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けれども、表へ出るは出ましたが、帰るかと思いのほかに、ひらりと身をひるがえしながら、そこの楽屋口をふさぐようにおい茂っていた暗い木立ちの中にすばやく身を潜め入れましたものでしたから、ことごとくお株を始めたのは伝六です。
「ちょっと、ちょっと、だんな、だんな! 何をとち狂っていらっしゃるんですかい。そんなほうにけえり道ゃござんせんぜ。こっちですよ! こっちですよ」
「バカッ、声を立てるなッ」
しかりつけながら、何者かを待ちうけてでもいるような様子でしたが、と――それを裏書きするかのごとくに、あたりをうかがいうかがい、そそくさと楽屋口へ姿を見せた者は、黒い二つの影です。ひとりは紛れもなく男。あとはまたまさしく女――
と見るやいなや、すいと名人のからだがつばめのように両名の前へ立ちふさがったと思われましたが、同時に両手でぱッぱッともうあの草香流にものをいわせつつねじあげておくと、ずばりしかりつけました。
「バカ者どもめがッ。おおかたこう来るだろうと思うて、わざと引き揚げるように見せかけたんだッ。さ! こっちの梅丸でもいい。またはそっちの百面相でもいい! ほんもののむっつり右門にかかっちゃ、おめえたちの
ふたりして高飛びしようとした現場を押えられましたものでしたから、ついに強情娘も口を割ってしまいました。
「――まことに恐れ入りました。おめがねどおり、親方を殺した下手人は、いかにも、この梅丸でござります。と申しあげただけではさぞかしご不審でござりましょうが、実のところを申しますると、それもこれもみんな女のあさましいねたみからでござりました。もともとを申しますれば、わたしのほうがずっとまえから、この娘一座では姉分でもござりましたし、いくらかよけい人気もいただいておりましたのに、あの桜丸様がわたくし同様、竹棒渡りをいたしますようになりましてから、日に日に人気負けがいたしましたゆえ、そのことを親方さまに申しあげて、あすから役替えしていただくようにお願い申しましたところ、いっこうお聞き入れくださりませなんだゆえ、ついいさかいしているうちに、逆上いたしまして、ちょうど目の前に親方さまの
「よし、わかった、わかった。それから先は、おれがいちいちずぼしをさしてやろうか。そのとき親方が、おめえの衣装のすそを苦しまぎれに食い切ったところへ、物音をきいて桜丸がやって来そうだったゆえ、おまえが
「はい、おっしゃるとおりでござります。それゆえ、わたしが――」
「いや、言わいでもわかっているよ、わかっているよ。それゆえ、おまえがどこかへやのすみにでもうずくまって隠れているところへ、桜丸が知らずに駆け込んだので、親方がおまえと思いつめて、断末魔の前に桜丸のそでを食いちぎったんじゃねえのかい」
「はい。ですから、これさいわいと存じまして、騒ぎに紛れこっそりとへやを抜け出しまして、鶴丈さんの百面相をまんまと使い、桜丸様を罪におとしいれようとしたのでござりましたが、やっぱり……」
「ほんもののむっつり右門ほどには、化けきれなかったというのかい。あたりめえだよ。また、やすやす化けられちゃ、こっちがたまらねえからな。ところで、気にかかるなあその桜丸だが、こりゃ百面相ッ、どこへしょっぴいていったんだッ」
「それはその……」
言いもよっていたとき、とつぜん伝六がけたたましく叫びました。
「ね。だんな、だんな! だれが何を急いでいるのか、御用ぢょうちんをつけた早駕籠が、こっちへ飛んでめえりましたぜ!」
いううちに、そこへ御用と染めぬいたあかり看板をふりかざしながら、あわただしい駕籠が一丁近づいてまいりましたから、右門が鋭くきき尋ねました。
「ご番所のかたでござるか。それとも、どこぞ自身番のかたでござるか」
「あッ。右門のだんなさまでござりましたか! てまえは
「よし、わかった、わかった。名を桜丸といやしねえか」
「へえい。よくご存じでござりまするが、でも、妙なことがござりまするぞ。娘が申したところによると、あなたさまがこの小屋からお連れ出しなさりまして、吾妻河岸からやにわと大川へ突き落としたと申してござりまするぞ」
「そうかい。右門は右門だが、むっつり右門じゃねえ、ここにいるこの化け右門だよ。でも、突き落とされたのによく助かったな、だれか船頭でも拾ってくれたのかい」
「へえい。なにしろ、高手小手にくくされたまま、おっぽり込まれたんで、危うくおぼれようとしたところを、うまいこと
いっているまに、恐るるもののごとく駕籠のたれを上げて、ぐっしょりと全身ぬれねずみのままそこに姿を見せた者は、これぞいうまでもなく行くえ不明中の桜丸でした。しかも、その容姿の
「おう! 姉さまかッ」
声も喜びにおろおろと震えながら、ひしときょうだい左右から抱き合いました。
その美しい肉身の美しすぎる情景を、右門もともどもうれしそうに見つめていましたが、かたわらの町役人をかえりみるといいました。
「ちょうどいいつごうだ。ここのとが人どもをふたり、ついでに伝馬町まで送ってくんな」
言いおくと、すっぽり紫ずきんをいただきながら、さっさと足を早めました。
しかし、道を歩きながらしきりと首をひねりつづけたのは伝六です。あちらへこちらへと、道を踏み違えるほどひねりつづけましたものでしたから、名人が笑いわらいいいました。
「兄分らしくもねえ、あんまりどじなかっこうすると、こちらのちっちゃなお
「だって、よくまあだんなにゃ、しょっぱなから化け右門があの一座にいるとおわかりでござんしたね。あっしゃまた、あばたの敬公かだれかご番所の者が名をかたりやがったと思ってたんですよ」
「どじだな。そんなことぐれえ、初めっから眼のつかねえようでどうするかい。大きな声じゃいわれねえが、他人の名まえの手がらまでも横取りしたい連中はうようよいても、自分のあげたてがらにひとの名まえを貸してやるような、ご了見の広い者は、半分だってもご番所になんぞいねえじゃねえか。それも、ほかの者の名まえならだが、このごろちっとてがらをあげすぎるために、内々そねまれているおれの名まえなんぞ、ご番所のだれがかたるもんかい。さっきの手裏剣少年じゃねえが、少し逆上しているようだから、冷やっこいところを二、三杯見舞ってやろうか」
「いいえ、けっこうです、けっこうです。そんなもなあお見舞いいただくには及びませんが、でも、なんだってまあ、あのひょっとこおやじの百面相が、命とかけがえに片棒かつぐ気になったんでしょうね」
「そこがいわくいいがたしだが、いずれは娘のたいせつなものでもちょうだいができる約束でもあったろうよ。だから、梅丸もそこは人気
それにしても、女は魔物だな、といわぬばかりに、ややしばしことばをとぎっていましたが、やがてつぶやくようにいったことでした。
「――考えてみりゃ、きょうはお