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寒山落木 巻一(かんざんらくぼく まきいち)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-26 9:13:03 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


春 動物

乕といふ仇名の猫ぞ戀の邪魔
のら猫も女の聲はやさしとや
こひ猫や何の思ひを忍びあし
戀猫や物干竿の丸木橋
朧夜になりてもひさし猫の戀
飼猫や思ひのたけを鳴あかし
猫のこひ巨燵をふんで忍ひけり
戀猫にふまれてすて子泣にけり
白魚かそも/\氷のかげなるか
蝶/\や順禮の子のおくれがち
白魚やそめ物洗ふすみた川
競吟 鶯や籔の隅には去年の雪[#「競吟」は上部に出ている]
せり吟 雲雀野や花嫁鞍にしがみつく[#「せり吟」は上部に出ている]
鶯や雜木つゞきの小篠原
蝶/\やをさな子つまむ馬の沓
ぎやう/\し田螺おさへてなく蛙
鶯や籔わけ入れは乞食小屋
鶯やみあかしのこる杉の杜
鶯の影とびこむや皮文庫
壁ぬりの小手先すかすつばめ哉
鹿の角ふりむく時に落にけり
はきだめやひた/\水に鳴蛙
樋(ヒ)の口にせかれて鳴や夕蛙
雪院の月に蛙を聞く夜哉
(秋季)雀ともばけぬ御代なり大蛤[#「(秋季)」は上部に出ている]
迷ひ行く胡蝶哀れや小松原
          なごりイ
飯蛸の手をひろげたる檐端哉
         り檐の花イ
[#「なごりイ」は「檐端哉」の右側に、「り檐の花イ」は左側に、注記するような形で]
鹿の角落てさびしき月夜哉
五ツ六ツかたまつてとぶ胡蝶哉
小川からぬれて蛙の上りけり
風に來て石臼たのむ胡蝶哉
竹藪や鶯の鳴く窓二つ
竹椽を踏みわる猫の思ひ哉
歸る雁風船玉の行方哉
うか/\と來て鶯を迯しけり
とろ/\と左官眠るや燕
すう/\と鳥雲に入てしまひけり
この頃の月に肥えたる白魚哉
ある時は月にころがる田螺哉
長町のかどや燕の十文字

【石手川出合渡】
若鮎の二手になりて上りけり

【松山堀端】
門しめに出て聞て居る蛙かな

【八幡】
鷹鳩になる此頃の朧かな
大佛を取て返すや燕
燕や二つにわれし尾のひねり

【乞食】
蝶ふせた五器は缺けたり面白や
燕の何聞くふりぞ電信機
牛若をたとへて見れば小鮎哉
盜人の晝寐の上や揚雲雀
濁り江の闇路をたどる白魚哉
鐵門に爪の思ひや廓の猫
子に鳴いて見せるか雉の高調子
行き/\てひらりと返す燕哉
さかさまに何の梦見る草の蝶
五器の飯ほとびる猫の思ひかや
鶯の筧のみほす雪解哉
白魚は雫ばかりの重さ哉

〔春 植物〕

ちりはてゝ花も地をはふ日永哉
飯章魚の花に死んだるほまれ哉
恐ろしき女も出たる花見哉
娘おす膝行車の花見かな
ふつ/\と彼岸櫻の莟哉
花守の烏帽子かけたる櫻哉
猿引は猿に折らする櫻哉
町はつれ櫻/\と子供哉
谷底に樵夫の動く櫻かな
もや/\とかたまる岨の櫻かな
殿方に手をひかれたる花見哉
白馬の一騎かけたり朝櫻
夜櫻や蒔繪に似たる三日の月
ちることは禿もしらず夕櫻
別莊の注進來たりはつ櫻
大かたの枯木の中や初櫻
夕くれを背戸へ見に行櫻哉
花さかり月に雨もつよもすから
夜櫻の中に火ともす小家哉
夜櫻や露ちりかゝる辻行燈
小娘のからかささすやちる櫻
山鳥の木玉すさまし花の奧
白桃の櫻にまじる青さ哉
土器に花のひツつく神酒(ヲミキ)哉
籠一ツ花を押きる夜明哉
わびしらに櫻ちるなり緋の袴
競吟 さゝ波のなりにちゝまる和布哉[#「競吟」は上部に出ている]
せり吟 藤の芽は花さきさうになかりけり[#「せり吟」は上部に出ている]
ほうけたるつくし陽炎になりもせん
せり吟 鍋墨を靜かになてる柳かな[#「せり吟」は上部に出ている]
 〃 万歳の鼓にひらく梅の花[#「〃」は上部に出ている]
山吹の中に 米つくよめ御かな
      顏出す臼のおと
[#「米つくよめ御かな顏出す臼のおと」は「山吹の中に」の下にポイントを下げて2行で]

木蓮花鐵燈籠の黒さかな
山櫻さく手際よりちる手際
花を見ぬ人の心そ恐ろしき
傾城の息酒くさし夕櫻
山吹や折/\はねる水の月
上ケ土のあひにわりなし蓮花草
苗代や籾をかぶつてなく蛙
苗代や月をおさえてなく蛙
妹が門つゝじをむしる別れ哉
山吹の垣にとなりはなかりけり
さゝやかな金魚の波や山つゝし
かけはしやあぶないとこに山つゝし
  の目にはさまりし にては如何
石橋に芽のすりきれる柳かな
[#「の目にはさまりし」は「に芽のすりきれる」の右側に、「にては如何」は「柳かな」の右側に、注記するような形で]
烏帽子着た人も見ゆるや嵯峨の花
乞食の嫁入にぎわし花の山
大木に喰ひついてさく梅の花
くひついて古木に咲や梅の花
[#「大木に」と「くひついて」の句の上には、この二つの句を括る波括弧あり]
片枝は磨鉢黒し梅の花
櫻ちる此時木魚猶はげし
紅梅や雪洞遠き長廊下
灰吹にした跡もあり落椿
一鞭に其數知れず落椿
いもうとの袂探れば椿哉

【十六日櫻】
孝行は筍よりも櫻かな

【西山山内神社】
西山の花に抱きつく涙哉

【伊豫太山寺】
菎蒻につゝじの名あれ太山寺
荒れにけり茅針まじりの市の坪

【椿神社】
賽錢のひゞきに落る椿かな

【松山】
古町より外側に古し梅の花
日うけよき水よき処初櫻

【松山】
白魚の又めぐりあふ若和布哉
梅ちらり/\と松の木の間哉
櫻より奧に桃さく上野哉
三日月のほのかに白し茅花の穗
此頃は井出の山吹面白し
瓦斯燈にかたよつて吹く柳哉

【山内神社】
西山に櫻一木のあるじ哉
紅梅や式部納言の話聲
花にさへぬす人の名のもの/\し
紅梅の一輪殘る兜かな
洋本の間にはさむ櫻かな
御白粉に白うよごれし菫かな
梅の花白きをもつてはじめとす
石炭の車ならぶや散る櫻
花の雲博覽會にかゝりけり

【上野】
黒門に丸の跡あり山さくら

【よし野】
醉ふて寐て夢に泣きけり山櫻
四斗樽を床几に花の木陰哉
井戸端の櫻ちりけり鍋の底
紅梅の可愛や雪の朝朗
花に來て花にこがるゝ夕哉
何程の事かあるべき花の雨
朝櫻駒のひづめのひや/\と
花ちるや人なき夜の葭簀茶屋
わびたりや小鍋にまじる雪若菜
はいつてはくゞつては出ては花の雲
家一つ花より上に見ゆるかな
しんとして露をこぼすや朝櫻
さん候いかさま花の都かな
花盛知らぬ男のいだきつく
茶屋もなく酒屋も見えず花一木
青海苔や水にさしこむ日の光

【四月十四日朝梦想】
骸骨となつて木陰の花見哉
梅若の夢をしづむる柳哉
梅正に綻びそむる紀元節
李の花に宮司の娵の端居哉
浪花津は海もうけたり梅の花
馬繋ぐ薄紅梅の戸口かな
紅梅に琴の音きほふ根岸哉
[#改頁]

廿五年 夏 時候 人事

どんよりと青葉にひかる卯月哉
金春(コンハル)や三味の袋も衣かへ
女房のとかくおくれる田植哉

【灌佛】
※坤をこねて見たれは佛かな
ちりこんだ杉の落葉や心ふと
ふんどしのいろさま/\や夕すゝみ
松原へ雪投げつけんふし詣
大川へ田舟押し出すすゝみ哉
一つつゝ流れ行きけり涼み舟
のりあげた舟に汐まつ涼み哉
氷室守花の都へといそき候
初産の髮みだしたる暑さ哉
松の木に吹つけらるゝ火串哉
ともし見て恐ろしき夜の嵐哉
夏やせの歌かきつける團扇哉
身動きに蠅のむらたつひるね哉
傘張は傘の陰なる晝寐かな
涼み場をこじきのしめる晝ね哉
花嫁の笠きて簔きて田植哉
涼しさや又川蝉の杭うつり
夏やせを肌みせぬ妹の思ひかな
留守の家にひとり燃たる蚊遣哉
夕風に疊はひ行く蚊やり哉
涼しさや眞桑投こむ水の音

【送別】
涼しさを手と手に放つ別れ哉
すゝしさやつられた龜のそら泳き
きぬ/\の朝ひやつくや竹婦人
竹奴梦に七賢と遊ひけり

【布袋螢狩の圖】
螢狩袋の中の闇夜かな

【訪得知翁】
涼しさや兩手になでる雪の鬚

【歸省】
母親に夏やせかくす團扇かな
ぬけ裏(ウラ)をぬけて川べのすゞみかな
烏帽子着て加茂の宮守涼みけり
早乙女やとる手かゝる手ひまもなき
さをとめのあやめを拔て戻りけり
早をと女に夏痩のなきたうとさよ
涼しさや闇のかたなる瀧の音

【京東山】
どこ見ても涼し神の灯佛の灯
すゝしさや笘舟笘を取はつし
一村は木の間にこもる卯月哉
虫干の塵や百年二百年
神に燈をあげて戻りの涼み哉
涼しさや客もあるじも眞裸
涼しさや音に立ちよる水車
涼しさや友よぶ蜑の磯づたひ
姫杉の眞赤に枯れしあつさ哉
松の木をぐるり/\と涼み哉
いさかひのくづれて門の涼み哉
梅干の雫もよわるあつさ哉
梅干や夕がほひらく屋根の上
雨乞や天にひゞけと打つ大鼓
雨乞や次第に近き雲の脚
打水やまだ夕立の足らぬ町

【鎌倉展覽會】
土用干うその鎧もならびけり
立よりて杉の皮はぐ涼み哉

【鎌倉大佛】
大佛にはらわたのなき涼しさよ

【稻村崎】
涼しさに海へなげこむ扇かな

【鎌倉宮土牢】
夏やせの御姿見ゆるくらさ哉
鎌倉は何とうたふか田植哥
涼しさに瓜ぬす人と話しけり
薄くらき奧に米つくあつさ哉
虫干や花見月見の衣の數
出陣に似たる日もあり土用干
松陰に蚤とる僧のすゞみ哉
早乙女の名を落しけり田草取
我先に穗に出て田草ぬかれけり
折々は田螺にぎりつ田草取

【邪淫戒】
早乙女の戀するひまもなかりけり

【飮酒戒】
灌佛や酒のみさうな※はなし
短夜は柳に足らぬつゝみ哉
一夜さは物も思ふて秋近し
朝顏の朝/\咲て秋近し
日ざかりに泡のわきたつ小溝哉
朝※のつるさき秋に屆きけり
夏痩をすなはち戀のはじめ哉
夏痩をなでつさすりつ一人哉
面白う紙帳をめぐる蚊遣哉
人形の鉾にゆらめくいさみ哉
籠枕頭の下に夜は明けぬ
蚊の口もまじりて赤き汗疣哉
川狩にふみこまれたる眞菰哉
御祓してはじめて夏のをしき哉
若殿の庖刀取て沖鱠
はね鯛を取て押えて沖鱠

【久松伯の歸京を送りまゐらせて】
波風や涼しき程に吹き申せ

【身内の老幼男女打ちつどひて】
鯛鮓や一門三十五六人
玉章を門でうけとる涼み哉
とも綱に蜑の子ならぶ游泳(オヨギ)哉
ぬれ髮を木陰にさばくおよぎ哉
藍刈や一里四方に木も見えす
藍刈るや誰が行末の紺しぼり
玉卷の芭蕉ゆるみし暑さ哉

【古白の女人形に題す】
汗かゝぬ女の肌の涼しさよ
溝川に小鮒ふまへし涼み哉
涼しさや花火ちりこむ水の音
夏やせの腮にいたし笠の紐
牛の尾の力も弱るあつさ哉
涼しさや風にさばける繩簾
おそろしや闇に亂るゝ鵜の篝
烟草のむひま旅人も來て早苗とれ
吸殼の水に音ある涼み哉
若竹や色もちあふて青簾
紫陽花に吸ひこむ松の雫哉
紫陽花にかぶせかゝるや今年竹
はら/\と風にはちくや鵜の篝
短夜や砂土手いそぐ小提灯
三津口を又一人行く袷哉
囚人の鎖ひきずるあつさ哉

【小栗神社】
朝夕に神きこしめす田歌かな

【永田村】
秋近き窓のながめや小富士松
涼しさや馬も海向く淡井阪
萱町や裏へまはれば青簾
蚊遣たく烟の中や垣生今津
打ちわくる水や一番二番町

【松山】
※が織り妹が縫ふて更衣
垣ごしや隣へくばる小鰺鮓
聾の拍子はづれや田植歌
飛び下りた梦も見る也不二詣
早少女の昔をかたれ小傾城
帷子や蝙蝠傘のかいき裏
陣笠を着た人もある田植哉
涼しさや母呂にかくるゝ後影
ふんどしも白うなりけり衣がへ
白無垢の一竿すゞし土用干
油繪の遠目にくもる五月かな
灌佛やうぶ湯の桶に波もなし
甲斐の雲駿河の雲や不二詣
涼めとて床几もて來る涼み哉
袂には鼻紙もなし更衣
御祓して歸るたもとに螢かな
月の出る裏へ/\と鵜舟哉
さをとめの泥をおとせば足輕し
空に入る身は輕げなりふし詣

【傾城の文書くかたに】
夏痩を見せまゐらせ度候かしく

夏 天文 地理

大粒になつてはれけり五月雨
一ツ家の背に
一枝は田にはしりこむ清水哉
[#「一ツ家の背に」は「一枝は田に」の右側に注記するような形で]
夕立や足たてかぬるめくら馬
梯や水にもおちず五月雨 改(梯や水より上を五月雨)
[#「(梯や水より上を五月雨)」は「改」の下にポイントを下げて2行で、カッコはその2行を括る形で]
五月雨や隅田を落す筏舟
一村は卯つ木も見えす青嵐
ふしつくは都ふきこす青嵐
はたごやに蠅うつ客や五月雨 渭橋の句に たれこめて蠅うつのみそ五月雨
[#「渭橋の句に たれこめて蠅うつのみそ五月雨」は「はたごやに蠅うつ客や五月雨」の下にポイントを下げて2行で]
眞黒に茄子ひかるや夏の月
夕立の露ころげあふ蓮哉
蚤蠅の里かけぬけて夏の山
おしあふてくる萍や五月晴
夕立の押へ付けたり茶の煙
ゆふだちにはりあふ宮の太鼓哉
木曾川に信濃の入梅の濁り哉
夏の月四條五條の夜半過
鱗ちる雜魚場のあとや夏の月
荷を揚る拍子ふけたり夏の月

【高濱延齡舘ニテ】
雪の間に小富士の風の薫りけり
はらわたにひやつく木曾の清水哉
菅笠の紐ぬらしたる清水哉
夕立に簔のいきたる筏かな
       まくるイ
夕立の見る/\過る白帆哉
[#「まくるイ」は「過る」の右側に注記するような形で]
君か代や親が所望の夏氷
夕立のはづれに青し安房上總 文字結 青[#「文字結 青」はポイントを下げる]
旅人の名をつけて行く清水かな

【呈破蕉先生】
夏草や君わけ行けば風薫る
夏の月紙帳の皺も浪と見よ
入梅晴の朝より高し雲の峰
横道を行けば果して清水哉
五月雨は藜の色を時雨けり
わびしさや藜にかゝる夏の月
むさしのや川上遠き雲の峯
夕立や算木崩れし卜屋算
山へ來て繪嶋近し青嵐
白芥のうしろの原や青嵐
そよ/\と山伏ふくや青嵐
梅雨晴の風に戻りし柳哉
夕立や板屋に崩す一あらし
一筋に烟草けぶるや青嵐
なか/\に裸急がず夏の雨
負ふた子の一人ぬれけり夏の雨
夕立や蛇の目の傘は思ひもの
五月雨や流しに青む苔の花
夕立や干したる衣の裏表
植ゑつけて月にわたせし青田哉

【松山】
城山の浮み上るや青嵐
踏みならす橘橋や風かをる
夕立や橋の下なる笑ひ聲
梅雨晴にさはるものなし一本木
五月雨や漁婦(タヽ)ぬれて行くかゝえ帶
掬ぶ手の甲に冷えつく清水哉
五月雨は杉にかたよる上野哉
金時も熊も來てのむ清水哉
五月雨に一筋白き幟かな
長靴のたけに餘るや梅雨の泥
鼓鳴る芝山内や五月晴
夕立をもみくづしけり卜屋算
五月雨にいよ/\青し木曾の川
五月雨の雲やちぎれてほとゝきす
谷底に見あげて涼し雲の峰
暮れかけて又日のさすや五月雨
野の道に撫子咲きぬ雲の峰
夕立に鷺の動かぬ青田かな
雲の峰に扇をかざす野中哉
むさし野に立ち並びけり雲の峰
夕立に古井の苔の匂ひかな
梅雨晴や朝日にけぶる杉の杜

【根岸】
五月雨やけふも上野を見てくらす

【六月十九日】
五月雨に御幸を拜む晴間哉

【送別】
招く手の裏を汐風かをりけり

夏 動物

時鳥上野をもとる※車の音
夕くれにのそ/\出たり蟇
ころがつて腹を見せたる鹿子哉
手の内に螢つめたき光かな
時鳥千本卒塔婆宵月夜
聞に出てぬれてもとるや閑古鳥
ちゞまれば廣き天地ぞ蝸牛

【待戀】
蚤と蚊に一夜やせたる思ひ哉
藺の花の中をぬひ/\螢哉
あとはかりあつて消けりなめくしり
世の中をまひ/\丸うまはりけり
菅笠の生國名のれほとゝきす
露となり螢となりて消にけり
浮世への筧一すぢ閑子鳥
どの村へかよふ筧そ閑子鳥
[#「浮世へ」と「どの村へ」の句の上には、この二つの句を括る波括弧あり]
すめはすむ人もありけり閑子鳥
並松やそれからそれへ閑子鳥
垣こえて雨戸をたゝくくゐな哉

【根岸】
水鷄叩き鼠答へて夜は明ぬ
谷間や屋根飛こゆるほとゝきす
鵜の首の蛇とも見えて恐ろしき
ある時は叩きそこなふ水鷄哉
一つ家を毎晩たゝく水※哉

【待戀】
我※を蚊にくはせたる思ひかな
蚊の聲の中に子の泣く伏屋哉
親の血を吸てとぶ蚊のにくさ哉
蚊の聲を分て出たり蟇
初蝉の聲ひきたらぬ夕日哉
雨の夜や浮巣めくりて鳰の啼

【破蕉先生の咄を夫人よりきゝて】
筆もつて寐たるあるじや時鳥
ある時は空を行きけり水すまし
提灯をふつて蚤とるかごや哉

【待戀】
灯ともして又夏虫をまつ夜哉

【歸郷】
故郷へ入る夜は月よほとゝきす
墓拜む間(ヒマ)を籔蚊の命哉

【述懷】
水無月の虚空に涼し時鳥

【殺生戒】
蠅憎し打つ氣になればよりつかず
叩けとて水鷄にとさすいほり哉
枝川や立ち別れ鳴く行々子
剖葦の聲の嵐や捨小舟
よしきりの聲につゝこむ小舟哉
靜かさに地をすつてとぶ螢かな
淋しさにころげて見るや蝉の殼
さかしまに殘る力や蝉のから
晝の蚊やぐつとくひ入る一思ひ
時鳥御目はさめて候か
松の木にすうと入りけり閑子鳥
しん/\と泉わきけり閑子鳥
ちい/\と絶え入る聲や練雲雀
時鳥鳴くやどこぞに晝の月
時鳥不二の雪まだ六合目
時鳥上野を戻る※車の音
蝙蝠や又束髮のまぎれ行く

【義安寺】
山門に螢逃げこむしまり哉
杉谷や山三方にほとゝぎす
新場処や紙つきやめばなく水※

【聖徳太子碑】
いしぶみの跡に啼けり閑子鳥

【惠原】
宵月や蝙蝠つかむ豆狸
時鳥けふは聾の婆々一人
初松魚引さげて行く兎唇哉
なめくぢの梦見てぬぐや蛇の皮
島原や草の中なる時鳥
足六つ不足もなしに蝉の殼
此頃の牡丹の天や時鳥
此頃は居らなくなりぬ蝸牛
行列の空よこぎるや時鳥

【乞食】
ひだるさに寐られぬ夜半や鵑
燒けしぬるおのが思ひや灯取虫
見ン事に命すてけり初松魚
郭公太閤樣をぢらしけり
蝙蝠やぬす人屋敷塀もなし
頬杖の鐵扇いたし時鳥
幾人の命とりけんほとゝきす
飛び/\に闇を縫ひけり時鳥
あはれさやらんぷを辷る灯取虫
九段阪魂祭るころの時鳥
一聲や捨子の上の時鳥
子になつて浮巣は月に流れけり
宵闇や月を吐き出す蟇の口
鰹くふ人にもあらす松魚賣
螢から螢へ風のうつりけり
吹き亂す花の中より子規
茄子にも瓜にもつかず時鳥
花も月も見しらぬ蝉のかしましき
大釜の底をはひけり蝸牛
蝙蝠や闇を尋ねていそがしき
古壁の隅に動かずはらみ蜘
孑孑の藪蚊見送る別れ哉
時鳥右の耳より左より
挑灯の次第に遠し時鳥
蚊の聲は床のあやめに群れにけり
蠅逃げて馬より牛にうつりけり
大螢ふわ/\として風低し
行燈の丁子よあすは初松魚

夏 植物

【美人圖】
抱起す手に紫陽花のこほれけり

【悼亡】
葉櫻とよびかへられしさくら哉
燕や白壁見えて麥の秋
葉さくらや折殘されて一茂り
卯の花に雲のはなれし夜明哉
植木屋の門口狹き牡丹哉
淀川や一すぢ引て燕子花
金箱のうなりに開く牡丹哉
たそかれや御馬先の杜若
つる/\と水玉のぼる早苗哉
白牡丹ある夜の月に崩れけり
竹の子にかならずや根の一くねり
板繪馬のごふんはげたり夏木立
若竹や雀たわめてつくは山
けしの花餘り坊主になり易き
卯の花にかくるゝ庵の夜明哉
初瓜やまだこびりつく花の形

【青桐虚子同寫の寫眞に題す】
思ひよる姿やあやめかきつはた
麥わらの帽子に杉の落は哉
岩陰や水にかたよる椎のはな
咲てから又撫し子のやせにけり
おしあふて又卯の花の咲きこぼれ
鼓鳴る能樂堂の若葉かな

【送別】
手ばなせは又萍の流れけり

【ある人の山路にて強盜に逢ひたるに】
卯の花に白波さわぐ山路哉
なてし子のこげて其まゝ咲にけり
撫し子を横にくはへし野馬哉
なてしこの小石ましりに咲にけり
撫子を折る旅人もなかりけり
ひる※に雨のあとなき砂路哉
すてられて又さく花や杜若
藻を刈るや螢はひ出る舟の端 一作 藻を刈てはひでる舟の螢哉
[#「一作 藻を刈てはひでる舟の螢哉」は「藻を刈るや螢はひ出る舟の端」の下にポイントを下げて2行で]
紫陽花や花さき重り垂れ重り
押あけてあぢさいこぼす戸びら哉
あぢさいや一かたまりの露の音
※車道にそふて咲けりけしの花
石菖に雫の白し初月夜
晝※の物干竿を上りけり
萍の茨の枝にかゝりけり
萍に乘てながるゝ小海老哉
萍の心まかせに流れけり
      を如何
[#「を如何」は「に流」の左側に注記するような形で]
萍に思ふことなき早瀬かな
浮草を上へ/\と嵐哉
うき草の月とほりこす流哉
河骨にわりなき莖の太さ哉
玉卷の葛や裏葉のちなみもまだ
河骨の横にながれて咲にけり
白蓮の中に灯ともす青さ哉
紫陽花にあやしき蝶のはなだ哉
あぢさいや神の灯深き竹の奧
花の皆青梅になる若木かな
青梅の落て拾はぬあき家哉
筍やずんずとのびて藪の上
         重イ
筍はまだ根ばかりの太さかな
[#「重イ」は「太」の右側に注記するような形で]
竹の子や隣としらぬはえ處
のせて見て團扇に重しまくわ瓜
ほき/\と筍ならぶすごさ哉
うれしけに犬の走るや麥の秋
麥秋や庄屋の娵の日傘
麥の秋あから/\と日はくれぬ
紫蘇はかり薄紫のあき家哉
冷瓜浪のかしらにほかん/\
なでしこにざうとこけたり竹釣瓶
井戸端に妹が撫し子あれにけり
引はれば沈む蓮のうき葉かな
夏菊や旅人やせる木曾の宿 一作 夏菊や木曾の旅人やせにけり
[#「一作 夏菊や木曾の旅人やせにけり」は「夏菊や旅人やせる木曾の宿」の下にポイントを下げて2行で]

【關原】
誰が魂の梦をさくらん合歡の花
不破の關桑とる女こととはん 春季
苗の色美濃も尾張も一ツかな
清姫か涙の玉や蛇いちご
晝※の眞ツ晝中を開きけり
一本の葵や虻ののぼりおり
鎌倉は村とよばるゝ青葉かな
姫百合に※飯こぼす垣根かな

【賀山本氏卒業】
すゝしさイ
うるはしや竹の子竹になりおふせ
[#「すゝしさイ」は「うるはしや」の右側に注記するような形で]
痩馬もいさむ朝日の青葉かな
夕※に行脚の僧をとゞめけり

【偸盜戒】
瓜盜むこともわすれて涼みけり
夕立にふりまじりたる李かな
瓜一ツだけば鳴きやむ赤子かな
心見に雀とまれや今年竹
旱さへ瓜に痩せたるふりもなし
一ツ葉の水鉢かくす茂り哉
雲の峰の麓に一人牛房引
涼しさやくるり/\と冷し瓜
瓜持て片手にまねく子供哉
棉の花葵に似るも哀れなり

【岡山徳島等洪水】
泥水に夕※の花よごれけり
一つらに藤の實なびく嵐哉
古池や蓮より外に草もなし
入相にすぼまる寺のはちす哉

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