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「リラ」の女達(「リラ」のおんなたち)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-23 13:25:52 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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1 もう、いゝかげん退屈しきつて、女達は雀をどりの唄をうたつてゐた。――その雀をどりの唄は、じいつと聞いてゐると、女達[#「女達」は底本では「達」]自身の心境を語つてゐるやうで、外の雪のけはいと一緒に、何か妙に譚めいて聞えた。 料理店リラの前の赤い自動電話の屋根の上には、もう松茸のやうに雪が深くかぶさつて淡い箱の中の光りは、一寸遠くから見ると古風な洋灯のやうにも見える。 まだ暮れたばかりなのに、綿雪が深々と降りこめて、夜更けのやうに静かだ。リラの鎧戸風な窓からは、さつきの雀をどりの唄が、まだしんみりと流れて聞えて来る。 洋灯のやうな自動電話の中には、紺の玉羅紗のオーヴァを着た中年の男が、時々疳性に耳を掻きながらさつきから、何か受話機に話しかけてゐた――時々チラチラとリラの入口を眺めながら、リラの様子を窺つてゐる風でもある。 息でくもつた電話室の外の街路は、頭を白く染めた電車や自動車が、ひつきりなしに走つて行く。「えゝツ? だから、一寸でいゝんだから出ていらつしやい、僕が行つても、いゝんだけれど、岡田なンかにみつかると厭だから‥‥判つたア?」電話の男がこんな風な事を云つて、ガチヤリと受話機をもとへもどした。偶と入口を向いたその男の顔には、美しい薄笑ひが残つてゐて、まるで少年のやうに血があがつてゐる。――男はポケットから煙草を取り出すと、ライタアで器用に火を点じた。その時、リラの緑硝子の扉が開くと羽織も着てゐない細々とした姿の女が、いまのいま雀の唄をやめて、仲間から離れて来たと云ふ風に、口のうちでありやせ、こりやせとつぶやきながら、それでも眼だけはおろおろとして出て来た。出て来ると、厚い雪の中を草履のまゝコトコトと二三軒もさきの街角の暗がりまで歩いて行く。 男は、街角に立つた女の後姿を眼にすると、煙草の火を何度も赤く呼吸させながら、電話室の重い扉を開けて、やつぱり女と一緒の方向に歩ゆんで行つた。 「寒かない?」 「いゝえ‥‥」 「直子さん、なかなか逃げ口上がうまくなつた」 「あらア、あんな厭味なこと‥‥」 「まア、何でもいゝさ、この儘どつかへ行つてしまひたいナ」 「えゝ‥‥」 「行つてもいゝ?」 「そんな無茶なことツ、駄目! 駄目ですわ、苦しむばかしですものウ‥‥」 小豆色の女の肩に、綿雪が柳の葉のやうに降りかゝつてゐる。男は帽子のまゝもう霜降りの姿で、焦々してゐるかのやうであつた。 「自動車が来てゐるンだけど‥‥」 「えゝ‥‥ぢやア、明日お供しますわ、今晩はもうお帰りンなつて、ねえ、でないと岡田さんもですけれど、お粒さんが大変なンですもの‥‥」 男はハンカチでパタパタと、女の肩の雪を払つてやりながら、いつとき女の眼を視てゐた。 「ぢやアさよなら‥‥」 「さう――さよなら、明日何時に自動車を向けたらいゝの?」 「お店の前ですと、あのウ困りますから、どつか遠くで待つてゝ下さるといゝンですけれど‥‥」 「ぢやア、新橋の駅。僕ンとこの自動車知つてるでせう?」 「えゝ――では夕方四時ごろ‥‥」 女は、急にコンコンと小さいセキをしながら、袂を口にあてた。 「風邪をひくンぢやない、ぢやア、明日きつと‥‥」 女は丁寧に腰を屈めると、小走りにもと来たリラの前へ走つて行つて、子供つぽく、男の方を振り返つて優さしくニツと笑つた。 2 銀座料理店リラの内部、また雀をどりの唄が、あつちこつちの女の唇にばらばらと残りながら、海の底のやうに静もり返つてゐた。椅子に腰をかけてゐるのは、五人の女ばかりで、客は一人もゐなかつた。ひつそり閑として、戸外の雪の気はいが、此の小さい料理店リラの中にまで、泌み透つて来てるかのやうで、女達は、いまさらふつと唄を止めてしまふのも淋し気に、冷々とした顔をしてゐた。たゞこの店で一番古いお粒だけが、南洋産のシダのやうな鉢植の蔭でウイスキーを引つかけながら、苛々と怒鳴つてゐる。 「かう甘く見えたつて、七転び以上なンだよ、一転びの苦労もなめた事がないくせに、一かどの苦労をしよつた気の女が多いンだから、全く呆れけえるだわ、ねえ、勘ちやんさうは思はないかい?」 顔の長いバアテンダーは、桃色の紙風船をふくらましながら、 「冗談云つちやアいけないよ、七転びどころか、今の世の中ア、百転びの方が多いンだぜ」 「馬鹿、何によう云つてるンだい、フゝゝお神さん転ばして風船吹いてゐなよだ」 お粒は興ざめた顔で鉢植の蔭から出て来ると、寝呆けたやうな女達の椅子の中へはひつて行つた。 女達は、お粒の変にからんだ高話をきいてゐたが、恰度、直子がふつさりとした髪の毛に綿雪をつけたまゝ這入つて来たので、そのまゝまた雀をどりの唄をつゞけるのであつた。 「お楽しみ!」 「‥‥‥‥」 「お直さんは外まで商売繁昌で、中々おうらやましい事ですよ」 お粒の尖つた物の云ひぶりだ。直子は沈黙つたまゝ壁鏡に向かひ、ハンカチで頭髪の綿雪を拭きながら、背を射てゐるお粒の眼を痛く心に感じた。 「お直さん! さつきは牧さんからのお電話でせう?」 「‥‥‥‥」 「オヤ! まア、何時お直さんは唖ンなつちやつたの?」 「それとも、私なンかには今後ものを云はないカクゴでゞもおいでなンでございますか?」 かうなると、女達も雀の唄どころではない、酔ひが程よくまはつて来たお粒を囲んで、てんでに、「まアいゝぢやないの」と止めるばかりであつた。止められれば止められるで、お粒はいつそう腹が立つて腹が立つて直子から一言でも何かいはせなければとあせつて来るのである。 「酔つぱらひの女だと思つて馬鹿にしてるの? いくらでも踏んづけて馬鹿にされませうえゝツ!」 「‥‥‥‥」 「まア、さア、粒子さん何云つてンのよオ、こんなに雪が降つて、みんなくさつてンのにさア‥‥」 「勝手にくさつてればいゝぢやないか‥‥ええツ、だいたい私を酔つぱらひだなんぞと、高をくゝつたその済ました顔が口惜しいのよ馬鹿にしてる」 「御免なさアい、そんなンぢやないのよ――さあ、レコードでもかけて賑やかにならない?」 天井には造花の蔓薔薇が、黄色いランタアンを囲んでビイドロのやうに紅く咲いてゐる。 直子は、何時か眼頭が熱くなつてゐた。 「雪のせゐよ、こんなに客もなくなつて、皆苛々してンのは‥‥」 片隅で、背丈の小さい百合子と、唇に黒子のあるせん子が、ひそひそとさゝやいてゐる。お粒は、皮張椅子に埋もれながら、もう沈黙りきつてゐる直子にはみきりをつけたのか、袂で顔をおほうて雀の唄を、間のびた声でうたひ出した。 3 「まア、随分ひどい雪だ」 唄をうたふ事も辛気くさくなつてか、せん子は扉を押して街路を見てゐる。――百合子は薬指の根元にメンソレを塗りながら指輪の固いのを抜いてゐた。 「どうしたのさア‥‥そんなことして‥‥」 百合子と仲のいゝサトミが、同じく椅子に身を寄せて、ものうげに百合子の子供のやうな手を見てゐる。 「一寸、ビックリしたつて字はどう書いたらいゝの?」 とんきやうもない大きな声で、今まで部屋の隅で手紙か何かを書いてゐた操が、百合子達の方に向つて声をかける。すると袂で顔をおほうて雀の唄をうたつてゐたお粒が、偶と立ち上つて、部屋の中を見まはした。 「ねえ、ビックリつて字知つてるウ?」 「ビックリつて、キツキヤウと書くンでせう。随分変な字きくのねえ?」 サトミが、小さい伝標に吃驚と書いて持つて行つてやつた。――部屋の中は、温いには温かつたが、妙に白けきつて、女達は、たゞ心の向くまゝに影のやうにふはふはと動いてゐた。その影のやうな女達は、このやうな静けさをめつたに持つた事がないので、かへつて誰でもいい早くはひつてくれた方が助かると云つた風な、そんな気持ちで、各々所在なげである。――その所在なげなところへ、会社員風な男達が三人、扉を押して、雪まぶれになつてはひつて来た。部屋の内部が急に活気づいて、女達は助はれたやうに、男の傍へ泳いでいつた。 「随分不景気なンだね‥‥」 「冗談いつちやアいけませんわ、これからよウ」 操が手紙をほうりつぱなしで、三人の男達のオーヴァをぬがせた。お粒は男の中の一人と見知り越しなのか、急にハスッパになつて、その男の肩に凭れ、何か耳打ちをしてゐる。 「オイ、一人だけもてるンぢや帰つてしまふぞオ」 男達は熱いタオルで顔を拭きながら、怒鳴つた。 「冗談いつちやアいけないわ、この間、中村さんに麻雀負けちやつたから、その負けたンで飲まれちやたまンないからさ、御ユウヨを願つてたところなのよオ、馬鹿々々しい。チェツだ」 「ホヽウ、それは耳よりな話だねえ、オイ少し位チヨウクワしてもえゝぞ、えゝぞ」 女達はキャツキャツと笑つた。 レコード、「ワン、キッス」のジャズがまはつてゐる。やうやく部屋の中が少しあかるくなつて来た――温く、あかるくはなつて来たが、さき程の、誰か早く這入つて来てくれゝばいゝといつた気持ちも、かうして三人の男達が這入つて来れば来たで、泳いで集つたのは一寸の間であつた。また、糸が切れたやうに、操やお粒をのぞいての女達は、バラツと四隅の椅子へ散つてしまふ。 「それで指輪返へしちやふの?」 「勿論よ、こンなものさへやれば、魂まで自由になるつて思つてる男が憎らしいのよ。昔は牛屋の女中だつて、札束を頬つぺたへ投げ返へす心意気があつたつていふぢやないのウ‥‥随分真実つくしてたの、馬鹿らしい話だわねえ」 百合子は紅くなつた薬指の指輪の跡をいたはりながら、オパルの石を、キリキリと壁でこすつてゐた。 「だつて、恋人同志の間つて、随分喰ひ違ひが多いつていふぢやアない?」 「厭だア、喰ひ違ひなンかと違ふわよ、相手はサッパリと結婚式を挙げちやつたンですものウ、私、よつぽど、その結婚式の晩を、めつちやくちやにしてやりたかつたのだけど、丁度旅費もなかつたし、あんまりキリキリしてたンで、病気になつちやつたのよウ、その気持つてなかつたわ――」 「さうでせうね、――だけど、指輪返へしたつて、何にもなりやアしない? そのひと、きつと、貴女の思ひ出に泣くことがあつてよ。そんな指輪なンか返へす位だつたら、一度出向いて行つた方がサバ/\しやしないかしら?――いつそのこと、そンな指輪なンか綺麗サッパリと売り払つちまつて、遊んでしまつた方が楽かも知れないことよ‥‥」 サトミは、さう云ひながらも、自分の事を考へてゐた。考へてどうにもならないことであつたが、結局は、「時の流れて行くのを見てゐるより仕方がない」と云ふ事に落ちてしまふのである。 「さうね、この指輪売つて、私、景気のいゝところへ旅行して来てもいゝわ、サトミさんも一緒に来てよウ」 「ホ‥‥‥‥そして一晩中、旅の宿屋で泣かれるンぢや、お供しない方がいゝわ」 「馬鹿ね、痛いこと云ふ奴があるか……」 二人は少女のやうにクス/\と笑ひあつた。――レコードが同じ唄を何度もうたつてゐる。 雲の飛ぶよな
今宵のあなた みれんげもない 別れよう‥‥ 直子の好きな唄だ。男達のボックスから、お粒の疳高い声で、
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