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節操(みさを)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-26 9:08:53 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 けれども自分の経験にるとしづは自分と関係してるあひだは決して自分を不安に思はしめるやうなことは無かつた。正直で可憐かれん柔和にうわで身も魂も自分に捧げてるやうであつた。
 銀之助はかんがへて来るとわからなくなつた。節操みさをといふものがわからなくなつた。
 成程なるほど元子は見たところ節操々々みさを/\して居る。けれど講習会をに何をして居るか知れたものでない。想像して見ると不審の点は数多いくらもある。今夜だつて何を働いて居るか自分は見て居ない。自分の見る事も出来ないこと、それが自分に猛烈な苦悩を与へることを元子は実行して居るではないか。
 考へれば考へるほど銀之助にはわからなくなつた。忌々いま/\しさうに頭をふつて、急に急足いそぎあし愛宕町あたごちやうくらい狭い路地ろぢをぐる/\まはつてやつ格子戸かうしどの小さな二階屋かいやに「小川」と薄暗い瓦斯燈がすとうけてあるのを発見めつけた。「小川方をがはかた」とあつた、よろしいこれだと、躊躇ためらうことなく格子かうしけて
『お宅におしづさんといふ人が同居し居られますか。』
きくや、ぐ現はれたのがしづであつた。
く来てくださいました。まつて居たんですよ。サアどうかあがつてくださいましな。』と低いつやのある声は昔のまゝである。
『イヤあがるまい。貴方あなた一寸ちよつと出られませんか。』
『そうね、一寸ちよつと待つて下さい。』と急いで二階へあがつたがもなくおりて来て
『それでは其所そこいらまで御一所ごいつしよるきませう。』
 二人は並んで黙つて路地を出た。出るやぐ銀之助は
『よくこれが出しましたね。』と親指をしづの前へ突き出した。
『アラあんな事を。相変あひかはらず口が悪いのね。』
『別れてから、たつた五年じアありませんか。』
『ほんとに五年になりますね、昨日きのふのやうだけれど。』
二人ふたりの言葉は一寸ちよつ途断とぎれた。そして何所どこへともなく目的あてどなくあるいて居るのである。
『今のこれとは何時いつからです。』と銀之助はた親指を出した。
『これはおしなさいよ、変ですから。一昨年をととしの冬からです。』
『それまでは。』
貴様あなた不可いけなくなつてからうちに居ました。』
『たゞ。』
『そうよ。』と言つて『おゝ薄ら寒い』としづは銀之助に寄りそつた。銀之助は思はず左の手をしづの肩に掛けかけたがした。
『僕もよひめかゝつて寒くなつて来た。しづちやんさへさしつかへ無けれアかどの西洋料理へ上がつてゆつくり話しませう。』
 しづ一寸ちよつとかんがへて居たが
最早もう遅いでせう。』
『ナアにだ。』
 しづまた一寸ちよつと考へて
貴郎あなたわたしのおねがひかなへて下すつて。』と言はれて気がき、銀之助は停止たちどまつた。
『実はぼく今夜は五円札一枚しかもつて居ないのだ。これは僕の小使銭こづかひせんの余りだからいやうなものゝしか二十円とまとまると、かぎの番人をして居る妻君さいくんの手からはても取れつこない。どうかして僕がよそから工面くめんしなければならないのは貴女あなたにもわかるでせう。だから今夜はこれだけおもちなさい。あとは二三日うち如何どうにかますから。』と紙入かみいれからさつだししづに渡した。
『ほんとにわたしは、こんなことが貴郎あなたに言はれた義理ぢアないんですけれど、手紙で申し上げたやうなわけで……』
最早もういよ、僕にはわかつてるから。』
『だつて全く貴様あなたにお願ひして見るほか方法がつきちやつたのですよ……。』
最早もうわかつてますよ。それであとぶんいづれ二三日うちもつて来ます。』

 銀之助はしづわかれて最早もう歩くのがいやになり、車を飛ばして自宅うちに帰つた。遅くなるとか、めてもいとかふさに言つたのを忘れてしまつたのである。
 帰つて見ると元子もとこ帰宅かへつて居ない。ふさ気慊きげんを取る言葉がないので沈黙だまつて横を向いてると、銀之助は自分でウヰスキーのびんとコツプをもつて二階へけ上がつた。
 で三四杯あほり立てたのでよひ一時いつときに発してがぐらぐらして来た。此時このとき
『断然元子もとこを追ひ出してしづを奪つて来る。いやしくつても節操みさをがなくつてもしづの方がい』といふ感が猛然と彼の頭にぼつた。
しづい、しづい』と彼は心に繰返くりかへしながら室内をのそ/\歩いて居たが、突然ソハの上に倒れて両手を顔にあてゝあふるゝ涙をおさへた。

(明治40[#「40」は縦中横]年9月「太陽」)





底本:「明治の文学 第22巻 国木田独歩」筑摩書房
   2001(平成13)年1月15日初版第1刷発行
底本の親本:「国木田独歩全集 4巻」学習研究社
   1966(昭和41)年1月
初出:「太陽」博文館
   1907(明治40)年9月
入力:iritamago
校正:多羅尾伴内
2004年7月15日作成
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で、「濁点付きくの字点」は「/″\」で表しました。

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