大胆な推理
「魔の空間」と、白根村の怪事件とを結びあわせた、帆村荘六の大胆な説は、山岸中尉にとって、すぐには了解できることではなかった。 「まあ、ゆっくりお話しましょう。飛行楔の中で……」 と、帆村は山岸中尉と山岸少年をうながして、飛行機の中にはいった。三人はめいめいの座席をえらんで、そこに腰をおろした。山岸中尉は、魔法壜の口をあけて、残りすくない番茶を、疲れている帆村にあたえた。帆村は感激して、ほんの一口だけうけた。 「そこで白根村の怪事件のことですがね。歩いていた山岸中尉が、急に歩けなくなったというのは、あなたが『魔の空間』の壁にぶっつかったからですよ。あの壁ときたら、軟らかい硝子かゴムみたいに、いくら体をぶっつけても怪我をしないかわりに、どんなことをしても破れるようなことはないのです。そんなに丈夫な壁なのです」 帆村は手まねをまぜて、「魔の空間」のふしぎな性質について説く。 「あれが壁だとするとおかしいぞ。前方がはっきり見えたが、透明な壁だというのか……」 山岸中尉が、熱心に聞きかえす。 「そうです。もちろん透明の壁です。ですから『魔の空間』が前に落ちていても、それが見えなかったのです」 「そうすると、白根村に、『魔の空間』が落ちたとして、その空間の中にはなにもはいっていなかったんだろうか……」 「それはもちろんはいっていました。『魔の空間』を動かす一種のエンジンも備えつけてあるし、またミミ族も何十名か何百名か、その中にいたにちがいありません」 「それはおかしいぞ、帆村班員」 と、山岸中尉は目をかがやかし、 「その空間に、エンジンだの、ミミ族たちがいたのなら、横からすかしてみて、かならず形か影かが見えるはずである。しかし私は、そんなものを見なかった」 山岸中尉のいうことは、もっともに響いた。白根村に落ちた「魔の空間」が、空っぽであれば、透きとおって見えるかもしれないが、その中にエンジンがあり、ミミ族がいたのなら、かならずその形か影が見えるはずだ。これには帆村も答弁することができないだろうと思われた。だが帆村は答えた。 「ところが、実際はエンジンもあり、ミミ族もいたのです。しかしそれがあなたがたの目に見えなかったというのもほんとうのことでしょう。これにはわけがあるのです。むつかしい理窟ですが、ぜひわかっていただかねばなりません」 と、帆村は力をこめていうと、山岸中尉と山岸少年の顔をじっと見つめ、 「そのわけというのは、そのとき、『魔の空間』はひじょうに速い振動をしていたために、人間の目には見えなかったのです。たとえば飛行機のプロペラは、とまっているときはよく見えます。ところがあれが回転をはじめると、私たち人間の目には見えなくなるでしょう。つまり、あまり速く動いているものは、人間の目には見えないのです。『魔の空間』は、プロペラの回転による運動どころか、もっとはげしい速さで動いているのです。一種の震動であります。あまり速く震動しているために見えないのです。『魔の空間』の壁も、エンジンも、ミミ族も、みんなこのとおりのはげしい震動をしているので、あなたがたの目には見えなかったのです。これでわけはおわかりになったでしょう」 帆村荘六は、そういって二人の顔を見た。 目にもとまらぬほど速く動き、あるいは回転し、あるいはまた震動するものが、人間の網膜にうつらないということはほんとうだ。帆村がいうのには、「魔の空間」というものは、おそろしくはげしい震動をしている物体であるから、目には見えず、それで透いて見えるのだというのだ。自分の目の前に自分の指を立ててみる。指はよく見えている。ところがこの指を左右にはげしく動かしてみる。はげしく動かせば動かすほど、指は見えなくなる。そして向こうのものがはっきり見える。その理窟だと、帆村はいうのである。 「ほう、高速運動体だから、人間の目には見えないというのか。なるほど、これは一つの理窟だ。扇風機の羽根も、廻りだすと目に見えなくなるが、あの理窟と同じだという……」 わかったようでもあり、腑におちないようでもある。どこが腑におちないのか。 「で、帆村班員、なぜ、『魔の空間』はそのように高速運動をしているのか」 腑におちないのは、この点だ。山岸中尉はさっそく帆村に質問を発した。 ところが帆村は首を左右に振り、 「それがわかれば、われわれはミミ族の正体をはっきり捕らえることができるのですが、残念ながらそれがわからないのです。しかし、こういうことはいえる。ミミ族はわれわれと同じような人間でもなければ動物でもない。この前、私がいいましたように、ミミ族はどう考えても金属でなければならない。生きている高等金属でなければならぬというのも、じつはこの問題からきているのです。われわれはもっと勉強しなければ、ミミ族の正体を解くことはできないでしょう」 と、帆村は額に手をあてて言った。 「生きている高等金属、金属は死んでいるものだ。金属が生きているとは思えない。帆村班員の説は納得できない」 山岸中尉は、はっきり反対した。これは山岸中尉でなくても、誰もそう思うだろう。 ところが帆村は顔をあげると、首をもう一度、強く左右に振って見せ、 「前にもいいましたが、ラジウムやウラニウムは、放射線をだして生体をかえていく。これも一種の生活がいとなまれているといえないことはないです。わが地球には、ウラニウム以上の重物質はない。しかし他の天体には、これ以上の重物質、生気溌溂というか、ぴんぴん生きている物質があるのではないかと思う。そういう高等金属は、一種の思考力を持つこともできるように思うのです。それはいったいどんな経過を通って、どうして行われるか、そいつは今のところ、われわれ地球の人間にはわかっていない。ただそういうことがありそうだ、と思われるだけである」 帆村の口調は、いつとはなしにきびしいものとなっていた。そして彼の顔つきが、なんとなく人間ばなれがして見えた。 ほんとうであろうか、帆村の推論は……。これをたしかめるには、ミミ族の一人を捕らえて解剖してみるしかない。
血路は一つ
山岸中尉は、帆村の説に半信半疑であったが、しかしさしあたり帆村の説をほんとうとして、万事やるよりほかないと思った。つまりこの「魔の空間」についても、またミミ族についても、彼よりも帆村荘六の方がはるかによく観察しているし、考えの深いことも尊敬に値した。 「なんとかして、ここを脱出したい、そして一刻も早く地上の本隊へ報告したい。どうすればここを脱出できるか」 山岸中尉は、帆村の顔を見て、意見をのべるよううながした。 「それはむつかしい問題ですよ」 帆村は正直に言った。はじめ「魔の空間」を征服しようとして突撃したのに、あべこべに「魔の空間」にこっちが征服されてしまったのだ。だからこれを破って、自由になることは、なまやさしいことではない。 「それはわかっている。しかしわれわれは一刻も早く、ここを脱出しなければならぬ」 山岸中尉は、きっぱり言った。軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、いかなる困難にぶつかろうと、それを突破して進まねばならぬのだ。 「なにぶんにも、『魔の空間』の壁はひじょうに丈夫である上に、よく伸縮しますから、これを切り開くことはなかなかむつかしいと思います。この前は、わが噴射艇彗星号が全速でもって、『魔の空間』の壁にぶつかったが、ぐうっと押しかえされてしまいましたからね」 帆村は、あのときのことを思い出して、脱出のむつかしいことをのべた。 「機関銃で撃ってもだめですか」 さっきから黙って話を聞いていた山岸少年が、口をはさんだ。 「機関銃弾では、おそらくだめだろうね。しかし、君はいいことを言ったよ」 と、帆村は山岸少年の方を見て、にっこりした。少年は目をぱちくり。 「機長、思いきって、こういうことをやってみてはどうですか。そのかわり失敗すれば、私たちは、たちどころに命を捨てなければなりません」 そう言って、帆村が語りだした脱出方法というのは、艇に積んである爆弾を、全部一箇所にまとめ、これを爆発させるのである。するとうまくゆけば、「魔の空間」に穴が明くかもしれない。穴が明くものとして、その穴めがけて、艇は全速力で空間の外へとびだすのである。 もし穴が明かなかったら、そのときは艇は、「魔の空間」のつよい壁に頭をぶっつけ、この前やったように、うしろへ跳ねかえされるだけで、大失敗に終ろう。 また穴が明くとしても、たぶんその穴はすぐふさがれてしまうだろうから、穴からとび出すのは、爆発の起ったすぐあとでないと、うまくいかないであろう。これを決行するとなると、たいへん危険なことであって、もしも爆弾の一部が残っていたとすると、艇が穴のところを通りぬけようとした瞬間、その残りの爆弾の炸裂にあって、艇はこなみじんとなってしまわなければならぬ。 さあ、どうするか……。 山岸中尉は、口をかたく結んで、しばらく考えこんでいたが、やがてきっとなって頭をあげると、 「よし、それを決行するぞ」 と、だんぜん言いきった。 帆村荘六の考えだした方法が、ついに採用されることになったのである。 「だが、その前にしなければならぬことが二つある。一つは望月大尉と連絡して、その許可をうけることだ。もう一つは、いかなる方法を講じても、竜造寺兵曹長を救いだし、彼を連れてかえることだ」 山岸中尉は、どこまでも模範的な士官であった。上官の許可をうけることと、不幸な部下をぜひとも救いだして連れていくこと、この二つをやった上で、今の脱出にとりかかろうというのだった。 帆村は、この二つのことのために、また新しい活動をはじめなければならなかった。 望月大尉と山岸中尉が会うことは、それほどむつかしいことではなかった。ミミ族は、望月大尉以下の地球人間を、完全に「魔の空間」に捕らえていると信じていたので、この空間の中で彼らが会って、なにを語りあおうと、たいしたことはないと考えていた。 山岸中尉は望月大尉に会うと、脱出計画のことを報告して許可をもとめた。大尉はもちろんそれを許して、 「まあ、よく注意をしてやってくれ」 と言った。 「隊長はどうせられますか」 と、山岸中尉がきくと、大尉は、 「おれたちは、しばらくここに残る。いささか考えるところがあるからな」 「はあ、なぜですか」 「皆ここを抜けでていってしまうと、せっかくミミ族とつきあいの道ができたのに、ぷっつり切れてしまうからなあ」 「でも、危険ですぞ、あとに残っておられると……」 「まあいい。おれにも考えがある。それに児玉班員は、なかなか外交交渉が上手だから、おめおめミミ族にひねり殺されるようなことにはならんだろう」 「では、われわれも一応ミミ族の同意をえたうえで、ここを脱出しましょうか」 「いや、それはいかん。それを知ったら、ミミ族はどんな手段をとっても、君たちをここからださないよ。無断でいくのがよろしい」 さすがに望月大尉であった。ちゃんとなにもかも見とおしていた。
脱出決行
一方、竜造寺兵曹長を救いだすことであったが、これは帆村と山岸少年の二人が力をあわせて決行した。 竜造寺兵曹長は、一人牢の中にいれられていた。そのわけは、兵曹長はここへとびこむと、たいへん怒って、ミミ族を相手にさんざんあばれたのだ。それがために兵曹長は、重傷を足に負い、出血多量で人事不省になってしまった。そこでミミ族は、ようやく兵曹長をかついで、一人牢の中へ移すことができた。 帆村は、竜造寺兵曹長の一人牢のあるところを知っていたので、そこへ山岸少年をつれていった。 兵曹長は、いきなり日本人の顔が二つ現れたのでおどろいた。しかもよく見ると、その一人は帆村であったし、もう一人は自分の上官の愛弟であったから、夢かとばかりよろこんだ。 だが双方は、手を握りあうわけにいかなかった。その間には透明な壁があって近づくことができなかったのである。しかも一方から声をかけても、相手にとどかなかった。密閉した壁が、それをさまたげているのだ。 帆村は、かねてそれに気がついていたので、山岸少年をつれてきたのだった。少年は、帆村のいうことを、手旗信号でもって兵曹長に通じた。もちろん旗は持っていないから、手先を動かして信号したのである。 兵曹長の目はかがやいた。兵曹長はさかんにうなずきながら、やはり手を動かして、返事を信号にしてよこした。 こうして双方の連絡はついた。 兵曹長は、この牢の外側に、錠がおりているらしいと言った。もちろんそれは透明だから見えなかった。しかし兵曹長がその位置を教えたので、帆村は手さぐりで、そのありかを探しあてた。幸いにも、それは外側からつっかい棒のようなものをしてあるだけのことであったから、帆村はすぐはずすことができた。大成功である。神の御加護にちがいない。 が、兵曹長を今ここからだすことは、ミミ族に見つかって、脱出のさまたげになるから、もうしばらく中にいてもらうことにした。そして帆村は、脱出の用意ができたら、かならず迎えにくるからと、兵曹長に言って、山岸少年とともにそこを離れた。 機のところへもどってくると、山岸中尉は待ちかねていた。兵曹長を救うことはわけなしだと聞いて、中尉のよろこびは大きかった。 そこでいよいよ脱出準備にかかることとなったが、ミミ族がここへ食事をはこんでくるのが十三時だから、そのすぐ後で、爆弾を正面の壁のところへはこぶこととした。 あとはなにを何時何分にすると、くわしい時刻表をこしらえて、三人は手わけしてそれを持った。 ミミ族はいつもの三人づれで、十三時にちゃんと食事を持ってきて、すぐ帰ってしまった。なにも知らないらしい。 いよいよ決行だ。 うまく脱出に成功するか、それとも押しもどされるか、こなみじんになるか。 今となっては一ばん気になることは、噴射艇のエンジンをかけて、燃料をたきはじめてから、全速力で出発するまでの時間のことだ。これはどんなに手際よくやっても三十秒はかかるのである。この三十秒のうちに、ミミ族に発見され、そして出発をさまたげるような手段をとられたら、せっかくの計画もだめである。 が、そんなことを、いまさら心配していてもしようがない。こうなったら、腹をきめて、さらりとやってのけるのがいいのだ。 帆村は山岸中尉とともに力をあわせて、爆弾を壁のところへはこんだ。爆風が艇の方へこないように、不要の機械を置いて防いだ。 山岸少年は、ひとりで竜造寺兵曹長を救いだしにいった。それが帰ってくるころには、爆弾は全部はこびおわるはずであった。 誰が時間をまちがっても、この脱出計画はうまくいかなくなるのだ。 だが幸いにも、万事すらすらといった。 山岸中尉と帆村が、最後の爆弾をかついで艇を出発するとき、少年は竜造寺兵曹長をつれてもどってきた。 「あ、山岸中尉……」 竜造寺兵曹長は、山岸中尉の姿を見ると、感きわまって、足をひきずりながら駆けよろうとする。それを中尉は、叱るようにして押しとどめ、帆村をうながして爆弾をかついで走りだした。 爆裂の時限をちゃんとあわせた。あと一分五十秒で爆裂するのだ。 一分二十秒で駆けもどって機内にはいり、十秒で扉をとじ、エンジンの燃料に点火する。あと二十秒でエンジンは全速力を出してもいいようになる。と、爆裂が起る。すぐ出発だ。穴の中をくぐりぬけるまでに、時間は二秒とかからないであろう。これが計画だった。 「それ、急げ」 山岸中尉は、帆村の腕をひっぱるようにして、艇の方へ駆けだした。 艇の入口には、山岸少年の心配そうな顔がのぞいていた。帆村を先へはいらせて、最後に中尉が梯子をのぼる。梯子はぽんと外へ蹴とばし、扉をぴたりと閉める。気密扉だから、全部を閉めるまでに十秒かかるのだ。 「そら、燃料点火だ」 帆村は、時計を見ていて、一秒ちがわず点火する。エンジンは働きだした。 艇ははげしく震動し、尾部からは濛気が吹きだす。この三十秒が、命の瀬戸際だ。どうぞミミ族よ、気がつかないように……。 だが、それは無理だった。このような爆音、このような震動、そして濛気だ。どうしてミミ族に知られないでいるだろうか。 早くも十秒後には、こっちへ駆けてくる緑鬼ミミ族の姿が見られた。 「ちえっ、見つかったか。どうします、機長」 帆村はピストルを握って、山岸中尉の方へ向いた。操縦席の中尉は泰然自若として、 「かまわん。ほっておけ」 これがほっておけるだろうか。帆村は気が気でない。二十秒たった。あと十秒だ。 ミミ族は、扉をあけようと、艇を外からがんがんたたいている。翼の上にはいあがった者もいる。艇にぶらさがっている者もある。 しかし山岸中尉は平気な顔で、計器盤にはめこんである、時計の秒針の動きを見つめている。 そのときだった。前方に一大閃光が起った。と、その爆風で、艇はうしろへ押しもどされた。 「出発――」 たたきつけるような山岸中尉の声。がくんとハンドルは引かれ、スロット(飛行機の両翼にある墜落をふせぐ仕掛)は変えられた。気をうしなうほどのはげしい衝動。艇は矢のように飛びだした。一大閃光の中心部へ向かって……。
奈落へ
自爆か、「魔の空間」から離脱か。 不幸と幸運とが、紙一枚の差で背中あわせになっているのだ。 彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はひとりもなかった。 それでいて、山岸中尉は、ちゃんと操縦桿を握りしめていた。帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、計器をにらみつけていた。 山岸少年は、いつでも命令一下、地上の本隊へ無電連絡ができるようにと、左手で無電装置の目盛板を、本隊の波長のところへぴったり固定し、右手の指で電鍵を軽くおさえていた。 重傷の竜造寺兵曹長は、むりに起きあがって、窓外の光景へ見張の目を光らせていた。 だが、この四人が四人とも、この姿勢のままで人事不省におちいっていたのだ。 そのことは四人のうちの誰もが知らなかった。そして艇は人事不省の四人の体をのせたまま、闇黒の成層圏を流星のように光の尾をひき、大地にむかって隕石のような速さで落ちていくのであった。「魔の空間」を出発するときの初速があまり大きかったので、四人とも脳をおされて、気がとおくなってしまったのである。 艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、身ぶるいするほど速く落ちていく。空気の摩擦がはげしくなって、艇の外側はだんだん熱をおびてきた。このいきおいで落下がつづけば艇はぱっと燃えだし、燐寸箱に火がついたように、一団の火の塊となるであろう。 だが、まだ四人とも、誰もそれに気がつかない。 艇の危険は、刻々にましていった。 どこからともなく、しゅうしゅうという音が聞えはじめた。それは気密室から艇外にもれはじめた空気が、艇の外廓の、破れ穴を通るときに発する音だった。 室内の気圧はだんだん下っていき、がっくりとたれた帆村の頭の前で、気圧計の針はぐるぐると廻っていった。ああ、この有様がつづけば、四人とも呼吸困難になって、死んでしまわなければならない。 「魔の空間」から、幸いにものがれることができたが、このままでは、彗星二号艇は、刻々と最後に近づくばかりであった。 こういう戦慄すべき状態が、あと十五分間もつづいたら、もうとり返しのつかない破局にまでたどりついたであろう。 だが、そうなる少し前に、――くわしくいえば十三分たった後のこと、この艇内において、一人だけがわれにかえったのである。 「うむ、酸素だ。酸素マスクはどこか……」 うなるようにいったのは、重傷の竜造寺兵曹長であった。さすがは海軍軍人として、ながい間鍛えてきただけのことはあって、誰よりも早くわれにかえったのである。 「あっ、これはいかん。おう、たいへんだ」 兵曹長は、艇が危険の中にあることに気がついた。起上ろうとしたが、体に力がはいらなかった。 「おい、起きろ、起きろ。たいへんだぞ」 兵曹長は手をのばして、手のとどくところにいた山岸少年をゆり起した。 「ああっ……」 少年は、うっすりと目を開いた。 「おいっ、おれの体を起してくれ。操縦席へいくんだ。早くいって、処置をやらにゃ、本艇は空中分解するぞ」 「ええっ、それは……」 山岸少年は、若いだけに身も軽く、また悲観することも知らず、兵曹長にいわれたとおり彼を助け起した。 二人は、もつれながら操縦席へいった。兵曹長は片手をのばして操縦桿をつかんだ。それから力をこめて、ぐっ、ぐぐっと桿を手前へひっぱった。 艇は妙なうなりをあげはじめた。すると速力計の針は逆に廻りだした。速力がだんだん落ちてきたのである。それとともに、竜造寺兵曹長も、山岸少年も気持がよくなった。艇は水平にもどったのである。 「しっかり、しっかり。気をしっかり……」 兵曹長は、山岸中尉と帆村とを起した。二人とも、ようやくわれにかえった。 「機長。いま、水平に起しました。それまでは艇は急落下しておりました」 「ああ……」 「どこかに穴があいているようです。室内の気圧がどんどん下っていきます」 「ああ、そうか。これはすまん」 帆村が横合から声をだした。彼は計器のスイッチをぱちぱちと切りかえて、指針の動きに気をつけた。その結果、空気のもれているのは、尾部に近い左下の部分だとわかった。 「機長。空気の漏洩箇所は尾部左下です。いま調べてなおします」 「よし、了解。おちついて頼むぞ」 「大丈夫です。さっきはちょっと失敗しました。でも、ちゃんと『魔の空間』から離脱できたじゃないですか。われわれは大冒険に成功したわけですよ」 尾部の方へはいっていきながら、帆村は元気な声で言った。 「竜造寺兵曹長。見張につけ。敵の追跡に注意して……」 そうだ。ミミ族はどうしたろう。ゆだんはならない。 「はい」 兵曹長は、山岸少年に助けられながら、のぞき窓の前の席についた。 「兵曹長。苦しいですか」 と、少年は聞いた。 「いや、体が思うように動かぬだけだ。目はよく見える。心配はいらん」 だが兵曹長は、よほど苦しいらしく、歯をくいしばって、額を窓におしあてた。
かがやく大地
艇の尾部へもぐりこんで、空気のもれるところをさがしにいった帆村は、なかなかもどってこなかったし、報告もしてこなかった。 艇を操縦している山岸中尉は、弟に命じて連絡にやらせた。 「機長」 兵曹長が叫んだ。 「おい」 「見張報告。右舷上下水平、異状なし。左舷上に小さな火光あり。追跡隊かとも思う。そのほか異状なし」 「了解。その小さい火光に警戒をつづけよ」 「はい」 山岸中尉は、暗視器をその方へむけて、倍率を大きくしてみた。まだはっきりと形は見えなかった。が、とにかく星の光ではなく、別の光源であった。あのあたりが、さっき脱出した「魔の空間」のある場所かもしれない。方位角と仰角とではかってみると、だいたいその見当である。 山岸少年が、報告にもどってきた。 「機長。尾部の漏洩箇所は、大小六箇であります。大きいのは、径五十ミリ、小さいのは十三ミリ。帆村班員は、瓦斯溶接で穴をうめております。もうすぐ完成します」 「うむ」 この方は、うまくいきそうである。山岸中尉は、ほっと一息ついた。 しばらくすると、帆村がもどってきた。 「機長、もどりました」 「おう、ご苦労。どうした」 「見つけた穴は、ぜんぶ溶接でふさぎました。しかし、思うほど効果がありません」 「なに、思うほど効果がない……」 中尉は室内気圧計へ目をやった。なるほど、穴はぜんぶふさいだのにもかかわらず、まだすこしずつ気圧が下がっていく。目につかない穴がどこかに残っているのだろう。 「どうしたのか」 中尉は、たずねた。 「はい」 と、帆村は言いにくそうにしていたが、やがて言った。 「艇の外廓に、ひびがはいっているように思うのです」 「外廓にひびが……」 中尉はおどろいた。もしそうだとすると、修繕の方法がないのだ。どうして外廓にひびがはいったのだろうか。やはり、あのときにちがいない。 艇が「魔の空間」を爆破して、その爆破孔をとおりぬけるとき、やっぱり自分の仕掛けた爆発物のため、外廓にひびをはいらせたのにちがいない。 「もちろん、それはいまのところ、わずかな隙間を作っているだけですが、注意していますと、ひびはだんだん長く伸びていくようです。ですから、着陸までに本艇が無事にいるかどうかわかりません」 帆村の心配しているのは、この点であった。この調子でいけば、ひびがだんだん大きくなっていくだろう。噴射をつづけているかぎり、その震動が伝わって、ひびはだんだんひろがっていく理窟である。といって、噴射をやめると墜落のほかない。 しかもこの調子では、まだそうとうの高度のときに、艇内の空気はうすくなって、呼吸困難、または窒息のおそれがある。 思わざる危難がふりかかった。しかもその危険は刻々に大きくなろうとしているのだ。 なんという気持のわるいことだろうか。 「よし、わかった。あとはおれにまかしてもらおう」 と、山岸中尉は、歯切れのいいことばで言った。それにつづいて、中尉は胸の中で叫んだ。 (空中勤務に、予期しない困難が、あとからあとへと起るのは、有りがちのことだ。これくらいのことに、腰をぬかしてたまるか。危険よ、困難よ、不幸よ、さあくるならいくらでもこいだ。われら大和民族は、きさまたちにとっては少々手ごわいぞ) 空中勤務者は、あくまで冷静沈着でなければならない。空中で、これを失えば、自分で死神を招くようなものだ。 その場合の死神は、ルーズベルトのおやじみたいなもので、こっちが死ねば、その死神といっしょに、ルーズベルトまでがよろこぶのだ。そんな死神を招いてたまるものか。冷静と沈着とを失ってならないわけは、ここにある。 それから機長山岸中尉の、あざやかな指揮がはじまった。 山岸少年に命じて、地上の本隊との間に無電連絡をとらせた。そして帆村に命じて、「魔の空間」へ突入してから後のことを、こまごまと地上へ報告させた。 これは万一、この艇が空中分解をするとも、わが偵察隊の調べてきたところは本隊へ通じ、これから後の参考資料となるにちがいないからだった。 竜造寺兵曹長には、見張をつづけさせた。兵曹長の目と判断は、百練をへたものであるから、ぜったいに信用がおけるのだった。 そうしておいて、山岸中尉自身は、操縦桿をすこし前へ押しやって、艇を緩降下の状態においた。 両翼は、浮力をつけるために、せい一ぱいひろげた。そして噴射の速度をできるだけおそくして、その震動を小さくし、ひびが大きくなっていくのをできるだけふせぐことにした。 また容器に残っている酸素の量をくわしく調べ、もっとも倹約して、生きていられるだけの酸素をすって、何時間呼吸をつづけられるかを計算した。その結果は、安心できる程度ではなかった。最悪のときは、三十分間にわたって、酸素なしで半気圧の空間を下りなければならないのだ。しかしほかに処置とてなかった。あとは運命である。「人事をつくして天命をまつ」のほかないのであった。 中尉の頭脳の中は、きちんと整頓せられていた。これから先、どんなことが起っても、そのときはこうするという処置が考えられてあった。ただし処置なき出来事が起った場合は、運命にまかせることとしてあった。 山岸中尉の処置よろしかったために、彗星二号艇の乗組員は、さしもの難関を突破して、ふしぎに白昼の地上に着いた。しかし艇は着陸にあたって大破炎上した。 山岸電信員が、あらかじめ連絡をしてあったために、彗星二号艇の不時着の場所には、すぐさま本隊員がかけつけて火災を消し、艇の破れ目から四名の勇士を救いだした。 それから四名は、本隊に帰還した。 班長左倉少佐は、ただちに山岸中尉からはじまって、順々に隊員の報告を受けた。すべて愕くことばかりだった。中でも帆村荘六の怪鬼ミミ族についての報告は、班長をたいへんびっくりさせた。 「うむ、そうか。ミミ族の地球攻撃が、そこまで進んでいるとは知らなかった。この上は一日もむだにできない。ただちにミミ族をわが上空から追い払わねばならぬ」 そう言って、班長左倉少佐は、山岸中尉と帆村とを連れ、あわただしく隊の飛行機にのって、いずれかへ出かけた。
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