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間諜座事件(かんちょうざじけん)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-24 11:23:47 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

底本: 海野十三全集 第2巻 俘囚
出版社: 三一書房
初版発行日: 1991(平成3)年2月28日
入力に使用: 1991(平成3)年2月28日第1版第1刷
校正に使用: 1991(平成3)年2月28日第1版第1刷

 

   1


 これは或るスパイ事件だ。
 ところで、これから述べてゆくの物語の中には、日本人の名前ばかりが、ズラズラと出てくるのだが、読者諸君は、それ等をことごとしんの日本人だと早合点はやがてんされてはいけない。実はその間諜かんちょう一味は××人なのである。本来ならば「丸木花作まるきはなさくこと本名ほんみょう張学霖ちょうがくりんは……」といった風に書くのが本当なのであるが、それを一々書くのが、わずらわしい程、××人が出てくることであるから、一つ思切おもいきって、味噌も糞も悉く日本人名前の方だけを書くことにした。
 どうかお読みになっているうちに、錯覚さっかくを起さないようにしていただきたいと、お願いして置く。さて――


     2


 霧の深い夕方だった。
 秘密警備隊員の笹枝弦吾ささえだげんごは、さだめられた時刻が来たので、同志の帆立介次ほたてかいじと肩をならべてS公園のわきをブラリブラリと歩き始めていた。もう冬と名のつく月に入ったのだったが、今夜はそう寒くもなかった。しかしこう霧が降りていては、連絡をとるのにやや困難をおぼえた。その連絡員というのがうまく自分達を探しあててれればいいが……。
「ウーイ、こらさのさッ――てんだ」
 向うから酔払よっぱらいの声が聞える。顔も姿もまだ見えないが……。
 弦吾はひじでチョイと同志帆立の脇腹わきばらつついた。
 ぬからず帆立が、
「ピ、ピーイ、ピッ……」
 とヴァレンシアのメロディーを口笛で吹き始める。
 ヒョロヒョロと、向うから人影が現れた。
 弦吾はツと帽子をかぶなおした。
 どおーン。
 酔払いが突き当った。
「ヤイ、ヤイ、ヤイッ」酔払いが呶鳴どなった。
「つッあたりやがって、挨拶あいさつをしねえとは何でえ。こッこの棒くい野郎奴やろうめ
「……」
「だッ黙ってるな。いよいよもう、勘弁かんべんならねえ、こッの野郎ッ」
 どおーンと突き当ったのはいいが拳固げんころすところを、ヒラリとわされて、
「ぎゃーッ」
 と叫ぶと、酔漢すいかん舗道ほどうの上に、長くのめった。
 弦吾と同志帆立とは、酔漢の頭を飛び越えると足早あしばや猿江さるえ交叉点こうさてんの方へ逃げた。
 細い横丁を二三度あちこちへ折れて、飛びこんだのはアパートメントとは名ばかりの安宿やすやどの、その奥まった一室――彼等の秘密のかく
「どうだった?」入口のドアにガチャリと鍵をかけると、帆立が云った。
「ウン、これだ」
 弦吾はてのひらを開くと、小形のたばこやマッチを示した。酔払いから素早く手渡された秘密のマッチ箱だった。小指のさきで、中身をポンと落しメリメリと外箱そとばここわして裏をひっくりかえすと、弦吾はポケットから薬壜くすりびんを出し、真黄まっきな液体をポトリポトリとその上にたらした。果然かぜん、見る見るうちに蟻のっているような小文字こもじが、べた一面に浮び出た。
 本部からの指令だった!

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