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木の子説法(きのこせっぽう)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-8-22 13:03:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 この暑さに、五つ紋の羽織も脱がない、行儀の正しいのもあれば、浴衣で腕まくりをしたのも居る。――裾模様すそもようの貴婦人、ドレスの令嬢も見えたが、近所居まわりの長屋連らしいのも少くない。印半纏しるしばんてんさえも入れごみで、席にしきりはなかったのである。
 で、階子はしごの欄干際を縫って、案内した世話方が、
「あすこが透いております。……どうぞ。」
 と云った。脇正面、橋がかりの松の前に、肩膝を透いて、毛氈もうせんが流れる。色紙、短冊でも並びそうな、おさらいや場末の寄席よせ気分とは、さすがしなの違った座をすすめてくれたが、裾模様、背広連が、多くその席を占めて、切髪の後室も二人ばかり、白襟で控えて、金泥きんでい、銀地の舞扇まで開いている。
 われら式、……いや、もうここで結構と、すぐその欄干に附着くッついた板敷へ席を取ると、更紗さらさ座蒲団ざぶとんを、両人に当てがって、
すずしい事はこの辺が一等でして。」
 と世話方は階子を下りた。が、ひどく蒸暑い。
「御免を被って。」
「さあ、脱ぎましょう。」
 と、こくめいに畳んで持った、手拭てぬぐいで汗をいた一樹が、羽織を脱いでひっくるめた。……羽織は、まだしも、世の中一般に、頭にかぶるものときまった麦藁むぎわらの、安値なのではあるが夏帽子を、居かわり立直る客が蹴散けちらし、踏挫ふみひしぎそうにする……
 また幕間で、人の起居たちいは忙しくなるし、あいにく通筋とおりすじの板敷に席を取ったのだからたまらない。膝の上にのせれば、またぐ。敷居に置けば、蹴る、脇へずらせば踏もうとする。
「ちょッ。」
 一樹のささやく処によれば、こうした能狂言の客の不作法さは、場所にはよろうが、芝居にも、映画場にも、場末の寄席にも比較しようがないほどで。男も女も、立てば、すわったものを下人げにんと心得る、すなわちあごの下に人間はない気なのだそうである。
 中にも、こども服のノーテイ少女、モダン仕立ノーテイ少年の、跋扈跳梁ばっこちょうりょう夥多おびただしい。……
 おなじ少年が、しばらくの間に、一度は膝をまたぎ、一度は脇腹を小突き、三度目には腰を蹴つけた。目まぐろしく湯呑所ゆのみじょへ通ったのである。
 一樹が、あの、指を胸につけ、その指で、左の目をおさえたと思うと、
毬栗いがぐりは果報ものですよ。」
 私を見て苦笑にがわらいしながら、羽織でくるくると夏帽子を包んで、みしと言わせて、尻にかって、投膝に組んでてのひらをそらした。
「がきに踏まれるよりこの方がさばさばします。」
 何としても、これは画工えかきさんのせいではない――桶屋おけや、鋳掛屋でもしたろうか?……静かに――それどころか!……震災ぜんには、十六七で、かれは博徒の小僧であった。
 ――家、いやその長屋は、妻恋坂下つまごいざかした――明神の崖うらの穴路地で、二階に一室ひとま古屋ふるいえだったが、物干ばかりが新しく突立つったっていたという。――
 これを聞いて、かねて、知っていたせいであろう。おかしな事には、いま私たちが寄凭よりかかるばかりにしている、この欄干が、まわりにぐるりと板敷を取って、階子壇はしごだんを長方形の大穴に抜いて、押廻わして、しかも新しく切立っているので、はじめから、たとえば毛利一樹氏、自叙伝中の妻恋坂下の物見に似たように思われてならなかったのである。

「――これはこのあたりのものでござる――」
 あい長上下なががみしも、黄の熨斗目のしめ、小刀をたしなみ、持扇もちおうぎで、舞台で名のった――脊の低い、肩の四角な、堅くなったか、かんのせいか、首のややかしいだアドである。

「――それがしが屋敷に、当年はじめて、何とも知れぬくさびらが生えた――ひたもの取って捨つれども、の間には生え生え、幾たび取ってもまたもとのごとく生ゆる、かような不思議なことはござらぬ――」

 鷺玄庵、シテの出る前に、この話の必要上、一樹――本名、幹次郎みきじろうさんの、その妻恋坂の時分の事を言わねばならぬ。はじめ、別して酔った時は、幾度も画工えかきさんが話したから、私たちはほとんどその言葉通りといってもいいほど覚えている。が、名を知られ、売れッこになってからは、気振けぶりにも出さず、事の一端に触れるのをさえ避けるようになった。苦心談、立志談は、往々にして、その反対の意味の、自己吹聴ふいちょうと、陰性の自讃、卑下高慢になるのに気附いたのである。談中――主なるものは、きのこで、かれが番組の茸をげて、比羅びらの、たこのとあのくたらを説いたのでも、ほぼ不断の態度が知れよう。
 但し、以下の一齣ひとくさりは、かつて、一樹、幹次郎が話したのを、ほとんどそのままである。

「――その年の残暑の激しさといってはありませんでした。内中皆裸体はだかです。六畳に三畳、二階が六畳という浅間ですから、開放しで皆見えますが、近所が近所だから、そんな事は平気なものです。――色気も娑婆気しゃばけも沢山な奴等やつらが、たかが暑いくらいで、そんなざまをするのではありません。実はまるで衣類がない。――これが寒中だと、とうの昔凍え死んで、こんな口を利くものは、貴方がたの前に消えてしまっていたんでしょうね。
 男はまだしも、おんなもそれです。ご新姐しんぞ――いま時、妙な呼び方で。……主人が医師いしゃの出来損いですから、出来損いでも奥さん。……さしあたってな小博打こばくちあてだったのですから、三下さんしたもぐりでも、姉さん。――話のついでですが、裸の中の大男の尻の黄色なのが主人で、汚れた畚褌もっこふんどしをしていたのです、褌が畚じゃ、あねごとは行きません。それにした処で、あねさんとでも云うべき処を、ご新姐――と皆が呼びましたのは。――
 万世橋向うの――町の裏店うらだなに、もと洋服のさい取をなやして、あざとい碁会所をやっていた――金六、ちゃら金という、野幇間のだいこのようなはげのちょいちょい顔を出すのが、ご新姐、ご新姐という、それがつい、口癖になったんですが。――膝股ひざももをかくすものを、腰からつるしたように、乳を包んだだけで。……あとはただ真白まっしろな……冷い……のです。冷い、とめたのは妙ですけれども、飢えて空腹ひだるくっているんだから、夏でも火気はありますまい。しにぎわに熱でも出なければ――しかし、若いから、そんなにせ細ったほどではありません。中肉で、脚のすらりと、小股こまたのしまった、うりざね顔で、鼻筋の通った、目のおおきい、無口で、それで、ものいいのきっぱりした、少し言葉尻の上る、声に歯ぎれのけんのある、しかし、気の優しい、私より四つ五つ年上で――ただうつくしいというよりあだっぽい婦人おんなだったんです。何しろその体裁ですから、すなおな髪を引詰ひッつめて櫛巻くしまきでいましたが、生際が薄青いくらい、襟脚が透通って、日南ひなたでは消えそうに、おくれ毛ばかり艶々つやつやとして、涙でしょう、濡れている。悲惨な事には、水ばかり飲むものだから、身籠みごもったようにかえってふくれて、下腹のゆいめなぞは、乳の下をくびったようでしたよ。
 空腹すきはらにこたえがないと、つよくひもをしめますから、男だって。……
 お雪さん――と言いました。その大切な乳をかくす古手拭は、はだに合った綺麗好きで、腰のも一所に、ただ洗いただ洗いするんですから、油旱あぶらでりの炎熱で、銀粉のようににじむ汗に、ちらちらとしゃのようになびきました。これなら干ぼしになったら、すぐ羽にかわって欄間を飛ぶだろうと思ったほどです。いいえ、天人なぞと、そんな贅沢ぜいたくな。裏長屋ですもの、くさばかげろうの幽霊です。
 その手拭が、娘時分に、踊のお温習さらいに配ったのが、古行李ふるこうりの底かなにかに残っていたのだから、あわれですね。
 千葉だそうです。千葉の町の大きな料理屋、万翠楼ばんすいろうの姉娘が、今の主人の、その頃医学生だったのと間違って。……ただ、それだけではないらしい。学生の癖に、悪く、商売人じみた、はなを引く、賭碁かけごを打つ。それじゃ退学にならずにいません。佐原の出で、なまじ故郷が近いだけに、外聞かたがた東京へ遁出にげだした。姉娘があとを追って遁げて来て――料理屋の方は、もっとも継母だと聞きましたが――帰れ、と云うのを、男が離さない。女も情を立てて帰らないから、両方とも、親から勘当になったんですね、親類義絶――つまるところ。
 一枚、畚褌の上へ引張ひっぱらせると、脊は高し、幅はあり、風采ふうさい堂々たるものですから、まやかし病院の代診なぞには持って来いで、あちこち雇われもしたそうですが、みゃくを引く前に、顔の真中まんなかを見るのだから、身が持てないで、その目下の始末で。……
 変に物干ばかり新しい、妻恋坂下へ落ちこぼれたのも、洋服の月賦払げっぷばらいとどこおりなぞからひっかかりの知己ちかづきで。――町の、右の、ちゃら金のすすめなり、後見なり、ご新姐のあだな処をおとりにして、碁会所を看板に、骨牌賭博かるたばくち小宿こやどという、もくろみだったらしいのですが、碁盤のやぐらをあげる前に、長屋の城は落ちました。どの道落ちる城ですが、その没落をはやめたのは、よくにあせって、怪しいたくらみをしたからなんです。
 質の出入れ――この質では、ご新姐の蹴出し……縮緬ちりめんのなぞはもうとっくにない、青地のめりんす、と短刀一口ひとふり。数珠一れん。千葉を遁げる時からたしなんだ、いざという時の二品ふたしなを添えて、何ですか、三題話のようですが、すごいでしょう。……事実なんです。貞操のしるしと、女の生命とを預けるんだ。――(何とかじゃ築地へけえられねえ。)――何の事だかわかりませんがね、そういって番頭をおどかせ、と言いつかった通り、私が(一樹、幹次郎、自分をいう。)使つかいに行ったんです。冷汗ひやあせを流して、談判の結果が三分、科学的に数理であらわせば、七十と五銭ですよ。
 お雪さんの身になったらどうでしょう。じか肌と、自殺を質に入れたんですから。自殺を質に入れたのでは、死ぬよりもつらいでしょう。――
 ――当時、そういった様子でしてね。質の使、ざるでお菜漬はづけの買ものだの、……これは酒よりはにおいが利きます。――はかり炭、粉米こごめのばら銭買の使いに廻らせる。――わずかの縁にすがってころげ込んだ苦学の小僧、(再び、一樹、幹次郎自分をいう。)には、よくは、様子は分らなかったんですが、――ちゃら金の方へ、かもがかかった。――そこで、心得のある、ここの主人あるじをはじめ、いつもころがり込んでいる、なかまが二人、一人は検定試験を十年来落第の中老の才子で、近頃はただ一攫千金いっかくせんきんの投機をねらっています。一人は、今は小使を志願しても間に合わない、慢性の政治狂と、三個さんにんを、紳士、旦那、博士に仕立てて、さくら、というものに使って、鴨をはいいで、骨までたたこうという企謀たくらみです。

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