海野十三全集 第2巻 俘囚 |
三一書房 |
1991(平成3)年2月28日 |
1991(平成3)年2月28日第1版第1刷 |
「おや、ここに寝ていた患者さんは?」 と林檎のように血色のいい看護婦が叫んだ。彼女の突っ立っている前には、一つの空ッぽの寝台があった。 「ねえ、あんた。知らない?」 彼女は、手近に居た青ン膨れの看護婦に訊いた。 「あーら、あたし知らないわよ」 といって編物の手を停めると、グシャグシャにシーツの乱れているその寝台の上を見た。 「あーら、本当だ。居ないわネ」 「ど、どこへ行ったんでしょうネ」 「ご不浄へ行ったんじゃないこと」 「ああ、ご不浄へネ。そうかしら……でも変ね。この方、ご不浄へ行っちゃいけないことになってんのよ」 「まあどうして?」 「どうしてといってネ、この方、つまり……あれなのよ、痔が悪いんでしょ。それでラジウムで灼いているんですわ。判るでしょう。つまり肛門にラジウムを差し込んであるんだから、ご不浄へは行っちゃいけないのよ」 「治療中だからなのねェ」 「それもそうだけれどサ、もし用を足している間に、下に落ちてしまうと、あのラジウムは小さいから、どこへ行ったか解らなくなる虞れがあるでしょう」 「そうね。ラジウムて随分高価いんでしょ」 「ええ。婦長さんが云ってたわ。あの鉛筆の芯ほどの太さで僅か一センチほどの長さなのが、時価五六万円もするですって。ああ大変、あれが無くなっちゃ大変だわ。あたし、ご不浄へ行って探してみるわ。だけどもし万一見付からなかったら、あたし、どうしたらいいでしょうネ」 「そんなことよか、早く行って探していらっしゃいよ」 「そうね。ああ、大変!」 林檎のように顔色の良かった看護婦も、俄かに青森産のそれのように蒼味を加えて、アタフタと室外へ出ていった。 だが彼女は、出ていったと思ったら、五分間と経たないうちに、もう引返して来た。引返して来たというより、むしろ飛び込んで来たという方が当っていた。その顔色と云えばまったく血の気もなく蒼褪めて――。 「ああーら、どこにもあの人、居ないわ。あたし、どうしましょう。ああーッ」 彼女は、藻抜けの殻の寝台の上に身を投げかけると、あたり憚らずオンオン泣き出した。その奇妙な泣き声に駭いて、婦長が駆けつけてくる。朋輩が寄ってくる。はては医局の扉が開いて医局長以下が、白い手術着をヒラつかせて、 「なんだなんだ」 「どうしたどうした」 と、泣き声のする見当に繰り出してきた。 それからの病院内の騒ぎについては、説明するまでもあるまい。なにしろ時価三万五千円のラジウムを肛門に挿んだ患者が行方不明になったというのである。患者のことは兎に角、ラジウムはどっかそこら辺の廊下にでも落ちていまいかというので、用務員は勿論、看護婦までが総出で探しまわった。 「無い……」 「どうも見つからん」 「困ったわねエ。でも探すものが、あまり小さすぎるのだわ」 そのうちに廊下に大きな掲示が貼り出された。「懸賞」と赤インキで二重丸をうった見出しで、「ラジウムを発見したる者には、金五百円也を呈上するものなり」と、墨痕あざやかに認めてあった。この掲示が出て騒ぎは一段と大きくなった。 だが結局、判らぬものは遂に判らなかった。五百円懸賞の偉力をもってしても、ラジウムは出て来なかった。なにしろ太さといえば鉛筆の芯ぐらいで、長さは僅か一センチほどというのであるから、廊下に落ちれば、風に吹きとばされるであろうし、便所の中に落ちてサアと流れ出せば、なおさら判らなくなるだろうし、ことに患者の体内に入ったままとすれば、患者がどこへ行ったかが判らなければ駄目だった。 病院の一室では、責任者たちの緊急会議が開かれた。結局原因は、ラジウムを盗むつもりでやって来たのだろうという説が有力だったが、婦長の如きは、患者が識らずに三十分以上もあのラジウムを肛門に入れて置くと、ラジウムのために肛門の辺がとりかえしのつかぬ程腐って遂には一命に係るだろうなどと心配した。しかし誰が盗んでいったか、そいつばかりは誰にも判らなかった。 ――と云う事件について、今も尚みなさんは多少の記憶を持っていられないだろうか。あの「ラジウム入り患者の失踪事件」というのが、新聞に報道されたのは、もう今から五年あまり昔のことだった。 あの事件に興味を持って、その後の記事を楽しみになすった方もあったろうが、そういう方はきっと失望せられたに違いない。なぜなれば、あれから後、あの患者が逮捕されたという話も無ければ、用務員さんがラジウムを発見して五百円貰ったという記事も出なかったからである。あの事件の報道は、あれっきりのことで、杳として後日物語がうち断たれてある有様だった。
五年あまり後の今日―― ここに図らずも、あの「ラジウム入り患者の失踪事件」の真相と、その後日物語を発表する機会を与えられたことを、みなさんに感謝する次第である。 さてあの時価金三万五千円也のラジウムはどうしたか。それから、あのラジウム入りの患者はどうなったか。 患者の方については、なによりもまず安心せられたい。あの思いやりのある婦長さんや、新聞記者君が心配して下すったことは、遂に杞憂に終ったのであるから。つまりあの患者は、ラジウムに生命を取られることなしに、うまく助かったのである。そして今もピンピンしている。ピンピンしているどころか、こうして原稿用紙に向ってペンを動かしているのである。 あの失踪した患者というのは、実は斯くいうそれがしなのである。本名を名乗ってもいい。丸田丸四郎――これが私の本名である。 こう名乗ってしまうと、まず真先に訊かれるだろうと思うことは、 「どうしてお前は、病院のベッドから居なくなったのだ」ということだろう。 これについては、正直に次のように答えたい。「そいつは予ての順序だったのだ……」 予ての順序だったのだ。つまりラジウムを挿入されて、ほんのすこしだけれど、じっと寝かされるのを待っていたのだ。医師と看護婦とは、私が寝台の上に釘づけになっているだろうことを信じて疑わなかった。 「動かないで下さい。ちょっとの間ですから」 と医師は私に云った。そして看護婦の方を向いて、 「いいかネ。二十分だよ。……僕は医局にいるからネ」 「はア。――」 そして医師が向うへ行ってしまうと間もなく看護婦は私に云った。 「動かないで下さい。ちょっとの間ですから。――」 そういって彼女は、林檎のような頬に、千恵蔵氏のついている映画雑誌を懐しくてたまらぬという風に押しあて、そして向うへパタパタと行ってしまった。多分その千恵蔵氏を残念ながら誰かに返す時間が来ていたのであろう。 そこで私は、たいへん自然に、ベッドから起き上って脱出する機会を攫んだ。近所には別の青ン膨れの看護婦が、しきりに編物をしていたが、彼女は編物趣味の時間を楽しんでいるわけであって、管轄ちがいのベッドに寝ている私の立居振舞については、まったく無関心だった。だから私は実に威風堂々と、あの部屋を脱出していった。 私は直ぐに便所へ行った。 鍵をしっかりおろすと、私はかねて勝手を知ったる身体の一部を指先でまさぐった。はたしてそこには、丈夫な二本の細い紐の垂れ下っているのを探しあてた。 「ううーン」 と私は呼吸を図りながら、指先でその紐をギュッギュッと引張った。果して手応えがあった。やがてズルズルと出て来たのは小銃の弾丸のような細長い容器に入ったラジウムだった。私はそれを白紙の上に取って、ニヤリとほほえんだ。 「叩き売っても、まず……三万両は確かだろう」 私は白紙をクルクルと丸めると、着物の袂に無造作に投げこんだ。そして嬉しさにワクワクする胸を圧えて、表玄関の人込みの中を首尾よく脱出したのだった。 こうして私の永く研究していたスポーツは、筋書どおりにうまく運んだのだった。これで私も、末の見込みのない平事務員の足を洗って、末は田舎へ引込むなりして悠々自適の生活ができるというものと、悦びに慄えた。 「ではお前は、あのラジウムを直ぐ処分したのかネ」と訊かれるであろう。 直ぐ処分するということは、凡そ泥棒と名のつく人間の誰でもやるであろうところの平々凡々の手だ。そして同時に拙劣な手でもある。――私はそんな手は採用しなかった。 そこで私の第二段の計画にうつった。それは、大変突飛な計画だった。私はその足ですぐに日本橋の某百貨店へ行った。そこの貴金属売場へゆくと、誰にも発見されるような万引をやった。果して私は逮捕せられてしまった。それでいいのだった。 なぜなれば、即日から、身体の自由を失ったと云うことは、即日から、私は警察の保護をうけたことになるのだ。 常習万引の罪状はきわめて明白だった。予審が済むと、私の身柄は直ちに近郊の刑務所に移された。やがて判決言渡があった。 「被告ヲ懲役五年ニ処ス!」 私は晴れて刑務所の人間になった。私は落ちつくところへ落着いて、たいへん安心したのだった。 その頃、世間では「ラジウム入り患者の失踪事件」のことなんか、もうすっかり忘れてしまっていた。病院の方でも、もう出ないものと諦めていた。警察では、真犯人の私のことを、あろうことかあるまいことか、常習万引罪で刑務所に封鎖してしまったので、いくら巷を探したって、犯人が網に懸る筈がなかった。かくして例の事件は、盲点に巧みに隠蔽せられることとなった。 それはそれで大変うまくいったのだが、唯一つ困ったことが出来た。 「なんか異状はないか」 と看守が、私の独房の窓から、室内を覗きこんだ。
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