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番町皿屋敷(ばんちょうさらやしき)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-29 0:03:09 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


   第二場

番町青山家の座敷。二重屋体にてかみのかたに床の間、つゞいて襖。庭には飛び石。上の方に井戸ありて、井戸のほとりに大いなる柳を栽ゑたり。おなじ日の夕刻。

(上の方より庭づたひに、用人柴田十太夫が先に立ち、腰元お菊、お仙の二人出づ。ふたりは高麗焼かうらいやきの皿五枚を入れたる箱を持つ。)
十太夫 これ、大切の御品ぢや。気をつけて持つてゆけ。よいか。
二人 かしこまりました。
十太夫 唯今お蔵から取出したばかりで、別に仔細もあるまいが、念には念を入れよと云ふこともある。お勝手へ持つて退さがるまでに兎もかくも一度吟味をいたさう。その箱をそれへ運べ。
二人 はい、はい。
(三人は縁にあがる。お菊は先づ箱をあけて五枚の皿を出す。十太夫は眼鏡をかけて一々にあらためる。つゞいてお仙も五枚の皿を出す。十太夫はおなじくあらためてうなづく。)
十太夫 よし、よし、十枚ともに別条ない。くどくも申すやうなれど、これは大切のお品ぢや。かならず粗相があつてはならぬぞ。
お仙 御用人様。この十枚のお皿が何うしてそのやうに大切なのでござりまする。
十太夫 そちは新参、詳しいわけをよく知るまいが、このお皿は高麗焼で、御先祖様から代々伝はるお家の宝ぢや。万一あやまつてその一枚でも打砕いたら厳しいお仕置、先づ命はないものと覚悟せい。
お仙 え。(顫へる。)
十太夫 ぢやによつて滅多に取出したことはないのぢやが、今宵は白柄組のお頭水野十郎左衞門様がお越しに相成るについて、殿様格別のお心入れで、御料理のうつはにそのお皿をおつかひなさる。又してもくどく申すやうぢやが、一枚一枚鄭重に取りあつかへ。割るは勿論、きずをつけても一大事ぢやぞ。よいか。
二人 はい、はい。
十太夫 殿様がお帰りになるまでに、あちらのお客間を取片附けて置かねばならぬ。では、そのお皿を元のやうに箱に入れて、お勝手の方へ運んでおけ。やれ、忙しいことぢや。
(十太夫はそゝくさと庭に降りてかみかたに去る。お仙はあとを見送る。)
お仙 ほんにいつも/\気ぜはしいお人ぢや。併しそれほど大切なお皿ならよく気をつけて取扱はねばなるまい。なう、お菊どの。はて、お前は何をうつとりとしてゐるのぢや。
お菊 (突然に。)お仙どの。
お仙 なんぢやえ。
お菊 このごろ殿様は御縁談があるとかいふ噂ぢやが、お前それをほんたうと思ふかえ。
お仙 さあそれは、新参のわたしには判らぬが、なにやらそんなお噂がないでも無いやうな。
お菊 無いでもないやうな。(口のうちで繰返す。)若しあつたとしたら。
お仙 おめでたいことぢや。
お菊 さうかも知れぬ。(腹立たしげに云ひしが又思ひ直して。)いや、それは嘘であらう。嘘ぢや、嘘ぢや。うそに違ひない。
お仙 でも、殿様ももうお年頃ぢや。奥様をお貰ひなさるに不思議はあるまい。
お菊 奥様……。(又腹立たしげに。)内の殿様は奥様などお貰ひなさる筈がないのぢや。
お仙 はて、そんなに怖い顔をして、なぜわたしを睨むのぢや。お前はこのごろ様子が変つて、ぢつと考へてゐるかと思へば、急にじれたり怒つたり、なにか気合でも悪いのかえ。
(お菊はだまつて俯向うつむいてゐる。琴唄のやうな独吟になる。)
※(歌記号、1-3-28)世の中の花はみじかき命にて、春は胡蝶の夢うつつ、なにが恋やらなさけやら。
(お仙は五枚の皿を片附けて箱に入れる。お菊はやはり考へてゐる。)
お仙 おとなりのお屋敷では又いつものお琴のおさらひが始まつたやうな。(箱をかゝへて起つ。)さあ、おまへも早うお勝手へ……。わたしは一足さきへ行きますぞえ。
(お仙は庭に降りて下の方に去る。)
お菊 (苛々いら/\して。)えゝ、なんとしたものであらう。わたしといふ者を打捨てて、ほかの奥様をお貰ひ遊ばすやうな、そんな嘘つきの殿様でないことは、不断からよく知つてゐるものの、小石川の伯母様の御媒介おなかうどで、飯田町の大久保様とやらから奥様をお迎へなさる、内相談があるとやら。(また考へる。)いや、それはほんの人の噂ぢや。おゝ、さうぢや。現にこのあひだも殿様にそれを云うて念を押したら、えゝ、馬鹿め、おれを疑ふにも程がある。まあ、黙つて長い目で見てをれ、とたゞ一口に叱りなされた。叱られて嬉しかつたもつかで、又なんとやら疑ひの芽が噴いてくる……。えゝ、もうどうともなれ。
※(歌記号、1-3-28)物に狂ふか青柳も、風のまに/\もつれて解けて、糸のみだれの果しなき。
(お菊は少しくれたる気味にて皿を片づけてゐたりしが、また手をやすめて考へる。)
お菊 よもやとは思ふものの、万一ほんたうに奥様が来るやうであつたら……。えゝ、気の揉めることぢや。たとへ口ではなんと仰せられても、男はいつはりの多いものとやら。なんとかして殿様の、心の奥の奥を確かに見きはめる工夫はないものか。(思案しながら我手に持つたる皿にふと眼をつける。)お家に取つては大切な宝といふこの皿を、もしもわたしが打砕いたら……。(又かんがへる。)とは云ふものの、大切なお道具を、むざ/\こはすは勿体ない。
※(歌記号、1-3-28)雲さへ暗き雨催ひ、故郷の空はいづこぞと、ゆくてに迷ふかりの声。
(お菊は皿をながめて、毀さうか毀すまいかと迷つてゐる。)
お菊 えゝ、もういつそのこと。
※(歌記号、1-3-28)しづ心なく散りそめて、土に帰るか花の行末。
(この以前よりお仙は下手しもてより出で来りてうかゞひゐる。お菊は思ひ切つて一枚の皿を取り、縁の柱に打ち付けて割る。この途端に、下の方にて「お帰り」と大きく呼ぶ声。お仙は早々に下の方へ立去る。上の方より庭づたひにて十太夫足早に出づ。)
十太夫 おゝ、もうお帰りぢや。(下の方へ行かんとしてお菊をみる。)お菊、まだそこに居つたのか。や、お皿をどうぞ致したか。これ、お菊。(あわてて縁に上る。)や、大切のお皿を真二つに……。こ、こりやういたしたのぢや。仔細をいへ、仔細を申せ。
(十太夫はおどろき怒つて詰めよる。お菊は黙つて手をついてゐる。)
十太夫 えゝ、黙つてゐては判らぬ。こ、こりや一体どうしたのぢや。さつきもあれほど申聞かせて置いたに……。かやうな粗相を仕出来しでかしては、そちばかりではない、この十太夫もどのやうな御咎おとがめを受けうも知れぬ。こりや飛んでもないことに相成つたぞ。
(十太夫も途方に暮れてゐるところへ、奥の襖をあけて青山播磨つか/\出づ。)
十太夫 お帰り遊ばしませ。御出迎へと存じましたる処、おもひも寄らぬ椿事ちんじ出来しゆつたいいたしまして、失礼御免くださりませ。
播磨 思ひもよらぬ椿事……。(打笑む。)十太夫が又なにか狼狽うろたへて居るな。あわて者め。はゝゝゝゝゝ。
十太夫 いや、あわてずには居られませぬ。殿様、これ御覧くださりませ。(皿を指さす。)
播磨 (割れたる皿を見ておどろく。)や、高麗の皿を真二つに……。誰が割つた。(怒る。)
お菊 わたくしが割りました。
播磨 菊、そちが割つたか。(かんがへて。)定めて粗相であらうな。
お菊 はい、恐れ入りましてござりまする。大切なお皿を損じましたは、わたくしが重々の不調法、どのやうな御仕置を受けませうとも決してお恨みとは存じませぬ。
播磨 おゝ、先づ以て神妙の覚悟ぢや。青山の家に取つては先祖伝来大切の宝ではあるが、粗相とあれば深く咎めるわけにもまゐるまい。以後はきつと慎めよ。
お菊 はい。ありがたうござりまする。(安心して喜ぶ。)
播磨 幸ひ今夕こんせきの来客は水野殿を上客として、ほかに七人、主人をあはせて丁度九人ぢや。皿が一枚かけても事は済む。なう、十太夫。
十太夫 左様でござりまする。しかし御客人の御都合はもあれ、折角十枚揃ひましたる大切の御道具を、一枚欠きましたる不調法は、手前も共におわび申上げまする。
播磨 (打笑む。)いや、いや、心配いたすな。たとひ先祖伝来とは申せ、鎧兜槍刀のたぐひとは違うて、所詮は皿小鉢ぢや。わしは左のみ惜いとも思はぬ。しかし昔形気の親類どもにきこえると面倒、表向きは矢はり十枚揃うてあることに致しておけ。
十太夫 はあ。
播磨 御客人もやがて見えるであらう。座敷の用意万端とゞこほりなく致して置け。そちは名代の粗忽者ぢや、手落のないやうに気をつけい。
十太夫 委細心得てをりまする。万事手ぬかりのない筈とは存じて居りまするが、ではもう一度念のために、御座敷を見※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)つてまゐりまする。御免くだされ。
(十太夫はそゝくさと再び庭伝ひに上のかたへ去る。お菊は残る四枚の皿を箱に入れる。)
お菊 とんだ粗相をいたしまして、なんとも申訳がござりませぬ。(手をつく。)
播磨 はて、くどう申すな。一度詫びたらそれでよい。まことを云へば家重代の高麗皿、家来があやまつて砕く時は手討にするが家の掟ぢやが、余人は知らず、そちを手討になると思ふか。はゝゝゝゝゝ。砕けた皿は人の目に立たぬやうに、その井戸のなかへ沈めてしまへ。
お菊 はい、はい。
(お菊は嬉しげに起つて、先づ皿の箱を縁さきに持ち出し、更に欠けたる皿を取りて庭に降り、上の方の井戸になげ込む。)
お菊 では、わたくしもお勝手へ退さがりまする。
(皿の箱をかゝへる。)御免くださりませ。
(下の方へ行きかゝる。)



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