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鳩の鳴く時計(はとのなくとけい)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-2 8:59:39 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


つ。おまいに、おれを打つ力があるものか。もし、おれを打つてみろ、お父さんにつかまつて、手におきう[#「炙」はママ]をすゑられるからな。」
 一郎もさう言はれると、むやみなことはできません。この時計は、お父さんが一ばん大事にしていらつしやることは、自分にもわかつてゐましたから。
「しかし、おまいは何だつて、おれの針なんぞをいぢるのだ。」と、時計は眉毛まゆげのやうに両方の針をぴく/\動かしましたが、その長い方のは、一郎がステツキで、さきほどつゝいたものですから、妙にひん曲つてゐました。
「鳩を見るんだ。」と、一郎は少し鼻声になりました。「ぼく鳩が見たいんだ。出してみせてよう。」
「鳩が見たいのか。それなら、さうと言へばいゝのだ。しかし、鳩は、ちやんと時間が来なけりや、顔を出さないから、おまい、そこの椅子いすにおとなしく待つておいで。もう十五分ばかりで十一時になるから。こんどはよつぽど長くないてゐるよ。」
 一郎もさういはれると、待つ気になつて、ひとまづ踏台からおりて椅子いすの上に腰をかけました。けれども、ものゝ一分とはぢつとしてゐません。
「まだかい。」
「まだ……三十秒きりたゝないぢやないか。」
「三十秒てどれだけ。」
「おまいは小さいから、まだよく時間を知らないんだ。おれが教へてやらう。おれの顔を見ておれよ。」
 時計は、その眉毛のやうについてゐた針を平がなのくの字の反対の形に、ぴよいと曲げました。
「分つたか。これだよ。」
「分らない。」
馬鹿ばかだな……それで鳩が出たらどうするんだ、おまい。」
「お豆をたべさしてやるんだ。」
「いけない。おまいはどうして、さういたづらなんだらう。」
「でも、ばあやが、鳩ポツポはお豆をたべるんだつていつたよ。だから、ぼく、ポケツトにいり豆をたくさん入れて来たんだ。」
 一郎は自分のポケツトをたゝいてみせました。
「それはいけないよ、おれんところの鳩はお豆なんかべやしない。」
「ぢや、何を喰べるんだい。」
「さあ、何をたべるだらうね。」
「ぢや、お米をたべるの。」
「いゝえ。」
「ぢや、お魚。」
「いゝえ。」
「ぢや、牛肉。」
「そんなものなんか喰べるものか。」
「ぢや、何をたべるの。」
「いつてきかさうか。」
「うん。」
「あれはお年をたべるの。ちつとづつ、ちつとづつ、おまいのお年もひへらしてゐるの。」
 一郎は自分のものは何でもひとにやることがきらひなたちでしたから、お時計の鳩が自分の年を喰べるときくと、たいへんいやな気がして、いきなりステツキで時計のつらをたゝきつけました。ちやうどそのとき十一時で時計の上の戸があくと、いつものとほり鳩が出て、ポウポウと鳴き始めました。
「ばか、僕のお年なんかたべるんぢやない、ばか、ばか。」
 一郎はさういひながら、今度はステツキで二つ三つ、つゞけて鳩をたたきつけました。すると、鳩はなくのをやめて、ポタリと床の上に落ちました。それといつしよに今までチクタクと音させて、動いてゐた時計もその振子をとめてだまつてしまひました。鳩は死に、お時計はこはれたのでした。でも一郎のお年はやつぱり、何か外のえたいの知れないものにたべられて、だんだん少くなるばかりです。いまに、「あゝ、小さいときつて馬鹿なことをしたな。あの時計をこはさずに置いたら、今でも、一時間毎に、三十分ごとに、ポウポウといふやさしい、鳩の鳴く声が聞えたものを」と、後悔するときが来ませう。





底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
   1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「赤い鳥」赤い鳥社
   1927(昭和2)年6月
初出:「赤い鳥」赤い鳥社
   1927(昭和2)年6月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2005年12月2日作成
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  • [#…]は、入力者による注を表す記号です。
  • 「くの字点」は「/\」で表しました。

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