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『春と修羅』(『はるとしゅら』)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-29 16:37:38 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语




  マサニエロ


城のすすきの波の上には
伊太利亜製の空間がある
そこで烏の群が踊る
白雲母しろうんものくもの幾きれ
   (濠と橄欖天鵞絨かんらんびろうど 杉)
ぐみの木かそんなにひかつてゆするもの
七つの銀のすすきの穂
 (お城の下の桐畑でも ゆれてゐるゆれてゐる 桐が)
赤いたでの花もうごく
すゞめ すゞめ
ゆつくり杉に飛んで稲にはひる
そこはどての陰で気流もないので
そんなにゆつくり飛べるのだ
  (なんだか風と悲しさのために胸がつまる)
ひとの名前をなんべんも
風のなかで繰り返してさしつかへないか
  (もうみんな鍬や縄をもち
   崖をおりてきていゝころだ)
いまは鳥のないしづかなそらに
またからすが横からはひる
屋根は矩形で傾斜白くひかり
こどもがふたりかけて行く
羽織をかざしてかける日本の子供ら
こんどは茶いろの雀どもの抛物線
金属製の桑のこつちを
もひとりこどもがゆつくり行く
蘆の穂は赤い赤い
  (ロシヤだよ チエホフだよ)
はこやなぎ しつかりゆれろゆれろ
  (ロシヤだよ ロシヤだよ)
烏がもいちど飛びあがる
稀硫酸の中の亜鉛屑は烏のむれ
お城の上のそらはこんどは支那のそら
烏三疋杉をすべり
四疋になつて旋転する

(一九二二、一〇、一〇)


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  栗鼠と色鉛筆


樺の向ふで日はけむる
つめたい露でレールはすべる
靴革の料理のためにレールはすべる
朝のレールを栗鼠は横切る
横切るとしてたちどまる
尾は der Herbst
 日はまつしろにけむりだし
栗鼠は走りだす
  水そばの苹果緑アツプルグリン石竹ピンク
たれか三角やまの草を刈つた
ずゐぶんうまくきれいに刈つた
緑いろのサラアブレツド
  日は白金をくすぼらし
  一れつ黒い杉の槍
その早池峰はやちねと薬師岳との雲環うんくわん
古い壁画のきららから
再生してきて浮きだしたのだ
  色鉛筆がほしいつて
  ステツドラアのみじかいペンか
  ステツドラアのならいいんだが
  来月にしてもらひたいな
  まああの山と上の雲との模様を見ろ
  よく熟してゐてうまいから
(一九二二、一〇、一五)


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       無声慟哭



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  永訣の朝


けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (あめゆじゆとてちてけんじや)*
うすあかくいつそう陰惨いんざんな雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜じゆんさいのもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀たうわん
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛さうえんいろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系にさうけいをたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)*
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて*
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ
※(始め二重パーレン、1-2-54)一九二二、一一、二七※(終わり二重パーレン、1-2-55)


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  松の針


  さつきのみぞれをとつてきた
  あのきれいな松のえだだよ
おお おまへはまるでとびつくやうに
そのみどりの葉にあつい頬をあてる
そんな植物性の青い針のなかに
はげしく頬を刺させることは
むさぼるやうにさへすることは
どんなにわたくしたちをおどろかすことか
そんなにまでもおまへは林へ行きたかつたのだ
おまへがあんなにねつに燃され
あせやいたみでもだえてゐるとき
わたくしは日のてるとこでたのしくはたらいたり
ほかのひとのことをかんがへながら森をあるいてゐた
   ※(始め二重パーレン、1-2-54)ああいい さつぱりした*
    まるで林のながさ来たよだ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
鳥のやうに栗鼠りすのやうに
おまへは林をしたつてゐた
どんなにわたくしがうらやましかつたらう
ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか
わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにさう言つてくれ
  おまへの頬の けれども
  なんといふけふのうつくしさよ
  わたくしは緑のかやのうへにも
  この新鮮な松のえだをおかう
  いまに雫もおちるだらうし
  そら
  さはやかな
  terpentine ターペンテインの匂もするだらう
※(始め二重パーレン、1-2-54)一九二二、一一、二七※(終わり二重パーレン、1-2-55)


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  無声慟哭


こんなにみんなにみまもられながら
おまへはまだここでくるしまなければならないか
ああ巨きな信のちからからことさらにはなれ
また純粋やちひさな徳性のかずをうしなひ
わたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるとき
おまへはじぶんにさだめられたみちを
ひとりさびしく往かうとするか
信仰を一つにするたつたひとりのみちづれのわたくしが
あかるくつめたい精進しやうじんのみちからかなしくつかれてゐて
毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふとき
おまへはひとりどこへ行かうとするのだ
  (おら おかないふうしてらべ)*
何といふあきらめたやうな悲痛なわらひやうをしながら
またわたくしのどんなちひさな表情も
けつして見遁さないやうにしながら
おまへはけなげに母にくのだ
  (うんにや ずゐぶん立派だぢやい
   けふはほんとに立派だぢやい)
ほんたうにさうだ
髪だつていつそうくろいし
まるでこどもの苹果の頬だ
どうかきれいな頬をして
あたらしく天にうまれてくれ
  ※(始め二重パーレン、1-2-54)それでもからだくさえがべ?※(終わり二重パーレン、1-2-55)
  ※(始め二重パーレン、1-2-54)うんにや いつかう※(終わり二重パーレン、1-2-55)
ほんたうにそんなことはない
かへつてここはなつののはらの
ちひさな白い花の匂でいつぱいだから
ただわたくしはそれをいま言へないのだ
   (わたくしは修羅をあるいてゐるのだから)
わたくしのかなしさうな眼をしてゐるのは
わたくしのふたつのこころをみつめてゐるためだ
ああそんなに
かなしく眼をそらしてはいけない
※(始め二重パーレン、1-2-54)一九二二、一一、二七※(終わり二重パーレン、1-2-55)

 註
*あめゆきとつてきてください
*あたしはあたしでひとりいきます
*またひとにうまれてくるときは
 こんなにじぶんのことばかりで
 くるしまないやうにうまれてきます
*ああいい さつぱりした
 まるではやしのなかにきたやうだ
*あたしこはいふうをしてるでせう
*それでもわるいにほひでせう


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  風林


  (かしはのなかには鳥の巣がない
   あんまりがさがさ鳴るためだ)
ここは艸があんまりあら
とほいそらから空気をすひ
おもひきり倒れるにてきしない
そこに水いろによこたはり
一列生徒らがやすんでゐる
  (かげはよると亜鉛とから合成される)
それをうしろに
わたくしはこの草にからだを投げる
月はいましだいに銀のアトムをうしなひ
かしははせなかをくろくかがめる
柳沢やなぎさはの杉はコロイドよりもなつかしく
ばうずの沼森ぬまもりのむかふには
騎兵聯隊の灯も澱んでゐる
※(始め二重パーレン、1-2-54)ああおらはあど死んでもい※(終わり二重パーレン、1-2-55)
※(始め二重パーレン、1-2-54)おらも死んでもい※(終わり二重パーレン、1-2-55)
  (それはしよんぼりたつてゐる宮沢か
   さうでなければ小田島国友
      向ふの柏木立のうしろの闇が
      きらきらつといま顫へたのは
      Egmont Overture にちがひない
   たれがそんなことを云つたかは
   わたくしはむしろかんがへないでいい)
※(始め二重パーレン、1-2-54)伝さん しやつつ何枚 三枚着たの※(終わり二重パーレン、1-2-55)
せいの高くひとのいい佐藤伝四郎は
月光の反照のにぶいたそがれのなかに
しやつのぼたんをはめながら
きつと口をまげてわらつてゐる
降つてくるものはよるの微塵や風のかけら
よこに鉛の針になつてながれるものは月光のにぶ
※(始め二重パーレン、1-2-54)ほお おら……※(終わり二重パーレン、1-2-55)
言ひかけてなぜ堀田はやめるのか
おしまひの声もさびしく反響してゐるし
さういふことはいへばいい
  (言はないなら手帳へ書くのだ)
とし子とし子
野原へ来れば
また風の中に立てば
きつとおまへをおもひだす
おまへはその巨きな木星のうへに居るのか
鋼青壮麗のそらのむかふ
 (ああけれどもそのどこかも知れない空間で
  光の紐やオーケストラがほんたうにあるのか
  …………此処こごあがくて
      一日いちにぢのうちの何時いづだがもわがらないで……
  ただひときれのおまへからの通信が
  いつか汽車のなかでわたくしにとどいただけだ)
とし子 わたくしは高く呼んでみようか
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)かげえだ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)手凍えだ?
  俊夫ゆぐ凍えるな
  こなひだもボダンおれさ掛げらせだぢやい※(終わり二重パーレン、1-2-55)
俊夫といふのはどつちだらう 川村だらうか
あの青ざめた喜劇の天才「植物医師」の一役者
わたくしははね起きなければならない
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)おゝ 俊夫てどつちの俊夫※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)川村※(終わり二重パーレン、1-2-55)
やつぱりさうだ
月光は柏のむれをうきたたせ
かしははいちめんさらさらと鳴る
(一九二三、六、三)


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  白い鳥


 ※(始め二重パーレン、1-2-54)みんなサラーブレツドだ
  あゝいふ馬 誰行つても押へるにいがべが※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)よつぽどなれたひとでないと※(終わり二重パーレン、1-2-55)
古風なくらかけやまのした
おきなぐさの冠毛がそよぎ
鮮かな青い樺の木のしたに
何匹かあつまる茶いろの馬
じつにすてきに光つてゐる
   (日本絵巻のそらの群青や
    天末の turquoisタコイス はめづらしくないが
    あんな大きな心相の
    光のくわんは風景の中にすくない)
二疋の大きな白い鳥が
鋭くかなしく啼きかはしながら
しめつた朝の日光を飛んでゐる
それはわたくしのいもうとだ
死んだわたくしのいもうとだ
兄が来たのであんなにかなしく啼いてゐる
  (それは一応はまちがひだけれども
   まつたくまちがひとは言はれない)
あんなにかなしく啼きながら
朝のひかりをとんでゐる
  (あさの日光ではなくて
   熟してつかれたひるすぎらしい)
けれどもそれも夜どほしあるいてきたための
vagueバーグ な銀の錯覚なので
  (ちやんと今朝あのひしげて融けたキンの液体が
   青い夢の北上山地からのぼつたのをわたくしは見た)
どうしてそれらの鳥は二羽
そんなにかなしくきこえるか
それはじぶんにすくふちからをうしなつたとき
わたくしのいもうとをもうしなつた
そのかなしみによるのだが
   (ゆふべは柏ばやしの月あかりのなか
    けさはすずらんの花のむらがりのなかで
    なんべんわたくしはその名を呼び
    またたれともわからない声が
    人のない野原のはてからこたへてきて
    わたくしを嘲笑したことか)
そのかなしみによるのだが
またほんたうにあの声もかなしいのだ
いま鳥は二羽 かゞやいて白くひるがへり
むかふの湿地 青い蘆のなかに降りる
降りようとしてまたのぼる
  (日本武尊の新らしい御陵の前に
   おきさきたちがうちふして嘆き
   そこからたまたま千鳥が飛べば
   それを尊のみたまとおもひ
   蘆に足をも傷つけながら
   海べをしたつて行かれたのだ)
清原がわらつて立つてゐる
 (日に灼けて光つてゐるほんたうの農村のこども
  その菩薩ふうのあたまのかたちはガンダーラから来た)
水が光る きれいな銀の水だ
※(始め二重パーレン、1-2-54)さああすこに水があるよ
 口をすゝいでさつぱりして往かう
 こんなきれいな野はらだから※(終わり二重パーレン、1-2-55)
(一九二三、六、四)


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       オホーツク挽歌



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  青森挽歌


こんなやみよののはらのなかをゆくときは
客車のまどはみんな水族館の窓になる
   (乾いたでんしんばしらの列が
    せはしく遷つてゐるらしい
    きしやは銀河系の玲瓏れいろうレンズ
    巨きな水素のりんごのなかをかけてゐる)
りんごのなかをはしつてゐる
けれどもここはいつたいどこの停車
枕木を焼いてこさへた柵が立ち
   (八月の よるのしじまの 寒天凝膠アガアゼル
支手のあるいちれつの柱は
なつかしい陰影だけでできてゐる
黄いろなラムプがふたつ
せいたかくあをじろい駅長の
真鍮棒もみえなければ
じつは駅長のかげもないのだ
   (その大学の昆虫学の助手は
    こんな車室いつぱいの液体のなかで
    油のない赤をもじやもじやして
    かばんにもたれて睡つてゐる)
わたくしの汽車は北へ走つてゐるはずなのに
ここではみなみへかけてゐる
焼杭の柵はあちこち倒れ
はるかに黄いろの地平線
それはビーアのおりをよどませ
あやしいよるの 陽炎と
さびしい心意の明滅にまぎれ
水いろ川の水いろ駅
  (おそろしいあの水いろの空虚なのだ)
汽車の逆行は希求ききうの同時な相反性
こんなさびしい幻想から
わたくしははやく浮びあがらなければならない
そこらは青い孔雀のはねでいつぱい
真鍮の睡さうな脂肪酸にみち
車室の五つの電燈は
いよいよつめたく液化され
  (考へださなければならないことを
   わたくしはいたみやつかれから
   なるべくおもひださうとしない)
今日のひるすぎなら
けはしく光る雲のしたで
まつたくおれたちはあの重い赤いポムプを
ばかのやうに引つぱつたりついたりした
おれはその黄いろな服を着た隊長だ
だから睡いのはしかたない
  (おゝおまへオー ヅウ せはしいみちづれよアイリーガー ゲゼルレ
   どうかここから急いで去らないでくれアイレドツホ ニヒト フオン デヤ ステルレ
  ※(始め二重パーレン、1-2-54)尋常一年生 ドイツの尋常一年生※(終わり二重パーレン、1-2-55)
   いきなりそんな悪い叫びを
   投げつけるのはいつたいたれだ
   けれども尋常一年生だ
   夜中を過ぎたいまごろに
   こんなにぱつちり眼をあくのは
   ドイツの尋常一年生だ)
あいつはこんなさびしい停車場を
たつたひとりで通つていつたらうか
どこへ行くともわからないその方向を
どの種類の世界へはひるともしれないそのみちを
たつたひとりでさびしくあるいて行つたらうか
 (草や沼やです
  一本の木もです)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)ギルちやんまつさをになつてすわつてゐたよ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)こおんなにして眼は大きくあいてたけど
  ぼくたちのことはまるでみえないやうだつたよ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)ナーガラがね 眼をじつとこんなに赤くして
  だんだんをちひさくしたよ こんなに※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)し 環をお切り そら 手を出して※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)ギルちやん青くてすきとほるやうだつたよ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)鳥がね たくさんたねまきのときのやうに
  ばあつと空を通つたの
  でもギルちやんだまつてゐたよ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)お日さまあんまり変に飴いろだつたわねえ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)ギルちやんちつともぼくたちのことみないんだもの
  ぼくほんたうにつらかつた※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)さつきおもだかのとこであんまりはしやいでたねえ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)どうしてギルちやんぼくたちのことみなかつたらう
  忘れたらうかあんなにいつしよにあそんだのに※(終わり二重パーレン、1-2-55)
かんがへださなければならないことは
どうしてもかんがへださなければならない
とし子はみんなが死ぬとなづける
そのやりかたを通つて行き
それからさきどこへ行つたかわからない
それはおれたちの空間の方向ではかられない
感ぜられない方向を感じようとするときは
たれだつてみんなぐるぐるする
 ※(始め二重パーレン、1-2-54)耳ごうど鳴つてさつぱり聞けなぐなつたんちやい※(終わり二重パーレン、1-2-55)
さう甘えるやうに言つてから
たしかにあいつはじぶんのまはりの
眼にははつきりみえてゐる
なつかしいひとたちの声をきかなかつた
にはかに呼吸がとまり脈がうたなくなり
それからわたくしがはしつて行つたとき
あのきれいな眼が
なにかを索めるやうに空しくうごいてゐた
それはもうわたくしたちの空間を二度と見なかつた
それからあとであいつはなにを感じたらう
それはまだおれたちの世界の幻視をみ
おれたちのせかいの幻聴をきいたらう
わたくしがその耳もとで
遠いところから声をとつてきて
そらや愛やりんごや風 すべての勢力のたのしい根源
万象同帰のそのいみじい生物の名を
ちからいつぱいちからいつぱい叫んだとき
あいつは二へんうなづくやうに息をした
白い尖つたあごや頬がゆすれて
ちひさいときよくおどけたときにしたやうな
あんな偶然な顔つきにみえた
けれどもたしかにうなづいた
   ※(始め二重パーレン、1-2-54)ヘツケル博士!
    わたくしがそのありがたい証明の
    任にあたつてもよろしうございます※(終わり二重パーレン、1-2-55)
 仮睡硅酸かすゐけいさんの雲のなかから
凍らすやうなあんな卑怯な叫び声は……
 (宗谷海峡を越える晩は
  わたくしは夜どほし甲板に立ち
  あたまは具へなく陰湿の霧をかぶり
  からだはけがれたねがひにみたし
  そしてわたくしはほんたうに挑戦しよう)
たしかにあのときはうなづいたのだ
そしてあんなにつぎのあさまで
胸がほとつてゐたくらゐだから
わたくしたちが死んだといつて泣いたあと
とし子はまだまだこの世かいのからだを感じ
ねつやいたみをはなれたほのかなねむりのなかで
ここでみるやうなゆめをみてゐたかもしれない
そしてわたくしはそれらのしづかな夢幻が
つぎのせかいへつゞくため
明るいいゝ匂のするものだつたことを
どんなにねがふかわからない
ほんたうにその夢の中のひとくさりは
かん護とかなしみとにつかれて睡つてゐた
おしげ子たちのあけがたのなかに
ぼんやりとしてはひつてきた
※(始め二重パーレン、1-2-54)黄いろな花こ おらもとるべがな※(終わり二重パーレン、1-2-55)
たしかにとし子はあのあけがたは
まだこの世かいのゆめのなかにゐて
落葉の風につみかさねられた
野はらをひとりあるきながら
ほかのひとのことのやうにつぶやいてゐたのだ
そしてそのままさびしい林のなかの
いつぴきの鳥になつただらうか
I'estudiantina を風にききながら
水のながれる暗いはやしのなかを
かなしくうたつて飛んで行つたらうか
やがてはそこに小さなプロペラのやうに
音をたてて飛んできたあたらしいともだちと
無心のとりのうたをうたひながら
たよりなくさまよつて行つたらうか
   わたくしはどうしてもさう思はない
なぜ通信が許されないのか
許されてゐる そして私のうけとつた通信は
母が夏のかん病のよるにゆめみたとおなじだ
どうしてわたくしはさうなのをさうと思はないのだらう
それらひとのせかいのゆめはうすれ
あかつきの薔薇いろをそらにかんじ
あたらしくさはやかな感官をかんじ
日光のなかのけむりのやうなうすものをかんじ
かがやいてほのかにわらひながら
はなやかな雲やつめたいにほひのあひだを
交錯するひかりの棒を過ぎり
われらが上方とよぶその不可思議な方角へ
それがそのやうであることにおどろきながら
大循環の風よりもさはやかにのぼつて行つた
わたくしはその跡をさへたづねることができる
そこに碧い寂かな湖水の面をのぞみ
あまりにもそのたひらかさとかがやきと
未知な全反射の方法と
さめざめとひかりゆすれる樹の列を
ただしくうつすことをあやしみ
やがてはそれがおのづから研かれた
天の瑠璃の地面と知つてこゝろわななき
紐になつてながれるそらの楽音
また瓔珞やあやしいうすものをつけ
移らずしかもしづかにゆききする
巨きなすあしの生物たち
遠いほのかな記憶のなかの花のかをり
それらのなかにしづかに立つたらうか
それともおれたちの声を聴かないのち
暗紅色の深くもわるいがらん洞と
意識ある蛋白質の砕けるときにあげる声
亜硫酸や笑気せうきのにほひ
これらをそこに見るならば
あいつはその中にまつ青になつて立ち
立つてゐるともよろめいてゐるともわからず
頬に手をあててゆめそのもののやうに立ち
(わたくしがいまごろこんなものを感ずることが
いつたいほんたうのことだらうか
わたくしといふものがこんなものをみることが
いつたいありうることだらうか
そしてほんたうにみてゐるのだ)と
斯ういつてひとりなげくかもしれない……
わたくしのこんなさびしい考は
みんなよるのためにできるのだ
夜があけて海岸へかかるなら
そして波がきらきら光るなら
なにもかもみんないいかもしれない
けれどもとし子の死んだことならば
いまわたくしがそれを夢でないと考へて
あたらしくぎくつとしなければならないほどの
あんまりひどいげんじつなのだ
感ずることのあまり新鮮にすぎるとき
それをがいねん化することは
きちがひにならないための
生物体の一つの自衛作用だけれども
いつでもまもつてばかりゐてはいけない
ほんたうにあいつはここの感官をうしなつたのち
あらたにどんなからだを得
どんな感官をかんじただらう
なんべんこれをかんがへたことか
むかしからの多数の実験から
倶舎がさつきのやうに云ふのだ
二度とこれをくり返してはいけない
おもては軟玉なんぎよくと銀のモナド
半月の噴いた瓦斯でいつぱいだ
巻積雲けんせきうんのはらわたまで
月のあかりはしみわたり
それはあやしい蛍光板けいくわうばんになつて
いよいよあやしい苹果の匂を発散し
なめらかにつめたい窓硝子さへ越えてくる
青森だからといふのではなく
大てい月がこんなやうな暁ちかく
巻積雲にはひるとき……
     ※(始め二重パーレン、1-2-54)おいおい あの顔いろは少し青かつたよ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
だまつてゐろ
おれのいもうとの死顔が
まつ青だらうが黒からうが
きさまにどう斯う云はれるか
あいつはどこへ堕ちようと
もう無上道に属してゐる
力にみちてそこを進むものは
どの空間にでも勇んでとびこんで行くのだ
ぢきもう東の鋼もひかる
ほんたうにけふの……きのふのひるまなら
おれたちはあの重い赤いポムプを……
     ※(始め二重パーレン、1-2-54)もひとつきかせてあげよう
      ね じつさいね
      あのときの眼は白かつたよ
      すぐ瞑りかねてゐたよ※(終わり二重パーレン、1-2-55)
まだいつてゐるのか
もうぢきよるはあけるのに
すべてあるがごとくにあり
かゞやくごとくにかがやくもの
おまへの武器やあらゆるものは
おまへにくらくおそろしく
まことはたのしくあかるいのだ
     ※(始め二重パーレン、1-2-54)みんなむかしからのきやうだいなのだから
      けつしてひとりをいのつてはいけない※(終わり二重パーレン、1-2-55)
ああ わたくしはけつしてさうしませんでした
あいつがなくなつてからあとのよるひる
わたくしはただの一どたりと
あいつだけがいいとこに行けばいいと
さういのりはしなかつたとおもひます
(一九二三、八、一)


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  オホーツク挽歌


海面は朝の炭酸のためにすつかり銹びた
緑青ろくしやうのとこもあれば藍銅鉱アズライトのとこもある
むかふの波のちゞれたあたりはずゐぶんひどい瑠璃液るりえき
チモシイの穂がこんなにみじかくなつて
かはるがはるかぜにふかれてゐる
  (それは青いいろのピアノの鍵で
   かはるがはる風に押されてゐる)
あるいはみじかい変種だらう
しづくのなかに朝顔が咲いてゐる
モーニンググローリのそのグローリ
  いまさつきの曠原風の荷馬車がくる
  年老つた白い重挽馬は首を垂れ
  またこの男のひとのよさは
  わたくしがさつきあのがらんとした町かどで
  浜のいちばん賑やかなとこはどこですかときいた時
  そつちだらう 向ふには行つたことがないからと
  さう云つたことでもよくわかる
  いまわたくしを親切なよこ目でみて
   (その小さなレンズには
    たしか樺太の白い雲もうつつてゐる)
朝顔よりはむしろ牡丹ピオネアのやうにみえる
おほきなはまばらの花だ
まつ赤な朝のはまなすの花です
 ああこれらのするどい花のにほひは
 もうどうしても 妖精のしわざだ
 無数の藍いろの蝶をもたらし
 またちひさな黄金の槍の穂
 軟玉の花瓶や青い簾
それにあんまり雲がひかるので
たのしく激しいめまぐるしさ
   馬のひづめの痕が二つづつ
   ぬれて寂まつた褐砂の上についてゐる
   もちろん馬だけ行つたのではない
   広い荷馬車のわだちは
   こんなに淡いひとつづり
波の来たあとの白い細い線に
小さな蚊が三疋さまよひ
またほのぼのと吹きとばされ
貝殻のいぢらしくも白いかけら
萱草の青い花軸が半分砂に埋もれ
波はよせるし砂を巻くし


白い片岩類の小砂利に倒れ
波できれいにみがかれた
ひときれの貝殻を口に含み
わたくしはしばらくねむらうとおもふ
なぜならさつきあの熟した黒い実のついた
まつ青なこけももの上等の敷物カーペツト
おほきな赤いはまばらの花と
不思議な釣鐘草ブリーベルとのなかで
サガレンの朝の妖精にやつた
透明なわたくしのエネルギーを
いまこれらの濤のおとや
しめつたにほひのいい風や
雲のひかりから恢復しなければならないから
それにだいいちいまわたくしの心象は
つかれのためにすつかり青ざめて
眩ゆい緑金にさへなつてゐるのだ
日射しや幾重の暗いそらからは
あやしい鑵鼓の蕩音さへする


わびしい草穂やひかりのもや
緑青ろくしやうは水平線までうららかに延び
雲の累帯構造のつぎ目から
一きれのぞく天の青
強くもわたくしの胸は刺されてゐる
それらの二つの青いいろは
どちらもとし子のもつてゐた特性だ
わたくしが樺太のひとのない海岸を
ひとり歩いたり疲れて睡つたりしてゐるとき
とし子はあの青いところのはてにゐて
なにをしてゐるのかわからない
とゞ松やえぞ松の荒さんだ幹や枝が
ごちやごちや漂ひ置かれたその向ふで
波はなんべんも巻いてゐる
その巻くために砂が湧き
潮水はさびしく濁つてゐる
 (十一時十五分 その蒼じろく光る盤面ダイアル
鳥は雲のこつちを上下する
ここから今朝舟が滑つて行つたのだ
砂に刻まれたその船底の痕と
巨きな横の台木のくぼみ
それはひとつの曲つた十字架だ
幾本かの小さな木片で
HELL と書きそれを LOVE となほし
ひとつの十字架をたてることは
よくたれでもがやる技術なので
とし子がそれをならべたとき
わたくしはつめたくわらつた
  (貝がひときれ砂にうづもれ
   白いそのふちばかり出てゐる)
やうやく乾いたばかりのこまかな砂が
この十字架の刻みのなかをながれ
いまはもうどんどん流れてゐる
海がこんなに青いのに
わたくしがまだとし子のことを考へてゐると
なぜおまへはそんなにひとりばかりの妹を
悼んでゐるかと遠いひとびとの表情が言ひ
またわたくしのなかでいふ
 (Casual observer ! Superficial traveler !)
空があんまり光ればかへつてがらんと暗くみえ
いまするどい羽をした三羽の鳥が飛んでくる
あんなにかなしく啼きだした
なにかしらせをもつてきたのか
わたくしの片つ方のあたまは痛く
遠くなつた栄浜の屋根はひらめき
鳥はただ一羽硝子笛を吹いて
玉髄の雲に漂つていく
町やはとばのきららかさ
その背のなだらかな丘陵の鴾いろは
いちめんのやなぎらんの花だ
爽やかな苹果青りんごせいの草地と
黒緑とどまつの列
 (ナモサダルマプフンダリカサスートラ)
五匹のちひさないそしぎが
海の巻いてくるときは
よちよちとはせて遁げ
 (ナモサダルマプフンダリカサスートラ)
浪がたひらにひくときは
砂の鏡のうへを
よちよちとはせてでる
(一九二三、八、四)



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