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能とは何か(のうとはなにか)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-10 10:05:21 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


     能 好 き

 ところがそんな能ぎらいの人々の中の百人に一人か、千人に一人かが、どうかした因縁で、少しばかりの舞か、謡か、囃子かを習ったとする。そうすると不思議な現象が起る。
 その人は今まで攻撃していた「能楽」の面白くないところが何ともいえず面白くなる。よくてたまらず、有り難くてたまらないようになる。あの単調な謡の節の一つ一つに云い知れぬ芸術的の魅力を含んでいる事がわかる。あのノロノロした張り合いのないように見えた舞の手ぶりが、非常な変化のスピードを持ち、深長な表現作用をあらわすものであると同時に、心の奥底にある表現慾をたまらなくそそる作用を持っている事が理解されて来る。どうしてこのよさが解らないだろうと思いながら誰にでも謡って聞かせたくなる。処構ところかまわず舞って見せたくなる。万障繰り合わせて能を見に行きたくなる。
 今まで見た実例によると、能ぎらいの度が強ければ強いほど、能好きになってからの熱度も高いようで、その変化の烈しさは実例を見なければトテモ信ぜられない。実に澄ましたものである。
 しかし、そんな能好きの人々に何故そんなに「能」が有難いのか、「謡曲」が愉快なのかと訊いてみても満足な返事の出来る人はあまりないようである。
「上品だからいい」「稽古に費用がかからないからいい」「不器用な者でも不器用なままやれるからいい」なぞと色々な理屈がつけられている。又、実際、そうには相違ないのであるが、しかし、それはホンの外面的の理由で、「能のどこがいい」とか「謡の芸術的生命と、自分の表現慾との間にコンナ霊的の共鳴がある」とかいうような根本的の説明には触れていない。要するに、
「能というものは、何だか解からないが幻妙不可思議な芸術である。そのヨサをみじみ感じながら、そのヨサの正体がわからない。えりを正して、夢中になって、涙ぐましい程ゾクゾクと共鳴して観ておりながら、何故そんな気持ちになるのか説明出来ない芸術である」
 というのが衆口の一致するところらしい。
 正直のところ、筆者もこの衆口に一致してしまいたいので、この以上に能のヨサの説明は出来ない事を自身にハッキリと自覚している。又、真実のところ、能のヨサの正体をこれ以上に説明すると、第二義、第三義以下のブチコワシ的説明に堕するので、能のヨサを第一義的に自覚するには、「日本人が、自分自身で、舞か、囃子をやって見るのが一番捷径しょうけい」と固く信じている者である。
 これは、この記事の読者を侮辱する意味に取られると困るが決してそうでない。以下ぶるところの第二義以下の説明を読み終られたならば、筆者の真意の存するところを諒とせらるるであろう。

     能という名前

「能」を説明しようとする劈頭へきとう第一に「能」という言葉の註釈からして行き詰まらねばならぬ。
「能」という言葉自身は支那語の発音で、才能、天性、効力、作用、内的潜在力、などいう色々な意味が含まれているようである。しかしそんなものの美的表現と註釈しても、あまりに抽象的な、漠然たる感じで、あの松の絵を背景とした舞台面で行われる「お能」の感じとピッタリしない。「仮面と装束を中心生命とする綜合芸術」と註釈しても、何だか外国語を直訳したようで、日本のひのき舞台で行われる、実物のお能の感じがない。とはいえ「能」は事実上そんな物には違いないのであるが、云わば、そんなものを煎じ詰めて、ランビキにかけた精髄で、火をければ痕跡も止めず燃えてしまうようなものである。その感じ、もしくは、そのあらわれを「能」と名付けた……とでも云うよりほかに云いようがないであろう。
 別の方面から考えるとコンナ事も云える。人間の仕事もしくは動作は数限りない。歩く。走る。漕ぐ。押す。引く。馬に乗る。物を投げる。鉄鎚を振る。掴み合う。斬り合う。撃ち合う……なぞと無限に千差万別しているのであるが、そんな動作の一つ一つが繰り返し繰り返し洗練されて来ると、次第に能に近づいて来る。
 たとえば、剣術の名手と名手が、静かに一礼して、立ち上って、勝敗を決する迄の一挙一動は、そのことごとくが五分の隙のない、洗練された姿態美の変化である。極度に充実緊張した、しかも、極度に軽い精神と肉体の調和である。その静止している時には、無限のスピードを含んだ霊的の高潮度が感ぜられる。又は烈しく切り結んでいるうちに、底知れぬ霊的の冷静味がリズム化して流れている事を、客観的にアリアリと感ぜられる。……そうした決闘はそれ自身が「能」である。
 弓を弾く人は知って居られるであろう。弓を構えて、矢を打ちつがえて、引き絞って、的にあたった音を聞いてから、静かに息を抜くまでの刹那刹那に、云い知れぬ崇高な精神の緊張が、全身に均衡を取って充実して、正しい、美しい、且つ無限の高速度をもった霊的リズムのうちに、変化し推移して行く事を、自分自身に感ずるであろう。能を演ずる者の気持ちよさはそこに根柢を置いている。能の気品はそうした立脚点から生れて来るのである。
 こうした「能」のあらわれは、格風を崩さぬ物の師匠の挙動、正しいコーチと場数を踏んだスポーツマンのフォームやスタイルの到るところにも発見される。……否、そのような特殊の人々のみに限らず、広く一般の人々にも、能的境界に入り、又は能的表現をする人々が多々あるので、そうした実例は十字街頭の到る処に発見される。
 千軍万馬を往来した将軍の風格、狂瀾怒濤に慣れた老船頭の態度等に現わるる、犯すべからざる姿態の均整と威厳は見る人々に云い知れぬ美感と崇高感を与える。その他一芸一能に達した者、又は、或る単純な操作を繰り返す商人もしくは職人等のそうした動作の中には多少ともに能的分子を含んでいないものはない。
 筆者をして云わしむれば人間の身体のこなしと、心理状態の中から一切のイヤ味を抜いたものが「能」である。そのイヤ味は、或る事を繰返し鍛錬することによって抜き得るので、前に掲げた各例は明かにこれを裏書している。
 畢竟ひっきょう「能」は吾人の日常生活のエッセンスである。すべての生きた芸術、技術、修養の行き止まりである。洗練された生命の表現そのものである。そうして、その洗練された生命の表現によって、仮面と装束とを舞わせる舞台芸術を吾人は「能」と名付けて、鑑賞しているのである。
 右に就いて私の師匠である喜多六平太ろっぺいた氏は、筆者にコンナ話をした事がある。
「熊(漢音ゆう)の一種で能(のう)という獣が居るそうです。この獣はソックリ熊の形でありながら、四ツの手足が無い。だから能の字の下に列火が無いのであるが、その癖に物の真似がトテモ上手で世界中にありとあらゆるものの真似をするというのです。『能』というものは人間が形にあらわしてする物真似の無調法さや見っともなさを出来るだけ避けて、その心のキレイさと品よさで、すべてを現わそうとするもので、そののうという獣の行き方と、おんなじ行き方だというので能と名付けたと云います。成る程、考えてみると手や足で動作の真似をしたり、眼や口の表情で感情をあらわしたり、背景で場面を見せたりするのは、技巧としては末の末ですからね」
「能」という名前の由来、もしくは「能」の神髄に関する説明で、これ位穿うがった要領を得た話はない。東洋哲学式に徹底していると思う。

     能と芝居

 能と芝居とを比較してみる。前述の六平太氏の話が具体的に説明されるばかりでなく、芸術界に於ける能の立場が一層ハッキリとなると思う。
 誰でも知っている通り、一般の芝居の舞台面には写実の分子がおびただしく含まれている。……背景をパノラマ式にする。月を切り抜いて見せる。雨や雪を降らせる。前景には本物の家や木立を並べる。火を燃やし湯を沸かす。生きた猿や馬をき出す。風や浪の音。鳥や虫の声。汽車の音まで写実を利かせる。又、斬られると血を流し、死にかけると青い粉を顔に塗るなど、数えれば数限りもない。
 しかし遺憾ながら似せ物は本物にかなわない。小豆と石油缶の音は、実物の汽車よりも間の抜けた音を出す。人工のスパークは大空のスパークほど凄くない。結局するところ、そのような写実装置の真実味を観客に受け取らせるのはその中で芝居をやる俳優の技巧、心境、腕前という事になる。ドンナ立派な背景や大道具、小道具を使っても、役者がヘボだと、ただそんな物の並んでいるだけの、間の抜けた舞台面になる。これに反して名優が演ずると、すべての道具が生きて来る事が誰の眼にもわかる。
 そこを悟ったものかドウかわからぬが、この頃の新しい劇で背景を白と黒の線、又は単純色幕の組合わせで感じだけ扱って行く研究が行われているとか聞いた。多分西洋の事と思うが、それでもその背景の感じをかすのがその出演者の腕一つである事は云う迄もない。
 こうした出演者の表現能力のみをもって舞台面を一パイにして行く行き方に、日本では所作事式のものが色々ある。中には背景の代りに合唱隊や、囃方が、むき出しに並んでいるのもあるが、そんなものは出演者の表現力に掻き消されて、チットモ邪魔にならない。のみならずその合唱隊や囃子方の揃った服装や、気合い揃った動きは、気分的に厳粛な背景を作って、演舞者の所作があらわす気分を、いやが上にも引っ立てて行く。観客の観賞心理を深め、陶酔気分を高めて、純乎たる芸術の世界まで観客の頭を高めて行く。
 そのようなものを見る観客のアタマは、写実一方の舞台に感心する観衆のソレよりも遥かに進歩している。芸術的に洗練、純化されている。それは人の好き好きで、どちらが高いの低いのというのは間違っているという意見も時々聞くが、芝居好きになればなる程、背景や所作の写実的なのが低級なものに感ぜられて来る……というのは衆口の一致するところである。そうしてこの傾向が進んで来ると、或る個人の一定の型による舞台表現によって、その人間の個性……すなわち芸力や持ち味が如何に発揮されるかを見て喜ぶという傾向になる。歌舞伎十八番なぞはその一例で、平生の芝居でも、誰の何々はこうこう……なぞいうところに観衆のこうした観賞欲が含まれている。
 もっと進んだ芝居好きになると、扮装も背景も無い素舞いを見て随喜の涙をこぼすのがある。
 能はこうした舞台表現の中でも、一番いい処……すなわち芸術的に格調の高い処ばかりを撰り抜いて綜合、研成して来たものである。

     能の起原

 能は今から数百年前……たしかな事は記憶しないが、日本が今の王政でなく、その前の徳川幕府以前の、戦国時代のモウ一ツ以前の足利将軍時代に出来たもので、その当時はこれを猿楽と云っていた。この猿楽が能の初まりである事は確実らしいので、能の曲目に選ばれている伝説や史実に、その以前の鎌倉時代以後の事がないのを見てもわかる。
 猿楽の前身が何であったかに就いては、色々な学者の説があるそうであるが、私にはわからない。もしかするとその頃までに相当発達していたであろう芝居、物真似、田楽でんがく、狂言、民謡、又は神楽、雅楽、催馬楽さいばらなぞいうものの中から、芸術的に高潮した……イイナア……と思われる処だけを抜きあつめて、仮面舞踊として演出しているうちに一つの演出の型が出来上ったのかも知れない。たとえば主演者と助演者の科白や、所作の振り割りとか、舞、謡、囃子の演出に関する芸術的責任の分野とか、次第、道行き、一声いっせい、サシ、下歌さげうた上歌あげうた初同しょどう、サシクセ、ロンギ、笛の舞、切りというような演出の順序とかいうものが、舞、謡、囃子の舞台効果を目標として洗練されて行くうちに自から生れ出たものではないかとも考えられる。それに色々な出来事や、物語を嵌め込んで、能と名付けて興行したものかとも考えられるのであるが、しかし、これは要するに一ツの推量で、当てにはならない。正直に云うと私は只、猿楽と名の付いた以後の「能」に就いてしか考え得ないのである。
 その猿楽という名前が、どこから来たものかという事に就いても、色々の説があるらしいが、私にはサッパリわからない。能はよく物の真似をして舞うために、よく人の真似をする猿の名を冠せたものではあるまいかという人もあるそうであるが、もしそうとすれば、現在の舞の手ぶりの中には、その真似の分子も沢山あると同時に、真似でなくて直接にその物(月なら月、風なら風)をそのままに現わす舞い方が又、非常に沢山あるのを考え合わせると、その原始的な物真似から蝉脱せんだつして来た表現の進化が、如何に甚しいかがわかる。

     脚  本

 能としての作曲の型が出来ると同時に、その型に当てはまった脚本が沢山に出来たらしい。現在伝わっている曲の名前だけでも千何百とかいう位である。
 しかし、そんな作者、もしくは脚色家は、極めて少数であったらしく思われる。すなわち作者の名前として伝わっているのが極めて少数である事……能に盛り込まれている人生観や、宗教観、又は、その文句や脚色にニジミ出している個性や癖なぞに、共通的なにおいがかなり多い事……なぞから、そうした事実があらかた察せられる。もしかすると、全部同一人ではないかとさえ疑わるる位である。
 ところで、そんなに沢山に出来た能の曲目は、能の興隆と共に次第に減少して来た。すなわち、芸術的価値の低い……る方も、見る方も張り合いがない……という種類のものは、だんだん舞い捨てられて、遂に現在の二百番内外にまで減少してしまった。その二百番の中でも近来久しく上演されないもので、遠からず廃曲になりそうなのが何十という程ある。一方に、アトに残った芸術価値の高い、僅少な能の曲目は繰り返し繰り返し演出されて、益々洗練を重ねられる。演出価値と観賞価値とを同時に高められて行く。ほかの芸術が新作新作といって無限にえて行くのとは全然正反対の進化向上の仕方を「能」はして行くので、このような芸術は世界にあまり類例があるまい。事によると、世界唯一のものかも知れないと思われる。
 なお、こうした珍らしい「能」の進化については、もっとよく考えてから今一度話してみたい。能の根本生命……即ち能のヨサはそこから生れて来るのだから……。

     囃  子

 能の初期時代は、能をやる人間が、現在の素人のように、めいめいに入れ代り立ち代り、舞ったり、謡ったり、囃したりしたものではあるまいかと思う。
 ところがその後、各人の天分、好き嫌い等の色々な事情で次第次第に分業になって来ると同時に、その楽器の種類も太鼓、大鼓、小鼓、笛の四ツになってしまったらしい。しかもその一つ一つのために一人の芸術家が一代をなげうって修業する事になったものと考えられる。従ってその専門とする器楽の演出の、能のリズムに対するタッチが必然的に洗練され、且つ高められて来た事は云うまでもない。
 尚、能の演出の中に鈴、琵琶、鼓の一種でカッコなぞいうものが取り入れてあるが、これは舞を助ける小道具、作物の一種とも見るべきもので実際には奏しない。もっとも鈴だけは音を立てて拍子を取るが、これは狂言方と云って能役者とは別種の、道化役みたようなものが、三番叟さんばそうという舞の中に限って使うに過ぎない。
 尚、前述の太鼓、大鼓、小鼓の三種は能楽演出のリズムを、打音の間拍子で囃すのであるが、そのリズムに対するタッチは全然能楽一流の行き方である。科学的には全然説明出来ないと考えられる位で、容易に説明出来ないからここには略する。笛もまた能楽独特の行き方で、謡の音階や間拍子に合わせるような事は絶対にない。謡の中で吹く時は、謡の音調と全然かけ離れた非音階音を引きまわしたり、波打たせたりしつつ、謡と三種の楽器とが作るリズムの裏を美しく取り扱って、舞台気分を高潮させるに止まる。しかし謡から離れて笛ばかりで舞台気分を作る時は、音階音の中間音を取り交ぜた、独得のリズムを以て舞のテムポに調和させつつ、三種の打音楽をリードして行くので、これとても科学的に的確な説明は出来ないと考えられる。唯、芸術的、もしくは批判的な説明で辛うじて理解されはしまいかと考えられる位だから、矢張りここには略する事にしよう。
 これを要するに、謡に合わせて演奏する伴奏楽器は一つも無い事になるのであるが、これは謡というものの間拍子や節扱いが、極めて自由に、非論理的に、もしくは非科学的に出来ていて(芸術的には極度に厳密である。だから合唱が出来る)雑音を到る処に用いたり、調子を勝手に変改したり(たとえばA調からB調へ)する場合が非常に多いので、これと合奏する事は絶対に不可能だからである。一面から見れば音階音で以て声楽と合わせる伴奏楽器は舞台表現上極めて低級な役割りしかつとめ得ない……同時に能の楽器は現在の四種類以上に増加する必要は絶対にないという事が、能を見るたんびに直感される。

     仮  面

 仮面は装束と共に能の中心生命を支配するもので、主演者が着けている仮面と装束の舞台効果以外に能は存在しない。換言すれば仮面の芸術的生命がその曲の生命になるので、この目的を一刹那でも忘れた舞、謡、囃子は如何に上手でもその一刹那だけ舞台面上の邪魔な存在になる事が、観ている方で一々、手に取る如くわかる。あとでその演者がイクラ巧妙に弁解しても実際にそう感ずるのだから仕方がない。
 これを逆に云うと、その曲の最高潮した、あらゆる感触を表現すべく、仮面は遺憾ないものでなければならぬ。無表情の中にあらゆる表情を含んでいなければならぬ。無気分のうちに、あらゆる気分を漂わし得るほどのものでなければならぬ……という最も不自然な……同時に最も自然な要求に合したものでなければならぬ。
 そんな六ケしい芸術表現は理屈上この世に存在していよう筈がないのであるが、他国は知らず、日本には沢山に在るので、能を見るたんびに、思い半ばに過ぐるものである。ただ不思議というよりほかに仕様がないくらいである。
 私の知っている大学生で、世界各国の仮面を研究している人があるが、その人の話によると、現在の能の仮面が生まれる迄には、いろいろな研究が遂げられたものらしい。奈良や京都に在る古代の仮面を見てもわかる事で、頭からスッポリ冠ったり、顔半分を突込んだり、鼻や、眼玉や、口が動くようにしたり、そのほか様々の舞台効果を目標とした極端な表情の仮面が行われた。そのあげくヤット現在の中庸を取った無表情式のものが生まれた訳で、能が生まれたのも多分それと一緒ではなかったかと考えられる。
 能の仮面は、そうした高潮した芸術的要素を含んだものだけに、昔の芸術家が精英を尽して、続々と製作したものらしい。その種類も初めは随分多かったらしいが、これも、能の曲目が減るのと同様の意味……すなわち能式の進化の途中で振い落されて、現在では全く用いられないものや、殆んど用いられぬものが、そのままに夥しく残っている。
 その代り、或る種類のものは盛んに使用される。たとえば処女、年増、武者、若い男、爺、天狗なぞで、これはそんなものを仕組んだ曲が割合に多く残っているせいでもある。

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