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饑餓陣営(きがじんえい)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-29 15:46:18 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语

人物 バナナン大将。
   特務曹長そうちょう
   曹長、
   兵士、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。
場処 不明なるも劇中マルトン原と呼ばれたり。
時  不明。

幕あく。
砲弾ほうだんにて破損せる古き穀倉の内部、からくも全滅ぜんめつまぬかれしバナナン軍団、マルトン原の臨時幕営ばくえい
右手より曹長先頭にて兵士一、二、三、四、五、登場、一列四壁しへきに沿いて行進。
曹長「一時半なのにどうしたのだろう。
バナナン大将はまだやってこない
胃時計ストマクウオッチはもう十時なのに
バナナン大将は帰らない。」
正面壁に沿い左向き足踏あしぶみ。
銅鑼どらの音)
左手より、特務曹長ならびに兵士六、七、八、九、十 五人登場、一列、壁に沿いて行進、右隊足踏みつつ挙手の礼 左隊答礼。
特務曹長「もう二時なのにどうしたのだろう、
バナナン大将はまだ来ていない
ストマクウオッチはもう十時なのに
バナナン大将は帰らない。」
左隊右壁に沿い足踏み(銅鑼)
曹長特務曹長(たがいに進み寄り足踏みつつうたう)
糧食りょうしょくはなし 四月の寒さ
ストマクウオッチももうめちゃめちゃだ。」
合唱「どうしたのだろう、バナナン大将
もう一遍いっぺんだけ 見て来よう。」別々に退場
銅鑼どら
右隊登場、すべて始めのごとし。可成かなりつかれたり。
曹長「もう四時なのにどうしたのだろう、
バナナン大将はまだ来ていない
もう四時なのにどうしたのだろう。
バナナン大将は帰らない。」
左隊登場
「もう四時半なのにどうしたのだろう、
バナナン大将はまだ来ていない
もう五時なのにどうしたのだろう
バナナン大将は 帰らない。」
(銅鑼)
曹長特務曹長
「大将ひとりでどこかの並木なみき
苹果りんごたたいているかもしれない
大将いまごろどこかのはたけで
人蔘にんじんガリガリ んでるぞ。」
(銅鑼)
右隊入場、いちじるしく疲れかろうじて歩行す。
曹長「七時半なのにどうしたのだろう
バナナン大将はまだ来ていない
七時半なのにどうしたのだろう
バナナン大将は 帰らない。」
左隊登場 最つかれたり。
曹長特務曹長
「もう八時なのにどうしたのだろう
バナナン大将は まだ来ていない。
もう八時なのにどうしたのだろう
バナナン大将は 帰らない。」
(銅鑼)
立てるもの合唱(きれぎれに)
「いくさで死ぬならあきらめもするが
いまごろえて死にたくはない
ああただひときれこの世のなごりに
バナナかなにかを 食いたいな。」
(共にたおる)(銅鑼どら
バナナン大将登場。バナナのエボレットをかざ菓子かし勲章くんしょうを胸にみたせり。
バナナン大将
「つかれたつかれたすっかりつかれた
あしはまるっきり 二本のステッキ
いったいすこぅし飲み過ぎたのだし
馬肉もあんまり食いすぎた。」
さけぶ。)「何だ。まっくらじゃないか。今ごろになってまだあかりもけんのか。」
兵士等辛うじて立ちあがり挙手の礼。
大将「あかりをつけろ、間抜まぬけめ。」
曹長点燈す。兵士等大将のエボレット勲章等を見て食せんとするの衝動しょうどうはなはだし。
大将「間抜けめ、どれもみんなまるでどろ人形だ。」
脚を重ねて椅子いすに座す。ポケットより新聞と老眼鏡とを取り出し殊更ことさらに顔をしかめつつこれを読む。しきりにゲップす。やがてねむる。
曹長(低く。)「大将の勲章は実にうまそうだなあ。」
特務曹長「それは甘そうだ。」
曹長「食べるというわけには行かないものでありますか。」
特務曹長「それはけだしいかない。軍人が名誉めいよある勲章を食ってしまうという前例はない。」
曹長「食ったらどうなるのでありますか。」
特務曹長「軍法会議だ。それから銃殺じゅうさつにきまっている。」間、兵卒一同再び倒る。
曹長(おもてをあぐ。)「上官。私は決心いたしました。この饑餓陣営の中にきましては最早もはや私共の運命はさだまってあります。戦争のためにでなく飢餓の為に全滅ぜんめつするばかりであります。かの巨大なるバナナン軍団のただ十六人の生存者われわれもまた死ぬばかりであります。この際私が将軍の勲章とエボレットとをぬすみこれを食しますれば私共は死ななくても済みます。そして私はその責任を負って軍法会議にかかりまた銃殺されようと思います。」
特務曹長「曹長、よくってれた。貴様だけは殺さない。おれもきっと一緒いっしょに行くぞ。十の生命の代りに二人の命を投げ出そう。よし。さあやろう。集まれっ。気を付けっ。右ぃおい。直れっ。番号。」
兵士「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、」
特務曹長「よし。閣下はまだおやすみだ。いいか。われわれは軍律上少しく変則ではあるがこれから食事を始める。」兵士よろこぶ。
曹長(一足進む。)
特務曹長「いや、盗むというのはいかん。もっと正々堂々とやらなくちゃいけない。いいか。おれがやろう。」
特務曹長バナナン大将の前に進み直立す。曹長以下これに従い一列にならぶ。
特務曹長(挙手、叫ぶ。)「閣下!」
バナナン大将(おもむろを開く。)「何じゃ、そうぞうしい。」
特務曹長「閣下の御勲功は実に四海を照すのであります。」
大将「ふん、それはよろしい。」
特務曹長「閣下の御名誉はすなわち私共の名誉であります。」
大将「うん。それはよろしい。」
特務曹長「閣下の勲章はみな実に立派であります。私共は閣下の勲章をあおぎますごとに実に感激かんげきしてなみだがでたりのどが鳴ったりするのであります。」
大将「ふん、それはそうじゃろう。」
特務曹長「しかるに私共はいまだ不幸にしてその機会を得ず充分じゅうぶん適格に閣下の勲章を拝見するの光栄を所有しなかったのであります。」
大将「それはそうじゃ、今まではいそがしかったじゃからな。」
特務曹長「閣下。この機会をもちまして私共一同にとくとお示しを得たいものであります。」
大将「それはよろしい。どの勲章を見たいのだ。」
特務曹長「一番大きなやつから。」
大将「これが一番大きいじゃ。ロンテンプナルール勲章じゃ。」胸より最大なる勲章を外し特務曹長にわたす。
特務曹長「これはどの戦役せんえきでご受領なされたのでありますか。」
大将「印度インド戦争だ。」
特務曹長「このまん中の青い所はほんもののザラメでありますか。」
大将「ほんとうのザラメとも。」
特務曹長「実に立派であります。」(曹長に渡す。曹長兵卒一に渡す。兵卒一直ちにこれを嚥下えんかす。)
特務曹長「次のは何でありますか。」
大将「ファンテプラーク章じゃ。」外す。
特務曹長「あまり光って眼がくらむようであります。」
大将「そうじゃ。それは支那しな戦のニコチン戦役にもらったのじゃ。」
特務曹長「立派であります。」
大将「それはそうじゃろう」(兵卒二これを嚥下す。)
大将「どうじゃ、これはチベット戦争じゃ。」
特務曹長「なるほど西蔵チベット馬のしるしがついてります。」(兵卒三これを嚥下す。)
大将「これは普仏ふふつ戦争じゃ、」
特務曹長「なるほどナポレオンポナパルドの首のしるしがついて居ります。しかし閣下は普仏戦争に御参加になりましたのでありますか。」
大将「いいや、六十銭で買ったよ。」
特務曹長「なるほど、実に立派であります。六十銭では安すぎます。」
大将「うん、」(兵卒四これを嚥下す。)
特務曹長「その次の勲章はどれでありますか。」
大将「これじゃ、」
特務曹長「これはどちらからおくられたのでありますか。」
大将「それはアメリカだ。ニュウヨウクのメリケン粉株式会社から贈られたのだ。」
特務曹長「そうでありますか。おどろくべきであります。」
(兵卒五これを嚥下す。)
特務曹長「次はどれでありますか。」
大将「これじゃ、」
特務曹長「実にめずらしくあります。やはり支那戦争でありますか。」
大将「いいや。支那の大将とぶたを五ひきでとりかえたのじゃ。」
特務曹長「なるほど、ハムサンドウィッチですな。」(兵卒六これを嚥下す。)
大将「これはどうじゃ。」
特務曹長「立派であります。何勲章でありますか。」
大将「むすこからとりかえしたのじゃ。」(兵卒七嚥下。)
特務曹長「その次は、」
大将「これはモナコ王国においてばくちの番をしたときもらったのじゃ。」
特務曹長「はあ実におそれ入ります。」(兵卒八嚥下。)
大将「これはどうじゃ。」
特務曹長「どこの勲章でありますか。」
大将「手製じゃ手製じゃ。わしがこさえたのじゃ。」
特務曹長「なるほど、立派なお作であります。次のを拝見ねがいます。」(兵卒九嚥下。)
大将「これはなアフガニスタンでマラソン競争をやってとったのじゃ。」(兵卒十嚥下。)
特務曹長「なるほど次はどれでありますか。」



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