郊外へ
いよいよ花を売ることにきめた源一だった。しかし花などというものがこの東京に――いや、この日本にあるのだろうかと源一は首をかしげた。 東京はこのとおり焼けてしまって、どこをみまわしても一輪の花さえみあたらない。そうではなくても、食糧不足のためにどんなせまい土地にも野菜を植えろ植えろといわれつづけて来たので、野菜こそどこにもはえているが、花は全くみあたらない。花なんか植えてあると、花どころじゃないよ、そんなものは早くぬいて、ねぎ一本でも植えておけ、としかられる。 「花? 花なんて、どこにもないねえ」 源一は、がっかりして焼跡にしゃがみこんだ。そのうちに、つかれが出て、うとうととねむってしまった。 どのくらいねむったか知らないが、源一はふと目をさました。 「そうだ。花は咲いているにちがいない。あのさしこのおじいさんは、まさか出来ないことをいうはずがない。――それにああ、僕は今ゆめの中で花がいっぱい咲いた春の野原をとびまわって遊んでいたのだ。れんげ草や、たんぽぽやクローバーやいろんなものが咲いていたよ。そうだ、野原へ行けば花は咲いているにちがいない」 ゆめの中に、源一は花のあるところをみつけたのだった。 彼は元気づいて立ち上った。そしてオート三輪車にひらりとまたがると、エンジンを音高くかけて出発した。 もうもうと、焼け灰を煙のようにかきまわしながら、源一ののった車はどんどん郊外の方へ走っていった。 赤坂から青山の通りをぬけ――そこらはみんなむざんな焼跡だった――それから渋谷へ出た。渋谷も焼けつくしていたがおまわりさんが辻に立っていた。そこで源一は、車を下りて、おまわりさんにたずねた。 「おまわりさん、花がいっぱい咲いている野原へ行きたいんですが、どこへ行けばいいでしょう」 「ええッ、花だって。この腹ぺこ時代に、花なんかみても腹のたしになるまいぜ。それとも、主食の代用に花でも食べるつもりかね」 おまわりさんはおどろいていたが、それでも親切に、花の咲いていそうな野原は、これから二キロほど先の三軒茶屋よりもうすこし先のところから始まって、多摩川の川っぷちまでの間に多分みつかるだろう、と教えてくれた。 「ありがとうございました」 源一はうれしくて大きな声でお礼をいうと、再び車にうちのって走りだした。しかし、行けども行けども、あいかわらずのひどい焼跡つづきで、だんだん心細くなって来た。 こんな時に花をさがしに走っている自分が、世界一のまぬけな人間のように思われて来るのだった。
れんげ草
「三軒茶屋は、まだでしょうか」 源一は、とちゅうでオート三輪車をとどめて、道ばたにぐったりなって休んでいる大人に声をかけた。 「三軒茶屋だって、三軒茶屋はもう通りすぎたよ。ここは中里だよ」 「へえッ通りすぎましたか」源一のおぼえている三軒茶屋は、大きな建物のならんだにぎやかな町だったが、それも焼けてしまって、ぺちゃんこの灰の原っぱになったため、通りすぎたのに気がつかなかったらしい。「多摩川へ行くのは、こっちですかね」 「多摩川だね、多摩川なら、これをずんずん行けば一本道で二子の大橋へ出るよ」 「ありがとう」 「買出し行くんかね、あっちは高いことをいって、なかなか売ってくれないよ」 「そうですか、困りますね」 電車の姿のない電車道の上を源一は車をすっとばして行った。やっぱり焼けているけれど、ぽつんぽつんと所々に焼跡があるだけで大部分の町が残っていた。源一はそれに気がつくと、なんだか、救われたように急に胸がひろがった。 「ほッ、多摩川だ」 いつの間にか多摩川の見えるところまで来た。二子の橋を渡る。美しい流れだ。川岸は目のさめるような緑の木や草にすがすがしく色どられている。 「いいなあ」 まるで夢の国へ来たようだ。こんな美しい世界が、まだこの日本にのこっているとは気がつかなかった。橋を渡ったところで左に折れ、堤の方を川にそって下って行く。 「ああ咲いている、咲いている! 花だ。れんげ草があんなにたくさん……」 源一はエンジンをとめると、車からとびおりた。そして目の下の堤いっぱいに咲きひろがっている紅いれんげ草の原へかけこんだ。 「うわあ、すごいなあ。すごいなあ」 源一は気が変になったように、れんげの原の上をとびまわったり、ころがったりした。そのうちに彼は、急に気がついたという風に、花の上にちょこんとすわりなおした。 「待てよ。こんなれんげ草を持っていって銀座の店に並べても、ほんとうに売れるかなあ。チューリップや、ヒヤシンスなら、よく売れることは分っているが、そんなものはないし……」 ちょっと迷ったけれど、源一にはこの紅いれんげ草が、この上なくうつくしいものに見えたので、やがて決心をして、それから根から掘った。 そして車のうしろにのせてあったカンバスの中に、ぎっしりつめこんだ。 「さあ、このお花の代金は誰に支払ったらいいんだろうなあ……はははは、れんげ草だから、これはタダでいいんだ」 源一はゆかいになって、花をつんだ車にのって、再び銀座にむかった。
一株五十銭
源一は、銀座の焼跡にもどると、さっそくれんげ草を売りはじめた。 「きれいな草花が、やすいやすい。両手にいっぱいでたった五十銭です」 れんげ草の根を、土とともに新聞紙でうまくくるんで、わらではちまきをしたものが、一かぶ五十銭で売り出されたのだ。このねだんをきめるまでに、源一はながいこと考えた。 はじめは十銭にしようかと思った。なにしろ多摩川堤に行けば、いくらとってもただなんだから、十銭でも高いといえる。 しかし、あそこまでオート三輪車をとばすためには、ガソリン代もいるし、タイヤのパンク修理代もみこまなくてはならない。 れんげ草を掘るためのシャベルを買うこと、草花を枯れないように水をかけてやらねばならないが、それに使うじょうろも買わなければならない。 手にはいるなら、小さいすきや、きのはちを買いこみたい。それにこのれんげ草を植えるのだ。そうしたらさぞ見ばえがすることであろう。 なおそのうえに、源一は一日に三度はたべなければならない。夜は手足をのばしてねるところを借りなければならない。そんなことを考えると、いくらただのれんげ草でも五十銭ぐらいには売らないと商売にもならないし、源一はたべて行けない。 「さあ、買って下さい。きれいな草花が、一かぶ五十銭ですよ」 源一は銀座の焼跡に人が通りかかると、こういって声をかけながら、れんげ草の一かぶを高くさしあげる。しかし相手は源一の方をむいて、にっこり笑うだけであって、源一の店までやって来て買って行く者はなかった。源一は、だんだん自信を失っていった。 なぜ、売れないんだろう。相手は誰でも、れんげ草をみて、にこにこ笑う。そういうところを見るとみんな花がきらいではないのだ。きらいでないくせに買っていかないのはどうしたわけだろう。 「ははあ、みんなお金がないのかな」 そうでもあるまい。たった五十銭なんだから。 「それとも場所がよくないのかな。この店は、銀座の通りから、ちょっとひっこんでいるから、ここまで入りこむのがおっくうなんだろうか」 たぶん、そうであろうかと思った。しかし、これはどうすることも出来ない。ここが店の場所なんだから仕方がない。 「お客さんの来るまで、とうぶん、ここでがんばってみよう」源一はそう決心した。そして売れなくても毎日店を出した。 すると、ある日のことめずらしく彼の店の前に近づいた三人の若者があった。三人は、源一の店に並んでいる品物をのぞきこむと、一度にぷっとふきだして大笑いした。
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