三
狐のふしぎな宝物を授かったせいでしょうか、狐の子供の阿倍の童子は、並の子供と違って、生まれつき大そう賢くて、八つになると、ずんずんむずかしい本を読みはじめ、阿倍の家に昔から伝わって、だれも読む者のなかった天文、数学の巻き物から、占いや医学の本まで、何ということなしにみな読んでしまって、もう十三の年には、日本中でだれもかなうもののないほどの学者になってしまいました。 するとある日のことでした。童子はいつものとおり一間に入って、天文の本をしきりに読んでいますと、すぐ前の庭の柿の木に、からすが二羽、かあかあいって飛んで来ました。そして何かがちゃがちゃおしゃべりをはじめました。何をからすはいっているのか知らんと思って、童子は例のふしぎな玉を耳に当てますと、このからすは東の方から来た関東のからすと、西の方から来た京都のからすでした。京都のからすは関東のからすに向かって、このごろ都で見て来た話をしました。 「都の御所では、天子さまが大病で、大そうなさわぎをしているよ。お医者というお医者、行者という行者を集めて、いろいろ手をつくして療治をしたり、祈祷をしたりしているが、一向にしるしが見えない。それはそのはずさ、あれは病気ではないんだからなあ。だがわたしは知っている。」 「じゃあどういうわけなんだね。」 と関東のからすはたずねました。 「それはこういうわけさ。このごろ御所の建て替えをやって、天子さまのお休みになる御殿の柱を立てた時に、大工がそそっかしく、東北の隅の柱の下に蛇と蛙を生き埋めにしてしまったのだ。それが土台石の下で、今だに生きていて、夜も昼もにらみ合って戦っている。蛇と蛙がおこって吹き出す息が炎になって、空まで立ちのぼると、こんどは天が乱れる。その勢いで天子さまの体にお病がおこるのだ。だからあの蛇と蛙を追い出してしまわないうちは、御病気は治りっこないのだよ。」 「ふん、それじゃあ人間になんか分からないはずだなあ。」 そこで京都のからすは、関東のからすと顔を見合わせて、あざけるように、かあかあと笑いました。そしてまた関東のからすは東へ、京都のからすは西へ、別れて飛んでいってしまいました。 からすの言葉を聞いて、童子は早速占いを立ててみると、なるほどからすのいったとおりに違いありませんでしたから、おとうさんの前へ出て、その話をして、 「どうか、わたしを京都へ連れて行って下さい。天子さまの御病気を治して上げとうございます。」 といいました。 保名もこれをしおに京都へ行って、阿倍の家を興す時が来たと、大そうよろこんで、童子を連れて京都へ上りました。そして天子さまの御所に上がって、お願いの筋を申し上げました。天子さまも阿倍の仲麻呂の子孫だということをお聞きになって、およろこびになり、保名親子の願いをお聞き届けになりました。そこで童子はからすに聞いたとおり占いを立てて申し上げました。御所の役人たちはふしぎに思って、なかなか信用しませんでしたが、何しろ困りきっているところでしたから、ためしに御寝所の東北の柱の下を掘らしてみますと、なるほど童子のいったとおり、火のような息をはきかけはきかけ戦っている蛇と蛙を見つけて、追い出して、捨てました。するとまもなく天子さまの御病気は薄紙をへぐように、きれいに治ってしまいました。 天子さまは大そう阿倍の童子の手柄をおほめになって、ちょうど三月の清明の季節なので、名前を阿倍の清明とおつけになり、五位の位を授けて、陰陽頭という役におとりたてになりました。後に清明の清の字をかえて、阿倍の晴明といった名高い占いの名人はこの童子のことです。
四
たった十三にしかならない阿倍の童子が、天子さまの御病気を治してえらい役人にとりたてられたと聞いて、いちばんくやしがったのは、あの石川悪右衛門のにいさんの芦屋の道満でした。道満はその時まで日本一の学者で、天文と占いの名人という評判でしたが、こんどは天子さまの御病気を治すことができないで、その手柄を子供に取られてしまったのですから、くやしがるのも無理はありません。そこで御所へ上がって天子さまに讒言をしました。 「御用心遊ばさないといけません。あの童子は詐欺師でございます。恐れながら、陛下のお病は侍医の方々や、わたくし共の丹誠で、もうそろそろ御平癒になる時になっておりました。そこへ折よく童子めが来合わせて、横合いから手柄を奪っていったのでございます。御寝所の下の蛇と蛙のふしぎも、あれら親子が御所の役人のだれかとしめし合わせて、わざわざ入れて置いたものかも知れません。どうか軽々しくお信じなさらずに、一度わたくしと法術比べをさせて頂きとうございます。もしあの童子が負けましたらば、それこそ詐欺師の証拠でございますから、さっそく位を取り上げて、追い返して頂きとうございます。」 と申し上げました。 「でもお前がもし童子に負けたらどうするか。」 と天子さまは少しおこって、おたずねになりました。 「はい、万々一わたくしが負けるようなことがございましたら、それこそわたくしの頂いておりますお役も位も残らずお返し申し上げて、わたくしは童子の弟子になって、修業をいたします。」 と、高慢な顔をしてお答え申し上げました。 そこで天子さまは阿倍の晴明親子をお呼び出しになり、御前で術比べさせてごらんになることになりました。道満と晴明が右左に別れて席につきますと、やがて役人が四五人かかって、重そうに大きな長持を担いで来て、そこへすえました。 「道満、晴明、この長持の中には何が入っているか、当ててみよ、という陛下の仰せです。」 とお役人の頭がいいました。 すると道満は、さもとくいらしい顔をして、 「晴明、まずお前からいうがいい。子供のことだ、先を譲ってやる。」 といいました。晴明はその時、丁寧に頭を下げて、 「では失礼ですが、わたくしから申し上げましょう。長持の中にお入れになったのは猫二匹です。」 といいました。 晴明がうまくいいあてたので、道満はぎょっとしました。 「ふん、まぐれ当たりに当たったな。いかにも二匹の猫に相違ありません。それで一匹は赤猫、一匹は白猫です。」 長持のふたをあけると、なるほど赤と白の猫が二匹飛び出しました。天子さまも役人たちも舌をまいて驚きました。 今のは勝負なしにすんだので、又、四五人のお役人が、大きなお三方に何か載せて、その上に厚い布をかけて運んで来ました。道満はそれを見ると、こんどこそ晴明に先をこされまいというので、いきり立って、 「ではわたくしから申し上げます。お三方の上にお載せになったのは、みかん十五です。」 といいました。 晴明はそれを聞いて、「ふん。」と心の中であざ笑いました。そして少しいたずらをして、高慢らしい道満の鼻をあかせてやりたいと思いました。そこでそっと物を換える術を使って、お三方の中の品物を素早く換えてしまいました。そしてすました顔をしながら、 「これはみかん十五ではございません。ねずみ十五匹をお入れになったと存じます。」 といいました。天子さまはじめお役人たちはびっくりしました。こんどこそは晴明がしくじったと思いました。そばについていたおとうさんの保名も真っ青になって、息子のそでを引きました。けれども晴明はあくまで平気な顔をしていました。道満は真っ赤になって、 「さあ、詐欺師の証拠は現れましたぞ。中を早くおあけなさい、早く。」 とさけびました。 お役人はお三方の覆いをとりました。するとどうでしょう。お三方の上に載せたのはみかんではなくって、今の今まで晴明のほかだれ一人思いもかけなかったねずみが十五匹、ちょろちょろ飛び出して、御殿の床の上を駆け歩きました。すると長持の上に寝ていた二匹の猫が目早く見つけて、いきなり飛び下りて、ねずみを追い回しました。みんなは「あれあれ。」とさけんで、総立ちになって、やがて御殿中の大さわぎになりました。 これで勝負はつきました。芦屋の道満は位を取り上げられて、御殿から追い出されました。そして阿倍の晴明のお弟子になりました。
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