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近眼芸妓と迷宮事件(きんがんげいしゃとめいきゅうじけん)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-9 8:56:41 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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「前文御めん下さい。僕は
そればかりでなく僕は、貴女が苦労に ああ。あの時の気持。僕の感謝の気持を、どうしたら貴女にお伝え出来ましょう。 貴女の前の御主人金兵衛は悪魔だったのです。貴女のそうした涙ぐましい純潔な心ばかりでなく、貴女の清浄な肉体、血液までも絞りつくそうとしている悪魔だったのです。ですから僕は、あの悪魔を 僕は貴女の思想から見ればドンナに ああ。貴女はあの、タッタ一夜の純情を、一年後の今日までも僕に対して注いで下すったのです。僕を愛していて下すったのです。 僕は生れて初めて貴女によって人間の純情の貴さを知ったのです。唯物主義一点 僕はキチガイになりそうです。 僕はモウ二度と貴女にお眼にかからない処へ逃げて行きます。裏切者にならないために、貴女の純真な、切ない愛情をタッタ一つ抱いて、 僕は裏切者となって、貴女と結婚して、貴女をエタイのわからない不幸な運命に陥れるに忍びません。 どうぞ幸福に幸福に暮して下さい。 淋しい社会主義者より
友口愛子様 この手紙は直ぐに焼いて下さい。貴女の御親切に信頼します。 この手紙を読み終ると直ぐに、これは一刻も猶予ならんと思って立上りかけた……が……又思い直して腰を落付けた。この手紙を持って来た愛子の態度が、あんまり不思議なので……自分に好いている男を一人死刑にするような遣り方なのに……正直者の愛子がソンナ残酷な事をする筈はないと思ったので、念のために今一度訊問してみる気になった。社会主義者一流の計略じゃないかしらんという疑いも起ったからね。 「ふうむ。愛子さん……」 「ハイ……」 「あんたはこの手紙の ビックリしたように眼をパチパチさせた愛子は丸髷を軽く左右に振った。 「いいえ。ちっとも存じません。何を書いてあるのか読めないものですから。字があんまり細かくて……」 俺は唖然となってしまった。 「ナアンダ。まだ読んでいないのかい」 愛子は丸髷に手を遣りながら淋しく笑った。 「ハイ。コンナような手紙が、よく男の方から参りますので、そのたんびに 俺は思わず一 「ふうむ。あんたはこの手紙で見ると、金兵衛さんが死ぬる 愛子の顔色が見る見る真青になった。この前に訊問した事をドウやら思い出したらしいんだ。それから又、忽ち耳の附け根まで赤くなったが俺の顔を見ながらオズオズと 「ね。あるだろう。思い出したろう」 愛子はいよいよ真赤になって 「ハイ。やっと思い出しました。それは二十七八の若旦那風の人でした。待合ではオオさんと云っておりましたが、お名前は大深さんと云いましたか……お召物からお金遣いまでサッパリした方で、いいえ。手は両方とも職工らしくない、白い綺麗な手でした。お酒が少しばかりまわりますと、親切に色々と 「……ふうん。それから、シッポリといい仲になったって訳だね」 愛子は又耳元まで赤くなった。涙を一しずくポロリと膝の上に落した。 「うんうん。わかっているよ。だからあの時も、そのお客の事を俺に話さなかったんだね」 愛子は丸髷を、すこしばかり左右に振った。シクリシクリと 「そうかそうか。そのお客だけがタッタ一人好いたらしい人だった事を、あの時は思い出さなかったんだね」 愛子は微かに震えながら頭を下げた。多分 「そこでねえ。話は違うが、 愛子はビックリしたように顔を上げた。 「どうして御存じ……」 「アハハ。この手紙に書いてあるじゃないか。どこだい、それは……」 「 「アッ。月島の 愛子は恐ろしそうに 「妾は眼が悪う御座いますので、三尺も離れた方の 「わからなくともいいからアラカタの風采でいいんだ。二人とも紳士風だったかね」 「いいえ。一人は青い服を着た職工さんで、もう一人は黒い着物を着た番頭さんのような方でした」 「その職工みたいな男の人相は……」 彼女はいよいよ恐ろしそうに椅子の中に縮み込んだ。 「あの……鳥打帽を……茶色の鳥打帽を 「アハハ。そうかそうか、それは色の黒い、茶の 愛子はビックリして顔を上げた。 「……どうして……御存じ……」 俺は直ぐに 「オイ。給仕、控室の 「かしこまりました」 石室刑事は直ぐに来た。 「何だ何だ……ウンこの婦人かい。 正直のところ、この時ぐらい狼狽した事はなかったね。社会主義者なんていうのは、見掛によらない敏感なもので、逃足の非常に早いものだという事がこの時分からわかっていたからね。 「ウン直ぐに行こう。重大犯人だ。君も一緒に来てくれ。詳しい事はアトから話す。アッ……いけない。愛子さん愛子さん」 愛子はウンと気絶したまま椅子から床の上へ転がり落ちてしまった。残忍な話だが、俺はその時に思わず微笑したよ。この気絶は彼女の話の真実性を全部裏書きしたようなものだったからね。 警察医が来て愛子を介抱している間に、俺達は紫塚造船所に乗込んで、机の しかし大深はタッタ一度の 手錠をかけたアトで例の手紙を見せると大深は、青い顔になってうなずいた。 「馬鹿だなあ……この手紙を と むろん 遺書も何もなかったので原因はわからないが、自分の口一つから金兵衛を殺し、又大深を殺した事がわかったので、すっかり悲観して思い詰めてしまったんじゃないかと思う。 何……君にはわかっている……? 愛子は最初、大深に初恋を感じていたのを自分でも気付かずにいたんだ。それがあの手紙を見て ふうん。恐ろしい ふうん。ほんとうに純真な、内気な女なんてソンナもんだ、そこがこの話のスゴイところだ……小説になるところだっていうのかね。 アハハ。成る程ねえ……。 底本:「夢野久作全集10」ちくま文庫、筑摩書房 1992(平成4)年10月22日第1刷発行 入力:柴田卓治 校正:ちはる 2000年12月18日公開 2006年2月23日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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