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美談附近(びだんふきん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-30 19:35:13 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     遠足

「これで約束の時間に間に合ひますか」
「さあ、ちよつと怪しいな、もう少し急がう」
「地図つてやつはどうも当てにならん」
「地図の方でもさう云つてるよ。医者と地図とどう関係があるつて……」
「それにしても、この辺は人家がなさすぎますね」
「人家無きところ患者あるべき道理なし」
 めいめい思ひ思ひのいでたちながら、相当歩くことを覚悟で、××市を今朝発つて来た一行である。医者が二人、新聞記者が一人、国民学校の先生が一人、それに若い女性一人、看護婦である。
 峠へさしかゝつた。遥か彼方から同じ道を国民服の二人連れがこつちへ登つて来る。
「ご苦労さま。だいぶ暇どれましたよ」
「もう準備はいゝんですか」
「みんな集つとります」
 迎への二人はこの村の訓導と青年団員である。この村は、無医村なのである。
 国民学校の教室が診療室に充てられ、老若男女、凡そ病めるものすべてがそこに集つてゐた。
 新聞記者のA君が、まづ挨拶をした。
「両先生を御紹介します。こちらが××病院副院長B博士、こちらが××県医師会評議員、眼科のC先生です。特にお断りしておきますが、両先生はもちろん、われわれは決して慈善行為をするつもりはないのであります。病気の治療ができない方が一人でもあるといふことは、お国のために非常に心配なことです。この村にはお医者がゐない、そこで、手のあいてゐる医者が代り代りに来て、患者をみてあげよう、それは医者として当り前なことだ、今度は自分たちが、日曜を利用してひとつ出かけよう、かういふ軽い気持で来られたのであります。しかしです。私はこの一行に加はつて、両先生をみなさんにお引合せする光栄を得ましたについて、何よりもうれしいことは、両先生のさういふさつぱりしたお気持と、この村の村長さんはじめ、村民の方々の、かういふ仕事に対する十分な、ご理解とが、ぴつたり一致して、今後この村から病人を一人も出さないやうにといふ望みが、今、こゝに満ちてゐる春の日射しとともにお互の胸に湧き起つてゐるのがはつきり感じられることであります」
 その日の暮れ方ちかく、一行は山を降つた。
「この遠足は、しかし、ちょつとしたもんだつたね」と、B博士は感慨深げに云つた。
「ちよつとしたもんだ。ところで新聞に出す手は絶対にないな、医師会の半分が動き出すまでは……」と、C先生は応じた。

     次男

 鳥居朝吉君は弟の手紙を繰返して読んだ。
 弟は郷里の中学を終へ、高等学校の試験に通つてゐながら、進んで現役志願をして満洲へ渡り、守備隊勤務に服してゐる間に、病を得て内地の病院へ還され、そこで除隊になつて現在は父母の膝下で静養をつゞけてゐるのである。

――からだの方はだいぶんよくなりました。兄さんが結婚されたことをハルビンで聞いた時、僕はこれでもう安心だといふ気がしました。それがどういふ意味か、兄さんにわかりますか。僕は家のことを考へたのです。北満の空は暗雲に覆はれてゐました。僕はいつでも死ぬ覚悟でゐたのに、やつぱり、家を出てゐられる兄さんのことが気がかりでした。ところで、今、かうして家に帰り、少し気持も落ちついて来て、自分の将来のことをあれこれと思ふのですけれども、これは実に不思議な変りやうです。ご承知のやうに、僕の宿望は博物研究です。肩書で云ふならば理学博士です。高校、大学といふ課程は当然踏まなければならぬと思ひ込んでゐたのです。それが、一旦、生死の境を越えて来た僕にとつては、まつたく他愛ない妄想に過ぎなくなりました。僕は、この郷土を離れたくありません。この古びた陰鬱な屋敷が、僕の魂をまだ育てゝくれるといふ気がするのです。そこには、僕の志と一体になり得る光明があることを、やつと発見したのです。家が百姓でないことは残念ですが、土地の人々の表情は僕に冷やかでないばかりでなく、僕の態度ひとつで、それが熱烈に燃えあがる何ものかを包んでゐることがわかりました。僕はおやぢの後をついで竹細工をやります。そして、段々に動植物の本を読み、実地の観察を丹念にやります。さういふ努力の結果が中央の学界を刺戟することになればもつけの幸ひです。結局は、僕の学問に対する情熱が、郷土と家とをはなれてあるのではなく、寧ろ、それへの愛着と献身とによつて一層確かなものになるといふ信念に到達したのです。
そこで、僕は兄さんにご相談したいのです。男の兄弟は僕たち二人ですから、本来なら兄さんが家に留まるべきだと思ふのですが、それは恐らく無理でせう。兄さんは恵まれた才能に従つて東京で好きなことをやつて下さい。日本の経済界の立て直しをやつて下さい。僕は、幸ひ次男として、誰からも強ひられず、不本意ながらといふのでなく、自分の興味と本性の命ずるまゝに、兄さんに代つて家を護ります。わが××町のために一生を捧げます。どうか、僕のこの願ひをそのまゝ信じて下さい。

 鳥居朝吉君は、読み終つた手紙を膝の上に置き、「畜生ッ」と肚のなかで叫びながら、ぐつと胸をつまらせた。

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