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番町皿屋敷(ばんちょうさらやしき)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-29 0:03:09 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 現代日本文學全集 56 小杉天外 小栗風葉 岡本綺堂 眞山青果集
出版社: 筑摩書房
初版発行日: 1957(昭和32)年6月10日
校正に使用: 1957(昭和32)年6月10日初版

 

登場人物

 青山播磨はりま
 用人 柴田十太夫
 やつこ 權次ごんじ 權六
 青山の腰元 お菊 お仙
 澁川の後室こうしつ 眞弓まゆみ
 放駒四郎兵衞はなれごましろべゑ
 並木の長吉
 橋場の仁助
 聖天しやうてんの萬藏
 田町たまちの彌作
 ほかに若党 陸尺ろくしやく 茶屋の娘など

   第一場

麹町、山王下。正面はたかき石段にて、上には左右に石の駒寄こまよせ、石灯籠などあり。桜の立木の奥に社殿遠くみゆ。石段の下には桜の大樹、これに沿うて上のかたに葭簀張よしずばりの茶店あり。店さきに床几しやうぎ二脚をおく。明暦めいれきの初年、三月なかばの午後。

幡隨院長兵衞ばんずゐゐんちやうべゑの子分並木の長吉、橋場の仁助は床几に腰をかけてゐる。茶店の娘は茶を出してゐる。宮神楽みやかぐらの音きこゆ。)
娘 お茶一つおあがりなされませ。
長吉 桜も今が丁度盛りだね。
娘 こゝ四五日のところが見頃でござります。それに当年はいつもよりも取分けて見事に咲きました。
長吉 山王の桜といへば、おれたちが生れねえ先からの名物だ。山の手で桜と云やあ先づこゝが一番だらうな。
仁助 それだから俺達もわざ/\下町から登つて来たのだ。それで無けりやああんまり用のねえところだ。
長吉 これ、神様の前で勿体ねえことを云ふな。山王様の罰があたるぞ。
仁助 山王様だつて怖えものか。おれには観音様が附いてゐるのだ。
娘 お背中にぢやあございませんか。(笑ふ。)
仁助 やい、やい、こん畜生。ふざけたことを云やあがるな。
長吉 まあ、静かにしろ。どうせねえさんにめられる柄ぢやあねえや。はゝゝゝゝゝゝ。
娘 ほゝ、とんだ粗相を申しました。
(ふたりは茶をのんでゐる。石段の上より青山播磨、廿五歳、七百石の旗本。あみ笠、羽織、袴。あとより權次、權六の二人、いづれも奴にて附添ひ出づ。)
播磨 桜はよく咲いたな。
權次 まるで作り物のやうでござりまする。
權六 たなばたの赤い色紙いろがみを引裂いて、そこらへ一度に吹き付けたら、斯うもあらうかと思はれまする。
播磨 はて、むづかしいことを云ふ奴ぢや。それより一口に、祭礼の軒飾りのやうぢやと云へ。はゝゝゝゝゝ。
(三人は笑ひながら石段を降りる。)
娘 お休みなされませ。
(三人は上の方の床几にかゝる。長吉と仁助は見てさゝやき合ふ。娘は茶を汲んで三人に出す。)
長吉 おい、ねえさん。こつちへももう一杯んねえ。
娘 はい、はい。(茶を汲んで来る。)
長吉 (飲まうとしてわざと顔をしかめる。)こりやあ熱くつて飲めねえや。
(長吉はわざとその茶を播磨の前にぶちまける。)
權次 やあ、こいつ無礼な奴。なんで我等のまへに茶をぶちまけた。
權六 かう見たところが粗相でない。おのれ等喧嘩を売らうとするのか。
長吉 売らうが売るめえがこつちの勝手だ。買ひたくなけりや買はねえまでだ。
仁助 一文やつこの出る幕ぢやあねえ、引込んでゐろ。こつちは手前達を相手にするんぢやねえや。
播磨 然らば身どもが相手と申すか。(笠を取る。)仔細しさいもなしに喧嘩を売る、おのれ等のやうなならずものが八百八町にはびこればこそ、公方様くばうさまお膝元が騒がしいのぢや。
(この以前より放駒の四郎兵衞、町奴のこしらへにて子分二人をつれ、石段を降り来り、中途に立ちてうかがひゐたりしが、この時ずつと前に出る。)
四郎兵衞 仔細しさいもなしに咬み付くやうな、そんな病犬やまいぬは江戸にやあゐねえや。白柄組しらつかぐみとか名を付けて、町人どもをおどしてあるく、水野十郎左衞門の仲間のお侍、青山播磨様と仰しやるのは、たしかあなたでごぜえましたね。
萬藏 さうだ、さうだ。この正月に山村座やまむらざのまへで、水野と喧嘩をしたときに、たしかに見かけた侍だ。
彌作 ちげえねえ。坂田の何とかいふ奴と一緒になつて、その白柄をひねくり※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)したのを、俺あちやんと覚えてゐるんだ。
(長吉と仁助は床几をゆずり、四郎兵衞はまん中に腰をかける。)
播磨 むゝ、白柄組の一人と知つて喧嘩を売るからは、さてはおのれは花川戸はなかはどの幡隨院長兵衞が手下の者か。
四郎兵衞 お察しの通り、幡隨院長兵衞の身内でも、ちつとは知られた放駒の四郎兵衞。
長吉 並木の長吉。
仁助 橋場の仁助。
萬藏 聖天の萬藏。
彌作 田町の彌作だ。
權次 やい、やい。こいつら素町人すちやうにんの分際で、歴々の御旗本衆に楯突たてつかうとは、身のほど知らぬ蚊とんぼめ等。それほど喧嘩が売りたくば、殿様におねだり申すまでもなく、云値いひねでおれ達が買つてやるわ。
權六 幸ひ今日は主親しゆうおやの命日といふでも無し、殺生するにはあつらへ向きぢや。下町からのたくつて来た上り鰻、山の手奴が引つ掴んで、片つぱしから溜池ためいけの泥に埋めるからさう思へ。
四郎兵衞 そんなおどしを怖がつて、尻尾をまいて逃げるほどなら、白柄組が巣を組んでゐる此の山の手へのぼつて来て、わざ/\喧嘩を売りやあしねえ。こつちを溜池へぶち込む前に、そつちが山王のくゝり猿、御子供衆のお土産にならねえやうに覚悟をしなせえ。
播磨 われ/\がかしらとたのむ水野殿に敵意を挟んで、とかくに無礼をはたらく幡隨院長兵衞、いつかはらしてくれんと存じて居つたに、その子分といふおのれ等が、わざと喧嘩をいどむからは、もはや容赦ようしやは相成らぬ。望みの通り青山播磨が直々ぢき/\に相手になつてくるゝわ。
四郎兵衞 いゝ覚悟だ。お逃げなさるな。
播磨 なにを馬鹿な。
子分四人 えゝ、休めちまへ、休めちまへ。
(播磨も權次權六も身がまへする。四郎兵衞、その他四人も身繕みづくろひして詰めよる。娘はうろ/\してゐる。この時、陸尺ろくしやくに女の乗物をかゝせ、若党二人附添ひて走らせ来り、喧嘩のまん中へ乗物をおろす。)
長吉 おい、おい。お前達も目さきが利かねえ。
仁助 こゝへ、そんなものをおろしてどうするんだ。
二人 退いてくれ、退いてくれ。
(權次權六は若党の顔を見ておどろく。)
權次 おゝ、こなたは小石川の。
權六 澁川様の御乗物か。
(乗物の戸をあけて澁川の後室眞弓、五十余歳、裲襠うちかけすがたにて出づ。)
播磨 おゝ、小石川の伯母上、どうしてこゝへ……。
眞弓 赤坂の菩提所ぼだいしよへ仏参のかへり路、よいところへ来合せました。天下の御旗本ともあるべき者が、町人どもを相手にして、達引たてひきとか達入たていれとか、毎日毎日の喧嘩沙汰、さりとは見あげた心掛ぢや。不断からあれほど云うて聞かしてゐる伯母の意見も、そなたといふ暴れ馬の耳には念仏さうな。主が主なら家来までが見習うて、權次、權六、そち達も悪あがきが過ぎませうぞ。
權次權六[#「權次」と「權六」は横並びになっている] あい、あい。(頭を押へてうづくまる。)
四郎兵衞 見れば御大家の後室様、喧嘩のまん中へお越しなされて、このおさばきをお付けなさる思召おぼしめしでござりますか。御見物ならもう少しあとへお退さがり下さりませ。
眞弓 差出た申分かは知りませぬが、この喧嘩はわたしに預けてはくださりませぬか。播磨はあとできびしう叱ります。まあ堪忍して引いてくだされ。
四郎兵衞 さあ。(思案する。)
長吉 でも、このまゝで手を引いては。
仁助 親分に云訳があるめえぜ。
萬藏 今更あとへ引かれるものか。
彌作 かうなるからは命の取遣りだ。
四人 かまはずにつちまへ、遣つちまへ。
眞弓 不承知とあればわたしがお相手。
四郎兵衞 え。
眞弓 それとも素直に引いてくださるか。
四郎兵衞 こりやあ困りましたね。いくら御武家にしたところが、女を相手に町奴がまさかに喧嘩もなりますまい。喧嘩は元より出たとこ勝負。けふに限つたことでもござりませぬ。おまへ様のおあつかひに免じて、こゝは素直に帰りませう。長吉も仁助も虫をこらへろ。
眞弓 よう聞き分けて下された。そんならこゝはおとなしう。
四郎兵衞 どうも失礼をいたしました。もし、白柄組のお侍。いづれ又どこかで逢ひませうぜ。(長吉仁助等に。)今聞く通りだ。さあ、みんな早く来い、来い。
長吉仁助[#「長吉」と「仁助」は横並びになっている] あい、あい。
(四郎兵衞は先にたちて、長吉と仁助と子分二人は去る。)
眞弓 これ、播磨。こゝは往来ぢや。詳しいことは屋敷へ来た折に云ひませうが、武士たるものが町奴とかの真似をして、白柄組の神祇じんぎ組のと、名を聞くさへも苦々にが/\しい。喧嘩がなんで面白からう。喧嘩商売は今日かぎり思ひ切らねばなりませぬぞ。
播磨 はあ。
眞弓 きかねば伯母は勘当ぢや。わかりましたか。
播磨 はあ。
眞弓 それ。
(眞弓は眼で知らすれば、陸尺は乗物をきよせる。眞弓は乗物に乗りしが、再び首を出す。)
眞弓 これ、播磨。そちが悪あがきをすると云ふも、一つにはいつまでも独身ひとりみでゐるからのことぢや。この間もちよつと話した飯田町の大久保の娘、どうぢや、あれを嫁に貰うては。
播磨 さあ。(迷惑さうな顔。)喧嘩のことは兎もかくも、その縁談の儀は……。
眞弓 いやぢやと云ふのか。(かんがへる。)ほかの事とも違うて、これは無理強ひにもなるまいか。そんならそれはそれとして、かへすがへすも白柄組とやらの附合は、きつと止めねばなりませぬぞ。
播磨 はあ。
(眞弓は乗物の戸をしめる。若党等は播磨に一礼して向うへ乗物をいてゆく。)
權次 殿様。悪いところへ伯母御様がお見えになりまして。
權六 わたくし共までが飛んだお灸を据ゑられました。
播磨 (笑ふ。)伯母様は苦手ぢや、所詮あたまは上らぬわ。今伯母様に叱られた、その白柄組の水野どのは、仲間のものを誘ひ合せて、今夜わが屋敷へまゐらるゝ筈ぢや。酔うたら又面白い話があらう。
(風の音して桜の花ちりかゝる。)
播磨 おゝ、散る花にも風情があるなう。どれ、そろ/\帰らうか。
權次權六[#「權次」と「權六」は横並びになっている] はあ。
(權次は茶代を置く。娘は礼をいふ。播磨は行きかゝる。)

 

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