〔血のいろにゆがめる月は〕
血のいろにゆがめる月は、 今宵また桜をのぼり、 患者たち廊のはづれに、 凶事の兆を云へり。
木がくれのあやなき闇を、 声細くいゆきかへりて、 熱植ゑし黒き綿羊、 その姿いともあやしき。
月しろは鉛糖のごと、 柱列の廊をわたれば、 コカインの白きかをりを、 いそがしくよぎる医師あり。
しかもあれ春のをとめら、 なべて且つ耐へほゝゑみて、 水銀の目盛を数へ、 玲瓏の氷を割きぬ。
車中〔一〕
夕陽の青き棒のなかにて、 開化郷士と見ゆるもの、 葉巻のけむり蒼茫と、 森槐南を論じたり。
開化郷士と見ゆるもの、 いと清純とよみしける、 寒天光のうら青に、 おもてをかくしひとはねむれり。
村道
朝日かゞやく水仙を、 になひてくるは詮之助、 あたまひかりて過ぎ行くは、 枝を杖つく村老ヤコブ。
影と並木のだんだらを、 犬レオナルド足織れば、 売り酒のみて熊之進、 赤眼に店をばあくるなり。
〔さき立つ名誉村長は〕
さき立つ名誉村長は、 寒煙毒をふくめるを、 豪気によりて受けつけず。
次なる沙弥は顱を円き、 猫毛の帽に護りつゝ、 その身は信にゆだねたり。
三なる技師は徳薄く、 すでに過冷のシロッコに、 なかば気管をやぶりたれ。
最後に女訓導は、 ショールを面に被ふれば、 アラーの守りあるごとし。
〔僧の妻面膨れたる〕
僧の妻面膨れたる、 飯盛りし仏器さゝげくる。
(雪やみて朝日は青く、 かうかうと僧は看経。)
寄進札そゞろに誦みて、 僧の妻庫裡にしりぞく。
(いまはとて異の銅鼓うち、 晨光はみどりとかはる。)
〔玉蜀黍を播きやめ環にならべ〕
「玉蜀黍を播きやめ環にならべ、 開所の祭近ければ、 さんさ踊りをさらひせん。」 技手農婦らに令しけり。
野は野のかぎりめくるめく、 青きかすみのなかにして、 まひるをひとらうちをどる、 袖をかざしてうちをどる。
さあれひんがし一つらの、 うこんざくらをせなにして、 所長中佐は胸たかく、 野面はるかにのぞみゐる。
「いそぎひれふせ、ひざまづけ、 みじろがざれ。」と技手云へば、 種子やまくらんいこふらん、 ひとらかすみにうごくともなし。
〔うからもて台地の雪に〕
うからもて台地の雪に、 部落なせるその杜黝し。
曙人、馮りくる児らを、 穹窿ぞ光りて覆ふ。
〔残丘の雪の上に〕
残丘の雪の上に、 二すぢうかぶ雲ありて、 誰かは知らねサラアなる、 女のおもひをうつしたる。
信をだになほ装へる、 よりよき生へのこのねがひを、 なにとてきみはさとり得ぬと、 しばしうらみて消えにけり。
民間薬
たけしき耕の具を帯びて、 羆熊の皮は着たれども、 夜に日をつげる一月の、 干泥のわざに身をわびて、 しばしましろの露置ける、 すぎなの畔にまどろめば、 はじめは額の雲ぬるみ、 鳴きかひめぐるむらひばり、 やがては古き巨人の、 石の匙もて出できたり、 ネプウメリてふ草の葉を、 薬に食めとをしへけり。
〔吹雪かゞやくなかにして〕
吹雪かゞやくなかにして、 まことに犬の吠え集りし。
燃ゆる吹雪のさなかとて、 妖しき※[#「蚌」の「虫」に代えて「目」、54-3]をなせるものかな。
●表記について
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