46[#「46」は縦中横]
前のカッフエの床。床の上には靴をはいた足が幾つも絶えず動いている。それ等の足は又いつの間にか馬の足や鶴の足や鹿の足に変っている。
47[#「47」は縦中横]
前のカッフエの隅。金鈕の服を着た黒人が一人大きい太鼓を打っている。この黒人も亦いつの間にか一本の樟の木に変ってしまう。
48[#「48」は縦中横]
前の山みち。船長は腕を組んだまま、樟の木の根もとに気を失った「さん・せばすちあん」を見おろしている。それから彼を抱き起し、半ば彼を引きずるように向うの洞穴へ登って行く。
49[#「49」は縦中横]
前の洞穴の内部。但し今度も外部に面している。月の光はもう落ちていない。が、彼等の帰って来た時にはおのずからあたりも薄明るくなっている。「さん・せばすちあん」は船長を捉え、もう一度熱心に話しかける。船長はやはり冷笑したきり、何とも彼の言葉に答えないらしい。が、やっと二こと三ことしゃべると、未だに薄暗い岩のかげを指さし、彼に「見ろ」と云う手真似をする。
50[#「50」は縦中横]
洞穴の内部の隅。顋髯のある死骸が一つ岩の壁によりかかっている。
51[#「51」は縦中横]
彼等の上半身。「さん・せばすちあん」は驚きや恐れを示し、船長に何か話しかける。船長は一こと返事をする。「さん・せばすちあん」は身をすさらせ、慌てて十字を切ろうとする。が、今度も切ることは出来ない。
52[#「52」は縦中横]
Judas ………
53[#「53」は縦中横]
前の死骸――ユダの横顔。誰かの手はこの顔を捉え、マッサァジをするように顔を撫でる。すると頭は透明になり、丁度一枚の解剖図のようにありありと脳髄を露してしまう。脳髄は始めはぼんやりと三十枚の銀を映している。が、その上にいつの間にかそれぞれ嘲りや憐みを帯びた使徒たちの顔も映っている。のみならずそれ等の向うには家だの、湖だの、十字架だの、猥褻な形をした手だの、橄欖の枝だの、老人だの、――いろいろのものも映っているらしい。………
54[#「54」は縦中横]
前の洞穴の内部の隅。岩の壁によりかかった死骸は徐ろに若くなりはじめ、とうとう赤児に変ってしまう。しかしこの赤児の顋にも顋髯だけはちゃんと残っている。
55[#「55」は縦中横]
赤児の死骸の足のうら。どちらの足のうらもまん中に一輪ずつ薔薇の花を描いている。けれどもそれ等は見る見るうちに岩の上へ花びらを落してしまう。
56[#「56」は縦中横]
彼等の上半身。「さん・せばすちあん」は愈興奮し、何か又船長に話しかける。船長は何とも返事をしない。が、殆ど厳粛に「さん・せばすちあん」の顔を見つめている。
57[#「57」は縦中横]
半ば帽子のかげになった、目の鋭い船長の顔。船長は徐ろに舌を出して見せる。舌の上にはスフィンクスが一匹。
58[#「58」は縦中横]
前の洞穴の内部の隅。岩の壁によりかかった赤児の死骸は次第に又変りはじめ、とうとうちゃんと肩車をした二匹の猿になってしまう。
59[#「59」は縦中横]
前の洞穴の内部。船長は「さん・せばすちあん」に熱心に何か話しかけている。が、「さん・せばすちあん」は頭を垂れたまま、船長の言葉を聞かずにいるらしい。船長は急に彼の腕を捉え、洞穴の外部を指さしながら、彼に「見ろ」と云う手真似をする。
60[#「60」は縦中横]
月の光を受けた山中の風景。この風景はおのずから「磯ぎんちゃく」の充満した、嶮しい岩むらに変ってしまう。空中に漂う海月の群。しかしそれも消えてしまい、あとには小さい地球が一つ広い暗の中にまわっている。
61[#「61」は縦中横]
広い暗の中にまわっている地球。地球はまわるのを緩めるのに従い、いつかオレンジに変っている。そこへナイフが一つ現れ、真二つにオレンジを截ってしまう。白いオレンジの截断面は一本の磁針を現している。
62[#「62」は縦中横]
彼等の上半身。「さん・せばすちあん」は船長にすがったまま、じっと空中を見つめている。何か狂人に近い表情。船長はやはり冷笑したまま、睫毛一つ動かさない。のみならず又マントルの中から髑髏を一つ出して見せる。
63[#「63」は縦中横]
船長の手の上に載った髑髏。髑髏の目からは火取虫が一つひらひらと空中へ昇って行く。それから又三つ、二つ、五つ。
64[#「64」は縦中横]
前の洞穴の内部の空中。空中は前後左右に飛びかう無数の火取虫に充ち満ちている。
65[#「65」は縦中横]
それ等の火取虫の一つ。火取虫は空中を飛んでいるうちに一羽の鷲に変ってしまう。
66[#「66」は縦中横]
前の洞穴の内部。「さん・せばすちあん」はやはり船長にすがり、いつか目をつぶっている。のみならず船長の腕を離れると、岩の上に倒れてしまう。しかし又上半身を起し、もう一度船長の顔を見上げる。
67[#「67」は縦中横]
岩の上に倒れてしまった「さん・せばすちあん」の下半身。彼の手は体を支えながら、偶然岩の上の十字架を捉える。始めは如何にも怯ず怯ずと、それから又急にしっかりと。
68[#「68」は縦中横]
十字架をかざした「さん・せばすちあん」の手。
69[#「69」は縦中横]
後ろを向いた船長の上半身。船長は肩越しに何かを窺い、失望に満ちた苦笑を浮べる。それから静かに顋髯を撫でる。
70[#「70」は縦中横]
前の洞穴の内部。船長はさっさと洞穴を出、薄明るい山みちを下って来る。従って山みちの風景も次第に下へ移って来る。船長の後ろからは猿が二匹。船長は樟の木の下へ来ると、ちょっと立ち止まって帽をとり、誰か見えないものにお時宜をする。
71[#「71」は縦中横]
前の洞穴の内部。但し今度も外部に面している。しっかり十字架を握ったまま、岩の上に倒れている「さん・せばすちあん」。洞穴の外部は徐ろに朝日の光を仄めかせはじめる。
72[#「72」は縦中横]
斜めに上から見おろした岩の上の「さん・せばすちあん」の顔。彼の顔は頬の上へ徐ろに涙を流しはじめる、力のない朝日の光の中に。
73[#「73」は縦中横]
前の山みち。朝日の光の落ちた山みちはおのずから又もとのように黒いテエブルに変ってしまう。テエブルの左に並んでいるのはスペイドの一や画札ばかり。
74[#「74」は縦中横]
朝日の光のさしこんだ部屋。主人は丁度戸をあけて誰かを送り出したばかりである。この部屋の隅のテエブルの上には酒の罎や酒杯やトランプなど。主人はテエブルの前に坐り、巻煙草に一本火をつける。それから大きい欠伸をする。顋髯を生やした主人の顔は紅毛人の船長と変りはない。
* * * * *
後記。「さん・せばすちあん」は伝説的色彩を帯びた唯一の日本の天主教徒である。浦川和三郎氏著「日本に於ける公教会の復活」第十八章参照。
●表記について
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