海野十三全集 第11巻 四次元漂流 |
三一書房 |
1988(昭和63)年12月15日 |
1988(昭和63)年12月15日第1版第1刷 |
1988(昭和63)年12月15日第1版第1刷 |
すばらしい計画
夏休みになる日を、指折りかぞえて待っている山木健と河合二郎だった。 夏休みが来ると二人はコロラド大峡谷一周の自動車旅行に出る計画だった。もちろん自動車は二人がかわるがわる運転するのだ。往復に五週間の日数があててあった。これだけ日数があれば、憧れの大峡谷で十分にキャンプ生活が楽しめるはずだった。 二人は、この大旅行に出ることが非常にうれしかったので、前々から近所の友だちにもふれまわっておいた。友だちはそれを聞いてうらやましがらない者はなかった。そしてぜひいっしょに連れて行ってくれと頼まれるのだった。しかし二人はそれを断りつづけた。というのは、二人が使うことになっている自動車にいささかわけがあったのである。何しろ二人とも親許をはなれている少年だったので、おこづかいは十分というわけには行かなかった。そこで学業のひまに新聞を売ったり薪を割ったりして働いて得た金を積立てて自動車を買うわけであるから、あまり立派なものは手に入らなかった。今二人が頼んであるのは、牧場で不用になった牛乳配達車であり、しかもエンジンが動かなくなって一年も放りだしてあったというたいへんな代物で、二人にはキャンプ材料に食糧を積むのがせいいっぱいであると思われた。 しかし友だちには、その大旅行の自動車がそんなひどい車である事を知らせず、非常に大きな車で、中で寝泊りから炊事から何から何まで出来るりっぱなものだと吹いておいたものだから、さてこそわれもわれもと、連れて行くことをねだられるのだった。 そういう友だちの中で、とりわけ熱心にねだる者が二人あった。ひとりは中国人少年の張であり、もう一人は黒人のネッドであった。山木も河合も、張とネッドなら連れていってやりたかったけれど、何をいうにも自動車のがたがたなことを考えると、やっぱり心を鬼にして断るしかなかった。それでも張とネッドはあきらめようとはせず、毎日のように校庭で山木と河合とにねだるのだった。 或る日ネッドは、山木と河合とが修理のため牧場の自動車小屋へ行くと後からついて来て、ぜひ連れて行けとねだるのだった。二人はおんぼろ自動車を見られてはたいへんだと思い、道の途中でネッドをおいかえすのに骨を折らねばならなかった。 「山木に河合よ」 ネッドはいつになくかたちを改めて二人を見つめた。 「なんだ、ネッド」 二人は道のまん中に立ちふさがって、ネッドのかたい顔をにらみつけた。 「あのね、張がほんとうに心配していることがあるんだよ。二人が自動車旅行に出て行くと二日とたたないうちに、君たちはたいへんな苦労を背負いこむことになるんだってよ」 「へん、おどかすない」 「おどしじゃないよ。張がね、君たちの旅行の安全のために、ご先祖さまから伝えられている水晶の珠を拝んで占ってみたんだとさ、すると今いったとおり、二日以内によくないことが起ると分ったんだ。そればかりではない。この旅行は先へ行くほどたいへんな苦労が重なって君たち二人はいつこの村へ帰れるか分らないといっているぜ」 かねて、張が水晶の珠で占いをすることは山木も河合も知っていたので、そういわれると何だか前途が不安になって二人の顔色は曇った。それを見ていたネッドは、ここぞとばかりつっこんでいった。 「ねえ。いやな話だからさ、用心のために張と僕をいっしょに連れていけばいいだろう。そうすれば張は道々で水晶の珠で占いをして、この先にどんな危険があるかをいいあてるよ。それが分れば、難をのがれることができるじゃないか」 「だめだよ、そんなうまいこといったって……それに、第一その話は、張を連れて行くのはいいと分っても、君まで連れていかねばならないわけにはならんじゃないか」 「僕は絶対に入用だよ。だって張が占いをするときには、僕が手つだってやらないと、仏さまが彼にのりうつらないんだもの」 「だめ、だめ、何といってもどっちも連れて行きやしないよ、これからいうだけ損だよ」 「……」 「この次のときまで、待つんだね」 「どうしても今度はだめなんだね」 「そうさ。張にもよくいっておくんだよ」 「……じゃあ、もう頼まないや」 ネッドは気の毒なほど悄気て、田舎道を村の方へ引きかえしていった。それを見送る山木と河合とは、あまりいい気持ではなかった。だがこれまで吹きまくった手前、今更がたがたのおんぼろ自動車のことをぶちまけるわけにもいかなかった。
愉快なる出発式
はなばなしい自動車旅行の出発を明日にひかえて、山木と河合とは泣き出さんばかりの有様だった。それというのは、自動車の修理が一向にはかどらなかったからだ。いや、はかどらないどころか、修理の手をつければつけるほど、あっちもこっちも悪くなって、一個所を直すたびに、更に他の何個所かががたがたしてくるのであった。これでは自動車を直しているのか、壊しているのか分らなかった。 「困ったねえ。これじゃあ明日の出発に間にあいそうもないぜ」 山木はとうとう悲観して、スパナーを放りだした。 「でも、明日はどうしても出発しないと、日程がくるってしまうよ。それにあのとおり友だちも大さわぎしているんだから、僕たちの出発がおくれると、またひどい悪口をあびなければならないよ」 「それは分っているけれど、この有様じゃあねえ。こんな車を買わないで、もっといい車を見つけりゃよかった」 「仕方がないよ、さあ、元気を出して、どうしても修理をやっちまおう、今夜は徹夜でやらなくちゃね」 「うん」 河合にはげまされて、山木はふたたびスパナーを取上げた。 ほんとうに、その夜は修理にかかってしまった。二人は油だらけになって一睡もとらず暁を迎えた。しかしまだ修理はすんでいなかった。フェンダーを直し、イグナイターをやりかえねばならなかった。その上に車体をペンキで塗りかえる予定であった。二人は朝飯もたべずに工事を急いだ。 そういう二人の気持も知らずに、二人のうるさい友だち連中は、早朝から集まって来てこの大自動車旅行の出発を見ようというので大さわぎをしていた。 「この辻を通るという話だったが、まだ通らないじゃないか」 「まだ一時間と十九分あとのことだよ。出発はかっきり九時だからね」 「そんなに時間があるのなら、あいつらの家へ行った方が面白いじゃないか」 「うん、それがよかろう」 一同はうち揃って、ぞろぞろと山木と河合の住んでいる洗濯店の裏手へ集ってきた。 だがそんなところに二人はいないことが分った。そして彼らは、牧場の壊れかかった小屋の方へ、わいわいいいながら流れていった。 面くらったのは山木と河合だった。小屋の扉をぴったりと中からおさえて、誰一人入らせまいとした。 「ちょっと見せろよ。折角こうして送りに来たのに……」 「いけない、いけない。出発の時刻が来たら堂々と扉をひらいて出ていって見せるから」 「ふうん、気をもたせるねえ。出発時刻は正確なんだろうね」 「ぜったいに、正確だ。九時零分だ」 「よし皆。もうすこしだとよ、待っていよう」 中では二人のほっとした溜息がきこえた。その頃、ようやくフェンダーも直り、イグニションもどうやらきくようになった。あとは車体のぬりかえであった。 「おい、まだ残っていた。ヘッド・ライトがついていない」 「ああっ、そうか」 自動車がヘッド・ライトをつけていないとどうにも恰好にならない。車体のペンキ塗りは後まわしにして、二人はいやに重いヘッド・ライトの取付にかかった。 「おい。おい、もう時刻が来たぞ。扉をあけてもいいか」 「まだまだまだ、待て待て。もうすこし待って居れ」 「戴冠式の自動車でもこしらえているつもりなんだろう。あんまりすばらしい自動車を見せて、僕たちをうらやましがらせるなよ」 「わかっている、わかっている」 ヘッド・ライトが取付けられると、あとは出発の時間まで五分しか残っていなかった。 「ペンキぬりをする時間がありゃしないよ」 「困ったなあ、この恰好じゃ仕様がないよ。箱の横腹にいっぱい牛の絵がついているんだものねえ」 「でも、出発の時刻をくるわせることはできないよ。困ったねえ」 外からは小屋の扉をどんどん叩く。その音がだんだんはげしくなって、もうすぐ扉が壊れそうであった。 「仕方がない。これで行こうや」 「えっ、そうするか」 「こうなったら心臓だ、さあ、早く修理道具を集めて車にのっけてしまおう」 遂に待ちに待った小屋の扉が左右にひらかれた。前に集まっていた二十何人の友だちは一せいに歓声をあげた。自動車は小屋の中から、がたがたと音をさせて外に姿をあらわした。河合がハンドルを握り、その横の席で山木が一生けんめいに愛嬌をふりまき、皆にあいさつのため帽子をふった。 「なあんだ、この間まで道傍にえんこしていた牛乳配達車じゃないか」 「あっ、すげえや。こんな大きな牛の絵をつけて、グランド・カニヨンまで行くのかね。あっちの犬に吠えられてしまうぜ」 「とんでもない戴冠式のお召し車だ」 山木も河合も、弁慶蟹のように顔を真赤にして、はずかしさにやっとたえていた。穴があれば入りたいとは、このことだ。 見送りの善童悪童たちは、ひとしきり赤い声やら黄いろい声をあげ終ると、こんどは車のまわりに集ってきて、手に手に餞別の品物をさしあげ、山木と河合に贈るのだった。 二人は感激の涙に頬をぬらし放しで、かかえ切れないほどの贈物をうけとった。 「おい時刻が来たぞ、きあ出発だ」 見送人の方から注意されて、自動車はいよいよ出発の途についた。道がでこぼこしていて、そこに車が入ると、自動車は異様な悲鳴をあげた。そして車体を前後左右にゆすぶるものだから、例の乳をしぼられながら大きな目をむき長い舌を出している赤斑の牛が、今にも絵の中からとび出して来そうであった。 見送人たちが、自動車の後押をしばらくやってやらなければ、この自動車は果してすらすらと出発式をすませることができたかどうか分らない。 とにかく自動車は無事街道にわだちを乗入れ、上に背負った大きな箱をゆらゆらゆすぶりながら、アリゾナの方を指して進み始めたのである。そのうしろから、仲間の大歓声がいつまでも続いていて、附近を通りかかった人々を驚かせた。
災難きたる
もう村も見えなくなり、教会の尖塔も山のかげにかくれてしまった。そして山木と河合の乗っている奇妙な自動車は、黄い[#「黄い」はママ]路面を北へ北へととって、順調に走っているのだった。 二人の気持も、ようやく落着いてきた。 「ねえ、山木」と、ハンドルを握っている河合がいった。 「なんだ河合」 「さっき仲間がみんな送ってくれたけれど、あの中に張とネッドの姿が見えなかったように思うんだ、そうじゃなかったかい」 「張とネッド、そういえば見かけなかったようだね」 「おかしいじゃないか、あんなに仲よしの張もネッドも送って来ないなんて」 「うん、きっと二人とも怒ってしまったんだよ、僕たちはあんなにきついことをいって、二人のいうことをきいてやらなかったからねえ」 「そうかなあ、怒ったんだろうかねえ」 河合は首をひねった。 二人はしばらく沈黙していたが、そのうち今度は山木が河合を呼んだ。 「ねえ河合、張の占いはほんとうにあたるんだろうか」 「さあ、それはどうかなあ。あたったりあたらなかったりさ」 「君はおぼえているだろう、ネッドがいっていたね。張の水晶の珠を拝んで占ったら、出発してから二日以内に災難にぶつかるだろうといったじゃないか」 「そういったが、あんなことはあたりやしないよ。二日以内になんて、そんなにはっきりした予言なんかできるものかい」 河合は、張の占いをこきおろした。 「それからもう一つ、いやなことをいったじゃないか。なんといったっけなあ“今度の旅行は先へ行くほど苦労が加わり、村へ帰れるのは何日のことになるか分らない”そういったじゃないか」 「うん、そういって僕たちを不安にさせるつもりだったんだ。不安になれば、張とネッドを連れていくだろうと思ったんだよ。とにかく僕は、占いなんてものを信じないよ。ばかばかしい話だ」 山木はそれほどでもないらしいが、河合は張の占いをてんで信用しなかった。銀貨を上へなげて、落ちてきたところで表が出るか、それとも裏が出るか、場合は二つだ。だからどっちかだと予言すれば、半分はあたるはずである。占いなんてそんなものだと河合は軽蔑していた。
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