打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口

朴の咲く頃(ほおのさくころ)

作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-25 16:17:02 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语


「あれは日向さんの別荘とその隣りにあった矢っ張紅殻べにがら塗りの古い外人別荘の二軒並んでいたのを買いとって、それを一つ敷地にしてあんなものを建てたのです。ひと夏、そのあるじというのが、若いおめかけさんを連れて来ていましたが、その頃はまだ道ばたに立ち腐れになったまま、昔を知った人達になつかしがられていた例の水車を自分の家のなかへ移させたり、こちらの三枝さんの地所へまで目をつけて、それをしがって何度も周旋人を寄こしたりして、奥さんを大へんおおこらせになった事もありました。ところが、その翌年、その主人というのが急に死んでしまったのです。それからはときどきその若い息子むすこさん達がお見えになるっきりなのです。……」
「そうなのかい、どうりであの家はいつも厭にひっそりしていると思った。」私はそんな自分の虫の好かない住人達のことよりも、その人達のために取払われた水車の跡が、いまは南瓜の畑かなんかになって、其処にはただ三四尺の小さな流がもとのままに潺々せんせんたるせせらぎの音を立てているだけなのに自分勝手な思いをせていた。
「しかしその若い息子さん達には、こんな山の避暑地なぞ面白くもないと見えて、八月頃、いつも突然真夜中なんぞにお友達を大ぜい連れて自動車で乗りつけ、一週間ばかり騒いで暮らして、それからまたあらしのように帰って行っておしまいです。そうしてあとにはまだこの土地に馴染なじみのない他所者よそものの別荘番が残って、村人からも忘れられたように、ひっそりと暮らしているきりです。……」

        五

 その晩、私達は宿の二階の部屋に寝転ねころびながら、深沢さんが夕方描き上げて来た雑木林の絵を前にして、いろんなこの村の話をしあっていたが、きょう宿の主に聞いたじいやの話も出た。
「こういう山の村なんぞに流れ込んで来ている爺やなんというものは、それまでは何処どこで何を渡世にしていたのかも分からんやつが多いんだそうですよ」と私は言いえた。「その孤独になって死んだ爺やだって、それから此処ここんちのおとなしそうな爺やだって、この村へ渡って来るまでは何をしていたか誰も知らない。――そういう気心の知れないような他所者よそものが多いから、村の人達だってあまり附き合いたがらないし、自然何処の別荘番も冬なんぞになるとわれわれの考えもつかないような孤独な暮らしをしているらしいな。そういう奴がみんないまの話の爺やみたいに、何処の誰ということもなしに死んで行くんだと思うと、ちょっとたまらない気がしますね。……」
 蒙古もうこでいつ完成するともつかない仕事をしている同じ画家の夫を持って、長い孤独な生活をしている深沢さんは、私の話を聞きながら、何度となく大きな目をみひらいては、深くうなずいていた。
 夜はまだかなり寒かった。その晩はみんなで早くから床にはいることにした。
 深沢さんと妻とが床を並べて寝た隣りの部屋からはやがて二人の寝息らしいものが聞えて来たが、私ひとりだけはどうしてだかなかなか寝つかれなかった。
 言ってみれば、いまの自分と全くかかわりのないような人たちの運命の浮沈が、それが自分には何んのかかわりもないゆえに、かえって切ないほどはっきりと胸に浮んで来て、いかんともしがたかった。それにまた、爺やも水車も豆の花のたなも何もかも自分のよく知っていたものがこの村からもだんだん絶えてゆくような思いすら誘われて、私の心の動揺はいつまでもやみそうもなかった。
 遠くの谷で夜鷹よたかが不気味にギョギョギョといってき出した。これあまらないと思って一しょう懸命に目をつぶっているうち、私は突然、おととし結婚するとすぐまだ夏になるかならないうちにこの村へ越して来てしまって、きょうその前を通ってみた、水源地に近いあのもみの木かげの山小屋で二人きりで暮らし出していた時分、よく夜なかにその夜鷹の啼き声をきいては互に気味悪がっていたことなぞを思い出した。丁度、その小屋の裏がすぐ木立の深い谷になっていて、夜なかになると夜鷹がその谷から谷へと大きなを描きながら飛びめぐっているらしいのが、その不気味な啼き声のあるいは遠のいたり或は近づいて来たりする具合で手にとるように私達には分かった。けさ深沢さんと一緒にその山小屋を見てから更に奥の方へ下って行った谷がそれだ。その谷の奥で、いまもその夜鷹が啼き出しているらしかった。私はなかなか寝つかれないまま、けさ歩きまわっていたその谷じゅうに自分の持って行き場所のない想いをさまよわせていたが、そのうちにふいにそれが一つのものに落着いたように、その谷かげで見つけたほおの木の花が急に鮮かに浮んで来た。私はおもわず何かほっとしながら、その真白い、いいにおいのする花でもって自分のどうにもならない心をすっかり占めさせて行った。





底本:「幼年時代・晩夏」新潮文庫、新潮社
   1955(昭和30)年8月5日発行
   1970(昭和45)年1月30日16刷改版
   1987(昭和62)年9月15日38刷
初出:「文藝春秋」
   1941(昭和16)年1月号
初収単行本:「晩夏」甲鳥書林
   1941(昭和16)年9月20日
※初出情報は、「堀辰雄全集第2巻」筑摩書房、1977(昭和52)年8月30日、解題による。
入力:kompass
校正:染川隆俊
2004年1月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。




●表記について
  • このファイルは W3C 勧告 XHTML1.1 にそった形式で作成されています。
  • 傍点や圏点、傍線の付いた文字は、強調表示にしました。

上一页  [1] [2] [3]  尾页




打印本文 打印本文 关闭窗口 关闭窗口