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投手殺人事件(ピッチャーさつじんじけん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-6 6:18:24 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


   その五 汽車の中の契約

 金口と木介は八時半ごろ支局の若い者に叩き起された。ヤケ酒のフツカヨイで、頭が痛み、まことに心気爽快でない。
「大事件が起りましたよ。大鹿投手が昨夜殺されたのです。支局長は捜査本部へつめかけていますよ」
「アレレ。予期せざる怪事件。犯人は誰だ」
「まだ分りゃしませんよ。怨恨、物盗り、諸説フンプンでさ。支局長からの電話では、ラッキーストライクから受けとった三百万円が紛失しとるそうです」
「嘘つけ!」
「アレ! なんたる暴言」
「ソモソモ我等こと二名の弥次喜多はだな。東京のビンワンなる記者であるぞ。コチトラは朝の七時半から夜の九時半すぎまで、煙山を追っかけてきたんや。彼の足跡あまねくこれを知っとる」
「コレコレ。あんまり、大きいことを言うな」
 と、さすがに金口副部長、木介を制したが、木介いささかも、ひるまない。
「いえ、あまねく、知っとるですわ。煙山は夜の九時半までは確実に大鹿に会うとらん。九時半までは、三百万円は煙山のカバンの中にあり、九時半すぎは、旅館においてあったのです。大鹿は、何時に殺された?」
「夜の九時から十二時の間」
「ソレ、みろ」
「オイオイ、モク介。あわてるな。われらも渦中の人物や。考えてみろ。我等こと何故に煙山を追っかけたか、これ、怪人物の電話によるものである。これは、イカン。何者か、我等ことを笑うとる陰の人物がおるわ。捜査本部へ出頭じゃ」
 そこで両名は捜査本部へ出かけた。
 居古井警部は、両名の怪しき陳述に、いささか呆れた様子である。
「すると、あなた方は東京からズッと京都まで煙山氏を尾行してきたのですね」
「仰せの通りで」
 警部は一人の刑事に命じて、両名からきいた旅館の名を教えて、煙山に出頭してもらうように命じた。刑事はすぐ、でかけた。
「すると、大阪へ降りて、桃山、国府両選手を訪ねて、あとはマッスグ京都へ、ね。全然大鹿に会う時間はないワケですね。九時半ごろまで」
「左様で。しかし、ですな。我等ことがウドンをくい、酒をのんどるヒマに、煙山は散歩にでてしもうたですわ。しかし、カバンは、持って出ませんということで」
「しかし、九時半に上野光子が大鹿を訪ねていますが、そのときは契約を交したあとらしく、安心しきっていたそうですな」
「アレマ」
「無名の怪人物からの電話で尾行を命令したのですな」
「イヤ、煙山の出発の時間を知らせて来たのですわ」
「そこが、ちょッと、面白いですな」
「変な電話がチョイ/\かかってくるもんですわ、新聞社ちゅうトコは。たいがいインチキ電話ですが、今度ばかりは、煙山の出発時刻から、ズバリそのもの。東京のフリダシから京都の上りまで、チャント双六すごろくができてますわ。やっぱり、正月のせいかな」
「まったく、妙ですな。尾行の様子をくわしく話して下さい」
 そこで木介が得たりとばかり、ルル説明に及ぶ。
 そこへ煙山が連れられてきたので、二人と入れ換ったが、煙山は中折帽に白いマフラー、二つのカバンをぶらさげて現れた。それを見ると、木介が、すれ違いざま、頓狂な叫びをあげた。
「アレレ。この人は手品使いかな。昨日は鳥打帽に黒っぽいマフラーだったぜ」
 煙山はギロッと木介を睨みつけて、居古井警部の前に立った。すすめられて椅子にかけると、彼はクスリと笑って、カバンをあけ、
「ホレ。鳥打と黒っぽいマフラーはここにあります。私らはなるべく人目を避けねばならぬ商売だから、いろいろ要心しますな」
「なるほど。上野光子さんも、そう申しておられましたよ」
「彼も女子おなごながら、相当、やります」
「あなたは昨日、契約金と契約書を持って、上方かみがたへ乗りこんでいらしたのですね」
「その通りです」
「大鹿選手と契約を結ばれたのは、何時ごろですか」
「イヤ。それが奇妙なのですよ。汽車が米原まいばらへつくと、大鹿が乗りこんできたのです。どうして、この汽車に乗ってることが分ったか、ときいてみますと、そうと知ってたわけではないが、とてもジッと京都に待ってられない不安におそわれ、フラフラと米原まで、急行を迎えに出たというんですね。米原京都間は急行はノンストップです。それで、上野光子とのイキサツなども車中で話してくれましたが、イヤ、心配するな、安心しろ、というわけで、汽車の中で、契約書を交して、三百万渡してやりました。新しい千円札は、こういう時に便利で、三百万といったって、あっちこっちのポケットへねじこめますね」
「ハテナ。その契約書は、墨で署名してありましたが」
「その通りです、ごらんなさい」
 煙山はカバンをあけて、矢立やたてをとりだして示した。
「野球の選手なんてものは、スズリだの毛筆だの、まア、持ってないのが多いもんです。ですから、私は、ちゃんとブラ下げて歩いています」
「さすがに細心なものですな。ところで、あなたは、東京から尾行した者があることを御存知でしたか」
「いいえ、それは知りませんでした。しかし、私の職業柄、常に尾行する者あるを予期して、行動しております」
「なるほど、それで分りました。ところで、あなたの東京発の時間を、誰か知っていたでしょうか」
「そうですなア。社内では、マア、社長。それから、誰でしょう。そう、たくさんの人が、知ってる筈はありません。たいがいなら、九時の特急と思うでしょう。一時間半おそく出発して、京都へつくのが一時間四十分ぐらい早いのですから。しかし、特急は知った顔に会うことが多いので、私はめったに利用しません」
「実はですな。御出発の前夜、専売新聞へ、あなたの出発時刻を知らせた電話があったのです。むろん無名の人物からです。さッき奇声を発したのが、尾行の記者ですよ」
「ハハア。それは妙ですなア。私の出発時刻をね。誰だろう。暁葉子は知っていたかも知れんが、そんなことをする筈はない」
「あなたの関西旅行の用向きはもう終ったのですか」
「その通りです。妙なことで、大鹿との契約が早くすんだので、京都へ泊らなくとも良かったのですが、旅館の予約をとっておきましたから、ゆっくり休憩のツモリでな。この十日間に、三度も関西を往復したのですから」
「京都では、いつも、あの宿ですか」
「いいえ。今度の三回だけです。私は、きまった宿にはメッタに泊りません。それに、京都よりも、大阪、神戸、南海沿線などの方に用向きが多いのですよ」
「宿へついてから、散歩されたそうですが」
「そうです。ミヤゲモノを買いにでました。そんなことは殆どしないタチですし、するヒマもないのですが、この日は久しぶりでユックリする気持がうごいて、ミヤゲなども買う気持になったんですな。最後に、こんなものを買いました。京紅、匂袋、女物の扇子、みんな女のミヤゲです。アハハ」
 煙山はトランクをあけて、ミヤゲの品々を見せた。同じ品をいくつも買ってる。ついでに二ツのトランクの中を見せてもらったが、変装用具と洗面具のほかは何もない。
「いつごろ散歩からお帰りでしたか」
「そうですなア、四条から三条、それから祇園の方までブラブラと、あれこれ見て廻って、又、新京極へ戻って、ちょッと寝酒をのんで、宿へ帰ったのは十二時半ごろでしたかなア。一時ちかかったかも知れません」
「どうも、御苦労さまでした。もう、ちょッと、みんなの取調べの目鼻がつくまで、待っていて下さい」
「イヤ、どうも、せっかく手に入れた選手を殺して、ウンザリしましたよ。せっかくの苦労も、水の泡です」煙山は苦笑して、去った。
 居古井警部は葉子をよんで、煙山の出発の時刻を知っていたか訊いたが、朝出発とだけ知っていたが、時刻は知らなかったとのことで、又、それを誰に話しもしなかった、という返事であった。
 そこへ刑事が引ッ立ててきたのは、岩矢天狗であった。三十七八の小柄だが、腕ッ節の強そうな男だ。彼はきかれもしないのに、いきなり、喚いた。
「冗談じゃ、ないよ。オレが真ッ暗の部屋へはいって行ったら、屍体につまずいて手をついたんだ。ライターをつけて、室内を見た。スイッチを見つけたから電燈をつけて、こいつはイケネエと思ったね。すぐ手を洗って、電燈を消して逃げだしたんだ。三分か五分ぐらいしか居やしない。ちゃんと、もう、死んでたんだ。靴跡や手型はあるかも知れんが、拭いてるヒマもねえや。運ちゃんを探して、きいてみな。自動車を待たせといて、人殺しができるかてんだ。しかし、なんしろ、人はオレを疑うだろうと思うと、慌てるね。三百万円はフイになるし、横浜へも帰られない。ママヨと、パンパン宿へ行ったのさ」
 赤い顔だ。酒をのんでるらしい。衣服の胸や袖口、膝や、ところどころ血がついてる。かなり拭きとったらしいが、よく見ると、分る。
 手型と靴をしらべてみると、たしかに岩矢のものにマチガイない。
「お前は葉子にミレンがなかったのか」
 と、居古井警部が鋭くきいた。
「いくらか、あるさ。しかし、三百万で売れるなら、どんなに惚れた女でも、手放すね」彼は冷然と笑った。
「よし、まア、待ってろ。運転手にきけばわかることだ。どんな運転手だ」
「そっちで勝手に探すがいいや」
「ウン、そうするよ。あッちで、休んでいてくれ」
 岩矢天狗を退らせて、居古井警部は背延びした。
「ゆうべの京都のタクシーはだいぶ嵐山を往復したのがいるわけだ。ひとつ、探してくれ。それから、時間表を見せてくれ。博多行急行の米原着は、午後五時五分か。京都から午後にでかけて米原でそれに乗って戻ってくるには、一つしかない。京都発午後二時二十五分。米原着四時三十分か」
 居古井警部は目をとじて考えこんだ。
「米原まで出かけて行った淋しい不安な気持は分るが、しかし、ちょッと、契約書を見せてくれ」
 それを手にとって、睨んでいた。
「走る汽車の中でこんなハッキり毛筆で書けるかなア。停車時間以外にはなア」
 彼は又考えこんだが、一服投手をよばせた。
「君は大鹿君のところから帰るとき、上野光子さんの自動車とすれ違ったそうだネ」
「イエ、知りません」
「しかし、自動車とすれ違ったろう」
「さア、どうですか、覚えがありませんよ」
「だって、あんな淋しい道に、かなり、おそい時刻だもの、印象に残りそうなものじゃないか」
「でも、考えごとをしていたせいでしょう」
「そうかい。どうも、ありがとう」
 居古井警部は、長い瞑想の後、呟いた。
「どうしても、犯人はあれだけしかないネ、ハッキリしとるよ」
 そして快心のえみをもらした。

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