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鳥料理(とりりょうり)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/10/25 16:02:35 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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私はあらためて店の中を見まわしてみる やっぱり誰もいない 空虚だ いかにも静かだ ひっそりしている それでいてつい今しがたまで客が何組かあったのだが それが皆立ち去ったすぐ跡だと云うような気がされる 店の空気がひどく疲れを帯びているのが感ぜられる 誰もいないのに人気が漂っている それが鬼気のようにぞっと感ぜられる 何かしら惨劇のあった跡の静けさはこんなものじゃないかしらと思えてくる もしかしたら今まで此処で客同志の間に殺人事件かなんかあって その跡始未のために皆ここの店のものまで残らず出かけて行っていて それでこんな そう思って店のなかを見廻すと、一向それらしい形跡はない 椅子やテエブルもちゃんとした位置にある 鉢植も倒れていない それでいてどう云うものかそれ あちこちへ投げ飛ばされたり、倒されたりしたのをいかにも 元のままに直して取り繕ったような不自然さがあるのだ ――そんなことを空想しながら、私はぼんやり 今にも燃えきって無くなりそうな灰皿の吸殻を見つめている それから発せられている ![]() 「おれは遅参者だ……一足遅れたばかりに、きっとおれを喜ばせたに相違ない、何かの惨事に立会い そこでもって私の夢のフィルムがぴんと切れてしまう…… それで私は読者諸君にも、ただこんな風に 「まだその 今起ったばかりの惨事の古代的な静けさ」を お目にかけるよりしかたがないのだ 2 鳥料理 こんなことを書いている分には、頭はすこしも疲れないが、ずんずんひとりで先きへ行ってしまう私の言葉に遅れまいとしてせっせとペンを動かしている私の手が痛くて閉口だ。 ![]() ![]() ![]() 私はこの夢のことを久しく忘れていたが、去年の冬、神戸へ行って Hotel Essoyan[#「Hotel Essoyan」は斜体]という その夢というのは、やはりそんなような怪しげなホテルが背景になっている。少女も出てくる。それはしかしもっと可愛らしい少女であった。……とある山の手の町で、私は一人の少女とすれちがいながら、なんだか私には分らない合図をされた。そんな気がした。そこで私はその少女のあとを追って行った。そうしてその少女が暗い裏通りの怪しげなホテルの中へ這入るのを突き止めた…… 私もちょっと それから少女の昇って行ったらしい もう古くなっている階段は一番人に歩かれた真ん中の所だけがすり切れていてとても歩き 私はそのためそれを昇りきるのにかなり その一つのドアが今ばたんと 人影が消えるのを私は確かに見たような気がした 私はそのドアの前へ立ってノックをした 返事がない 私はもう一度ノックをした ドアの向う側にやっと足音が近づいてきた そしてそれが一人の老婆の前に開かれた かの女は醜悪そのもののような 私は さっき階段を上るとき、なかば という小さな それを聞くと、老婆はしぶしぶながら私を部屋の中へ入れてくれた その部屋の中には古い穴だらけの 私はその前に坐りながら部屋の中を見廻した さっきの少女の姿は 「確かにこの部屋へ這入った 向うの低い 何やら この 何処かへあの可愛らしい少女を隠してしまやがった ことによるとあの少女を何かに変形させてしまったのかも知れないぞ としたら一体それはどれかしらん? と私はきょときょと部屋を見廻している その時老婆が鍋の中から何やらを皿に移して運んで来た 「ちぇっ、こんなものを食わせやあがるのか?」と 老婆はにやにや笑いながらソオスの それを私の皿にぶっかけるのだ 私はさっき知ったかぶりで 私は不承々々そいつを一口 そこでもう一口頬張ろうとした途端に ふと 一個の 今まで 八分目ほどの葡萄酒らしいものが這入っていてそれがひとりで無気味に揺れている 老婆はそれを気にするようにときどき変な目つきでそれを見ている 私はまだ何やら鍋の中を掻き廻している彼女に何気なさそうに言った 「婆さん、おれにその葡萄酒を一杯くれ」 すると老婆は しかし自分の いよいよもってこの壜が怪しいぞ! この壜がきっとあの少女なのかも知れん? あの少女がこの壜に這入っている? そこで私は魔女が向うむきになっている その壜をひったくる そうして急いでその部屋から逃げ出しかける 私に武者ぶり着く 私は魔女と格闘をする そして 踏んでも 私はとうとう奪い去るのは その壜の口を抜き、がぶがぶそれを立飲みし出す 私は見る見るそれを飲み干して行く それは何ともかんとも云えないほど好い味がする おお、私は無類の酒を飲んでいる! 一人の少女を飲んでいる! 若しも私があの夜ホテル・エソワイアンの廊下であの bizarre な少女に出会った時、この夢のなかの私の大胆さの半分でもあったら!……ああ、私は現実では何んと夢のなかでのように大胆にはなれないのだ。しかし私が我知らずそんなに大胆になれるような機会を与えてくれないのは、ひとつは現実にも責任はある。現実のトリックは夢のトリックよりもずっと 底本:「燃ゆる頬・聖家族」新潮文庫、新潮社 1947(昭和22)年11月30日発行 1970(昭和45)年3月30日26刷改版 1987(昭和62)年10月20日51刷 初出:「行動」 1934(昭和9)年1月号 初収単行本:「物語の女」山本書店 1934(昭和9)年11月20日 ※初出情報は、「堀辰雄全集第1巻」筑摩書房、1977(昭和52)年5月28日、解題による。 入力:kompass 校正:染川隆俊 2004年1月21日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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