日本の英雄伝説 |
講談社学術文庫、講談社 |
1983(昭和58)年6月10日 |
1983(昭和58)年6月10日第1刷 |
1983(昭和58)年6月10日第1刷 |
一
頼光が大江山の鬼を退治してから、これはその後のお話です。 こんどは京都の羅生門に毎晩鬼が出るといううわさが立ちました。なんでも通りかかるものをつかまえては食べるという評判でした。 春の雨のしとしと降る晩のことでした。平井保昌と四天王が頼光のお屋敷に集まって、お酒を飲んでいました。みんないろいろおもしろい話をしているうちに、ふと保昌が、 「このごろ羅生門に鬼が出るそうだ。」 といい出しました。すると貞光も、 「おれもそんなうわさをきいた。」 といいました。 「それはほんとうか。」 と季武と公時が目を丸くしました。綱は一人笑って、 「ばかな。鬼は大江山で退治てしまったばかりだ。そんなにいくつも鬼が出てたまるものか。」 といいました。貞光はやっきとなって、 「じゃあ、ほんとうに出たらどうする。」 とせめかけました。 「何ひと、出たらおれが退治てやるまでさ。」 と綱はへいきな顔をしていいました。貞光と季武と公時はいっしょになって、 「よし、きさまこれからすぐ退治に行け。」 といいました。 保昌はにやにや笑っていました。 綱は、その時 「よしよし、行くとも。」 というなり、さっそく鎧を着たり、兜をかぶったり、太刀をはいたり、ずんずん支度をはじめました。 綱も、外の三人もみんなお酒に酔っていました。 貞光は、その時あざ笑いながら、 「おい、ただ行ったって、何かしょうこがなければわからないぞ。」 といいました。綱は、 「じゃあ、これを羅生門の前に立ててくる。」 といって、大きな高札を抱えて、馬に乗って出かけました。 真っ暗な中を雨にぬれながら、綱は羅生門の前に来ました。そして門の前を行ったり戻ったり、しばらくの間鬼の出てくるのを待っていました。けれどいつまでたっても、鬼らしいものは出て来ませんでした。綱はひとりで笑って、 「はッは、鬼め、こわくなったかな。やはり鬼が出るというのはうそなのだろう。まあ、せっかく来たものだから、高札だけでも立てて帰ろう。」 と独り言をいいながら、門の前に高札を立てました。 「やれやれ、つまらない目にあった。」 綱はぶつぶついいながら、そのまま帰って行こうとしました。あいにく雨が強くなって、風が出てきました。真っ暗な中で綱は、しきりに馬を急がせました。 ふと綱の乗っていた馬がぶるぶると身ぶるいをしました。そのとたん、ずしんと何か重たいものが、後ろの鞍の上に落ちたように思いました。おやと思って、綱がそっとふり向くと、なんだかざらざらした堅いものが顔にさわりました。それといっしょにいきなり後ろから襟首をつとつかまれました。 「とうとう出た。」 綱はこう思って、襟首を押さえられたまま鬼の腕をつかまえて、 「ふん、きさまが羅生門の鬼か。」 といいました。 「うん、おれは愛宕山の茨木童子だ。毎晩ここへ出て人をとるのだ。」 と、鬼はいうなり綱の襟首をもって空の上に引き上げました。 引き上げられながら綱はあわてず刀を抜いて、横なぐりに鬼の腕を切りはらいました。その時くらやみの中で「ううん。」とうなる声がしました。そのとたん綱はどさりと羅生門の屋根の上に落とされました。 その時はるかな黒雲の中で、 「腕は七日の間預けておくぞ。」 と鬼はいって、逃げて行きました。 綱はそろそろ屋根をおりて、その時までもしっかり襟首をつかんでいた鬼の腕を引きはなして、それを持って、みんなのお酒を飲んでいる所へ帰って行きました。 帰って来ると、みんなは待ちかまえていて、綱をとりまきました。そして明かりの下へ集まって鬼の腕をみました。腕は赤さびのした鉄のように堅くって、銀のような毛が一面にはえていました。 みんなは綱の武勇をほめて、また新しくお酒を飲みはじめました。
[1] [2] 下一页 尾页
|