26[#「26」は縦中横]
この洞穴の外部。「さん・せばすちあん」は月の光の中に次第にこちらへ歩いて来る。彼の影は左には勿論、右にももう一つ落ちている。しかもその又右の影は鍔の広い帽子をかぶり、長いマントルをまとっている。彼はその上半身に殆ど洞穴の外を塞いだ時、ちょっと立ち止まって空を見上げる。
27[#「27」は縦中横]
星ばかり点々とかがやいた空。突然大きい分度器が一つ上から大股に下って来る。それは次第に下るのに従い、やはり次第に股を縮め、とうとう両脚を揃えたと思うと、徐ろに霞んで消えてしまう。
28[#「28」は縦中横]
広い暗の中に懸った幾つかの太陽。それ等の太陽のまわりには地球が又幾つもまわっている。
29[#「29」は縦中横]
前の山みち。円光を頂いた「さん・せばすちあん」は二つの影を落したまま、静かに山みちを下って来る。それから樟の木の根もとに佇み、じっと彼の足もとを見つめる。
30[#「30」は縦中横]
斜めに上から見おろした山みち。山みちには月の光の中に石ころが一つ転がっている。石ころは次第に石斧に変り、それから又短剣に変り、最後にピストルに変ってしまう。しかしそれももうピストルではない。いつか又もとのように唯の石ころに変っている。
31[#「31」は縦中横]
前の山みち。「さん・せばすちあん」は立ち止まったまま、やはり足もとを見つめている。影の二つあることも変りはない。それから今度は頭を挙げ、樟の木の幹を眺めはじめる。………
32[#「32」は縦中横]
月の光を受けた樟の木の幹。荒あらしい木の皮に鎧われた幹は何も始めは現していない。が、次第にその上に世界に君臨した神々の顔が一つずつ鮮かに浮んで来る。最後には受難の基督の顔。最後には?――いや、「最後には」ではない。それも見る見る四つ折りにした東京××新聞に変ってしまう。
33[#「33」は縦中横]
前の山みちの側面。鍔の広い帽子にマントルを着た影はおのずから真っすぐに立ち上る。尤も立ち上ってしまった時はもう唯の影ではない。山羊のように髯を伸ばした、目の鋭い紅毛人の船長である。
34[#「34」は縦中横]
この山みち。「さん・せばすちあん」は樟の木の下に船長と何か話している。彼の顔いろは重おもしい。が、船長は脣に絶えず冷笑を浮かべている。彼等は暫く話した後、一しょに横みちへはいって行く。
35[#「35」は縦中横]
海を見おろした岬の上。彼等はそこに佇んだまま、何か熱心に話している。そのうちに船長はマントルの中から望遠鏡を一つ出し、「さん・せばすちあん」に「見ろ」と云う手真似をする。彼はちょっとためらった後、望遠鏡に海の上を覗いて見る。彼等のまわりの草木は勿論、「さん・せばすちあん」の法服は海風の為にしっきりなしに揺らいでいる。が、船長のマントルは動いていない。
36[#「36」は縦中横]
望遠鏡に映った第一の光景。何枚も画を懸けた部屋の中に紅毛人の男女が二人テエブルを中に話している。蝋燭の光の落ちたテエブルの上には酒杯やギタアや薔薇の花など。そこへ又紅毛人の男が一人突然この部屋の戸を押しあけ、剣を抜いてはいって来る。もう一人の紅毛人の男も咄嗟にテエブルを離れるが早いか、剣を抜いて相手を迎えようとする。しかしもうその時には相手の剣を心臓に受け、仰向けに床の上へ倒れてしまう。紅毛人の女は部屋の隅に飛びのき、両手に頬を抑えたまま、じっとこの悲劇を眺めている。
37[#「37」は縦中横]
望遠鏡に映った第二の光景。大きい書棚などの並んだ部屋の中に紅毛人の男が一人ぼんやりと机に向っている。電灯の光の落ちた机の上には書類や帳簿や雑誌など。そこへ紅毛人の子供が一人勢よく戸をあけてはいって来る。紅毛人はこの子供を抱き、何度も顔へ接吻した後、「あちらへ行け」と云う手真似をする。子供は素直に出て行ってしまう。それから又紅毛人は机に向い、抽斗から何か取り出したと思うと、急に頭のまわりに煙を生じる。
38[#「38」は縦中横]
望遠鏡に映った第三の光景。或露西亜人の半身像を据えた部屋の中に紅毛人の女が一人せっせとタイプライタアを叩いている。そこへ紅毛人の婆さんが一人静かに戸をあけて女に近より、一封の手紙を出しながら、「読んで見ろ」と云う手真似をする。女は電灯の光の中にこの手紙へ目を通すが早いか、烈しいヒステリイを起してしまう。婆さんは呆気にとられたまま、あとずさりに戸口へ退いて行く。
39[#「39」は縦中横]
望遠鏡に映った第四の光景。表現派の画に似た部屋の中に紅毛人の男女が二人テエブルを中に話している。不思議な光の落ちたテエブルの上には試験管や漏斗や吹皮など。そこへ彼等よりも背の高い、紅毛人の男の人形が一つ無気味にもそっと戸を押しあけ、人工の花束を持ってはいって来る。が、花束を渡さないうちに機械に故障を生じたと見え、突然男に飛びかかり、無造作に床の上に押し倒してしまう。紅毛人の女は部屋の隅に飛びのき、両手に頬を抑えたまま、急にとめどなしに笑いはじめる。
40[#「40」は縦中横]
望遠鏡に映った第五の光景。今度も亦前の部屋と変りはない。唯前と変っているのは誰もそこにいないことである。そのうちに突然部屋全体は凄まじい煙の中に爆発してしまう。あとは唯一面の焼野原ばかり。が、それも暫くすると、一本の柳が川のほとりに生えた、草の長い野原に変りはじめる。その又野原から舞い上る、何羽とも知れない白鷺の一群。………
41[#「41」は縦中横]
前の岬の上。「さん・せばすちあん」は望遠鏡を持ち、何か船長と話している。船長はちょっと頭を振り、空の星を一つとって見せる。「さん・せばすちあん」は身をすさらせ、慌てて十字を切ろうとする。が、今度は切れないらしい。船長は星を手の平にのせ、彼に「見ろ」と云う手真似をする。
42[#「42」は縦中横]
星をのせた船長の手の平。星は徐ろに石ころに変り、石ころは又馬鈴薯に変り、馬鈴薯は三度目に蝶に変り、蝶は最後に極く小さい軍服姿のナポレオンに変ってしまう。ナポレオンは手の平のまん中に立ち、ちょっとあたりを眺めた後、くるりとこちらへ背中を向けると、手の平の外へ小便をする。
43[#「43」は縦中横]
前の山みち。「さん・せばすちあん」は船長のあとからすごすごそこへ帰って来る。船長はちょっと立ちどまり、丁度金の輪でもはずすように「さん・せばすちあん」の円光をとってしまう。それから彼等は樟の木の下にもう一度何か話しはじめる。みちの上に落ちた円光は徐ろに大きい懐中時計になる。時刻は二時三十分。
44[#「44」は縦中横]
この山みちのうねったあたり。但し今度は木や岩は勿論、山みちに立った彼等自身も斜めに上から見おろしている。月の光の中の風景はいつか無数の男女に満ちた近代のカッフェに変ってしまう。彼等の後は楽器の森。尤もまん中に立った彼等を始め、何も彼も鱗のように細かい。
45[#「45」は縦中横]
このカッフェの内部。「さん・せばすちあん」は大勢の踊り子達にとり囲まれたまま、当惑そうにあたりを眺めている。そこへ時々降って来る花束。踊り子達は彼に酒をすすめたり、彼の頸にぶら下ったりする。が、顔をしかめた彼はどうすることも出来ないらしい。紅毛人の船長はこう云う彼の真後ろに立ち、不相変冷笑を浮べた顔を丁度半分だけ覗かせている。
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