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幸坊の猫と鶏(こうぼうのねことにわとり)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-11-2 8:54:52 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

    一

 幸坊かうばうのうちは、ゐなかの百姓でしたから、鶏を飼つてゐました。そのうちに、をんどりはもう六年もゐるので、鶏としては、たいへんおぢいさんのはずですが、どういふものか、この鳥にかぎつて、わか/\しくしてゐました。まつ白な羽はいつも生えたてのやうに、つや/\して、とさかは赤いカンナの花のやうにまつ赤で、くちばしや足は、バタのやうに黄いろでした。
 幸坊がをもつていくと、このをんどりがまつ先きにかけて来ます。幸坊がわざと、ぢらして餌をやらないと、をんどりは片足をあげながら、首をかしげて、ふしぎさうに餌箱を見上げますが、幸坊が笑ひながら、やつぱり餌をくれないでゐると、とう/\たまらなくなつてクウ/\と小さな声で鳴きます。
「幸ちやん、幸ちやん。ちやうだいな。そんな、いぢわるをしないで……」
 さう言つてゐるやうに聞えます。
「やるよ、やるよ。さア/\。」
 幸坊は、かはいさうになつて、餌をまいてやると、そこへ、いきなり、まつ黒なねこが一ぴきとび出してきます。ほかの鶏はびつくりして、クワツ/\と叫んでにげますけれど、をんどりだけはなか/\勇気があつて、ちよつと首をあげて、グウとのどをならして、猫をにらみます。猫は面白がつて、飛びつきさうにしますと、をんどりは頭を下げ、首の毛をさかだてゝ、猫がそばに来たら、目をつゝいてやらうと、まちかまへてゐます。
「黒や、もうおよしよ。とうとがきらふからね。」
 幸坊はさう言つて、黒をだきあげて、そのつめたい鼻の先をじぶんのつぺたにぴつたりとつけ、ビロードのやうなその背をなでてやります。黒は甘えて、のどをゴロ/\音させながら、するどいつめで、しつかり幸坊の着物にすがりついてゐるのです。


    二

 或日あるひ幸坊かうばうが学校の当番で、おそくうちへかへりました。すると、お母さんが、困つた顔をしてかう言ひました。
「幸や、あのね。をんどりが見えなくなつたよ。そこらのやぶにでも入つてゐないか見ておいで。悪いきつねが出るけれど、まさか昼だから、狐がとつたんでもあるまい。」
 幸坊はほんとにびつくりしました。あのうつくしい、かはいゝをんどりがゐなくなつたのか。それは大へんなことだ。どうしてもさがし出して来なければならないと思つて、肩からかばんをおろすとすぐ一本の竹切れをとつて、出かけようとしますと、どこからかくろが出て来て、にやあんと鳴きながら、あとをついて来ます。
「黒や、いけないよ。おかへり。ぼくはね、をんどりのとうとをさがしにいくんだからね。おまいが犬だとつれていつて、さがす手つだひをさせるんだけれど、ねこぢやだめだ。」
 幸坊はしきりに黒を追ひかへさうとしますけれど黒はなか/\かへりません。仕方がないから、ほうつておくと、黒はさつさと先にいつて、畑の向うにある大きな森の中にはいつてしまひました。幸坊はをんどりばかりでなく、黒までゐなくしては大へんだと思つて、
「黒や、黒や。」と大きな声を出してよびますけれどどこへ行つたものやら、わかりません。
 森の中は、木の葉や、下草のために、昼でもまつ暗なのに、もう夕方が近いので、なほさら暗かつたのです。
とうととうととうと。」
 幸坊は一しやうけんめいに声を出して、森の中を歩いてゐますけれど、をんどりは出て来ません。そのうち、どうしたことか、いつもれきつてゐる森の中で、すつかりみちをまよつて、どうしても出られなくなりました。
 今は、もう鶏や猫などにかまつてをれません。じぶんがどうしてこの森をぬけ出さうかと、困つてゐるとき、ふと向うに小さなうちを見つけました。
「まアよかつた。」と、幸坊は胸をなでおろして、そこへいきかけますと、その小さなうちの、かたくしめてある窓の下に、一ぴきの狐が、はうきのやうな大きな尾を地べたにひいて、おしりをすゑて、しきりにその窓を見てゐます。さて変だなと思つて、幸坊は立どまつて、ぢつと狐のすることに気をつけてゐました。すると、狐はやさしい、やさしい声を出して、かううたひました。――
カツカコー、かはいゝとりちやん、
金の冠をもつたかはいゝとりちやん、
つや/\光つた、かはいゝ小頭、
絹のおひげをたらしたとりちやん、
窓をごらんな、小さな窓を、
こゝに、りつはな人が来て、
おいしいお豆をまいてゐる、
それでもだれもひろやせぬ。

 すると、小さな窓があいて、ひよつこり小さな頭を出したのは、幸坊のをんどりでした。
「あらツ! とうとがゐる!」
 幸坊が声をあげて、走り出したときには、もうおそかつたのです。狐はすぐとうとにとびついて、とうとをとつて、じぶんの巣へくはへて走りました。
「あれ、黒ちやん、狐がわたしをとつてまつ暗な森へ、わたしの知らないところへつれて行く。黒ちやん、早く来ておくれ、たすけておくれ!」
 すると、ふしぎなことには、幸坊の黒猫がどこからか出て来て、ベースの球みたいに、はやく、ぶつ飛んで、狐のあとを追つていき、大きなつめを狐の背に打ちこみましたので、狐は痛がつて、鶏をはなしてにげました。
「気をつけなさいよ、とうとちやん。」と、猫は言ひました。「決して窓からお顔を出しちやいけない。又どんなことを狐が言つても、信じちやならないよ。あいつはおまいさんをたべて、骨ものこしやしないよ。」
 そして、黒はまたどこかへいつてしまひました。


    三

 幸坊かうばうは、ふしぎでたまらないものですから、すぐにその小屋のところへ走つて行きました。けれどもそのときにはもうおんどりは小屋のうちにはいり、なかから窓をしつかりしめてゐます。
とうとや、とうとや!」
 幸坊は大きな声を出して呼びながら、小屋のまはりをまはつてみますけれど、中はひつそりとして音もしません。
とうとや、わたしだよ。きつねぢやないよ。私だよ。」
 幸坊はしきりに窓の戸をたゝいて、をんどりを呼びましたけれど、狐だと思つて、戸を開けません。
「いけないよ、狐さん、わたしをだまして、おまへ私をたべてしまつて、骨ものこさないつもりだらう。」
「さうぢやないよ。わたしだよ。おまいを飼つてやつてる幸坊だよ。狐なんかゐやしない。」
「うそだ。狐さんだ。幸坊ちやんのまねをしてゐるんだ。」
「それほどうたぐるんなら、ぼく、窓のところから遠くはなれてゐるから、ほんの少し戸をあけてごらん。そしてもしかぼくが幸坊だつたら、すつかり開けて出ておいでね、とうと。」
 をんどりもさう言はれて、すこし安心したと見えて窓の戸を細く開けました。
「なるほど、幸坊さんね。ぢや、開けませう。」
 さう言つて、鶏はすつかり窓をあけて、こつちへ来ようとしました。が、そのとき、どこからともなく、狐がぴよこんと飛び出して、いきなりをんどりをくはへるが早いか、じぶんの巣をさして、一さんに走り出しました。

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