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右門捕物帖(うもんとりものちょう)09 達磨を好く遊女

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-7 9:11:19 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


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 行き行くほどに空は曇って、まもなくぽつりぽつりとわびしい秋の雨でありました。見れば見捨てておけぬ侠気きょうきからとはいいじょう、死を選ぼうとした男のために、それほども愛し恋していた女のもとを代わって訪れようとする今のおのが身をふりかえると、わびしくふりだした秋雨についさそわれて、まだ恋知らぬ右門も、なにかしらあじけなく、はかない感じをおぼえましたが、そのまに駕籠はもう二つめ小路までさしかかっていたものでしたから、さっそくに目ざした家を捜しはじめました。
 むろん、こういう仕事は伝六の役目で、またたくうちに当の住まいを見つけてまいりましたから、近寄って一見すると、だがこれが少し不思議です。お約束どおりの、舟板べいで見越しの松でもがあるかと思いのほかに、ただの町家で、それがまた、ついこのごろ建てたらしい新普請の、しかし人けは少ないらしい一構えでしたから、右門はややしばしなにごとかをうち案じていましたが、ふいっとまた伝六の目をぱちくりさせるような行動を開始いたしました。というのは、さっさと道をもとへ引き返してくると、むやみにぐるぐると、そこらあたりを回りだしたのです。それも、あっちの町へいったり、こっちの路地奥へいってみたり、しきりと何かを捜しているようなあんばいでしたが、三つめ小路の横かどに、按摩あんま灸針きゅうしん、吉田久庵きゅうあんと看板の出ていた一軒を発見すると、ようやく見つかったといったような顔つきで、おどろき怪しんでいる伝六をしりめにかけたまま、ずかずかとそれなる家へはいってゆきながら、不意に横柄おうへいな口調で尋ねました。
「亭主はいるか」
「へえい、ここにひとりおります」
「ひとりおればたくさんだ。きさまが看板主の久庵か」
「へえい、さようで」
「でも、目があいているな」
「目あきじゃ按摩をしてならぬというご法度はっとでもあるんですか」
「へらず口をたたくやつじゃな。わしは八丁堀の者じゃ。隠しだてをすると身のためにならぬから、よく心して申すがよいぞ」
「あッ、そうでござんしたか。ついお見それ申しやして、とんだ口をききました。ときどき針の打ち違いはございますが、うそと千三つを申しあげないのがてまえの身上でございますので、だんながたのお尋ねならば、地獄の話でもいたします」
「いう下から地獄の話なぞと申して、もううその皮がはげるじゃないか。うち見たところ正直者らしゅうはあるが、なかなかきさまとんきょう者じゃな」
「へえい、さようで。それもてまえの身上でございますから、よく町内のお茶番狂言に呼ばれます」
「お座敷商売の按摩だけあって、口のうまいやつじゃ。では、相尋ぬるが、そこの二つめ小路に、このごろ吉原から根引きされた囲い者がいることを存じおるじゃろうな」
「へえい、よく存じおります。むっちりとした小太りで、なかなかもみでがございますよ」
「やっぱりそうか。にらんできたとおりじゃったな」
「え? にらんできたとおりとおっしゃいますと、どこかでだんなは、てまえがあの家へ出入りすること、お聞きなさったんでござんすか」
「くろうと上がりの女は、どういうものか女按摩より男按摩を好くと聞き及んでいたから、きさまの家の表に吉田久庵と男名があったのをみつけて、ちょっと尋ねに参ったのじゃ」
「さすがはお目が高い、おっしゃるとおりでござんすよ。このかいわいをなわ張りの女按摩がござんすのに、ご用といえばいつもこの老いぼれをお呼びですから、男は死ぬまですたりがないとみえますよ」
「むだ口をたたくに及ばぬ。家内は幾人じゃ」
「ふたりと一匹でございます」
「一匹とはなんじゃ」
「ワン公でございます。それもよくほえる――」
「亭主は何歳ぐらいじゃ」
「四十五、六のあぶらぎった野郎――と申しちゃすみませんが、人ごとながら、あんなべっぴんにゃくやしいくらいな、いやな男ですよ」
「商売はなんじゃ」
「上方の絹あきんどとか申しやしたがね」
 予期しなかった一語を聞いたものでしたから、同時に右門の目がぴかりと光りました。これはまた光るのが当然なんで、甲州の絹商人とか、伊勢崎いせざき銘仙めいせん屋とかいうのなら聞こえた話ですが、上方の絹商人とはあまり耳にしないことばでしたから、早くもいっそうの疑いを深めて、さらに屋内の様子を尋ねました。
「それなる亭主は、いつごろ在宅じゃ」
「さよう――ですな、夜分はいるようですが、昼のうちはたいてい不在のようでございますよ」
「そうか。では、すずりと紙をかしてくれぬか」
 求めた二品を受け取ると、右門は即座にさらさらと次のような文面を書きしたためました。
「――事急なり。会いたし。かどのすずめずしにてお待ちいたす。清の字」
 だが、書きおわるとややしばらくなにごとかをうち案じていましたが、すぐとまたそれを引き破くと、あらためて久庵に命じました。
「いや、おまえの口からじかに言ってもらおう。心きいた女ならば、偽筆ということ看破しないともかぎらないからな。あの家へいって、もしいま亭主がいないようだったら、女にこっそりというんだぞ。清吉さんから頼まれての使いだが、あそこのかどのすし屋で待っているから、ちょっくら顔を貸しておくんなさいとな。もし、そのとき女が清吉の人相をきいたら、二十三、四の小がらな男だというんだぞ。――いいか、そら、少ないがお使い賃じゃ」
 小銀を一粒紙にひねって渡したものでしたから、何もかせぎと思ったものか、目あき按摩の久庵はほくほくしながら駆けだしました。
 さて、もうここまで事が運べば、それなる達磨だるまを好いた花魁おいらん薄雪の来るか来ないかが、右門の解釈と行動の重大なる分岐点ぶんきてんです。彼女が清吉の名による呼び出しにすぐにと応ずるぐらいだったら、あれなる若者を苦しめて縊死いしを決行させるにいたった原因は、あの疑惑中の人物上方の絹商人ひとりにあるに相違なく、もしまた彼女が今の呼び出しに応じないで、少しでも清吉という名まえから逃げのびようとするけはいがあったら、断然女も上方の絹商人と同腹にちがいないと思われましたものでしたから、そのときはこう、このときはこうと、それぞれに対する成案をたてておいて、静かに右門はすずめずしの二階で、今の使いの結果を待ちうけました。
 すると、まもなくのことです。
「おへやはどちら?」
 なまめかしい声に胸のはずみを現わして、そこに姿をみせたものは、だれならぬ問題の女、薄雪その人でありました。薄雪は清吉とは似てもつかぬ右門主従がそこに居合わしたものでしたから、はいりざま少しぎょっとなって狼狽ろうばいの色をみせましたが、右門は女が清吉という名をきいて、胸をはずませながらとぶように駆けつけた事実から、身請けの主の絹商人とは同腹でないことをまず知りましたので、それならばと思いながら、源氏名薄雪といったそれなる女が、はたしてどんな人がらのものであるか、その点から観察の歩をすすめてまいりました。
 ところがひと目見ると、これがまたどうして、なかなかたいへんな美人なのです。この種の商売人上がりの美女を形容する場合、おおむね世上では窈窕ようちょうという文字を使いますが、しかしそれなる薄雪にかぎってはその名の示すとおり窈窕は不適当で、むしろ玲瓏れいろうとしてすがすがしい玉をのぞむような美しさでありました。そのすがすがしさがまたくるわの水でみがきあげたすがすがしさなんだから、普通一般の清楚せいそとかすがすがしさといったすがすがしさではなく、えんを含んでかつ清楚――といったような美しさのうえに、そったばかりの青まゆはほのぼのとして、その富士額の下に白い、むっちりともり上がった乳をおおっている浜縮緬ちりめんの黒色好みは、それゆえにこそいっそう艶なる清楚を引き立てていたものでしたから、同じ遊女のうちでもこんなゆかしい品もあるかと、ややしばらく右門もうち見とれていましたが、かくてはならじと思いつきましたので、こういう女の心を攻めるにはまた攻める方法を知っている右門は、ずばりと、いきなりその急所を突いてやりました。
「まだ存じまいが、そなたの好いている人は、ゆうべ首をくくりなすったぞ」
「ええ! あの、清、清さんは死になましたか!」
 よほどの深い愛情を今も清吉に寄せているとみえて、薄雪は右門のことばを聞くと、もうすでにおろおろとしながら地ことばと里ことばをまぜこぜにして、身も世もあられないような驚愕きょうがくを見せたものでしたから、右門はここぞと、隠されているなぞをあばくべく、徐々に女の心をつかんでいきました。
「だから、そなたはこれからどうなさる?」
「知れたこと、二世かけて契った主さんでござりますもの、わちきもすぐと跡を追いましょう」
「では、なんじゃな、そなたも二世かけて契った主さんというたが、今のおつれあいはいっしょにいても、ほんとうにただのでくのぼうじゃというのじゃな」
 すると、女はしまったというような色をみせて、つい驚きのために言いすぎたおのれの失言を後悔するかのように、極度な困惑の情を現わしたものでしたから、なんじょう右門ののがすべき、すぐに追いつめました。
「くどうはいわぬ。わしも多少は人に知られた男のつもりじゃ。いったんこうとにらんで乗り出した以上は、どのようにしてもそなたたちのために尽くしてみようと思うが、どうじゃ。何もかも隠さずにいうてみぬか」
「でも、そればっかりは……」
「だれであってもいえぬというか」
「はい……これを口外するくらいならば、わちきはもうひと思いに死にとうござります」
 隠されている秘密は、一身上にとってよほどの重大事ででもあるのか、女も前夜の清吉同様、がんとして口外すまじきけしきを示したものでしたから、当然右門も困惑に陥るべきはずでしたが、しかし右門にはいくつかの右門流があります。最初は清吉を死んだことにしておいて、急所をついたが、こうなるうえはもう一度生き返して、秘密のなぞを物語らしてしまおうと思いつきましたものでしたから、不意に莞爾かんじとするや、ごくこともなげにいいました。
「では、こちらから先にほんとうのことをいってやろう。清吉さんはてまえが救い出して、まだぴんぴんしていなさるぜ」
「えッ。まあ、あの、それは、ほんとうのことでござりますか!」
 果然、二度めの薬がきいて、薄雪は目を輝かしだしたものでしたから、右門はさらに第三服めの薬を盛りました。
「だから、そなたも、もう隠さないで何もかもお打ち明けなさったらどうでござる。むやみと自慢たらしく自分の名まえを名のりたくはないが、むっつり右門といえばわしのことじゃ」
 まあ! というように目をみはって、すでに薄雪もその名声には知己であるかのごとく、しげしげと右門の面を見直していましたが、並びのよろしい白い歯をかすかにのぞかせながら、こころもち微笑を含んだ右門の顔は、今にしていっそう男性美を増したごとく凛々りりしい美丈夫ぶりでしたから、慈悲、侠気きょうき、名声広大なむっつり右門ならば、思いきってそのふところにすがりついてみようという決心がついたものか、ようやく女は秘密の告白に取りかかりました。
「そうとは知らず、わちきにも似合わないお見それをいたしました。では、何もかも申しまするが、実は、あのだんなさんも、清吉さんも、ただの素姓ではござりませぬ」
「と申すと、なんぞうしろ暗い素姓ででもござるか」
「はい、浪花なにわ表で八つ化け仙次せんじといわれている人が、なにを隠そう、わちきのだんなさんざます」
 呉服屋専門の凶賊で、神出鬼没、変装自在なところから八つ化け仙次と称されて、もう長いことおたずね中にかかわらず、いまだにお手当とならないことを、同じじゃの道で右門も耳に入れていましたものでしたから、はからずも女のいった陳述により、意外なことから意外な大捕物になりかけたことを心中右門も喜んで、ずんずんと女に告白を迫りました。
「すると、清吉さんもその手下だというのじゃな」
「それがしんからの悪仲間でござりましたら、わちきとてなじみはいたしませぬが、仙次さんのたくらみにかかって、ふたりとも今のように苦しめられ通しでありいすから、あんまりくやしいのでござります」
「では、なじみとなるまえ、清吉さんは真人間だったと申さるるか」
「真人間も真人間も、あの人がらでもわかるように、それまでは浪花表のさるご大家で、人の上に立つお手代衆でござりましたのを、思い起こせばもう三年まえでござります。わちきがくるわへはいりぞめ、そのおりちょうど清吉さんも商用で江戸表に参られて遊里さとへ足をはいりぞめに、ふとれそめたのが深間にはいり、それからというもの江戸に来るたびわちきのもとへお通いなさりましたが、そのうちにとうとうあのかたも行きつくところへ行きなまして、大枚百両というご主人のお宝を、わちきのためにつかい込みましたのでござります……」
「では、その百両の穴を八つ化け仙次が救ってでもくれたと申さるるのじゃな」
「はい、それもただのお恵み金ではありいせぬ。仙次さんもあちらで盗んだ品を江戸へさばきに来るうちときおりわちきのもとへお通いなさりましたが、たとえ遊女に身はおとしていても、おなごに二つの操はないと存じましたので、柳に風とうけ流していたのに、執念深いとはきっと、あの人のことでござりましょう。たまたま清吉さんが百両の穴に苦しんでいると聞きつけ、男を見せたつもりでわちきにお貸しなされまして、そのかわりに操を買おうとなされましたが、でもわちきがなびこうといたしませなんだので、とうとう今度のような悪だくみをしたのでござります」
「すると、なにか、百両貸してもそなたがはだを許さなかったために、むりやり身請けをしてしまったと申すのじゃな」
「いいえ、お目きき違いでござります。身請けされましたのは、わちきが進んでお頼み申したのでござります」
「なに、進んで? それはまた異なことをきくが、それほどきらいな男に、そなたが進んでとは、どうしたわけじゃ」
「仙次さんがあまり清吉さんを苦しめたからでござります」
「どのような方法で苦しめおった」
「金で買ってもわちきがなびかないゆえ、その償いにといっておどしつけ、とうとう無垢むくの清吉さんに恐ろしいどろぼうの罪を働かさせたのでござります」
「なるほど。それで、そなたたちふたりとも、申し合わせたように秘密を守っていたのじゃな。よし、おおよそもう話はあいわかったが、ときにその盗ませたとか申す品物はなにものでござった」
「それがだいそれた品を盗ませたのでござります。清吉さんがお勤めのお店にはご身代にも替えがたい品で、昔豊太閤ほうたいこう様から拝領しなましたとかいう唐来の香箱なのでござります。それも、盗ませるおりに、もし首尾よくその香箱を持ち出してきましたならば、あのときの百両は帳消しにしたうえで、このわちきをももう執念しゅうねくつけまわすようなことはせぬといいなましたので、つい清さんも気が迷うたのでござりましょう。うかうか盗み出してきたその香箱をうけとると、急に今度は仙次さんがいたけだかになりまして、おまえもいったん盗みをしたうえは、もう傷のついたからだだと、このようにいうておどしつけ、そのうえになおわちきにも約束をたがえて、いろいろとしつこくいいよりましたので、清吉さんの身は詰まる、わちきも身は詰まる、いっそもうこうなればと心を決めまして、わちきが進んで身請けされたのでござります。そうやって敵のふところに飛び込んだうえで、おりあらば香箱を奪いとり、清さんの身の浮かばれるようにと思うのでござりましたが、相手も名うての悪党だけあって、なかなかわちきなぞの手にはおえませんので、それを苦にやみ思いつめて、おかわいそうに、とうとう死ぬ気にもなられたのでござりましょう――思えば、それもこれも、みんなわちきゆえからできたこと、ふびんでふびんでなりませぬ……」
 いうと、美女薄雪はその愛の深さを物語るように、こらえこらえて忍び音に泣きくずれました。
 しかし、右門は聞いた以上もう猶予すべきはずはないので、りんとしながらいいました。
「よしッ、むっつり右門が腕にかけてもひっくくってやろう! すぐさま案内されい!」
「えッ! では、あの、ではあの、わちきたちの命を救ってくださりまするか!」
「聞いちゃほっておかれねえのがわしの性分じゃ。ふざけたまねしやがって、このうえおひざもとを荒らされたんじゃ、江戸一統の名折れではござらぬか。ついでに、その香箱とやらも取り返してしんぜようが、いま仙次の野郎は在宅でござるか」
「今は不在でござりまするが、暮れ六つまえには帰ると申しましたので、おっつけもうそのころでござります」
「さようか。では、張り込んでてやろう。さ、伝六! ひょっとすると、きさまの十手にものをいわさなくちゃならねえかもしれんから、土性骨を入れてついてきなよ」
 かりにも浪花表で八つ化け仙次といわれている以上は、草香流ばかりではいけないかもしれないと思いましたものでしたから、ここに捕物とりものを重ねること第九回、いまぞはじめて腰の一刀にものをもいわせようというかのように、蝋色鞘ろいろざや細身のわざものにしめりをくれておくと、さっそうとして立ち上がりました。



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