霊魂第十号の秘密(れいこんだいじゅうごうのひみつ)
初めての実験 すっかり組立を終った。 隆夫は胸をおどらせて、金網の箱の外のパネルの前に、腰掛を寄せて、いよいよその受信機を働かせてみることになった。 電源を入れた。 しばらくすると、真空管のヒラメントがうす赤く光りだした。 そこで五つの目盛盤をあやつると、天井から下向きにとりつけてある高声器から、がらがらッと雑音(ざつおん)が出て来た。「おやッ。雑音は出て来ないはずだが、なぜ出て来るんだろう」 雑音を完全に消すのが特長であるこの受信機が、スイッチを入れるが早いか、がらがらッとにぎやかに雑音を出したものだから、隆夫はすっかりくさってしまった。「どこが悪いんだろうか」 電気を切ると、隆夫は金網戸を開いて、器械のそばへ行った。 せっかくつないだ接続をはずして、装置の各パートを、たんねんに診察しはじめた。それが終ったのが、朝の三時だった。結果は、どのパートも故障はなかった。 それからまた電源や出力側の接続をやり直した。それが完了すると、金網戸のところを外へ出、ぴったりと戸をしめた。そしてパネルの前に再び腰を下ろし、もう一度頭の中で手落ちはないかと確(たしか)め、それから金網越しに、奥の台の上に列立する真空管や、鋭敏(えいびん)な同調回路の部品や、念入りに遮蔽(しゃへい)してあるキャプタイヤコードの匐(は)いまわり方へいちいち目をそそいだ。「こんどこそ欠点なしだ」 確信をもって彼は、電源のスイッチを入れた。そしてしばらく真空管の温(あたた)まるのを待った。 がらがらッ。がらがらッ。 雑音が、またも天井裏(てんじょううら)の高声器から降ってきた。 しぶい顔をして隆夫は、又してもはねまわるぬ雑音に聞き入った。「だめだッ」 スイッチを切る。「いったいどこがいけないのか、見当がつかないや。どこも悪くないんだがなあ」 がっかりして、彼はとなりの図書室の長椅子(ながいす)の上にのびて、ねてしまった。 その翌日のことであった。 学校のかえりに、二宮(にのみや)と三木(みき)がついて来た。 隆夫は二人を小屋の中の金網の前につれこんだ。そして前夜からのことをくわしく説明した。「ちょっとスイッチを入れてみないか」 二宮がいったので、「よおし」と隆夫は電源スイッチを入れた。 すると間もなく、例のがらがらッ、が始まった。だが昨夜ほど大きくはなかった。とはいうものの、他のよわい通信を聞き分けることは、とてもできないくらい雑音の強さは桁(けた)はずれに大きかった。 二宮も三木も、かわるがわるパネルの前に立って、隆夫にききながら目盛盤をまわしていろいろ調整をやってみたが、さっぱり通信の電波は受からなかった。 ただ二宮は、こんなことをいった。「この雑音ね、どの波長のところでも聞えることは聞えるけれど、この目盛盤で5から70ぐらいの間が強く聞えて、その両側ではすこし低くなるね」「それはそうだね。その5と70の外では、急に回路のインピーダンスがふえるから、それで雑音も弱くなるのじゃないかなあ」 隆夫が意見をのべた。「そうだろうか。しかしぼくはね、この雑音はふつうの雑音ではないような気がする。やっぱり信号電波が出ているんじゃないかなあ。しかしその電波は、鋭敏に一つの波長だけで出していないんだ。そうとう広い波長帯で、信号を放送しているんじゃないかなあ」 二宮は、かわった見方をしている。「でもこれは雑音のようだぜ」「ぼくもそう思う」 三木も隆夫に賛成した。 両説に分れたままで、その時は分れた。なぜならば、三人の少年たちの知識と実力とではそれを解決することができなかったからだ。 友だち二人が帰ると、隆夫は小屋の中にひとりとなったが、気が落ちつかなかった。もう一度雑音を聞いてみた。雑音にちがいないと思いながらも、妙に二宮のいった広い波長帯をもった放送かもしれないという説が気になってならなかった。そこで彼は決心して、小屋から出ていった。母親にことわって、隆夫は外出した。彼が足を向けたのは、電波物理研究所で研究員をしている甲野博士(こうのはかせ)のところだった。若い甲野博士は、電波の研究が専門で、隆夫がアマチュアになったのも、この人のためで、隆夫の家とは遠い親戚(しんせき)にあたるのだった。 博士の批判 甲野博士にねだったかいがあって、博士はその日研究所の帰(かえ)り路(みち)に、隆夫の家へ寄ってくれることになった。 もう退(ひ)け時(どき)に近かったので、隆夫はしばらく待ってから、博士と連(つ)れ立(だ)って、わが家へ向った。 門を開いて、庭づたいに小屋の方へ歩いていると、お座敷のガラス戸ががらりとあいて母親が顔を出した。 甲野博士へのあいさつもそこそこにして、「ねえ、隆夫。たいへんなことができたよ」 と、青い顔をしていった。「どうしたの、お母さん」「お前の研究室がたいへんなんだよ。さっきひどい物音がしたから、なんだろうと思っていってのぞいてみるとね……」 母親は、あとのことばをいいかねた。「どうしたんですか。早くいって下さい」「中がめちゃめちゃになっているんだよ。なんでもご近所のドラ猫がとびこんだらしいんだがね、金網(かなあみ)の中であばれて、たいへんなことになっているよ」「えっ、金網の中? それはたいへん」 隆夫は夢中で小屋の方へ走った。甲野博士もあとから、隆夫の母親と連れだって小屋の方へゆっくり歩む。 まったく小屋の中はたいへんなことになっていた。もっともそれは金網の箱室の中だけのことであったが、隆夫が一生けんめいに組立てた受信機がめちゃめちゃにぶちこわされていた。大切な真空管も、大部分はこわれていた。ドラ猫は中にいなかった。金網の戸がすこしあいていた。「しまった」と隆夫は思った、よく閉めておかなかったのが悪かったのだ。なさけなさに、涙も出ず、隆夫は金網の戸をあけて中へはいったが、すみっこに鼠(ねずみ)のしっぽが落ちているのを見つけた。「ははあ。するとこの中に鼠が巣をつくっていたのかもしれない。そのために、あの雑音が起ったのであろう」 問題が解けたように思った。 そこへ博士と母親とがはいって来た。 隆夫は、甲野さんにすべてを説明した。猫にあばれこまれたらしい話までした。 博士は、ちょっと考えていたが、「さあ、鼠が巣をつくっていたのが雑音の原因かどうか、それはそうと考えられないこともないけれど、実際に装置を働かして聴いてみた上でないと、何ともいえないね」 と、学者らしい慎重(しんちょう)さでいった。「困ったなあ。こんなにこわされたんでは、もう一度こしらえ直すことが出来るかどうか……」「まあ、そうがっかりしないで、元気を出して、またつくってみるんだね。およそ研究というものは、辛棒(しんぼう)くらべみたいなものだ。忍耐心がないと成功はおぼつかない。……とにかく、装置の再建ができたら、また来て、見てあげよう。しかし君は、なかなかむずかしいことに手を染めたようだね。どれ、接続図と設計図とがあるなら出してごらん」 博士は図面を見て、いろいろとためになることを隆夫に注意した。が、最後にいった。「……とにかく、とにかく、君は誰もやったことのない方法で受信をしようとしている。それだけに面白い。しかしはたして君に扱いきれるかどうか、疑問だね。そしてもしも異様(いよう)な雑音が出たなら、それを録音しておくといいね。録音しておけば、あとでゆっくり分析も出来る。ぼくがやってあげでもいい。まあ力をおとさないように」 そういって甲野博士は、小屋を出た。 隆夫は、その夜はへたばって、早く寝てしまった。 翌日になると、隆夫は元気をもりかえした。ちょうど日曜だったので、彼は朝から「波動館」の中へはいり切りだった。 二宮君と三木君もやって来たので、三人して、猫と鼠の格闘(かくとう)でめちゃめちゃになった装置の復旧(ふっきゅう)を手つだった。この仕事は、一日では終らなかった。あと四五日はかかるであろうと思われた。 友だちが帰ってしまったあと、隆夫はひとりで金網室の中にぼんやりとしていた。が、彼は急に、電波のみだれ飛ぶ世界を耳でうかがってみたくて、たまらなくなった。 そこで大急ぎで、残った部品を仮(か)りの接続でつなぎあわせ、金網の外へ出て、パネルについている電源スイッチをおそるおそる入れてみた。 受信波長の調整もしてないから、どのあたりの電波に同調するか分らない。いやそれよりも、果して装置が働くかどうか疑問であった。 真空管は、とぼった。さあ次は雑音が出る番だ――と思った。ところが、とつぜん天井の高声器から人の声がとび出した。ただの声でない。呻(うめ)くような、呪(のろ)っているような、男とも女とも分らない、いやな声であった。 いったい何者なのか。電波怪異(でんぱかいい)はこのときに始まる。
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