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『春と修羅』(『はるとしゅら』)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数1520 更新时间:2006/10/29 16:37:38 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

     目次

『春と修羅』
 序
春と修羅
 屈折率
 くらかけの雪
 日輪と太市
 丘の眩惑
 カーバイト倉庫
 コバルト山地
 ぬすびと
 恋と病熱
 春と修羅
 春光呪咀
 有明
 谷
 陽ざしとかれくさ
 雲の信号
 風景
 習作
 休息
 おきなぐさ
 かはばた
真空溶媒
 真空溶媒
 蠕虫舞手アンネリダタンツエーリン
小岩井農場
 小岩井農場
グランド電柱
 林と思想
 霧とマツチ
 芝生
 青い槍の葉
 報告
 風景観察官
 岩手山
 高原
 印象
 高級の霧
 電車
 天然誘接
 原体剣舞連はらたいけんばひれん
 グランド電柱
 山巡査
 電線工夫
 たび人
 竹と楢
 銅線
 滝沢野
東岩手火山
 東岩手火山
 犬
 マサニエロ
 栗鼠と色鉛筆
無声慟哭
 永訣の朝
 松の針
 無声慟哭
 風林
 白い鳥
オホーツク挽歌
 青森挽歌
 オホーツク挽歌
 樺太鉄道
 鈴谷平原
 噴火湾(ノクターン)
風景とオルゴール
 不貪慾戒
 雲とはんのき
 宗教風の恋
 風景とオルゴール
 風の偏倚
 昴
 第四梯形
 火薬と紙幣
 過去情炎
 一本木野
 鎔岩流
 イーハトヴの氷霧
 冬と銀河ステーシヨン


[#改丁、ページの左右中央に]



     心象スケツチ
      春と修羅
         大正十一、二年



[#改丁]



  序


わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

これらは二十二箇月の
過去とかんずる方角から
紙と鉱質インクをつらね
(すべてわたくしと明滅し
 みんなが同時に感ずるもの)
ここまでたもちつゞけられた
かげとひかりのひとくさりづつ
そのとほりの心象スケツチです

これらについて人や銀河や修羅や海胆は
宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら
それぞれ新鮮な本体論もかんがへませうが
それらも畢竟こゝろのひとつの風物です
たゞたしかに記録されたこれらのけしきは
記録されたそのとほりのこのけしきで
それが虚無ならば虚無自身がこのとほりで
ある程度まではみんなに共通いたします
(すべてがわたくしの中のみんなであるやうに
 みんなのおのおののなかのすべてですから)

けれどもこれら新生代沖積世の
巨大に明るい時間の集積のなかで
正しくうつされた筈のこれらのことばが
わづかその一点にも均しい明暗のうちに
  (あるいは修羅の十億年)
すでにはやくもその組立や質を変じ
しかもわたくしも印刷者も
それを変らないとして感ずることは
傾向としてはあり得ます
けだしわれわれがわれわれの感官や
風景や人物をかんずるやうに
そしてたゞ共通に感ずるだけであるやうに
記録や歴史 あるいは地史といふものも
それのいろいろの論料データといつしよに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじてゐるのに過ぎません
おそらくこれから二千年もたつたころは
それ相当のちがつた地質学が流用され
相当した証拠もまた次次過去から現出し
みんなは二千年ぐらゐ前には
青ぞらいつぱいの無色な孔雀が居たとおもひ
新進の大学士たちは気圏のいちばんの上層
きらびやかな氷窒素のあたりから
すてきな化石を発掘したり
あるいは白堊紀砂岩の層面に
透明な人類の巨大な足跡を
発見するかもしれません

すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます



     大正十三年一月廿日
宮沢賢治


[#改丁、ページの左右中央に]



       春と修羅



[#改ページ]



  屈折率


七つ森のこつちのひとつが
水の中よりもつと明るく
そしてたいへん巨きいのに
わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ
このでこぼこの雪をふみ
向ふの縮れた亜鉛あえんの雲へ
陰気な郵便脚夫きやくふのやうに
  (またアラツデイン 洋燈ラムプとり)
急がなければならないのか
(一九二二、一、六)


[#改ページ]



  くらかけの雪


たよりになるのは
くらかけつづきの雪ばかり
野はらもはやしも
ぽしやぽしやしたりくすんだりして
すこしもあてにならないので
ほんたうにそんな酵母かうぼのふうの
おぼろなふぶきですけれども
ほのかなのぞみを送るのは
くらかけ山の雪ばかり
  (ひとつの古風こふうな信仰です)
(一九二二、一、六)


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  日輪と太市


日は今日は小さな天の銀盤で
雲がそのめん
どんどん侵してかけてゐる
吹雪フキも光りだしたので
太市は毛布けつとの赤いズボンをはいた
(一九二二、一、九)


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  丘の眩惑


ひとかけづつきれいにひかりながら
そらから雪はしづんでくる
でんしんばしらの影の※(「(靜-爭)+定」、第4水準2-91-94)インデイゴ
ぎらぎらの丘の照りかへし

  あすこの農夫の合羽かつぱのはじが
  どこかの風に鋭く截りとられて来たことは
  一千八百十年だい
  佐野喜の木版に相当する

野はらのはてはシベリヤの天まつ
土耳古玉製玲瓏ぎよくせいれいろうのつぎ目も光り
    (お日さまは
     そらの遠くで白い火を
     どしどしお焚きなさいます)

笹の雪が
燃え落ちる 燃え落ちる
(一九二二、一、一二)


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  カーバイト倉庫


まちなみのなつかしい灯とおもつて
いそいでわたくしは雪と蛇紋岩サーベンタインとの
山峡さんけふをでてきましたのに
これはカーバイト倉庫の軒
すきとほつてつめたい電燈です
  (薄明はくめいどきのみぞれにぬれたのだから
   巻烟草に一本火をつけるがいい)
これらなつかしさの擦過は
寒さからだけ来たのでなく
またさびしいためからだけでもない
(一九二二、一、一二)


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  コバルト山地


コバルト山地さんち氷霧ひようむのなかで
あやしい朝の火が燃えてゐます
毛無森けなしのもりのきり跡あたりの見当けんたうです
たしかにせいしんてきの白い火が
水より強くどしどしどしどし燃えてゐます
(一九二二、一、二二)


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  ぬすびと


青じろい骸骨星座のよあけがた
凍えた泥のらん反射をわたり
店さきにひとつ置かれた
提婆のかめをぬすんだもの
にはかにもその長く黒い脚をやめ
二つの耳に二つの手をあて
電線のオルゴールを聴く
(一九二二、三、二)


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  恋と病熱


けふはぼくのたましひは疾み
からすさへ正視ができない
 あいつはちやうどいまごろから
 つめたい青銅ブロンヅの病室で
 透明薔薇ばらの火に燃される
ほんたうに けれども妹よ
けふはぼくもあんまりひどいから
やなぎの花もとらない
(一九二二、三、二〇)


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  春と修羅
    (mental sketch modified)


心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂曲てんごく模様
(正午の管楽くわんがくよりもしげく
 琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
つばきし はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
砕ける雲の眼路めぢをかぎり
 れいろうの天の海には
  聖玻璃せいはりの風が行き交ひ
   ZYPRESSEN 春のいちれつ
    くろぐろと光素エーテルを吸ひ
     その暗い脚並からは
      天山の雪の稜さへひかるのに
      (かげろふの波と白い偏光)
      まことのことばはうしなはれ
     雲はちぎれてそらをとぶ
    ああかがやきの四月の底を
   はぎしり燃えてゆききする
  おれはひとりの修羅なのだ
  (玉髄の雲がながれて
   どこで啼くその春の鳥)
  日輪青くかげろへば
    修羅は樹林に交響し
     陥りくらむ天の椀から
      黒い木の群落が延び
       その枝はかなしくしげり
      すべて二重の風景を
     喪神の森の梢から
    ひらめいてとびたつからす
    (気層いよいよすみわたり
     ひのきもしんと天に立つころ)
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSEN しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
 修羅のなみだはつちにふる)

あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ
※(始め二重パーレン、1-2-54)一九二二、四、八※(終わり二重パーレン、1-2-55)


[#改ページ]



  春光呪咀


いつたいそいつはなんのざまだ
どういふことかわかつてゐるか
髪がくろくてながく
しんとくちをつぐむ
ただそれつきりのことだ
  春は草穂にぼう
  うつくしさは消えるぞ
    (ここは蒼ぐろくてがらんとしたもんだ)
頬がうすあかく瞳の茶いろ
ただそれつきりのことだ
       (おおこのにがさ青さつめたさ)
(一九二二、四、一〇)


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  有明


起伏の雪は
あかるい桃の漿しるをそそがれ
青ぞらにとけのこる月は
やさしく天に咽喉のどを鳴らし
もいちど散乱のひかりを呑む
  (波羅僧羯諦ハラサムギヤテイ 菩提ボージユ 薩婆訶ソハカ
(一九二二、四、一三)


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  谷


ひかりの澱
三角ばたけのうしろ
かれ草層の上で
わたくしの見ましたのは
顔いつぱいに赤い点うち
硝子やう鋼青のことばをつかつて
しきりに歪み合ひながら
何か相談をやつてゐた
三人の妖女たちです
(一九二二、四、二〇)


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  陽ざしとかれくさ


    どこからかチーゼルが刺し
    くわうパラフヰンの 蒼いもや
    わをかく わを描く からす
    烏の軋り……からす器械……
(これはかはりますか)
(かはります)
(これはかはりますか)
(かはります)
(これはどうですか)
(かはりません)
(そんなら おい ここに
 雲の棘をもつて来い はやく)
(いゝえ かはります かはります)
    ………………………刺し
    光パラフヰンの蒼いもや
    わをかく わを描く からす
    からすの軋り……からす機関
(一九二二、四、二三)


[#改ページ]



  雲の信号


あゝいゝな せいせいするな
風が吹くし
農具はぴかぴか光つてゐるし
山はぼんやり
岩頸がんけいだつて岩鐘がんしようだつて
みんな時間のないころのゆめをみてゐるのだ
  そのとき雲の信号は
  もう青白い春の
  禁慾のそら高くかかげられてゐた
山はぼんやり
きつと四本杉には
今夜は雁もおりてくる
(一九二二、五、一〇)



[#改ページ]

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