鬼船長
そこへ飛びこんできたのは、竹見水夫だった。 彼は、船長ノルマンの姿をみるや、 「ハルクが、やられちまったそうですね。何処にいますか、ハルクは? 一たい、どの野郎と喧嘩をしたんですか」 と、あたりをきょろきょろとうかがう。ノルマンは、無言で、竹見の間に、通せんぼうをして立つ。 そのとき、ハルクが、一声うなった。 「あっ、ハルク。お前、どこにいるんだい」 竹見は、ようやくハルクが、貨物のかげにたおれているのに気がついたようであった。彼が、ノルマンの間をすりぬけて、後へとびこもうとすると、奇怪にも、ノルマンは竹見の肩を力まかせに、どんとつきとばした。 「あっ、……」 竹見は、不意を食って、その場によろよろ、しりもちをついた。 「船長、な、なにをするッ」 竹見は、あわててとび起きると、すさまじい形相で、みがまえた。 「さわぐな。お前には関係のないことだ。むこうへいけ――」 「いやだ、仲間のくるしんでいるのを知って、放っておけるものですか」 「なに、反抗するか。竹、船長の命令だ。おもてへいって、お前は仕事をつづけろ」 「いくら命令でも……」 「うるさい野郎だ。じゃあ、早いところ、はなしをつけるぞ。これでも、おれの命令にしたがわぬというか」 船長ノルマンの手には、きらりとピストルが光った。 「やっ」竹見は、いきを、はっととめた。「それほど――いや、向うへいきますよ」 手元へ飛びこんで組打とも考えたが、船長と格闘することよりも、自分に親切にしてくれたハルクの安否をはやく見てやりたいとおもったので、歯をくいしばって我慢した。そして倉庫の出口へ出ていった。 船長ノルマンは、ぴゅーと、唾をはくと、やはりハルクのことが気になると見え、彼の様子をのぞきにいった。 「あっ、船長。手をかしてくれ」 ハルクは、こえをふりしぼってさけぶ。 「なんだ、ハルク」 「ここんところを……」といって、ハルクはひざがしらをさし、 「ここんところを、船長の力一ぱいにしばってくれ。毒が……毒が……」 さっき彼のふくらはぎのところを自分で縛ったが、それがゆるんで、蛇毒が上へまわるのをおそれてのたのみだったらしい。 だが船長ノルマンは、ぬッと立ったまま、あわい電灯の光の下に、冷やかにハルクを見下ろすばかりだった。 「船長。は、はやく……」 「おい、ハルク」 「ええッ」 「くたばるものなら、はやくくたばってしまえ」 「な、なんと……」 「そうじゃないか。お前の不注意で、蛇にかまれたんだ。そのおかげで、おれにまで、つまらない心配と、無駄な時間とをついやさせやがった。お前がはやく死んで呉れれば、おれはたすかるのだ。おればかりではない、全乗組員も、ポーニン委員も、皆たすかるんだ」 「ううーッ」 「お前も、そのくらいのことは、察しがつくだろうがな。お前を医者にかけてみろ。お前が雑草園で、なにをしたかということが、すぐ世間へばれてしまうじゃないか。ノーマ号と平靖号とが、特別の積荷をそろえて、無事このサイゴン港を出航できるまでは、お前のその身体は、だれにも見せたかないんだ」 「うう、この悪魔め!」 「こういうわけだと、そのわけを聞かせてやるのも、あの世へたび立つお前への手土産のつもりだ。もっとも、医者にみせたって、この有様じゃ、所詮たすかる見こみはないにきまっていらあ」 「ち、畜生! お、おれは死なないぞ!」 「これ、しずかにしろ」 「お、おれの死ぬときゃ、き、貴様たちも、地獄へ引ぱっていくんだ。は、うん、くるしい」 「まだ、喋るか」 「だれが、き、貴様たちの計画どおりに――」 「だまれ!」 鬼のような船長ノルマンは、足をあげて、ハルクの顔を、下からうんと力まかせに蹴上げた。 ハルクの顔からは、たらたらと赤い血がながれだした。 二度目に蹴上げたとき、ハルクは、うんとうなって、その場に悶絶してしまった。 彼等の秘密計画がばれるのを、ひどくおそれているからのこの暴行ではあったが、それにしても、面倒を見てやらなければならない部下にたいして、このひどい仕打は、船長ノルマン――いやノルスキーの脈管にながれている残虐性のあらわれであるとおもえた。
友情
船長ノルマンは、ハルクが、気をうしなってしずかになったのを見すますと、倉庫の出入口へ現れた。 「おい、この倉庫は、閉めるから、出る者は今のうちに皆出てこい」 倉庫の中は、もうほとんど一杯だったので、皆は、他の倉庫へ、陸揚の貨物をはこんでいた。残っていたのは、後片附けと見張りのノーマ号の船員数名だけだった。 船長ノルマンは、倉庫の入口を自らぴたりととじると、大きな錠をかけた。その鍵は、彼のポケットへ――。 「なにを、ぼんやりしとる。ぐずぐずしていると、もうすぐ夜明けになるじゃないか。はやくむこうへいって、手伝え」 ノルマンに、口汚くしかられて、船員たちはあわてて、別の倉庫の方へかけ出していった。 瀕死のハルクは、ただ一人、とうとうこの倉庫のおくに、とじこめられてしまった。まったく同情に値することだった。このうえは、サイゴン警視庁の活動をまつよりほかないが、まだむこうでは、モロ警部の遭難さえ気がつかない様子だ。 それから、小一時間ほどたってから後のことだった。巨人ハルクのとじこめられた倉庫の、通風窓にはめられてあった鉄格子が、きいきいとおとをたてはじめた。 きいきいという音は、しばらくすると、ぱたりと止み、それからまたしばらくすると、きいきいと高いおとを立てはじめる。窓からは、セメントが、ばらばらと下へおちる。誰か、通風窓の鉄格子を、ひき切っている者があるのだった。 二十分ばかりたつと、その通風窓から、ぬっと、一つの顔が現れた。 「おい、ハルク」 あたりを忍ぶようなこえで、倉庫の中へよびかけたが、返事はなかった。 「どうしたのかな。もう一本切れば、なんとか入れるだろう」 ふたたび、きいきいと鉄格子をひき切る音がはじまった。どこから持ってきたか、高速度鋼のはまった鋸を、一生けんめいにつかっているのは、外ならぬ水夫の竹見だった。彼は、ハルクの身の上をあんじて、この無理な仕事をつづけているのだった。 やがて竹見は、ついに目的を達して、通風窓から、倉庫の中に、ずるずるどすんと、入った。 「おい、ハルク。どこにいる」 竹見は、マッチをすって、あたりを探しまわった。 「あ、こんなところに……」 とうとうハルクの倒れている隅っこを見つけた。 ハルクは、虫の息だった。体は、火のようにあつい。竹見は、おどろいて、空き瓶の中に入れて持ってきた水で、彼のくちびるをうるおしてやった。 ハルクは、やっと気がついたようであった。 「お、おのれ!」 「おい、ハルク、おれだ、竹だ。お前の仲よしの竹だよ、ほら、よく見ろ」 竹見は、マッチをすって、自分の顔を照らした。だがハルクは、目を開かなかった。まぶたをあける力もないのであろう。でも竹見のこえはわかったと見え、かすかにうなずき、 「うん、た、竹か。よ、よく……」 よく来てくれた――といいたいのであろう。 「一体どうしたのだ。ハルク。おや、脚をしばったり……。おお。脚が紫色に腫れあがっているぞ」 「へ、蛇だ。ど、毒蛇だ……」 「なに、毒蛇にやられたのか、そいつは災難だなあ」 「いや、ノルマン……」 といいかけて、ハルクは、苦しさのあまり、また昏倒してしまった。 竹見は、おどろいた。何もかも、一ぺんにやりたくて、焦れったかった。 彼は、ノーマ号へ乗り込んだときからの、この親切な巨人のため、おんがえしのいみで、できるだけのことをした。傷口を、持って来た洋酒で洗ったり、新たに膝のうえで縛り直したり、それからハルクの口を割って気つけ薬を入れてやったりした。 その手篤い看護が効を奏したのか、それとも竹見の友情が天に通じたのか、ハルクはすこし元気を取り戻したようであった。 「た、竹。おれは、うれしいぞ。おれは、まだ死にはしない」 「うん、死ぬものか」 と、竹見は口ではいったものの、この重症のハルクが再起できるとは、ひいき目にもおもわれなかった。 「おい、た、竹。おれのズボンのポケットから、水兵ナイフを出して……刃を起せ!」 「水兵ナイフ! 危いじゃないか」 「いや、は、はやくしろ。そして、おれの手ににぎらせてくれ」
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