×の駆逐艦に見つかる 八門の 大砲にねらわれての大離れわざ
勇みに勇む第十三潜水戦隊は、その日から船脚に鞭うって、東南東の海面へ進撃してゆきました、いよいよ×国は近くなる一方です。 それは宣戦布告を聞いてから、丁度六日目にあたる日の昼下りのことでありました。第八潜水艦の司令塔は、にわかに活溌になってきました。 「どうも哨戒艦(見張の軍艦)らしいな」と清川艦長が叫びました。 「まだ向うは気がついていないようですね」 先任将校は双眼鏡から眼を離して、いいました。 「艦長どの、旗艦から報告です。『正面水平線上ニ×国二等駆逐艦二隻現ル』」伝令です。 「よし、御苦労」 行く手にあたって、高くあがった微かな煤煙は、だんだんと大きくなって来ます。よく見ると、成程それは×の二等駆逐艦が二隻並んでこちらへ進んで来ているのです。潜水艦の二倍もの快速力で走り、そして優勢な大砲を積んでいるという、潜水艦にとっては中々の苦手、その駆逐艦が、しかも二隻です。 だから、この場合潜水戦隊としては、出来るだけ姿を見せずに逃げだすのが普通なのです。 「艦長どの。司令官閣下から、お電話であります」 伝令兵は忙しく、清川大尉の方へ報告をいたしました。 「うむ。――」 大尉が無線電話機をとりあげて見ますと、待ちかまえたように、司令官の声がしました。 その電話は、×を控えて、二分間ほども続きました。その間に、この難関を切りぬける作戦がまとまりました。 「それでは――」と司令官は電話機の彼方から態度を正していわれました。 「貴艦の武運と天佑を祈る」 「ありがとう存じます。それでは直に行動に移ります。ご免ッ」 電話機はガチャリと下に置かれました。 (よオし、やるぞッ!) 艦長の顔面には、固い決心の色が、実にアリアリと出ています。 「総員戦闘位置につけッ」 そう叫んだ艦長は、旗艦はじめ四隻の僚艦の行動を、司令塔の上からじッと見ています。四艦はグッと揃って右に艦首を曲げました。そしてグングンと潜航です。見る見る波間に姿は隠れてしまいました。海上に残ったのはわが第八潜水艦一隻だけです。 「水面航行のまま、全速力ッ」 ビューンと推進機は響をたてて波を蹴りはじめました。何という無茶な分らない振舞であろう! まるで、敵の牙の中へ自らとびこんでゆくようなものです。 五分、十分、十五分……。 航路をやや外れかかった×の哨戒艦が、俄かに艦首を向けかえて、矢のように、こっちへ向って来ます。 ああ、遂に×の駆逐艦二隻と、第八潜水艦との正面衝突――これはどっちの勝だか、素人にも判ることです。恐らく潜水艦の砲力が及ばない遠方から、はるかに優勢な駆逐艦の十サンチ砲弾が、潜水艦上に雪合戦のように抛げかけられることでしょう。そうなれば一溜りもありません。 しかし艦長の清川大尉は、悠々と落ちついていました。味方の四艦からは、もうかなり離れました。そのときです。 「面舵一杯ッ」 艦長の号令に、艦首はググッと右へ急廻転しました。 ×の哨戒艦も、これに追いすがるように、俄かに進路をかえました。四千メートル、三千メートル……。×の四門の砲身はキリキリキリと右へ動きました。 「あッ」 八門の砲口から、ピカリ赤黒い焔が閃きました。と同時に真黒い哨煙がパッと拡がりました。一斉砲撃です。 どどーン。どど、どどーン。 司令塔のやや後の海面に、真白な太い水柱がドッと逆立ちました。まだすこし遠すぎたようです。 「×艦はあわてているぞッ」 清川艦長は微笑しました。 「もう少しだ。全速力!」 ○号潜水艦はありったけの快速力を出して走ります。しかし、×艦はグングン近づいて、いよいよ完全に弾丸のとどく所へ迫りました。砲身には既に新たな砲弾が填められたようです。こんどぶっ放されたが最後、潜水艦はどっちみち沈没するか、さもなくても大破は免れないでしょう。乗組員の胆のあたりに、何か氷のように冷いものが触れたように感じました。 そのときです。 が、が、がーン。 さッと周をとりまいた黒煙。 「あッ――」 「やられたな、どうした伝令兵!」 艦長の声です。弾丸は司令塔の一部を削りとって海中へ……。 「しっかりしろ、傷は浅い」と先任将校。 ×の大砲は、いよいよねらいがきまって来たようです。いよいよ危い次の瞬間……。 「おお、あれ見よ!」 今や追撃の真最中だった×の哨戒艦の横腹に、突然太い水柱があがりました。くらくらと眩暈のするような閃光。と、ちょっと間をおいて、あたりを吹きとばすような大音響! どどーン、ぐわーン。 ×艦の胴中から四方八方に噴き拡る黒煙。――檣が折れて空中に舞い上る。煙突が半分ばかり、どこかへ吹きとばされる。何だか真黒い木片だか鉄板だか知れないものが、無数に空中をヒラヒラ飛んでいる。 「作戦は図に当ったぞッ」 艦長は叫びました、×艦隊は清川大尉の第八潜水艦を見付けて、夢中になって追跡したのです。まさか他の四隻の潜水艦が隠れているとは露知らず、遂にうまうま計略に載せられて、僚艦四隻の待ちかまえていた魚雷のねらいの中へ、ひっぱりこまれたのでした。 大きいといっても二等駆逐艦です。ドンドン傾いてゆきます。×兵は吾勝ちに海中へ飛びこんでいます。 「万歳!」 「潜水戦隊、万歳!」 海面を圧して、どっと喜びの声があがりました。
上一页 [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] 下一页 尾页
|