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谷間からの手紙(たにまからのてがみ)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006-10-23 13:04:50 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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かづ子より 百合江さま第四信 口髭のこと、いまごろ勇兄さんから、何と愛すべき髭のかづ子よつて来ました。だから私お返事をあげたのです。 口髭のある私に、思ひをかけてくれた兵隊さんの顔が忘れられませんつて。その兵隊さんは、一寸勇兄さんに似てゐましたの、でも勇兄さんのやうにニヒリストぢやなささうです。 昨夜、娘さんは川下の曼陀羅寺へお嫁入りして行きました。麩のやうなかまぼこや、きんとん、鮭の焼いたの、こんなものがお夕食につきました。お嫁さんは紅い風呂敷包を腰にくくつて、お嫁入り先まで歩いて行くのです。荷物は家の馬に乗せて、お婆さんも時代色のついた古風な紋付を着て、荷物と一緒に馬に乗つて、まるで昔の道中です。提灯が見えなくなるまで、皆で軒下に立つてゐました。 「いやもう、娘といふものは産むでないよ」 娘のお母さんはさう言つて、涙をホロホロこぼしてゐました。 先生は離れに大の字に寝転んで、しきりに弟息子の名を呼んでゐました。 「何だね、先生?」 「姉ちやはもう見えねえか?」 「うん、もう行つたでなア」 私は妙に悲しい気持でした。先生の心が判るやうで‥‥とてもお通夜のやうに淋しい晩でした。 野風呂にはひつてゐると、酔つぱらひの村長さんが大きい声を張りあげて、 「かんなめさんや、娘さ芽出度かつたなア、うちも末娘が此間のこと、嫁入つたが、親といふものはたいていな骨折りぢや」 お父つあんは沈黙つて煙管を叩いてゐます。 「まア、はひつて一杯召し上るベア」 お母さんが酒でも燗徳利に入れてゐるのでせう。ドクドク音がしています[#「しています」は底本では「してします」]。 いつたい、こんな貧しい村はどうなつて行くのでせうか? 写真二枚入れておきます。 すつかり山の中の女になつてゐるでせう。この写真については面白い話があります。村長さんの家の、長男氏が焼いてくれたのですが、これは×大学生で、実に厭な部類の男です。二枚写真を焼いてもらつた為に、毎日夜になると私の部屋の前で口笛を吹きます。この谷間の村では、男が女を呼ぶのに口笛でもつて合図をするのでせうか、あんまりやかましいので、「もう沢山ですよツ!」つて呶鳴つてやるんです。 だつてその口笛が、守るも攻めるもくろがねの‥‥つて云ふのや、俺とお前はかれ芒きの唄なんです。ね、厭になつてしまひますわ。折角の美しい谷間の風景も、このダブダブな神経を持つた青年がこはしてゆきます。 お臍までとゞくやうなカレツヂ・ネクタイをして、角帽なんぞ被つた姿で、村の娘を釣るといふのですから、大したものです。 まるで、美文書簡集を、まる写しにしたやうな手紙をもらひました。 こンな人を見ると、やつぱり都会は田舎の人にはいゝ土地ではないと思ひます。土をみつめて、朝から晩まで平凡に暮してゐるお百姓を見ると、私は心から頭がさがります。 秋の展覧会も間近ですが、勇兄さんのお仕事はどうですか。今年はモデルをおつかひになりまして? 此間勇兄さんが、絵の具代が残つたからつて、私にお小遣ひ[#「お小遣ひ」は底本では「お小遺ひ」]を少し送つて下さいました。お礼言つておいて下さい。私は何でも言へる貴女を持つてゐることを、とてもうれしく思ひます。体はやつぱり安静にしてゐた方がいゝやうです。踊つて帰つて来ましたら、少し頭がグラグラしました。 夕方、桃の葉を入れた野風呂にはひり、早くから床へもぐりこみました。 離れの先生は夜中詩吟ばかりしてゐます。辛いのかもしれません。そのうち――。 かづ子 百合江さま みもとへ底本:「林芙美子全集 第十五巻」文泉堂出版 1977(昭和52)年4月20日発行 初出:「令女界」 1931(昭和6年)10月号 ※疑問点の確認にあたっては、「青春」実業之日本社、1940(昭和15)年4月3日9版発行を参照しました。 入力:林 幸雄 校正:花田泰治郎 2005年6月27日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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