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十二神貝十郎手柄話(オチフルイかいじゅうろうてがらばなし)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-9-2 6:34:03 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


        八

 しかし貝十郎は部屋の中へはいって、隼二郎を探そうとはしなかった。この時またも庭の方から、女と男の叫び声が、逼迫して聞こえて来たからであった。で、貝十郎は飛び出して行った。月光の中でお豊と猪之助とが――諸人接待の馳走の席で、憎々しい反抗的態度と言葉とで、征矢野家の先代の悪口を、憚らず云っていたごろつきのような男――その猪之助とが格闘していた。と、前方から一つの人影が、二人目がけて走って来た。
「鏡ちゃん! いいところへ! 早く来ておくれ!」
「姉さん! あぶない! ……おのれ猪之助!」
「何を、こいつら! 邪魔をするな!」
 二人の格闘が三人となった。貝十郎は走って行こうとした。悪酔いがいまだに醒めなかった。足が云うことを聞かなかった。
「わッ」「斬ったな!」「ざまア見やアがれーッ」「あれーッ! 皆さん! 来てくださいヨ――!」
 一人が地上へぶっ倒れた。と、つづいてもう一人倒れた。そこから一人が走り出して来た。
「待て!」と貝十郎は身を挺して、走って来た猪之助をさえぎろうとした。体が云うことをきかなかった。
「邪魔だ! こいつも!」
 ドッとぶつかった。よろめいた貝十郎の横をすり抜け、土蔵づくりの建物の中へ、猪之助は一散に走り込もうとした。と、赤い一点の火が、花の蕾のような形を取って、建物の入り口から現われた。扉がその背後うしろで閉ざされている。
「ね、叔父様はお仕事中よ、ですからはいっちゃアいけませんの」
 焔の立っている蝋燭を持ち、その光に顔を輝かせ、佇んでいる娘がそういうように云った。それは他ならぬお三保であった。隣りの部屋に眠っていたところ、庭での騒ぎが起こったので、驚いて様子を見に来たものらしい。処女らしい美しさが驚きのために、純粋性を増して見えた。唇がポッとひらいている。眼が大きくひらいている。
「ああ、あなた猪之助さんね。……どうなさいました、匕首など持って。……」
「…………」
 静が動を制したらしい。猪之助は呆然として突っ立っていた。

 地下室は決して暗くはなかった。
 明るい燈火ともしびに照らされて、その地下室の上にある部屋――隼二郎の部屋の舶来の、いろいろの外科の道具よりも、もっといろいろの外科の道具が、卓や棚に備えつけられてあった。そうしてその地下室の一所に、立派な柩が二つ置かれてあり、その中に二つの骸骨が研究材料のように置かれてあった。
 そうしてその側の机によって、庭に騒ぎなどあろうとも知らず、隼二郎が手紙を読んでいた。それは古びた手紙であって、諸人接待の日が来るごとに、読むことに決めている手紙であった。
「弟よ、私は自殺をする。私は家を興そうとして、物質ばかりに齷齪あくせくした。そうしてそのため二人の人をさえ殺した。一人は大金を持っていたからだ。一人は私の犯罪を知って、恐喝をしに来たからだ。自責のために私は死ぬ。私が縊死をした松の木の下を、試みに掘って見るがよい。二つの骸骨が出るであろう。私の殺した二人の人の骨だ。……お蔭で私は財を貯えた。お前に善用して貰いたい。私と違って学究のお前だ。その方面で尽くしてくれ。娘を頼む、三保を頼む」

 後日貝十郎は人に語った。「征矢野周圃といえば木曽の蘭医で、骨格の研究では最も早く、よい文献を出している人で、その方面では有名なのだそうです。隼二郎がつまり周圃なのです。例の二つの骸骨で、実地研究をしたのだそうです。お豊という女は悪人ではなく、周圃が江戸にいた頃から、周圃を愛していた女なので、周圃が木曽へはいってからは、家政婦として入り込んで来て、周圃の研究を助けながら、周圃と夫婦になろうとしたのです。ところが周圃は真面目なので、姪のお三保に婿を取るまでは、夫婦にならないと云っていたのです。そこでお豊は弟を呼び寄せ――鏡太郎というのはお豊の弟で、これも大した悪人ではなく、軟派の不良の少年だったのですが、弟とは云わずに附近に住ませ、お三保とくっつけようとしたのです。お三保が誘惑に応じないので、誘拐しようとまでしたのです。だが可哀そうに鏡太郎もお豊も、猪之助に切られたのが基となって、間もなく死んでしまいました。猪之助ですか、ありゃア解りません。二つの骸骨の縁辺みよりなのか、秘密を知っていて強請ゆすりに来たものか、その辺ハッキリ解りません。素ばしっこく逃げてしまいましてね、その後行方ゆくえが解らないのです。……どっちみち私は田舎は嫌いだ。田舎へ行くと目違いをします。……征矢野家の先代の罪悪を、あばけば発くことは出来るのですが、そんな必要はありませんでした。隼二郎氏が真面目にやっているのですから、浄罪的な立派な仕事ですよ」

    妖説八人芸


        一

 昼の海は賑わっていた。人達が潮を浴びていた。泳ぎ自慢に沖の方へ、ズンズン泳いで行く若者もあった。なぎさに近い浅い所で、ボチャボチャやっている老人もあった。そうかと思うと熱い砂の上へ、腹這っている中年者もあった。小舟に乗って漕ぎ出す者もあれば、小舟に乗って帰って来る者もあった。桟橋の上を彷徨さまよいながら、海にいる人達を眺めている、女や子供の群もあり、脱衣場で着物を脱いでいる者もあった。
 岸に近い海は濁っていたが、沖の方へ行くに従って、緑の色を深めていた。波が来た! 大きな波が! 波が崩れて飛沫しぶきを上げた。と、そこから笑い声が起こった。
 帆船が遠くの海の上を、野茨のように白くうごめいていれば、浜の背後を劃している、松林が風で揺れてもいた。海は向こうまで七里あり、対岸には桑名だの四日市だのの、名高い駅路うまやじが点在していた。
 よく晴れた日で暑かった。
 と、一人の美しい娘が、島田髷をつやつやと光らせながら、貸し別荘のある林の中から、供も連れず一人で歩いて来たが、ひょいと砂地へかがみ込んだ。彼女の前にある物といえば、脱ぎすてられた潮湯治客の衣裳や、潮湯治客の持ち物であった。
 彼女は間もなく立ち上がった。そうしてソロソロと歩き出した。何んの変わったこともない。とまた彼女はかがみ込んだ。彼女の前にある物といえば、脱ぎすてられた潮湯治客の衣裳や、潮湯治客の持ち物であった。
 彼女は間もなく立ち上がった。そうしてソロソロと歩き出した。何んの変わったこともない。と彼女は脱衣場へ上がり、あたりを見廻して佇んだ。
 派手な模様の白地の振り袖、赤地の友禅の単帯ひとえおび身長せいが高く肉附きがよく、それでいて形の整った体へ、垢抜けた様子にまとっている。そういう姿を衆人に見せて、彼女は佇んでいるのであった。またも彼女はかがみ込み、やがて立ち上がって脱衣場を下りた。何んの変わったこともない。
 しかし程経て潮湯治客達は、あっちでもこっちでも騒ぎ出した。
「おや財布を盗まれたぞ」
「俺も印籠を盗まれた」
掏摸すりが入り込んでいるらしい」
「どこにいる、捕えろ、叩きのめせ」
 しかし彼らは例の娘が、犯人であろうとは気がつかなかった。が、たった一人だけ、気がついている者があった。ずっと向こうを彷徨さまよっている、例の娘を見やったが、
あのお方はあんな大きな仕事を、懸命に計画していられるのに、あいつはそれに参画していながら、あんなちっぽけな小泥棒を、こんな所でやろうとは。……親の心知らずというやつだな。大きな計画の方へ眼をつけている俺だ、ああいう小仕事は見がして置こう」
 その人物は呟いた。
 潮湯治客を目当てにして、浜の幾所かに出している茶屋の、その一軒の牀几に腰かけ、茶を呑んでいた武士であって、編笠を冠っているところから、その容貌は判らなかったが、黒の羽織、蝋塗りの大小、威も品もある立派な武士であった。
「おや、あれは、珠太郎殿ではないか」
 武士は一所ひとところを凝視した。
「あの娘に見とれている」
 富豪の息子とも思われるような、鷹揚おうようで品のある青年が、ずっと向こうの渚の辺で、扇で胸を煽ぎながら、潮湯治場の賑わいを、面白そうに眺めていたが、例の娘が自分の横を、桟橋の方へ歩いて行くのを見ると、ひどくたれたというふうに、恍惚うっとりとした様子で見送った。
 が、すぐに自分も歩き出し、その娘の後をつけて行った。
「これは困ったことになったぞ」武士は呟いて考え込んだ。
「おや、二人は話し出したぞ」
 桟橋の上で青年と娘とが、はじらいながらぼそぼそと、話しているのが見て取れた。
 ――その日から十日の日が経った。

「いつ?」とお小夜は情熱的に訊ねた。
「いつでも」と珠太郎は熱心に答えた。
 二人の手はしっかりと握られている。それは七月のことであって、十三日の月が懸かっていた。
 媾曳あいびきをしている二人の者へも、月光は降りそそいでいた。ここは尾張領知多の郡、大野の宿の潮湯治場(今日のいわゆる海水浴場)で、夜ではあったが賑わっていた。珠太郎は二十歳の青年で、尾張家御用達ごようたしの大町人、清洲越十人衆の一人として、富と門閥とを誇っている、丸田屋儀右衛門の長男であった。
 お小夜はというに十数日前から、潮湯治に江戸からやって来た、筒井屋助左衛門という商人の娘で、年は十九だと云うことであったが、それよりは老けているようであった。珠太郎の家の夏別荘が、大野にあってその別荘へ、珠太郎は潮湯治にやって来ていた。浜で再々お小夜と逢った。並々ならぬその美貌と、洗い上げた江戸前の姿とが、珠太郎を魅さないでは置かなかった。で二人は恋仲となった。
 珠太郎は名古屋という退嬰的の都会の、老舗しにせの丸田屋の箱入り息子なので、初心うぶで純情で信じ易かった。お小夜の性質はそれとは異って、計画的のところがあった。何かを珠太郎に対してたくらんでいる――と云ったようなところがあった。
「江戸へ行きましょう」と云い出したのは、珠太郎でなくてお小夜であった。駈け落ちをしようと云い出したのである。
 最初珠太郎はふるえたいほどにも恐れた。でもいつの間にか従うようになった。
 今宵などはお小夜に「いつ?」と訊かれて「いつでも」と云うほどになっていた。
 夏別荘には相違なかったが、大家の丸田屋の別荘なので、お屋敷と云ってもよいほどに、大きくもあれば立派でもあった。
 今二人が媾曳あいびきをしている、裏庭なども林かのように、茂っていた木々によって蔽われていた。木々を通して向こうに見える、二階建ての建物から華やかな笑いと、華やかな灯火とが洩れて来ていた。丸田屋の主人が客をんで、夜宴をひらいているからである。
 芙蓉の花がにわかに揺れた。お小夜の袖があおったからである。そのお小夜の左右の手が、珠太郎の背に廻っていた。
「それでは明後日あさっての夜。……ね、珠太郎様」
明後日あさっての夜? ……ええ、きっと。……」
「まず名古屋まで通し駕籠で。……」
「通し駕籠で、……参りましょうとも」
詳細くわしい手筈は明日の晩に、やはりここで致しましょうよ」
「ええここで、明日の晩に。……」
 珠太郎の頬にお小夜の髪が触れた。と、その時少し離れた、築山のあるほとりから、突然笑う声が聞こえて来、つづいて話す声が聞こえて来た。
「アッハッハッ、どうしたものだ。そんな殺生な真似まねはしない方がいい」
「これはこれはとんだ話で、あなた様こそ殺生な真似など、なさいません方がよろしいようで」
「何を馬鹿な、十二神オチフルイめ!」
「館林様こそよくございません」

 その後の事を十二神貝十郎は、後日次のように人に話した。
 お小夜と珠太郎の媾曳あいびきをだね、築山の蔭から見ていたのは、我輩わがはいばかりではなかったのさ。館林様も見ていたのさ。それを互いに知ったものだから、大声で暴露し合ったのさ。
 お小夜と珠太郎の吃驚びっくりしたことは! それはほんとに気の毒なほどだった。もちろん二人は逃げてしまったさ。お小夜は外へ、珠太郎は家内うちへな。そこで我輩も外へ出た。
 丘を下りると街道で、片側が松林になっている。松林の中からは人声などがしていた。少し行って左へ曲がった。と、明るい燈の光が見え、沢山の人が集まっていた。
 ナーニ何んでもありゃアしない、潮湯治の客を当て込みにした、薦張こもばりの見世物の小屋があって、無数の提灯がともっていて、看板を見る人達が、小屋の前に集まっていただけなのさ。

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