語る怪囚人
怪囚人は、一息いれると、八木少年のそばににじりより、気を失っている少年をよびさまそうとつとめた。 少年は、やっと気がついた。そしてきょろきょろと、あたりを見まわした。 「あ、あなたは?」 怪囚人は、しっかりと少年を抱えていて、はなさなかった。そして仮面をかぶった自分の顔を見られまいと、顔をそっぽに向けていた。 「もう心配ありません。きみの生命、助かりました」 怪囚人は聞きにくいことばで、少年をなぐさめた。 「ああ、そうだった、ぼくが地下道の中で溺死するとき、あなたはぼくを助けてくだすったのですね。ありがとう、ありがとう」 「そうです。私、君を助けました。君はかわいそうでありました。私は自分のためにこしらえてあった、脱走の穴を利用して、きみを救いました」 「えっ、脱走ですって、あなたは誰です」 八木少年は相手の腕をおしのけて、相手をよく見ようとした。怪囚人は、もはや自分の姿を見られることをさけようとはしなかった。 「おお、あなたは……」 八木少年はびっくりして、うしろへとびのいた。おそろしい顔だ、太い鉄鎖でつながれている囚人だ。極悪の人間なのであろう。なんというおそろしいことだ。 だが、次の瞬間、八木少年は前へとび出すと、死神の面をかぶった囚人の膝に、がばとすがりついた。そして涙と共に、おわびをいった。 「すみません、あなたは、ぼくの生命の恩人です。その恩人に対し、ちょっとの間でも、ぼくがおそろしそうに、後へ身をひいたことはおわびします」 「その心配、いりません。私、おそろしい仮面をつけています。私の姿、おそろしいです。君がにげようとしたこと、むりではありません。しかし、私、悪者ではありません。不幸にして、悪人のためにとらわれ、ここに永い間つながれているのです」 「ああ、そうでしたか、いったい、どうしてそんなことになったのですか、あなたは、どこの何という方ですか」 「くわしい話、あとでいたします」 「今、話して下さい」 「今、話すこと、よろしくありません。そのわけは、たいへん急ぐ仕事があります。そしてその仕事は、きみの力でないと、できないのです」 怪囚人は、そういった。しかし八木少年にはのみこみかねた。急ぐ仕事というのは、いったい何のことであろうか。これをたずねると、怪囚人は、こういった。 「おどろいてはいけません。この屋敷は、このままでは、あと一時間とたたないうちに、大爆発をして、あとかたもなくなってしまいます」 「えっ、この時計屋敷が、あと一時間とたたないうちに大爆発をするんですって、それはたいへんだ。この屋敷には、たくさんの人たちがまよいこんでいるのです。ぼくの友だちも四人、この屋敷にはいっています。そういう人たちを助けてやらねばなりません。ああ、そうだ、その前に、ぼくはあなたを助けます」 「お待ちなさい、その人たちを助けること、なかなか困難と思います。それよりも、君に急いでしてもらいたいことは、その大爆発が起らないようにすることです」 「なんですって、この屋敷の爆発が起らないようにすることも、まだ出来るんですか。それはどうすればいいのですか」 「それは、今動いている大時計をとめることです」 「えッ、あの大時計をとめるって……あ、大時計は動いているんですね。いつ、あんなに動きだしたんだろう」 八木少年は、どこからともなくひびいて来る大時計の時をきざむ音に、はじめて気がついて、おどろいた。 「大時計は、すこし前に鉦を三つうちました。このままでは、あと一時間ばかりして、四つうつでしょう。四つうてば、この屋敷は、こなみじんになるのです」 「それはどうしたわけですか」 「わけを説明しているひまはありません。君は早く大時計をとめて来るのです」 「いったい、どうすれば、あの大時計をとめることが出来るのですか」 「子供の力では、出来ないかもしれぬ。いや今、君に行ってもらう外に、方法はないのだ。もっとこっちへよりなさい。大時計の仕掛はこうなっている……」 と、怪囚人は、鉄の壁へ、釘の折れで、大時計の図をかきだした。
大発見
話は、四人の少年たちの方へうつる。 地震のあとで、放りこまれた部屋の一方の壁がするすると上にあがって、そのむこうにあらわれたのは、ほこりの積った古風な実験室みたいな部屋であり、そこに一つ額縁が曲ってかかっていたが、その中の油絵はまん中が切りとられていて、なかったこと、そしてそれはどうやら人物画らしいことなど、すでに諸君の知っているところである。 「おどろいたね。どこへいっても、からくり仕掛ばかりの屋敷だ」 あまり物事におどろかない五井少年も、こんどはおどろいた様子。 「なんだろう、この部屋は。錬金術師の部屋みたいだが、おい、四本君。これは君のお得意の科目だぜ」 六条が、四本の背中をつっつく。 「ふん。たいへん興味がわいてくるね。でも、ぼくには、これがなにをする部屋だか、さっぱり分らないよ。どこから調べたらいいのかなあ」 四本は、部屋の中を歩きまわる。 もう一人の二宮少年は、あいつづいて起るおどろきの事件に、すっかり心臓を疲らせたと見え、ふだんのお喋りがすっかり無口になって、青ざめた顔で、みんなのそばを離れまいとして、ふうふういいながらついてくる。 「ははあ、こんなものがあったぞ」 四本が、とつぜん頓狂な声をあげたので、のこりの少年たちは、彼の方へ寄っていった。 「これは何だか分るかい」 と、四本が、棚に並んでいたガラス壜の一つをとりあげて、みんなに見せた。中には、黄いろ味をおびた、やや光沢のある結晶している石がはいっていた。 「知らないね。いったい、それは何だ」 「これは、昔から日本にもあるといわれてたが、そのありかはなかなか知れていない水鉛鉛鉱だよ」 「すいえんえんこう、だって。それは何だ」 こうなると四本の話をだまって聞くより手がない。 「これは昔たいへん貴重なものとして扱われた鉱石なんだ。つまりこの中には、モリプデン――水鉛ともいったことがあるね――そのモリプデンが含有されているんだ。ここまでいえばもう分ったろう。モリプデンの微量を鋼にまぜると、普通の鋼よりもずっと硬いものが出来るんだ」 「ああ、モリプデン鋼のことか」 「大昔は、刀鍛冶たちが、行先を知らせず、ひとりで山の中へはいりこみ、一ヶ月も二ヶ月も家へかえらないことがあった。それは刀鍛冶が、この水鉛[#「水鉛」は底本では「水」]の鉱石を探すために山の中へ深くはいりこむのだ。そしてその場所を見つけても誰にも知らせないで、自分だけの用に使っていた。しかしその刀鍛冶が年をとって死にそうになると、ひそかに自分のあとつぎの者におしえたこともあったそうだ。とにかく、この水鉛鉛鉱が、この部屋には、あっちにもこっちにもおいてあるんだ。この謎を君たちはどう解くかね」 問う少年の瞳も、聞かれる少年たちの瞳も、共に輝いて、水鉛鉛鉱の上に集まる。 「ふん、分った。この屋敷を建てた混血児のヤリウスは、水鉛鉛鉱を売って儲けたんだろう。貿易もしたのだろう」 「そうだろうねえ」と四本も相づちをうち「なにしろ水鉛鉛鉱というものは、世界においてもめずらしい鉱石なんだから。……それからもっと謎を解けないかしら」 「そのヤリウスが、うまい商売を捨てて、なぜどこかへ行ってしまったんだろう」 「そのことなんだ。ぼくの想像では、ヤリウスは、水鉛鉛鉱がかなりたくさん出る場所を知っていたんだと思う。その証拠には、この部屋だけにでも、あっちにもこっちにも、たくさん標本や見本の鉱石が、無造作においてあるからね。ほら、そこの隅には、樽にいっぱいはいっている」 なるほど、小さい酒樽であったが、その中にいっぱいはいっていた。 少年たちが、感心して樽の中をのぞきこんでいるとき、大時計の音が、ゆっくり、かちかち聞えてきた。 ところが、あと五分足らずで、この屋敷は大爆発を起すことになっていた。四少年の中には、それに気がついている者は一人もない。あと、たった五分だ。 大危険は迫っている。 それなのに、その大危険の時刻を知っている八木少年はどうしたのであろう。
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