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焦点を合せる(フォカスをあわせる)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-10 10:13:13 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


 イヤモウ……みんな青くなったの候のって……覚悟の前とか何とか、大きな事を云っていた船長が、日本人の癖にイの一番に慌て出して、全速力フルスピード新嘉坡シンガポール引返ひっかえすと云い出したもんだ。つまりエムデンの死に物狂いのスピードが、先ず二十七八ノットで、三洋丸のギリギリ決着が二十三四ノットだから、見付かったら最後、物が云えないという算盤そろばんを取ったんだろう。しかも、それ位の算盤なら何もわざわざ、印度洋のマン中まで出て来てはじくが必要ものはないのだ。忠兵衛さんじゃあるまいし。大阪を出た時からチャンと見当が付いている筈なんだが、要するに今の無電と一所いっしょに、新規き直しの臆病風が、船長の襟元からビービービーッと吹っ込んだんだね。
 そいつを一等運転手チーフメートが腕ずくで押し止めようとする。そいつを又、乗客の中に居た、愛蘭アイルランドの海軍将校上りが感付いて、船中に宣伝して廻ったからまらない。碧眼玉あおめだまをギョロ付かした乗客が、れもれもと船長室へ押しかけて、土気トンパ色になった船長を取巻いて、ドウスルドウスルと小突きまわす。一等運転手と事務長が、仲に這入って間誤間誤まごまごする。船長の名前は勘弁してくれだが、国辱にも何にもお話にならない。エムデン艦長といいコントラストが出来上った。……結局、そんな連中で、寄ってタカって、一か八かのコンニャク押問答をフン詰まらせたあげく、僕がその評議のマン中に呼び出される事になったもんだ。
 ……今以上にスピードが出せるか出せないか。それによってスエズへ直航するかしないか……又は新嘉坡へ引返すにしても、荷物を棄てるか、棄てないかを決定する……。
 という問題を持ちかけて来たから、僕はめたと思ったね。ここいらで一番、身代しんだいを作ってくれようかな……ついで毛唐けとうきもたまをデングリ返してやるか……という気になって、ニッコリと一つ笑って見せたもんだ。
「お前さん方は運のいい船に乗り合わせたもんだ。一万ポンドれるなら、速力を今よりも五ノットだけ殖やしてやろう。むろん荷物は今のマンマで結構だ。モウ五ノット速くなったら、いくらエムデンでも追付かないだろう……しかし物には用心という事がある。万一お前さん方が、五ノットでもまだ足りないと思う場合にブツカルような事があったら、ソレ以上一節毎ノットごとに、一万ポンドずつ、奮発してもらいたい。それでも足りなけあ紅茶を棄てる事だ。全速力三十一ノットまで請合う。それでも追付かなけあ諸君が海へ飛び込むだけのこった」
 とチョッピリ威嚇おどかしてやったもんだが、毛唐の物分りの早いのには驚いたね。チョット別室で相談したと思う間もなく、シャンとした奴が五六人引返して来て、二千ポンドの札束を僕の前に突き出した。むろんアトの八千ポンドはポートサイドへ着いてから渡すという、立派な証文附きだったが、流石さすがの僕もソン時には、チョット頭が下がったよ。何しろ大きな銀行が、ポケットの中でゴロゴロしていようという連中だからね。助かりたいのが一パイだったのだろう。船長や運転手までホッとしたような顔をしていたっけが、可笑おかしかったよソレア。何はともあれエムデン様々々々と拝みたくなったね。
 ……というのはコンナ訳だ。
 実をいうと三洋丸ぐらいの機械を持っていれあ、速力を五ノット増すくらいの事は河童かっぱなんだ。新しい機械の力はかなり内輪に見積ってあるもんだからね。……と云ったって、むろん船長や運転手なんかに出来る芸当じゃない。いわば僕一人の専売特許かも知れないがね。ずっと前、南支那海で海賊船がノサバッた時に、万一の場合をおもんぱかって、何度も何度も秘密ないしょで研究して、手加減をチャント呑込んでいたんだから訳はない。僕は機関室へ帰ると直ぐに、汽鑵ボイラー安全弁バルブ弾条バネの間へ、鉄のきれぱしを二三本コッソリと突込んで、赤い舌をペロリと出したものだ。
 タッタそれだけで一万ポンドの仕事になった訳だが、何を隠そうコイツは立派な条令違反なんだ。発見みつかったら最後、機関長の免状を取上げられるどころじゃない。ドエライ罰金を喰わせられた上に、懲役にブチ込まれる事になるんだから、ソレ位のねうちはあるだろう。いわんや何百人の生命いのちと釣りかえの問題だからね。
 しかもタッタそれだけの手加減で、汽鑵ボイラー圧力プレスがグングンせり上って、圧力計ゲージの針がギリギリ一パイのところまで逆立ちしてしまった。同時に推進機スクリュウの廻転がブルンブルン高まる。速力スピードが出たどころの騒ぎじゃない。素人が見たら倍ぐらい早くなったように思える。両舷を洗う浪の音がゴオオ……ッ……ゴオオオ――オオッと物凄く高まったもんだから、デッキに立っていた連中はスッカリ安心してしまったらしいね。今までの心配疲れも出て来たんだろう。一人一人に船室ケビンへ帰ってグーグー寝てしまった様子だ。そこで機械と睨めっくらをしていた僕も、この調子なら大丈夫と思って、椅子に腰をかけたままウトウトしていた……までは良かったが……アトが少々面白くなかった。
 その翌る朝のまだ薄暗いうちの事だ。ポートサイドで札ビラを切っている夢か何か見ている最中さなかに、今の推進機スクリュウの中軸になっている、一番デッカイ長い円棒シャフトが、中途からポッキリと折れたもんだ。急にスピードを掛けた馬力やつが、イの一番に円棒シャフトへコタえたんだね。
 アッハッハッハッハッ……そん時には流石さすがの吾輩も仰天したよ。折れると同時にキチガイみたいに廻転し出した機械の震動が、白河夜船のドン底まで響き渡ったもんだから、ウンもスンもあったもんじゃない。てっきりエムデンに遣られてゴースタンか何か掛けたものと、船長初め思い込んだらしいんだね。アッという間に船の中が、ワンワンワンワンと蜂の巣を突ッついたような騒ぎになった。船員も乗客も一斉にデッキを目がけて飛び出して来た。御丁寧な奴は卒倒ひっくりかえったという話だが……しかしこっちは眼をわすどころの騒ぎじゃない。ともかくも機械の運転を休止アップして、予備のシャフトを入れ換える事だ。
 そうすると又、大変だ。この沖の只中で船を止めておくのは、エムデンの目標をさらしておくようなものだというので、乗客が血眼ちまなこになって騒ぎ出した。船長はもとより運転手までが、七面鳥みたいに気を揉み初めたものだから、イヨイヨもって手が着けられなくなった。一方に船の方は呑気のんきなもんだ。そんな騒ぎを載せたまんま、エムデンの居そうな方向へブラリブラリと漂流し始めた。二三百ぴろもあるところアンカなんか利きやしないからね。通りかかりの船なんか一艘だって見付かりっこない。SOSを打ってみても聯合艦隊が相手にしてくれない……というのだから、その騒動たるやして知るべしだろう。
 ……ところが又、生憎あいにくなことに、その円棒シャフトの入れ換えが、キッカリ一週間かかったもんだ。つまりその間じゅう、全然、機械の運転を休止アップして、行きなり放題に流れ廻わっていた訳だ。
 ……何故……何故ったってマア考えてみたまえ。あの直径二フェートインチ、全長二百何十フェートという、大一番の鋼鉄はがね円棒シャフトだ。重さなんかドレ位あるか、考えたってわかるもんじゃない。実際、傍へ寄ってみたまえ。これが人間の作ったものかと思うと、物が云えなくなる位ステキなもんだぜ。そいつを索条ワイヤチエンでジワジワと釣り上げるだけでも、チョットやソットの仕事じゃない。おまけにあの大揺れの中を、二日がかりで荷物を積み換えて、ヤット少しばかりお尻を持ち上げさした船のスクリュウの穴の中へ、ソーッと押し込もうというのだから、無理な註文だという事は最初からわかり切っているだろう。船渠ドックの中で遣っても相当、骨の折れる仕事を、沖の只中で流されながら遣ろうというのだからね。……のみならず今も云う通り、七八千トンの屋台を世界の涯まで押しまわろうという鋼鉄はがねの丸太ン棒だ。ピカピカ磨き上げた上に油でヌラヌラしている奴だから、手がかりなんか全然まるで無いんだ。ワイヤとチエンで、どんなにしっかり縛り付けといたって、一旦辷り出したとなれあ、人間の力で止める事が出来ない。一辷ったら一すん……一寸辷ったら一尺といった調子で、アトは辷り放題の、惰力の附き放題だ。遠慮も会釈えしゃくもあったもんじゃない。ズラズラズラズラッと辷り出したが最後の助。鉄の板でも何でもボール紙みたいに突き破って、船の外へ頭を出すにきまっている。そのまま、ズルズルズッポリと外へ抜け出してしまったら、ソレッキリの千秋楽だ。取り返しが付かぬどころの騒ぎじゃない。飛び出しがけの置土産おきみやげ巨大おおきな穴でもコジ明けられた日には、本家本元の船体が助からない。シャフトのアトからブクブクブクと来るんだ。……ハッハッどうだい。わかるかね。シャフトの素晴らしさが。ウン。わかるだろう。コンナ篦棒べらぼうな苦心した機関長はタントいないだろうと思うがね。
 ところが世の中は御方便なものでね。険呑けんのんな仕事なら、自慢じゃないが、慣れっこになっている吾輩だ。尤も吾輩が乗ったからシャフトが折れたのかも知れないがね、ハッハッ。前以て、そんな間違いがないように、二重三重に念を入れて、不眠不休で仕事をしたから、ヤット一週間目に蒸汽スチームを入れるところまでぎ付けたんだが、その間の騒動ったらなかったね。一万ポンドなんか無論立消えさ。くそでも喰らえという気で、押し切るには押し切ったが、実のところ寿命が縮まる思いをしたね。……乗客の方は無論の事さ。その時分に印度洋のマン中で、一週間も漂流するなんて事を、ウッカリ最初から云い出そうもんなら、気の早い奴は身投げぐらい、しかねないんだ。毛唐なんて存外、気の小さいもんだからね。すぐに思い詰める奴が出て来るんだ。その証拠に、明日あした明日で云い抜けながら仕事をして行くうちに、三日ばかり経ったら乗客が、一人も寝なくなってしまった。みんな神経衰弱にかかっちゃったらしいんだ。来る日も来る日もエムデンの目標になって浮いているんだから、考えて見れあ無理もないさ。こっちも無論エムデンが怖くないことはなかったが、怖いったって今更ドウにも仕様がない。タッタ一本しか無い予備シャフトを無駄にしたらそれこそホントウに運の尽きだからな。
 そんな訳で、最初から腹をめて仕事をしたお蔭で、ヤット船が動き出すには動き出したが、今度はモウ速力スピードを出さない。八千ポンドの証文をタタキ返して、安全弁セーフチイバルブ鉄片てつきれを引っこ抜いてしまった。すると又、そのうちに、乗客の中でも一番航海通の海軍将校上りが……サッキ話した慌て者さ……そいつが手ヒドイ神経衰弱に引っかかってしまった。機関長を殺せとか何とかめきやがって、ピストルを振りまわすので、トテモ物騒で寄り付けない。……とか何とか事務長が文句を云いに来たから、僕は眼のたまの飛び出るほど怒鳴り付けてやった。
「……訳はない。そいつを機関室ここへ連れて来い。汽鑵かまへブチ込んでくれるから……いくらか正気付くだろう」
 と云ってやったら事務長の奴、驚いて逃げて行ったっけ。ハッハッハッハッ……。
 オーイ。這入れえ。オイオイ。這入れえ……。
 何だ。ボン州か。何の用だ。ナニイ。チットモ聞えない。こっちへ這入れ。そうしてそのドアを閉めろ……ちっとも聞えない。
 どうしたんだ。……ウンウン……検査が済んだのか。恐ろしく恐ろしく手間取ったじゃないか。ウンウン真鍮張しんちゅうばりのトランクの中に麻雀八はこか……パイの中味は全部刳抜くりぬいて綿ぐるみの宝石か……古い手だな……。
 オットオット。待ち給えリー君……今頃ピストル何か出したって間に合わないよ。君の背後うしろの寝台の下に居る奴がスイッチを切ると、今君が腰をかけている鉄の床几しょうぎに、千五百ボルトの電流が掛かるんだ。そのために君のお尻を濡らしておいたんだが、気が付かなかったかい。ハハハ……。
 先刻さっきからくどく説明しているじゃないか。あの垂直の鉄梯子を降りたら運の尽きだと……ハハハ。解ったかい。わかったらモウ一度腰をおろし給え。大丈夫だよ。まだ電流でんきは来ていない。君を黒焦くろこげにしちゃっちゃ、元も子もなくなるからね。ね。解ったろう。
 君はこの船を普通ただの船と見て乗った訳じゃなかろう。最初から秘密があると睨んで虎穴に入ったんだろう。ついでにこの船の秘密を看破みやぶってやれという気になってここまで降りて来たのは、いい度胸だったかも知れないが、そいつがドウモ感心しなかったね。
 ナニ。あの宝石は模造品だって? ハハハ。そうかも知れないが模造品で結構だよ。頂戴する分には差支えなかろう。ナニ、皆れるから生命いのちだけは助けてくれか。ハハハハ……それは時と場合に依っては助けてやらない事もないが、それじゃワン君に済まない事になるんだ。王君からの電話に依ると君は目下北平ペーピンでヨボヨボしている白系露人の頭領、ホルワット将軍の秘書役だったが、日本の田中内閣が潰れてから、同将軍を支持する国が無くなったので見切りを付けて、共産軍の方へ寝返りを打ったサイ・メイ・ロン君に相違ないというんだ。それから君はツイこの頃になってゲーペーウーの遊離細胞となって、上海シャンハイに流れ込んで来ると間もなく、最近上海で国際スパイ兼、排日団体の首領として売り出している、青紅チンオン嬢の一乾児こぶんとなったもので、Rの四号というのはヤッパリ君の事らしいという王君の報告だがね。

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