「(携帯電話網上のトランシーバ機能である)Push-to-Talk技術については,大いに関心を持っている。米国であれだけ成功しているサービス事例であり,NTTドコモも方向性としてはやりたいと考えている――」。2004年6月18日付でNTTドコモの社長に就任したばかりの中村維夫氏が,同月21日の社長会見でこう語気を強めた。
中村氏が示した経営方針は,基本的には,前社長で今回同社の相談役に就任した立川敬二氏の路線を踏襲したものだ。NTTドコモの置かれている現状について厳しい見方を隠さない。「設立から現在までの13年間,一貫して成長路線を歩み続け,2003年度(2004年3月期)も過去最高の売上高を達成した。しかし2004年度はNTTドコモとして初の減収減益を予想している。株価も現状では(株主に対して)申し訳ないほど低い水準だ。今後は携帯電話サービスの累積加入数が飽和するし,定額制の導入などでトラフィック依存型の事業モデルだけに頼ることも難しくなっている」。
100億円規模の「小粒事業」を積み重ねる
こうした現状に対して,中村氏は大きく分けて3種類の解決策を打ち出した。(1)非接触ICカード「FeliCa」機能付きの携帯電話機を投入するなど,生活に不可欠な機能やサービスの充実により新たな成長を目指す,(2)サービス開始から4年が経過した第3世代携帯電話(3G)サービス「FOMA」の普及をさらに加速させ,PDC方式からの買い替えを促す,(3)料金や端末からネットワークの品質,アフターサービスに至るまで,各チャネルにおける契約者からの顧客満足(CS)を高める,である。
こうした取り組みが容易でないことは,中村氏自身も承知している。会見でも「『iモード』のように,1兆円を超える事業規模となるようなサービスは今後,望むべくもない。100億円単位と比較的小規模な事業規模のサービスであっても,これらを積み重ねることで増収増益への原動力としたい」と語っていた。
冒頭に記したPush-to-Talkは,こうした新サービスの具体案として中村氏の脳裏に鮮明に描かれているものだ。将来これが実現できれば,携帯電話機の買い替えやサービス料収入を含め新たな収益源となる可能性を秘めている。
課題は技術面より国内需要の掘り起こし
Push-to-Talkサービスの導入に必要となる技術的な課題,すなわち同機能を実装した携帯電話機の開発や通信網の改造などは,それほど難しくなさそうだ。なぜなら,複数のネットワーク機器メーカーが,既にPush-to-Talkサービスを提供する際に必要となるソフト・スイッチなどの設備一式をシステム製品として用意しており,これらの設備を導入すれば,比較的短期間でPush-to-Talkサービスを展開できるためだ。
携帯電話サービスの通信網は,2種類に大別できる。第1に,米Sprint Corp.や米Verizon Communications Inc.,そしてNTTドコモのような,一般の公衆回線網の延長線上にあるもの。そして第2は,米Nextel Communications, Inc.のような,MCA無線の応用型に当たるものである。無線通信に詳しいある技術者は,日経エレクトロニクスの取材に対し「Push-to-Talkサービスを導入するのが最も容易なのは後者だ。そもそも通信網の要素技術がPush-to-Talkに似ているからだ。前者のタイプも後者に比べれば,サービスを提供するサーバの新設などに,準備期間やコストが多くかかる。それでも,ネットワーク機器メーカーのシステム製品を活用すればPush-to-Talkサービスの実施は難しくない。Sprint社やVerizon社がNextel社に追随して,相次いでPush-to-Talkサービスを始められたのも,こうした製品を活用したことが背景にある」と解説する。
問題はむしろ,契約者に対する訴求の点にある。中村社長は会見の中で,商用サービスの展開時期について「開発に時間がかかるので,いつ提供するとは言えない」としている。これについて前出の技術者は,「日本の通信事業者も,業務用であればPush-to-Talkの需要はあると思っているようだ。しかし業務用だけではせいぜい数十万契約の需要しか生み出せない。事業として成立させるには,一般消費者に向けた魅力的なサービスを展開し,数百万の契約を獲得する必要があるだろう」と分析する。
Push-to-Talkに新たな付加価値を追加し,一般消費者を取り込んだ裾野の広いサービスを日本で実現することができるか。この解答にNTTドコモがメドを付け,日本でのPush-to-Talkサービスの開始を高らかに謳う時こそが,中村新体制の真のスタートと言えるかもしれない。 |