五月十二日[#「五月十二日」に傍点(白丸)] 心細いことを書いている中(うち)にお露が来たので、昨夜は書き続きの本文(ほんもん)に取りかからなかった。さて―― もしお政が気の勝ている女ならば、自分がその夜三円持て母を尋ねると言えば、 「質屋から持って来たお金なんか厭(いや)だと被仰(おっしゃ)ったのだから持て行かなくったって可う御座いますよ」と言い放って口惜(くや)し涙を流すところだが、お政にはそれが出来ない。母から厭味(いやみ)や皮肉を言われて泣いたのは唯(た)だ悲くって泣いたので、自分が優しく慰さむれば心も次第に静まり、別に文句は無いのである。 ところで母は百円盗んで帰った。自分は今これを冷やかに書くが、机の抽斗(ひきだし)を開けてみて百円の紙包が紛失しているのを知った時は「オヤ!」と叫けんだきり容易に二の句が出なかった。 「お前この抽斗を開けや為なかったか」 「否(いいえ)」 「だって先刻(さっき)入れて置いた寄附金の包みが見えないよ」 「まア!」と言って妻は真蒼(まっさお)になった。自分は狼狽(あわて)て二(ふたつ)の抽斗を抽(ぬ)き放って中を一々験(あら)ためたけれど無いものは無い。 「先刻母上(おっか)さんが置手紙を書くってお開けになりましたよ!」 「そうだ!」と自分は膝(ひざ)を拍(う)った時、頭から水を浴たよう。崕(がけ)を蹈外(ふみはず)そうとした刹那(せつな)の心持。 自分は暫らく茫然(ぼうぜん)として机の抽斗を眺(なが)めていたが、我知らず涙が頬(ほお)をつとうて流れる。 「余(あんま)り酷(ひど)すぎる」と一語(ひとこと)僅(わず)かに洩(もら)し得たばかり。妻は涙の泉も涸(かれ)たか唯(た)だ自分の顔を見て血の気のない唇(くちびる)をわなわなと戦(ふる)わしている。 「じゃア母上(おっか)さんが……」と言いかけるのを自分は手を振って打消し、 「黙っておいで、黙っておいで」と自分は四囲(あたり)を見廻して「これから新町まで行って来る」 「だって貴所(あなた)……」 「否(いい)や、母上(おっか)さんに会って取返えして来る。余(あんま)りだ、余(あんま)りだ。親だってこの事だけは黙っておられるものか。然しどうしてそんな浅ましい心を起したのだろう……」 自分は涙を止めることが出来ない。妻も遂に泣きだした。夫婦途方に暮れて実に泣くばかり。思えば母が三円投出したのも、親子の縁を切るなど突飛なことを怒鳴って帰ったのも皆(み)なその心が見えすく。 「直ぐ行って来る。親を盗賊に為ることは出来ない。お前心配しないで待ておいで、是非取りかえして来るから」と自分は大急ぎで仕度(したく)し、手箱から亡父(ちち)の写真を取り出して懐中した。 小春日和(こはるびより)の日曜とて、青山の通りは人出多く、大空は澄み渡り、風は砂を立てぬほどに吹き、人々行楽に忙がしい時、不幸の男よ、自分は夢地を辿(たど)る心地(ここち)で外を歩いた。自分は今もこの時を思いだすと、東京なる都会を悪(にく)む心を起さずにはいられないのである。 東宮御所の横手まで来ると突然「大河君、大河君」と呼ぶ者がある。見れば斎藤という、これも建設委員の一人。莞爾(にこにこ)しながら近づき、 「どうも相済まん、僕は全然(まるで)遊んでいて。寄附金は大概集まったろうか」 寄附金といわれて我知らずどきまぎ[#「どきまぎ」に傍点]したが「大略(あらまし)集まった」と僅(わずか)に答えて直ぐ傍(わき)を向いた。 「廻る所があるなら僕廻っても可いよ」 「難有(ありがと)う」と言ったぎり自分が躊躇(もじもじ)しているので斎藤は不審(いぶかし)そうに自分を見ていたが、「イヤ失敬」と言って去って終(しま)った。十歩を隔てて彼は振返って見たに違ない。自分は思わず頸(くび)を縮(すく)めた。 母に会ったら、何と切出そう。新町に近づくにつれて、これが心配でならぬ。母から反対(あべこべ)に怒鳴つけられたら、どうしようなど思うと、母の剣幕が目先に浮んで来て、足は自(おのず)と立縮(たちすく)む。「もしどうしても返さなかったら」の一念が起ろうとする時、自分は胸(むね)を圧(おし)つけられるような気がするのでその一念を打消し打消し歩いた。 「大河とみ」の表札。二階建、格子戸(こうしど)、見たところは小官吏(こやくにん)の住宅(すまい)らしく。女姓名(おんななまえ)だけに金貸でも為(し)そうに見える。一度は引返えして手紙で言おうかとも思ったが、何しろ一大事と、自分は思切って格子戸を潜(くぐ)った。
五月十三日[#「五月十三日」に傍点(白丸)] 勝手の間に通ってみると、母は長火鉢(ながひばち)の向うに坐っていて、可怕(こわ)い顔して自分を迎えた。鉄瓶(てつびん)には徳利が入れてある。二階は兵士どもの飲んでいる最中。然し思ったより静で、妹(いもと)お光の浮いた笑声と、これに伴う男の太い声は二人か三人。母はじろり自分を見たばかり一言も言わず、大きな声で 「お光、お銚子(ちょうし)が出来たよ」と二階の上口(あがりくち)を向いて呼んだ。「ハイ」とお光は下(おり)て来て自分を見て、 「オヤ兄様」と言ったが笑いもせず、唯だ意外という顔付き、その風(ふう)は赤いものずくめ、どう見ても居酒屋の酌婦としか受取れない。母の可怕い顔と自分の真面目(まじめ)な顔とを見比べていたが、 「それからね母上(おっか)さん、お鮨(すし)を取って下さいって」 「そう、幾価(いくら)ばかり?」 「幾価だか。可い加減で可いでしょう。それから母上さんにもお入(いで)なさいって」 「あア」と母は言って妙な眼つきでお光の顔を見たが、お光はそのまま自分の方は見向もしないで二階へ上って了(し)まった。自分は唯だ坐わったきり、母の何とか言いだすのを待っていた。 「何しに来たの」と母は突慳貪(つっけんどん)に一言(ひとこと)。 「先刻は失礼しました」と自分は出来るだけ気を落着けて左(さ)あらぬ体(てい)に言った。 「いいえどうしまして。色々心配をかけて済なかったね。帰る時お政さんに言って置いたことがあるが聞いておくれだったかね?」と何処(どこ)までも冷やかに、憎々しげに言いながら起上(たちあ)がって「私はお客様(きゃくさん)の用で出て来るが、用があるなら待っていておくれ」と台所口から出て去(い)って了った。 自分は腕組みして熟(じ)っとしていたが、我母ながらこれ実に悪婆(あくば)であるとつくづく情なく、ああまで済ましているところを見ると、言ったところで、無益(むだ)だと思うと寧(いっ)そのこと公けの沙汰(さた)にして終(しま)おうかとの気も起る。然し現在の母が子の抽斗から盗み出したので、仮令(たとい)公金であれ、子の情として訴たえる理由(わけ)にはどうしてもゆかない。訴たえることは出来ず、母からは取返えすことも出来ないなら、窃(ひそ)かに自分で弁償するより外の手段はない。八千円ばかりの金高から百円を帳面(ちょうづら)で胡魔化(ごまか)すことは、たとい自分に為し得ても、直ぐ後(あと)で発覚(ばれ)る。又自分にはさる不正なことは思ってみるだけでも身が戦(ふる)えるようだ。自分が弁償するとしてその金を自分は何処から持て来る? 思えば思うほど自分はどうして可いか解らなくなって来た。これは如何(いか)なことでも母から取返えす外はと、思い定めていると母は外から帰って来て、無言で火鉢(ひばち)の向(むこう)に坐ったが、 「どうだね、聞いておくれだったかね?」と言って長い烟管(きせる)を取上げた。 「何をですか」と自分は母の顔を見ながら言った。 「まア可いサ聞かなかったのなら。然しお前の用というのは何だね?」 自分は懐中(ふところ)から三円出して火鉢の横に置き、 「これは二円不足していますが、折角お政が作(こし)らえて置いたのですから、取って下さい、そう為(し)ませんと……」 「最早(もう)不用(いら)ないよ。だから私も二度とお前達の厄介にはなるまいし。お前達も私のようなものは親と思わないが可い。その方がお前達のお徳じゃアないか」 「母上(おっか)さん。貴女(あなた)は何故(なぜ)そんなことを急に被仰(おっしゃ)るのです」と自分は思わず涙を呑(の)んだ。 「急に言ったのが悪けりゃ謝(あや)まります。そうだったね、一年前位に言ったらお前達も幸福(しあわせ)だったのに」 何という皮肉の言葉ぞ、今の自分ならば決然(きっぱり)と、 「そうですか、宜(よろ)しゅう御座います。それじゃ御言葉に従がいまして親とも思いますまい、子とも思って下さいますな。子とお思いになると飛(とん)だお恨みを受けるような事も起るだろうと思いますから。就(つ)いては今日私(わたくし)の机の抽斗に百円入れて置きましたそれが、貴女のお帰りになると同時に紛失したので御座いますが、如何(いか)がでしょう、もしか反古(ほぐ)と間違ってお袂(たもと)へでもお入(いれ)になりませんでしたろうか、一応お聞申します」と腹から出た声を使って、グッと急所へ一本。 「何だと親を捕えて泥棒呼わりは聞き捨てになりませんぞ」と来るところを取って押え、片頬(かたほお)に笑味(えみ)を見せて、 「これは異なこと! 親子の縁は切れてる筈(はず)でしょう。イヤお持帰りになりませんならそれで可う御座います、右の次第を届け出(いず)るばかりですから」と大きく出れば、いかな母でも半分落城するところだけれど、あの時の自分に何でこんな芝居が打てよう。 悪々(にくにく)しい皮肉を聞かされて、グッと行きづまって了い、手を拱(く)んだまま暫時(しばし)は頭も得(え)あげず、涙をほろほろこぼしていたが、 「母上(おっか)さん、それは余(あんま)りで御座います」とようように一言、母は何所(どこ)までも上手(うわて)、 「何が余(あんまり)だね、それは此方(こっち)の文句だよ。チョッ泣虫が揃(そろ)ってら。面白くもない!」 自分は形無し。又も文句に塞(つま)ったが、気を引きたてて父の写真を母の前に置きながら 「父上(おとう)さんをお伴(つ)れ申してのお願いで御座います。母上さん、何卒(どうか)……お返しを願います、それでないと私が……」と漸(やっ)との思で言いだした。母は直ぐ血相変て、 「オヤそれは何の真似(まね)だえ。お可笑(かし)なことをお為(し)だねえ。父上(おとう)さんの写真が何だというの?」 「どうかそう被仰(おっしゃ)らずに何卒(どうか)お返しを。今日お持返えりの物を……」 「先刻(さっき)からお前可笑(おかし)なことを言うね、私お前に何を借りたえ?」 「何も申しませんから、何卒そう被仰らずにお返しを願います、それでないと私の立つ瀬がないのですから……」と言わせも果てず母は火鉢を横に膝(ひざ)を進めて、 「怪(け)しからんことを言うよ、それでは私が今日お前の所から何か持ってでも帰ったと言うのだね、聞き捨てになりませんぞ」と声を高めて乗掛(のしかか)る。 「ま、ま、そう大きな声で……」と自分はまごまご。 「大きな声がどうしたの、いくらでも大きな声を出すよ……さア今(も)一度言って御覧ん。事とすべ[#「すべ」に傍点]に依(よ)ればお光も呼んで立合わすよ」という剣幕。この時二階の笑声もぴたり止んで、下を覗(うか)がい聞耳をたてている様子。自分は狼狽(うろた)えて言葉が出ない。もじもじしていると台所口で「お待遠さま」という声がした。母は、 「お光、お光お鮨が来たよ」と呼んだ。お光は下りて来る。格子(こうし)が開いたと思うと「今日は」と入って来たのが一人の軍曹。自分をちょっと尻目(しりめ)にかけ、 「御馳走様(ごちそうさま)」とお光が運ぶ鮨の大皿を見ながら、ひょろついて尻餅(しりもち)をついて、長火鉢の横にぶっ坐った。 「おやまあ可いお色ですこと」と母は今自分を睨(にら)みつけていた眼に媚(こび)を浮べて「何処で」 「ハッハッ……それは軍事上の秘密に属します」と軍曹酒気を吐いて「お茶を一ぱい頂戴(ちょうだい)」 「今入れているじゃありませんか、性急(せわし)ない児(こ)だ」と母は湯呑(ゆのみ)に充満(いっぱい)注(つ)いでやって自分の居ることは、最早(もう)忘れたかのよう。二階から大声で、 「大塚、大塚!」 「貴所(あなた)下りてお出(い)でなさいよ」と母が呼ぶ。大塚軍曹は上を向いて、 「お光さん、お光さん!」 外所(そと)は豆腐屋の売声高く夕暮近い往来の気勢(けはい)。とてもこの様子ではと自分は急に起て帰ろうとすると、母は柔和(やさし)い声で、 「最早お帰りかえ。まア可いじゃアないか。そんなら又お来(い)でよ」と軍曹の前を作ろった。 外へ出たが直ぐ帰えることも出来ず、さりとて人に相談すべき事ではなく、身に降りかかった災難を今更の如く悲しんで、気抜けした人のように当もなく歩いて溜池(ためいけ)の傍(そば)まで来た。 全たく思案に暮れたが、然し何とか思案を定めなければならぬ。日は暮れかかり夕飯(ゆうめし)時になったけれど何を食(くお)うとも思わない。 ふと山王台の森に烏(からす)の群れ集まるのを見て、暫(しばら)く彼処(かしこ)のベンチに倚(よ)って静かに工夫しようと日吉橋(ひよしばし)を渡った。 哀れ気の毒な先生! 「見すぼらしげな後影」と言いたくなる。酒、酒、何であの時、蕎麦屋(そばや)にでも飛込んで、景気よく一二本も倒さなかったのだろう。
五月十四日[#「五月十四日」に傍点(白丸)] 寂寥(せきりょう)として人気(ひとげ)なき森蔭のベンチに倚ったまま、何時間自分は動かなかったろう。日は全く暮れて四囲(あたり)は真暗になったけれど、少しも気がつかず、ただ腕組して折り折り嘆息(ためいき)を洩(もら)すばかり、ひたすら物思に沈んでいたのである。 実地に就ての益(やく)に立つ考案(かんがえ)は出ないで、こうなると種々な空想を描いては打壊(ぶちこ)わし、又た描く。空想から空想、枝から枝が生(は)え、殆(ほと)んど止度(とめど)がない。 痴情の果から母とお光が軍曹に殺ろされる。と一つ思い浮かべるとその悲劇の有様が目の先に浮んで来て、母やお光が血だらけになって逃げ廻る様がありありと見える。今蔵々々と母は逃げながら自分を呼ぶ、自分は飛び込んで母を助けようとすると、一人の兵が自分を捉(とら)えて動かさない……アッと思うとこの空想が破れる。 自分が百円持って銀行に預けに行く途中で、掏児(すり)に取られた体(てい)にして届け出よう、そう為ようと考がえた、すると嫌疑(けんぎ)が自分にかかり、自分は拘引される、お政と助は拘引中に病死するなど又々浅ましい方に空想が移つる。 校舎落成のこと、その落成式の光景、升屋(ますや)の老人のよろこぶ顔までが目に浮んで来る。 ああ百円あったらなアと思うと、これまで金銭(かね)のことなどさまで自分を悩ましたことのないのが、今更の如くその怪しい、恐ろしい力を感じて来る。ただ百円、その金銭(かね)さえあれば、母も盗賊にはなるまいものを。よし母は盗みを為たところで、自分にその金銭(かね)が有るならば今の場合、自分等夫婦は全く助かるものをなど考がえると、金銭(かね)という者が欲くもあり、悪(にく)くもあり、同時にその金銭(かね)のために少しも悩まされないで、長閑(のど)かにこの世を送っている者が羨(うらや)ましくもなり、又実に憎々しくもなる。総(すべ)てこれ等の苦々(にがにが)しい情は、これまで勤勉にして信用厚き小学教員、大河今蔵の心には起ったことはないので、ああ金銭(かね)が欲しいなアと思わず口に出して、熟(じっ)と暗い森の奥を見つめた。 するとがやがやと男女打雑(うちま)じって、ふざけ[#「ふざけ」に傍点]ながら上(のぼ)って来るものがある。 「淋(さび)しいじゃ有りませぬか、帰りましょうよ。最早(もう)こんな処(ところ)つまりませんわ」という女の声は確かにお光。自分はぎょっとして起あがろうとしたが、直ぐ其処(そこ)に近づいて来たのでそのまま身動きもせず様子を窺(うか)がっていた。人々は全たく此処(ここ)に人あることを気がつかぬらしい。お光が居れば母もと覗(うか)がったが女はお光一人、男は二人。 「ねえ最早(もう)帰りましょうよ、母上(おっか)さんが待っているから」と甘ったるい声。 「何故母上さんは一所に出なかったのだろう、君知らんかね」と一人の男が言うと、一人 「頭が痛むとか言っていたっけ」というや三人急に何か小さな声で囁(ささや)き合ったが、同時(いちど)にどっと笑い、一人が「ヨイショー」と叫けんで手を拍った。 面白ろうない事が至るところ、自分に着纏(つきまと)って来る。三人が行き過ぐるや自分は舌打して起ちあがり、そこそこと山を下りて表町に出た。 この上は明日中に何とか処置を着ける積り、一方には手紙で母に今一度十分訴たえてみ、一方には愈々(いよいよ)という最後の処置はどうするか妻(さい)とも能(よ)く相談しようと、進まぬながらも東宮御所の横手まで来て、土手について右に廻り青山の原に出た。原を横ぎる方が近いのである。 原を横ぎる時、自分は一個(ひとつ)の手提革包(てさげかばん)を拾った。
五月十五日[#「五月十五日」に傍点(白丸)] どうして手提革包を拾ったかその手続まで詳わしく書くにも当るまい。ただ拾ったので、足にぶつかったから拾ったので、拾って取上げて見ると手提革包であったのである。 拾うと直ぐ、金銭(かね)! という一念が自分の頭にひらめいた。占たと思った、そして何となく夢ではないかとも思った。というものは実は山王台で種々の空想を描いた時、もし千両も拾ったらなど、恥かしい事だが考がえたからで、それが事実となったらしいからである。革包は容易(たやす)く開(あ)いた。 紙幣(さつ)の束が三ツ、他(ほか)に書類などが入っている。星光(ほしあかり)にすかしてこれを見た時、その時自分は全たく夢ではないかと思っただけで、それを自分が届け出(いで)るとか、横奪(よこどり)することが破廉恥の極だとか、そういうことを考えることは出来なかった。 ただ手短かに天の賜(あたえ)と思った。 不思議なもので一度、良心の力を失なうと今度は反対に積極的に、不正なこと、思いがけぬ大罪(たいざい)を成(な)るべく為し遂(とげ)んと務めるものらしい。 自分はそっと[#「そっと」に傍点]この革包(かばん)を私宅(たく)の横に積である材木の間に、しかも巧に隠匿(かく)して、紙幣(さつ)の一束を懐中して素知らぬ顔をして宅(うち)に入った。 自分の足音を聞いただけで妻(さい)は飛起きて迎えた。助(たすく)を寝かし着けてそのまま横になって自分の帰宅(かえり)を待ちあぐんでいたのである。 「如何(いか)がでした」と自分の顔を見るや。 「取り返して来た!」と問われて直ぐ。 この答も我知らず出たので、嘘(うそ)を吐(つ)く気もなく吐いたのである。 既にこうなれば自分は全たくの孤立。母の秘密を保つ身は自分自身の秘密に立籠(たてこも)らねばならなくなった。 「まアどうして?」と妻のうれしそうに問(とう)のを苦笑(にがわらい)で受けて、手軽く、 「能く事わけを話したら渡した」とのみ。妻は猶(な)おその様子まで詳しく聴(き)きたかったらしいが自分の進まぬ風を見て、別に深くも訊(たず)ねず、 「どんなに心配しましたろう。もしも渡さなかったらと思って取越苦労ばかり為ていました」と万斤(まんぎん)の重荷を卸ろしたよろこび。自分は懐(ふところ)に片手を入れて一件を握っていたが未(ま)だ夢の醒(さ)めきらぬ心地がして茫然(ぼうぜん)としている。 「御飯は?」 「食って来た」 「母上(おっか)さんの処で?」 「あア」 「大変お顔の色が悪う御座いますよ」と妻は自分の顔を見つめて言う。 「余り心配したせいだろう」 「直ぐお寝(やす)みなさいな」 「イヤ帳簿の調査(しらべ)もあるからお前先へ寝ておくれ」と言って自分は八畳の間に入り机に向った。然し妻は容易に寝そうもないので、 「早くお寝みというに」 自分はこれまで、これほど角(かど)のある言葉すら妻(さい)に向って発したことはないのである。妻は不審そうに自分の方を見ているようであったが、その中(うち)床に就てしまった。自分は一度殊更(ことさら)に火鉢の傍に行って烟草(たばこ)を吸って、間(あい)の襖(ふすま)を閉(し)めきって、漸(ようや)く秘密の左右を得た。 懐からそっと[#「そっと」に傍点]盗すむようにして紙幣(さつ)の束を出したが、その様子は母が机の抽斗(ひきだし)から、紙幣(さつ)の紙包を出したのと同じであったろう。 一円紙幣で百枚! 全然(まるで)注文したよう。これを数える手はふるえ、数え終って自分は洋燈(ランプ)の火を熟(じっ)と見つめた。直ぐこれを明日銀行に預けて帳簿の表(おもて)を飾ろうと決定(きめ)たのである。 又盗すまれてはと、箪笥に納(しも)うて錠を卸ろすや、今度は提革包(さげかばん)の始末。これは妻の寝静まった後ならではと一先(ひとまず)素知らぬ顔で床に入った。 床に入って眼を閉じている時、この時には多少(いくら)か良心の眼は醒(さ)めそうなものだが、実際はそうでなかった。魔が自分に投げ与えた一の目的の為めに、良心ならぬ猛烈の意志は冷やかに働らいて、一に妻の鼻息を覗(う)かがっている。こうして二時間経(た)ち、十二時が打つや、蒼(あお)い顔のお政は死人のように横たわっているのを見届けて、前夜は盗賊を疑ごうて床を脱け出た自分は、今度は自身盗賊のように前夜よりも更に静に、更に巧に、寝間を出て、縁(えんがわ)の戸を一分又た一分に開け、跣足(はだし)で外面(そと)に首尾能く出た。 星は冴(さ)えに冴え、風は死し、秋の夜の静けさ、虫は鳴きしきっている。不思議なるは自分が、この時かかる目的の為に外面(そと)に出(いで)ながら、外面に出て二歩三歩(ふたあしみあし)あるいて暫時(しばし)佇立(たたず)んだ時この寥々(りょうりょう)として静粛かつ荘厳なる秋の夜の光景が身の毛もよだつまでに眼に沁(しみ)こんだことである。今もその時の空の美しさを忘れない。そして見ると、善にせよ悪にせよ人の精神凝って雑念(ぞうねん)の無い時は、外物の印象を受ける力もまた強い者と見える。 材木の間から革包(かばん)を取出し、難なく座敷に持運んで見ると、他の二束(ふたたば)も同じく百円束、都合三百円の金高が入っていたのである。書類は請取(うけとり)の類。薄い帳面もあり、名刺もある。遺失(おと)した人は四谷区何町何番地日向某(ひなたなにがし)とて穀物の問屋(といや)を業としている者ということが解った。 心の弱い者が悪事を働いた時の常として、何かの言訳を自分が作らねば承知の出来ないが如く、自分は右の遺失(おとし)た人の住所姓名が解るや直ぐと見事な言訳を自分で作って、そして殆(ほとん)ど一道の光明を得たかのように喜こんだ。 一先(ひとまず)拝借! 一先拝借して自分の急場を救った上で、その中(うち)に母から取返すとも、自分で工夫して金を作るとも、何とでもして取った百円を再び革包に入れ、そのまま人知れず先方に届ける。 天の賜(たまもの)とは実にこの事と、無上によろこび、それから二百円を入れたままの革包を隠す工夫に取りかかった。然し元来(もと)狭い家だから別に安全な隠くし場の有ろう筈(はず)がない。思案に尽きて終(つい)に自分の書類、学校の帳簿などばかり入(いれ)て置く箪笥(たんす)の抽斗に入れてその上に書類を重ねそして鍵(かぎ)は昼夜自分の肌身(はだみ)より離さないことに決定(きめ)て漸(や)っと安心した。 床に就たと思うと二時が打ち、がっかりして直ぐ寝入って終った。
五月十六日[#「五月十六日」に傍点(白丸)] 忘れることの出来ない十月二十五日は過ぎた。翌日から自分は平時(いつも)の通り授業もし改築事務も執(と)り、表面(うわべ)は以前と少しも変らなかった、母からもまた何とも言って来ず、自分も母に手紙で迫る事すら放棄して了い、一日一日と無事に過ぎゆいた。
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