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――今回はいよいよ第九番てがらです。
それがまた妙なひっかかりで右門がこの事件に手を染めることとなり、ひきつづいてさらに今回のごとき賛嘆すべきてがらを重ねることになりましたが、事の
「あッ、ちくしょう! だんな! 首っつりですよ! 首っつりですよ!」
発見したのはお供の先棒でしたが、心魂を打ち込んで石を囲んだ疲れのために、ついまどろむともなくまどろみながら、駕籠にもたれてとろとろやりだしたその出会いがしらに、突然お供が悲鳴をあげて右門を呼び起こしたものでしたから、ぎょっとなって、たれをはねのけながらやみをすかすと、なるほど、十間とへだたないそこの木の枝に、黒い影がだらりと見えたのです。しかし、よくよく見ると、ほんのいましがたやったものか、まだ手や足をひくひくさせていたものでしたから、駕籠をとび出すと同時でした。
「だいじょうぶ! まだ息があるぞ! 足場にするから、駕籠をもってこい!」
寺駕籠のお
「どうせ八丁堀へ行く駕籠だ。おれの代わりに、この若者を乗せていけ」
息を吹き返しているとはいいじょう、ついいましがた地獄の二丁目か三丁目あたりまで行ってきた人間を乗っけていけというのでしたから、いかに仏と縁の深い寺駕籠の陸尺たちであっても、これはあまりぞっとしない命令のはずでしたが、しかしむっつり右門の名声は、かれらにいやな顔をさせる余地のないほど広大でありました。深夜の町を黙々として八丁堀まで送り届けましたので、くだんの若い者を座敷へ伴っていくと、そこでようやく事の子細を尋ねることになりましたが、けれどもその尋ね方がまたまことに右門流です。
「どうだ、まだ死にたいか」
そして、からからとうち笑ったものです。その尋ね方のよく人情の機微をうがって少しもむだ口をきかないあたりといい、ことばは簡単ながらなおよく言外に
「もうよい、もうよい。わしという人間がどういう人がらの男であるか、それがわかってのことであろうから、もう泣くのはよして、かくさずに胸のうちを物語ったらどうじゃ」
しかし、男は
「こんな品物、何用あって
「あッ。いけませぬ! いけませぬ! そればかりは、どなたにも見られてはならぬ品でござりますから、お手渡しくださりませ! お手渡しくださりませ!」
取られたことをはじめて気がついて、若者がにわかにおどろきうろたえながら、必死に奪い返そうとしたものでしたから、いっそう疑惑のつのった右門が、どうしてそれを許すべき――。少し手荒なしうちとは思いましたが、この一品になにもかも事の子細の秘密がかくされていると思いましたので、十八番の草香流をちょっと用いて、なるべく痛くないように、だがけっして抜き取ることのできないように、術をもって若者の両手をおのがひざの下に敷いておくと、すばやく紙入れを改めました。
けれども、予期に反して、その紙入れの中にはただ一本の銀かんざしがだいじそうに忍ばされてあるばかりでした。何か子細をかぎ知りうるような女からの
およそ何が珍しいといっても、おきあがりこぼしの達磨を紋にしておくような変わったかんざしもまれでしたから、早くも右門は明知の鋭さをそこに現わして、ひざに敷いている若者の心をえぐるようにいいました。
「よし、もうなにもかもあいわかったから、そなたの秘密をこのうえ聞こうとはいわぬが、そのかわり
いかなる難解の事件も、いかに秘密の堅い
「では、ほんとうにもう、てまえに子細をきかぬとお約束してくださりまするか」
「男の一言じゃ、くどうきかぬというたら断じてきかぬ」
「ありがとうござります。それならば、けっしてもうわたくしも、あのようなバカなまねはいたしませぬ」
「よしッ。では、この紙入れもそなたに返してつかわすによって、しっかり残り香なと抱き締めて、もうやすめ」
いちばんの懸念だった自殺のおそれがないと見きわめがついたものでしたから、右門も少しほっとなって若者の傷ついた魂を一刻も早く休息させてやるために、みずから夜具の用意をととのえてやりました。
おりからそれを待っていたもののごとく、いよいよ秋のふけまさった庭の草間で、ちち、と身にしみ入るごとく鳴きだした虫の声に、魂の傷つけられた若者はさらにひとしお世のはかなさをおぼえたものか、いくたびも