処置なし
山岸中尉は、ついに操縦桿から手を放した。もうこのうえ操縦桿を握っていることが意味なしと思ったからである。 繰縦桿を放しても、艇はすこぶる安定であった。山岸中尉は、こみあげてくる腹立たしさに、「ちえっ」と舌うちした。倒れた壁の下におさえつけられたも同様だ。 それから山岸中尉は、うしろをふりむいた。搭乗のあとの二人は、どんな顔をしているだろう……。 中尉の弟である山岸少年は、艇がいまどんな危険な状態にあるかということを、すこしも知らぬらしい顔つきで、しきりに無電機械を調整しつづけている。地上との通信が切れたのは、彼自身のせいだと思って、一生けんめい直しているのだった。 もう一人の搭乗者たる帆村荘六は、さっき大きな声で、「魔の空間」へ近づいたと叫んだ頃は、しきりにさわいでいたが、いま見ると、彼は手帳を出して、その中に何か盛んに書きこんでいる。これまた山岸少年におとらぬ落着きぶりだ。 山岸中尉は、ほっと息をついた。いま部下の二人が、あんがい落着いていてくれることは、たいへんありがたい。いまのうちに、死の覚悟をといておこうと思った。中尉の観測では、自分たちの生命は、あと十五分か二十分ぐらいだろうと思った。 「総員集れ」 と、中尉が叫ぶと、山岸少年は、はっと顔をあげて、耳から受話器をはずした。その目は、さっと不安の色が走った。 「兄さん、どうしたんです」 「ばか。電信員、用語に注意」 山岸中尉は、こんな場合にも注意することを忘れなかった。 帆村は手帳を持ったまま席を立ち、中尉のそばへ行こうとしたが、ちょうど山岸少年が通りかかったので、彼に狭い通路をゆずってやった。 「本艇はただいま大危難にさらされている。死の覚悟をしてもらいたい」 中尉はふるえていた。 「お待ちなさい――。いや機長、意見をいわせてください」 と、帆村がいった。 「よろしい。何でもいってよろしい」 中尉は、帆村の意見も、この際何の役にも立つまいと思った。 「機長。私は、私たちがいま生命の危険におびやかされているとは考えません。いや、むしろぜったいに安全だと思うのです」 「なぜか。説明を……」 「いや、そんなことは後で話をしましょう。それより目下最も大切なのは、本艇が積んでいる、成層圏落下傘と投下無電機です。こればかりは敵に渡さないようにして下さい」 「敵、敵とは……」 「いまの二種のものは敵の目をくらますために、糧食庫の底へでも入れておいた方がよくありませんか」 帆村は、中尉にはこたえないで、自分のいおうとすることだけについて語った。 「敵とは誰ですか、帆村さん。アメリカ人ですか」 と、山岸少年がたずねた。少年もいっこうわけがわからないといった面持だ。 「敵といえば、わかっているよ。例の緑色の怪物だ。いや、ここでは緑色の衣裳をぬいでいるかもしれないが……。しかし、少くともわれわれのいるここへ来るときは、例の服装でいるだろう」 「ああ、あいつですか。鉱山の底で死んだふりをしていた。青いとかげの化物みたいな奴……。大きな目が二つあって、頭に角が三本生えている、あのいやらしい怪物のことですか」 「帆村班員はほんとうにそう思っているのか。いったいそれはどういうわけで……」 と、山岸中尉も、思わず声を大きくして帆村の方へすり寄った。 「これは別にたいした予言でもありませんよ。なぜといって……」 と、帆村は途中で言葉をとめてしまった。 「帆村さん。早く話をしてください」 「話をするよりも、実物を見た方が早いよ。それっ、窓から外を見たまえ。例の緑色の怪物どもがおしかけて来たよ。ふふふ、これは面白い」 「えっ」 山岸少年が窓の方へ目を走らせると、たしかに帆村のいったとおりだ。向こうからこっちへ、緑色の怪物が十四五名、肩を組んだようにしてぞろぞろと歩いてくる。そしてその先頭に立って歩いている一名が、手をあげて何か叫んでいる様子だ。それは山岸たちに向かって呼びかけているように思われる。 「総員戦闘準備……」 山岸中尉は、いよいよ来るものが来たと思って、戦うつもりだ。 「待った。機長、はじめから戦うつもりでいたんでは、こっちの不利となりますよ。しばらく成行にまかせてみようじゃないですか」 「いや、捕虜になるのは困る」 「捕虜ということはないですよ。あの緑人どもは、われわれ地球人類と話をしたがっているのだと思います。だから、私たちを大事にするに違いありません」 「どうかなあ」 「まあ、こんどだけは私のいうところに従ってください。そしてここをさよならするまでは、短気を出さないように頼みますよ」 「帆村班員は、よくそんなに落着いていられるなあ」 「なあに、私は大いに喜んでいるのです。緑色の怪物どもから、われわれのまだ知らない、宇宙の秘密をしゃべらせてみせますよ。とうぶん彼等を憎まず、そして恐れず、しばらくつきあってみましょう。その結果、許すべからざる無礼者だとわかったら、そのときは山岸中尉に腕をふるってもらいましょう」 「竜造寺兵曹長の、安否をはやく知りたいものだ」 「それは頃合をはかって聞いてみましょう。私は兵曹長が無事で生きているような気がしますよ」 そういっているとき、緑鬼たちは、窓のところへ来て、外からどんどん窓をたたきはじめた。早くここを開けといっているらしい。 「ほう、外部の気圧は七百六十ミリになっていますよ。これはあの緑鬼どもが、ちゃんと空気を『魔の空間』へ送りこんで、私たちが楽に呼吸できるように用意しているのです。ですから、とうぶん生命の危険はないはずです。では扉をあけましょうか」 と、帆村は心得顔でいった。
緑人ミミ族
三人は、彗星二号艇から外へ出た。 緑色の怪物たちは、とびかかって来る様子もなく、おだやかに迎えた。 帆村は山岸兄弟よりも前に出た。そして緑色の怪物の中で、隊長らしく見える者の方へつかつかと寄った。 「せっかくあなたがたがよんでくださったものですから、やってきましたよ」 帆村は大きな声を出して、日本語でいった。山岸少年がびっくりして帆村の横顔をうかがった。 すると緑色の怪物たちは、急にざわめきたち、額をあつめて何やら相談をはじめたような様子であった。 山岸中尉が帆村に向かって何か言おうとした。帆村はそれを手で制した。そして、「それは後にしてください」と目で知らせた。緑色の怪物たちがどう出るか、いまは最も大事な時であったから、むやみなことをいって、怪物の気持を悪くしてはいけないと思ったのだ。 そのうちに、怪物は相談が終ったと見え、前のようにならんだ。そして隊長らしい者が、帆村の方へ歩みよった。 「あなたがいま言ったこと、わかりました。わたくしたちは、あなたのことばに満足します。これからいろいろ聞きますから、返事をしてください」 彼は日本語でしゃべった。それは妙なひびきを持った日本語であった。しかし原住民の片言の日本語よりは、ずっと調子がいい。緑色の怪物は、いつの間に日本語を勉強したのだろうか。 「はい、承知しました」 と、帆村は素直にこたえた。ふだんとちがって、いやにおとなしいのであった。 「僕たちからも伺うことがありますが、返事をしてくださるでしょうね」 「はい。返事をします」 「で、君のことを何とよべばいいでしょうか」 「わたくしですか。わたくしはココミミという名です」 「ココミミ。ああ、そうですか」 と、帆村はこの奇妙な名前をおぼえようと努力しながら、 「ではココミミ君。君はどこで日本語を習ったのですか」 と、つっこんだ質問をうちこんだ。 「ああ、日本語。これをおぼえるのには苦労しました。わが国の研究所では、五百名の者が五年もかかって、ようやく日本語の教科書を作りました」 「それはおどろきましたね。五百名で五年かかったとは、ずいぶん大がかりになすったわけですね。それでいま『わが国』とおっしゃいましたが、失礼ながら君の国は何という国で、どこに本国があるのですか」 帆村荘六は、この重大な質問を発することについて、さすがに鼓動の高くなるのをおさえかねた。しかしそれを相手に知られまいとして、つとめて何気ない調子でたずねた。 「わが国名はミミといいます。どこに本国があって、どんな国かということは、いま話してもわからんでしょう。しかしわたくしたちも、あなたがたも、ともに銀河系の生物だということです。つまりお互いに親類同士なんです。ですからお互いの間の話は、原則としてよく合うはずなのです」 緑色の人の語るところは、帆村たちによくわかるところもあるが、何だかまとがはずれているようなところも感じられる。 「そういわないで、君たちの国のことについて、いま話をしてください。僕たちは一刻も早くそれを知りたいのですよ」 帆村は、けんめいにねばった。 「いや、いまはしません。後になれば、自然にわかるでしょう。そのときくわしく説明します」ココミミ氏は肩をそびやかし、説明をいますることを拒絶した。 「そうですか。では、僕の方からのべてみましょうか」 帆村は、大胆なことをいった。 「ほう、あなたがのべるのですか。よろしい。では、のべてください」 ココミミ氏は仲間の方へ手をあげて何か合図をした。すると彼の仲間はおどろいた様子を示し、ざわざわと前へ出てきた。帆村はそれには無関心な様子を見せて、しずかに口を開いた。 「まず第一に申しますが、君たちはほんとうの姿をわれわれに見せていない。君たちは人体の形をした緑色の服を体の上に着ているのです。どうです、あたったでしょう」 帆村はとんでもないことをいい出した。しかしそれがあんがい相手に響いたらしく、いっせいに怪物たちの体が、がたがたふるえだした。そして帆村に向かっていまにもとびかかりそうな気配を示した。それを一生けんめいにとどめたのは例のココミミ君だった。 「どうぞ、その先を……」 彼は帆村に挨拶をおくった。 「では、第二に、君たちはわれわれより智能が発達しており、地球の人間なんかそういう点では幼稚なものだと思っている。しかしこれは君たちの思いちがいだということを、いずれお悟りになることでしょう」 「ふむ、ふむ」 「第三に、君たちはさし迫った重大資源問題のため、はるばる地球へやって来たのです。君たちはこの問題をなるべく早く解決しないと、君たちの世界は間もなく滅びるかもしれないのだ。だから……」 帆村のことばは突然中断した。それは緑色の怪物三名が、やにわに帆村に組みついたからである。それは電光石火の如くあまりにはやく、そばに立っていた山岸中尉が、帆村のためにふせぐひまもなかったほどだ。
機長ゆずらず
緑鬼どもに組みつかれた帆村は、まず山岸中尉の方へ目で合図するのに骨を折った。山岸中尉の顔は、緑鬼どもにたいする怒りに燃えていた。が、帆村は「待て、しずかに……」と、目で知らせているので、中尉は拳をぶるぶるふるわせながら、かろうじてその位置に立っていた。 「ココミミ君。君たちは、僕を殺すためにやって来たのか、それとも地球を調べるためにやって来たのか、どっちです」 帆村は叫んだ。緑鬼の隊長と見えるココミミ君は、帆村のつよい言葉に、ぎくりとしたようであった。帆村たち地球人類を殺すために、ここへ封じこめたのではないことは、よくわかっている。しかし彼の部下は怒りっぽいのだ。帆村に図星をさされたことを憤って、帆村を殺そうとしているのだ。 ココミミ君は、なにか意を決したもののごとく部下のそばへとんでいった。そのときふしぎな光景が見られた。ココミミ君の頭の上に出ている触角が、にゅうっと一メートルばかり伸び、長い鞭のようになった。つぎにその鞭のようなものは、かりかりと奇妙な音を立てて、蛸の手のように動いた。そして帆村に組みついて放さない緑鬼どもの角にまきついては、これをゆすぶった。 すると緑鬼は、急にがたがた体をふるわせて、どすんと尻餅をついた。こうしてココミミ君は、つぎつぎに緑鬼たちを倒してしまった。山岸少年は兄のうしろで、目をぱちくり。 救われた帆村は、べつにおどろいてもいず、はずれた飛行服の釦をかけて、にっこり笑う。 「ココミミ君。君と二人で、よく話しあいたいものですね」 と、帆村はいった。 するとココミミ君は、触角をするすると頭の中にしまいこみ、帆村のところへやってきて、手を握った。 「あなたの申し出に賛成します。われわれは、お互いの幸福のために、しずかに話しあわねばなりません。そうですね」 「もちろん、そうですよ。乱暴をしては、話ができませんからね」 と、帆村がこたえた。ココミミ君は、なかなか話のわかるミミ族だ。 「それではすぐ話にかかります。まずみなさん方をしばらくの間、ひとりひとりに隔離します。私たちは手わけして質問にゆきます」 「それはいけない。われわれの行動は自由です。しかし、せっかく君がそういうんだから、僕だけは君がいうところへついていきましょう」 「それは困る。ぜひ、ひとりひとりを……」 「そんなことは許しませんぞ。それよりも、早く地球の話がわかった方がいいのではありませんか。この大宇宙にすんでいるのは、地球人類とミミ族だけではありませんよ。他の生物の方が早く地球と話をつけてしまえば、君たちは困りはしませんか」 この一語は、ココミミ君にひどくきいたらしい。彼は、それでもさっき言ったことをやりとおすのだとは言わなかった。 が、他の緑鬼どもは、いつの間にか起き上り、彗星二号艇のそばに立っている、山岸中尉と山岸少年の方へ襲いかかろうとしている。 山岸中尉は、うしろに弟をかばい、右手にはピストルを握りしめ、もしも近づく奴があれば、一撃のもとにうちたおすぞと、緑鬼をにらんだすさまじさ。 これをみておどろいたココミミ君は、ころがるようにして仲間のところへとんで来た。そしてふたたび触角の鞭をふりまわした。緑鬼たちは、たわいなくごろごろとその場にころがった。 そのときココミミ君は、すっくと立上り、呼吸をするような姿勢になった。すると彼の頭上に生えていた三本の触角が、すうっと垂直に立った。と、そのうちの一本がぐにゃぐにゃと下りてきて、垂直に立つ他の二本の触角を、まるで竪琴の絃をはじきでもするかのように、ぽろんぽろんとはじいた。音が出たにちがいない。しかし帆村たちには、その音が聞えなかった。 それが通信だったと見え、あやしい白雲の奥から、どやどやと一隊の人影があらわれた。いや、人影というよりも、鬼影といった方がいいかも知れない。 彼らはココミミ君の前に整列した。新しく来た彼らは、体の色がすこし淡かった。そしてどこかおとなしいところがあった。ココミミ君は帆村にいった。 「これはタルミミ隊の者です。これから、このタルミミ隊が皆さんのお世話をします。私の隊員は、戦闘をするのが専門ですから、自然皆さんに失礼があったと思います。しかし私どもとしては、はじめて迎える地球人類にたいして、そうとう警戒の必要を感じていたわけですから、どうぞあしからず。で、このタルミミ隊は、じゅうぶん皆さんの気にいるようにお世話をすると思います。なんでもいいつけてください。皆さんのための食事の用意もありますよ。しかし、ここから脱走することのお手伝いだけは、させないでください。でないと、ミミ族を憤激させることになります。そうなれば、もう取りかえしがつきませんからね」 ココミミ君は、帆村たちにこのようにいって、できるだけの好意を示した。そして帆村にむかい、 「では、もっとゆっくりあなたと話をしたいと思います。いっしょに来てくれますか」 ときいた。帆村は山岸中尉の許しをえて、ココミミ君の申し出に同意した。そこで二人はならんで歩きだした。一時間もすれば、ここへ戻ってくるという約束のもとに。
ふしぎな御馳走
山岸中尉と山岸少年の二人は、帆村を送って後に残った。中尉は愛弟をうしろにかばって、新米のタルミミ隊をにらみつけていた。 タルミミ隊は、山岸中尉の前で活動をはじめた。どこからか円い卓子が持出された。椅子もはこんで来た。それから思いがけない御馳走が大きな器にいれられて、卓子の上におかれた。飲物のはいっている壜もきた。「水」だとか、「酒」だとか、「清涼飲料」とかの、日本字が書きつけてあった。 「さあ、どうぞ召上ってください」 と、タルミミ君らしい一人が、そういって挨拶をした。山岸中尉は返事に困った。 「御心配はいりません。これはあなた方にたべられないものでもなく、また毒がはいっているわけでもありません。安心して召上ってください」 タルミミ君は、ていねいにいった。 山岸中尉は豪胆な人間だったから、ここで弱味を見せてはならぬと思い、蜜柑を一箇手にとった。それとなく注意してみるが、内地の蜜柑と変りのない外観をしている。そこで皮をむいた。ぷうんと蜜柑の香りがした。一房ちぎって口の中へほうりこんだ。甘酸っぱい汁――たしかに地上でおなじみの蜜柑にちがいなかった。しかもこの味は四国産の蜜柑と同じだった。 「この蜜柑は、どこになったのかね」 山岸中尉がタルミミ君へ声をかけた。 「日本産ですよ。外の料理も、みな日本産です。あなた方がくるとわかっていたので、用意してあったのです。どうぞ安心してたべてください」 どんな方法で、日本の料理や、果物などを手にいれたのか、それはわからなかった。しかしたべてみると、たしかに口にあうものばかりだった。そこで弟にもたべるようにすすめた。二人は腹がすいていたのでよくたべた。一度たべた以上は、少くたべても、たくさんたべても同じことだと胆玉をすえた。 (この連中は、おれたちがここへ来ることを知っていたという。こっちはそんなこととは知らなかった。やはりミミ族の方が、われわれ人間より智力が上なのかなあ) 山岸中尉は、たべながらそんなことを考えた。山岸兄弟が食事をしているのを見て安心したものか、タルミミ隊員は、いつとはなしに二人の前から姿を消してしまった。 「兄さん。あの緑人がみんなどこかへ行ってしまいましたよ」 「うん。しかし、どこからかこっちを見張っているにちがいないから、油断をしないように……」 「はい」 「お前、疲れたろう。しばらく寝ろよ」 「僕、ねむくありません」 「そうか。では兄さんは、二十分ばかりねむる。お前、起してくれ」 「はい、起します」 中尉はそこにごろんと横に寝た。 「これは寝心地がいいぞ。士官室の長椅子より上等だ。はははは」 中尉は豪快に笑った。そしてしばらくすると気持よさそうないびきをかきはじめた。 山岸少年は、兄ののんきさ加減にあきれてしまった。こんなおそろしいところへ来て、ねむってしまうなんて、なんということだろうかと。またこの気味のわるい白い雲のようなものの上で、よくもねむられるものだと感心した。もしもどうかして穴があいたら、二万七千メートルの高空から、体はまっさかさまに下へ落ちてゆくではないか。 少年は、このふしぎな「魔の空間」の中でとききれないたくさんの謎をかかえこんでしまって、妙な気持でいるのだった。いったいどうしてこんな高空に、地上の建物の一室とちがわない場所があるのであろうか。 あの怪人どもの頭の上についている、触角みたいなものはなんであろうか。 怪人どもの正体は、あの中にあるのだと帆村がいったが、それはほんとうかしらん。ほんとうなら、いったいどんな形をしているのであろうか、ミミ族という生物は……。 地球人類と同じく銀河系の生物だから、親類だと思ってくれと、ココミミ君はいっていた。銀河系の生物とはなんのことだろう。 こうして考えていけば、謎はつきない。夢のようにふしぎである。しかし夢ではない。頬をつねればちゃんと痛い。 早くも二十分がたったので、山岸少年は兄を起した。中尉は起き上ると、海軍体操を二つ三つやって、元気に笑った。 「さあ、これでいい。くるなら来い、どこからでも来いだ」 「兄さんは、よくねむれますね」 「いや、さっきはねむくて困ったよ。……まだ帆村君はもどって来ないか」 「ええ、もう一時間を五分ばかりすぎていますがね」 「話が長くなったのかな。それとも……」 「それとも」 「いや、心配しないでいいよ」 帆村はなかなか姿を見せなかった。なにかまちがいがあったのではないかと、山岸中尉は思った。だからといって、この白昼探しにゆくわけにもいかない。夜のくるのを待つほかないのだ。ところが、夜はいっこうやってこなかった。 そのはずだ。ここは地球の上ではないのだ。「魔の空間」である。あたり前なら、二万七千メートルはなに一つ見えぬ暗黒界でなければならぬ。それにもかかわらず、こうして白昼のように物の形がみえているのは、ここが「魔の空間」なればこそだ。謎はますます深くなってゆく。
帆村の偵察
帆村は十時間めに戻ってきた。 「どうした。心配していたぞ」 山岸中尉は喜んで、思わず帆村の手をとった。帆村の手は氷のように冷えきっていた。帆村の顔色は悪く、土色をしていた。そしてぶるぶると悪寒にふるえていた。 「どうした、帆村班員。報告しない前に、なんというざまか」 山岸中尉は、声をはげまして叱りつけた。それは帆村の気を引立たせるためだった。 「はいっ」帆村は大きく身ぶるいして、姿勢を正した。だがつぎの瞬間、崩れるようにへたへたと坐りこんでしまった。 「電信員。艇内から酒のはいった魔法壜をもってこい」 「はい。持ってきます」 山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、兄にいわれたものを探しあてて下りてきた。 一ぱいの香り高い日本酒が、帆村を元気づけた。土のようだった彼の顔色が目の下あたりからぽうっと赤くなりはじめ、彼の目が生々と光ってきた。 「どうした、帆村班員」 三度、山岸中尉は帆村にきいた。 「ああ、機長……」 帆村は山岸中尉の顔を仰ぎ、それから山岸少年の方を見、なおあたりをぐるぐると見廻した上で、ほっと息をついた。 「遅かったね。なにをしていたのか」 「はあ」と、帆村は喉をなでながら、 「できるだけ『魔の空間』を偵察してきました。報告することがたくさんあります。第一に、生きている竜造寺兵曹長の姿も見えました」 「えっ、竜造寺に会ったと……」 「そうです。兵曹長は、狭い透明な箱の中にとじこめられています。胸に重傷しているようです」 「ふうん。助けだせないか」 「いま考え中です。話をしたかったが、監視が厳重で、そばへよれませんでした」 「そうか。ではおれが助けにゆく」 「まあ、お待ちなさい、機長。まだお話があるのです。彗星一号艇の乗組員に会いました」 「えっ、一号艇は無事か」 「艇は無事だそうです。私は児玉法学士に会って、それを聞きました」 「望月大尉は健在か」 「はい、大尉も、電信員の川上少年も、軽傷を負っているだけで、まず大丈夫です。児玉法学士は大元気です。彼は緑鬼どもと強い押問答をやって、待遇改善をはかっています。私は彼とよく打合わせました。われわれは、けっして緑鬼どもに頭を下げないことにしました。そして彼らの弱点をついて、あべこべに彼らをわれらに協力させるのです」 「できるか、そんなことが」 「それについて児玉法学士は、一つの方法を考えていました。彼はきっとうまくやるでしょう」 「どういう方法か」 「要するに彼らを説き伏せ、まっすぐな道を歩かせるのです。しかし、もしもこのことが不成功のあかつきには、われわれは即刻この『魔の空間』から引揚げないと危険なのです」 「それはどういうわけか」 「これは私の調べた結果ですが、ミミ族という生物は、われわれ人間とはぜんぜんちがった先祖から生まれたものです。ですから、性格がすっかりちがっているのです。あのココミミ君は、もっとも人間に近い性質を示していますが、あれは人間学を勉強して、あれほど人間に近い性質を示すようになったのです。しかしミミ族は、生まれつきひじょうに残酷な生物です。人情などというものはなく、まるで鉄のように冷たい生物なのです。そのかわり正直この上なしです。ほしいと思うものにすぐ手を出して取り、強い者には頭を下げ、弱い者はすぐ殺すのです」 「どうして、そんなことがわかったのか」 「私が見てきたのです。山岸中尉、彼ら緑鬼は、動物の一種でもなく、また植物の一種でもないのですぞ」 「なんだって」山岸中尉はおどろきのあまり、思わず大きな声をたてた。 「君は途方もないことをいうね。生物といえば、動物と植物にきまっている。それ以外の生物というのがあるだろうか」 しかし帆村は言った。 「そういう理窟は、地球の上だけにあてはまるのです。他の世界へ行けば、かならずしもあてはまらないのだと思います」 「すると、いったいどういう種類の生物だというのかね、あのミミ族は……」 山岸中尉は、こめかみに指をたてて、むずかしい顔をした。帆村のいうことがわかりかねるのだ。もちろん誰にだってわかるはずはない。 「まだ判定の材料がすっかり集っていないから、しかとはいえませんが、私の考えるところでは、緑鬼ミミ族は、高等金属だと思います」 「なに、高等金属。わははは。君は気がどうかしているよ。わははは」山岸中尉は大声で笑った。帆村は、かくべつ腹をたてた様子もなく、真面目な顔をしていた。そして中尉の笑いのしずまるのを待っていた。 「金属が生きものだ。ふつうならば、そんなことを考えないよ。わははは。帆村君、しっかりしてくれよ」 中尉の笑いはなかなかとまらなかった。そこで帆村は、やむなく口を開いた。 「ちょっと待ってください。地球の上で、金属は生物だなどといっては、たいてい笑われるでしょう。しかし他の世界へ行けば、金属が生きものである場合があるのです」 「ばかばかしいことだ。それは暴論だよ」 そういわれても、帆村はひるまなかった。 「地球上に存在する金属の中にも、ほんの僅かの種類ですが、生物らしき現象を示すものがあるのです。それを言いましょう。ラジウムはアルファ、ベータ、ガンマ線を出して年齢をとり、ラジウム、エマナチオンになり、やがては鉛となります」 「そんなことが生物と言えるだろうか」 「生物に似ているではありませんか。また別のことを取上げましょう。無機物の集合体であるところの電波発振器は、空間へ電波を発射します。これは人体における脳細胞の、活動のときにともなう現象と同じです」 「それはこじつけだ」 「継電器はどうです。僅かの電気的刺戟によっていずれかへ動き出し、あげくの果は、大きなものを動かします。電波操縦もこの類です。人体における神経と、筋肉の関係そっくりではありませんか」 山岸中尉は、帆村が後から後へとならべる例について、心から同感だとはいいたくなかった。しかし聞いているうちに、なんとなく金属も生きているらしい気がしてきた。帆村は一段と声をはげまし、 「地球以外の星には、ラジウムよりも、もっと重い金属があって、おそろしい放射能を持っているものがあるのです。そういう奴は、ラジウムよりもずっと高等な生物ですよ。高等金属といったのは、そういう物質を指すのです」といったが、山岸中尉がまだ知らん顔をしているのを見ると、帆村は別なことをいい出した。 「機長。この『魔の空間』が、この前白根村に墜落したときに、なぜ私たちの目には見えなかったのか、そのわけを考えてごらんになったことがありますか」この質問は、山岸中尉をひじょうにおどろかせた。 「えっ、この前『魔の空間』が白根村に墜落したって。そんなことが、どうして……」
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