![]() ![]() |
牛鍋(ぎゅうなべ)
|
作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/11/7 9:24:16 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
|
鍋はぐつぐつ煮える。 牛肉の 斜に薄く切られた、ざくと云う名の 箸のすばしこい男は、三十前後であろう。晴着らしい 酒を飲んでは肉を反す。肉を反しては酒を飲む。 酒を注いで 男と同年位であろう。 女の目は断えず男の顔に注がれている。永遠に渇しているような目である。 目の 箸のすばしこい男は、二三度反した肉の一切れを口に入れた。 丈夫な白い歯で 永遠に渇している目は動く ![]() しかしこの ![]() 今二つの目の 白い 男が肉を三 「待ちねえ。そりゃあまだ煮えていねえ。」 娘はおとなしく箸を持った手を引っ込めて、待っている。 永遠に渇している目には、娘の箸の 娘の目はまた男の顔に注がれた。その目の中には怨も怒もない。ただ驚がある。 永遠に渇している目には、四本の箸の悲しい競争を見る程の余裕がなかった。 女は最初自分の箸を割って、 娘は驚きの目をいつまで男の顔に注いでいても、食べろとは云って 驚の目には怨も怒もない。しかし卵から出たばかりの 男のすばしこい箸が肉の一切れを口に運ぶ 少し煮え過ぎている位である。 男は鋭く切れた二皮目で、死んだ友達の一人娘の顔をちょいと見た。 ただこれからは男のすばしこい箸が一層すばしこくなる。代りの しかし娘も黙って箸を動かす。驚の目は、ある目的に向って動く活動の目になって、それが暫らくも鍋を離れない。 大きな肉の切れは得られないでも、小さい切れは得られる。好く煮えたのは得られないでも、生煮えなのは得られる。肉は得られないでも、葱は得られる。 浅草公園に何とかいう、動物をいろいろ見せる処がある。名高い 母猿は争いはする。しかし芋がたまさか子猿の口に 箸のすばしこい本能の人は娘の親ではない。親でないのに、たまさか箸の運動に娘が成功しても叱りはしない。 人は猿よりも進化している。 四本の箸は、すばしこくなっている男の手と、すばしこくなろうとしている娘の手とに使役せられているのに、今二本の箸はとうとう動かずにしまった。 永遠に渇している目は、依然として男の顔に注がれている。世に苦味走ったという 一の本能は他の本能を犠牲にする。 こんな事は獣にもあろう。しかし獣よりは人に多いようである。 人は猿より進化している。 (明治四十三年一月) 底本:「普請中 青年 森鴎外全集2」ちくま文庫、筑摩書房 1995(平成7)年7月24日第1刷発行 底本の親本:「筑摩全集類聚版森鴎外全集」筑摩書房 1971(昭和46)年4月~9月刊 入力:鈴木修一 校正:松永正敏 2003年8月20日作成 2005年11月15日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
|
![]() ![]() |