされた一軒の二階めざしながら、矢玉のように駆け込みました。
 いっしょにそのものものしい足音を聞きつけて、広々と明け放たれた二階座敷の涼しげな青畳の上にごろりと寝そべったまま、煩わしそうに面を振り向けた者は、これぞ待たれたわれらの捕物とりもの名人右門です。しかし、面を向けるには向けても、いっこう気がなさそうに、ゆうぜんとあごの先をなでさすったままでしたから、あいきょう者がたちまちガンガンとやりだしたのは当然でした。
「人が暑い思いをやっていっしょうけんめい飛んできたのに、そのやにさがり方はなんですかい! しかじかかくかくで、途方もねえことが起き上がったんだから、早くおしたくなさいましよ!」
「静かにしろい。おめえの声を聞きゃ暑くならあ」
「ちぇッ。暑いなあっしのせいじゃねえんですよ! 今も申し上げたとおり、しかじかかくかくで、とてもどえれえことになったんだから、早いことお出ましくださいましよ」
「騒々しいな。ひとりでしかじかかくかくといったって、何もまだ聞かねえじゃねえか。もっとおちついてものをいいなよ」
「だって、これがおちついたり、やにさがったりしていられますかい! おまえたちふたりがそばにいりゃ暑くてしようがねえからとおっしゃいましたんで、辰の野郎と河岸かしへ降りてめえりましたら、しかじかかくかくで小町の屋形がぶくぶくとやりましたんでね、さっそく舟をつけて調べましたら、屋形の底に刀かなんかでくりぬいた穴があるんですよ。おまけに、娘の行くえがまだわからねえというんだから、これじゃあわてるのがあたりまえじゃござんせんか!」
 と、――むっくり起き上がったようでしたが、まことにどうもその尋ね方がじつに右門流でした。
「人足どもあ、みんなとち狂って、川下ばかり捜しているんだろ。だれかひとりぐれえ上へのぼって調べたやつあいねえのかい」
「ちぇッ。お寝ぼけなさいますなよ。墨田の川はいつだって下へ流れているんですよ。聞いただけでもあほらしい。この騒ぎのなかに川上なんぞゆうちょうなまねして捜すとんまがありますものかい? 沈んだものでなきゃ、下へ流されていったに決まってるじゃござんせんか!」
「しようのねえどじばかりだな。だから、おいらは安できの米の虫が好かねえんだ。頭数ばかりそろっていたって、世間ふさぎをするだけじゃねえか。せっかく久しぶりで気保養しようと思ってやって来たのに、ろくろく涼むこともできゃしねえや。ちょっくら知恵箱あけてやるから、ついてきな」
 慧眼けいがんすでになにものかの見通しでもがついたもののごとく、一本独鈷どっこ越後えちご上布で、例の蝋色鞘ろいろざやを長めにしゅっと落として腰にしながら、におやかな美貌びぼうをたなばた風になぶらせなぶらせ、ゆうぜんとして表のほうへやって参りましたので、すっかり悦に入ったのはあいきょう者です。ことに、自分が先に手を染めて、屋形船の底の穴を見破った自慢がいくらかてつだっていたものでしたから、ことごとく鼻高の伝六でした。
「どけッ、どけッ。安できの米の虫がまごまごしたって、道ふさぎになるばかりじゃねえか。暑っくるしいから、やじうまはどぶへへえれよッ」
 すぐともう名人のせりふを受け売りしながら、肩で風を切り、ありったけの蘊蓄うんちくを傾けて、いらざることをべらべらとしゃべりつづけました。
「ね、だんな、それであっしゃこう思うんですがね。聞きゃ、あの小町美人、たんざく流しで婿選みするっていうんでしょう。だから、きっと、あの式部小町に首ったけのとんまがあって、思いは通らず、ほっておきゃ人にとられそうなんで、くやし紛れにあんなだいそれたまねしたんだろうと思うんですがね。どうでしょうね。違いますかね」
「…………」
「ちょッ。こっちへお向きなせえよ。あっしだっても、たまにゃがんをつけるときがあるんだから、そんなにつれなくしねえだってもいいじゃござんせんか。だから、こんなにも思うんですがね。いまだにあのとおり行くえのわからねえところを見るてえと、下手人の野郎め、騒ぎの起きたどさくさまぎれにべっぴんをかっさらって、無理心中でもしたんじゃねえかと思うんですがね。でえいち、水へもぐって船底をくりぬいた手口なんぞから察してみるに、どうしたって野郎は河童かっぱのようなやつにちげえねえんだからね。女をさらって川底へひきずり込んだかもしれませんぜ」
 何をいっても黙々と聞き流しながら、ゆうようと歩を運ばせていましたが、いよいよいでていよいよ右門流でした。珍事のあった現場へは目もくれようとしないで、人波をよけよけ通りぬけながら、土手について河岸かしっぷちを上へ上へとどんどんやって参りましたものでしたから、急にさま変わりをしたのは伝六です。
「世話のやけるだんなじゃござんせんか! そんなほうで舟がぶくぶくやったんじゃねえんですよ。なまずつりに行くんじゃあるめえし、沈んだところはもっと下ですよ、下ですよ。ほら、あそこでわいわいいってるじゃござんせんか!」
 押えてずばりと一喝いっかつ
「静かにせい! だから、おめえなんざ安できの仲間だといってるんだ。ガンガンいうと人だかりがするから、黙ってついてきたらいいじゃねえか」
「じゃ、なんですかい、だんなの目にゃ、この大川が上へ流れているように見えるんですかい」
「うるせえな。右にすきあるごとく見ゆるときは左に真のすきあり――柳生やぎゅうの大先生が名言をおっしゃっていらあ。捕物だっても、剣道だっても、極意となりゃ同じなんだッ。さらって逃げたとすりゃ、下手人の野郎もそのこつをねらって、みんなが川下ばかりへわいわい気をとられているすきに、きっとこっちへ来たにちげえねえんだッ」
 じつに名人ならではできぬ着眼、舟宿を出かけたときからもう眼がついていたとみえて、いうまも烱々けいけいと目を光らしながら、しきりに何か捜しさがし、土手ぎわを上へ上へとなお歩を運ばせていたようでしたが、と――、果然! さえざえとした鋭い声があがりました。
「よッ。そろそろにおってきたな! 辰ッ。ちょうちんだッ、ちょうちんだッ。早くおまえのその目ぢょうちんで、あそこのくいのところをよく調べてみなよ!」
 いわれて、のどかなお公卿さまがお役にたつはこのときとばかり、知恵伊豆折り紙つきの生きぢょうちんを光らしながら、しきりとくいぎわのあしむらを見調べていた様子でしたが、おどろいたもののごとくに叫びました。
「なるほど、におってきたにちげえねえや。ね、だんな、だんな! ここから何か土手の上へひきずり上げでもしたとみえて、葦が水びたしになりながら、一面に踏み倒されておりますぜ!」
 きくや、会心そうな微笑とともに命令一下。
「見ろい! ぞうさがなさすぎて、あいそがつきるじゃねえか! きっと、近所の駕籠かごを雇って、女もろとも河童野郎めどこかへつっ走ったに相違ねえから、大急ぎにふたりして駕籠の足跡拾ってきなよ!」
 今は伝六とても何しにとやかくとむだ口たたいていられましょうぞ! まことにわれらの名人右門がひとたび出馬したとならば、かくのごとくに慧眼けいがん俊敏、たちまち第一のなぞがばらりと解きほぐされましたものでしたから、ふたりの配下は雀躍じゃくやくとして、大小二つのバッタのごとく、そでに風をはらみながら飛びだしました。
 しかも、その報告がさらに上々吉でした。はね返りながら駆けもどってくると、あいきょう者がわがてがらのごとく遠くから言い叫びました。
「口まねするんじゃねえが、あんまりぞうさなさすぎて、ほんとうにあいそがつきまさあ。およそまぬけの悪党もあるもんじゃござんせんか。あそこの帳場から二丁雇ってきやがって、ここへ待たしておきながらつっ走ったといいますぜ」
「なるほど、まぬけたまねしたもんだな。行く先の眼もついたか」
「大つき、大つき! 河童権かっぱごんとかいう水もぐりの達者な船頭でね。ねぐらは蔵前の渡しのすぐと向こうだっていうんですよ」
「いかさま、名からしてそいつが犯人ほしにちげえねえや。じゃ、ちょっくら川下のとち狂っている人足どもにそういってきな。式部小町とやらのお嬢さまは、河童が丘を連れてつっ走ったから、もう腹減らしなまねはすんなといってな。だが、おれの名まえは隠しておきなよ。わいわい騒がれると暑っ苦しいからな」
 いうべきときにはずばりと名のり、名のるべからざるところではゆかしく秘めて、まことここらあたりが右門党のうれしくなる江戸まえのきっぷですが、伝六またなかなかちょうほう、命令どおり意を伝えたものか、ころころと駆け帰ってまいりましたものでしたから、意気に、ガラガラ、まめまめしいのと、三人三様の涼しい影を大川土手にひきながら、主従足をそろえて目と鼻の先の蔵前渡しをただちに目ざしました。



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