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探偵小説の正体(たんていしょうせつのしょうたい)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-10 9:53:13 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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探偵小説はジフテリヤの血清に似ている。ジフテリヤの血清をジフテリヤ患者に注射するとステキに利く。百発百中と云ってもいい位おそろしい効果を以て、ジフテリヤの病源体をヤッツケてしまうらしい。 それでいてジフテリヤの病源体はまだ発見されていない。近代医学の威力を以てしても正体が掴めないでいる。つまり薬の方が先に発見されているのに、病気の正体の方が判明しないので、裁判が確定しているのに、犯人が捕まらないみたいな恰好になっている。一種のナンセンスと云えば云える状態である。 探偵小説の正体も同様である。 探偵小説を欲求する心理の正体を掴むことその事が既に一つのこの上もないナンセンスであり、ユーモアであり、冒険であり、怪奇であり、神秘であり……何かみたいである。 探偵小説の正体を探偵するとはこれ 事実……探偵小説の興味の本体がどこに在るかを探り出すことは中々容易でないらしい。 探偵小説と貼紙をした古 探偵小説の横腹から足だけを二本ニューと出してバタバタやっている冒険小説。探偵小説のお尻の穴から片手を突出してオイデオイデをしている変態心理。肩の横っちょに頭を並べている怪奇小説。お尻だけ共通し合っているユーモア小説。瘤になって額にカジリ付いているナンセンス小説。探偵小説の 或る人は探偵小説の魅力を、謎々の魅力と同一のものだという。 それはそうかも知れない。 探偵小説は十八世紀の末葉、 しかし、それから後、探偵小説が代を重ねて発達して来たのであろう。筋の極めて簡単明瞭なものでもゾッとさせられたり、アッと云わせられたりするものが出て来た。トリックらしいトリックが一つもなくとも、探偵小説は成立するようになって来たから、必ずしも探偵小説、即謎々とは云い切れなくなって来た訳である。すくなくとも吾々が 何度読んでも面白い探偵小説だの、最初から犯人を明示して在る探偵小説を、探偵小説でないと断言するのは少々乱暴ではあるまいか……。 或る人は探偵小説を一つの精神的な 吾々がこの血も涙も無い資本万能の、唯物科学的社会組織の中で、芋を洗うように……もしくは洗われるように押し合いへし合い、小突き合い、ぶつかり合って生活して行く間に感じた、あらゆる非良心的な闘争――生存競争そのものが生む、悽愴たる罪悪感……残忍な勝利感や、骨に喰い入る劣敗感なぞ……そんな毒悪な昂奮に鬱血硬化させられ続けている吾々の精神の循環系統の或る一個所を、探偵小説というメスで切り破って黒血を瀉出し、毒気を放散しようとしているのだ。血圧を下げて安眠しようとしているのだ。書く方も、そんな気で書き、読む方もそんな気で読んでいるのだ。 そこから これも一応 ところが本格の探偵小説は決して ……ナアニ……探偵小説ってものは大人のお伽話に過ぎないんだよ。大人は探偵小説を読んでオカカの感心、オビビのビックリ世界に逃避したがっているんだよ。良心とか、義理とか、人情とか、生活の苦しみとか、いうものには毎日毎日飽き飽きするくらい触れているんだから、そんなものにモウ一度シミジミと触れさせる普通の小説なんか、御免蒙りたいのだ。そんなものを超越した痛快な、ものすごいすばらしい世界へ連れて行ってもらいたがっているんだ。 ルパンでもホルムズでも要するに大人のミッキーマウスであり凸凹黒兵衛に外ならないんだよ。そいつが人の欲しがる巨万の富、人の惜しがる 成る程そう云われてみると、そんな気にもなって来る。大人はお伽話を持ち得ない、憐れな動物だから、子供がお伽話を聞いて眠りたがるように、大人は一日の残りの時間を、探偵小説と共に、寝床の中で惜しみたがるのであろう。 しかし、それだけでは、やはり何だかまだ説明が足りないような気がする。 以上掲げたような色々な定義を一つに引きくるめてモットモット深刻に掘下げたようなものが、探偵小説の魅力の正体でなければ、ならないような気がするようである。 今までに色々な形式の探偵小説が、書かれては飽きられ、工夫し出されては行詰まって来た。書いて行く小説家の方ではモウいけない。行き詰まった行き詰まったと悲鳴をあげている向きがあるようであるが、しかし、それは書く方の側だけの話ではあるまいか。 読者側の方では、まだ飽きても行き詰まっていないようである。モットモット強い、深い、新しい刺戟を求めている自分自身の恐ろしい心理の慾求を、その日その日の生活の間隙にハッキリと感じつつ、飢え渇いたような気持で本屋の店先をウロウロしているのではあるまいか。 その恐ろしい心理の慾求とは何であろうか。 ……さあ……わからない。 現に、そういう筆者自身が、いつも、そんな気持で本屋の店先をウロウロキョロキョロする組であるが、さて自分自身に、お前は何を探しているのだと反省してみると、どうしてもわからない。たまたま面白そうな本を引っぱり出して中を二三行読むと、直ぐにチェッと舌打ちしてモトの本棚に押込んでしまうのであるが、何が、お前をそうさせるのかと、自分の頭に反問しても、返事は一つも浮かみ上がらない。その癖、おそろしく …… 人文の発達に伴う、読物の種類の分派を探求し、綜合したところから帰納して、探偵小説が如何なる社会心理の反映を象徴しているものであるかをハッキリときめてくれる人は居ないか知らん。現代人が探偵小説の将来、如何なるものを要求しているかを、鮮やかに指示してくれる大批評家は居ないか知らん。 本屋の店頭に立って色々と本を漁っている人の頭を見破って帰って、直ぐにその慾求通りのものを書くという訳には行かないものか知らん。 否々。一流の流行作家は、皆、それが出来るのに違いない。そうして、わざと黙っているのに違いない。大人が子供に真実を教えないように……。 ……ああ…… 底本:「夢野久作全集11」ちくま文庫、筑摩書房 1992(平成4)年12月3日第1刷発行 入力:柴田卓治 校正:渥美浩子 2001年6月6日公開 2006年3月1日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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