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平馬と鶯(へいまとうぐいす)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/10/23 9:39:27 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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下妻の方々へ申す。
平馬をはじめ結城藩の若侍一同、 「どこからこの手紙が舞い込んだ?」 「はい。どこからともなく一羽の鶯が、この私のうぐいすを慕って飛んでまいりまして、あの、その鶯の脚にこの御手紙が巻きつけてあったのでございます」 「ふうむ。そうか――鶯の便とはちかごろもって風流な話だな」 と、言ったかと思うと鏡之介、そのまま手紙を握りしめてどんどん奥へはいって行った。頭のなかで今夜結城の会合に対する素晴しい計画を思いめぐらしながら。 矢筈の森 宵のうちにちょっと顔を見せた月は、間もなく霧に呑まれて、森の 「今年こそは平馬どのが出られるからと思って、我々も安心しているが、ところがここに聞きずてならないのは、下妻のやつらは戦わぬ前に、とても勝算のないのを知って、なんとかして平馬どのを出場不能におとしいれようとして、つけ狙っておると申すではないか。なんと こう言って一人が分別顔に一同の顔を見廻すと、それに応じてまた他の者が口を出す。 「さればさ。その憂慮に堪えんからこそ、今宵御一同にお集りを願って、あらためて平馬どのに特別に自重用心なさるようお願いしたわけだが――」 「ところが平馬どのがわれわれの注意を鼻であしらって、いっこう意にとめて下さらんのは、いささか心外」 「と、申したところで平馬どのぐらいの腕があれば、それくらいの自信はけっして無理ではない。なんら無謀ではないのだ」 「と、いって、敵は朝夕つけ狙っているし、平馬どのは平気だし、これは困ったことができたなあ――」 こう言ってみんなが考えこむと、すぐに平馬の声があとを引き取って、 「各々方の忠言、まことにありがたい。ありがたくはござるが、この平馬、下妻のやつらなど少しも恐れてはおりませぬ。先方が仕合前に、そんな小策を弄して拙者の出場を邪魔だてしようというのなら、拙者にも考えがござる!」 「考えとは、どういう考えです?」 「ほかでもござらぬ。そんなにやつらが、拙者を狙っているなら、今宵これから拙者が単身下妻の城下へ乗り込んで、大通りにふんぞりかえって、眠って見せてやろうと考える。朝になればどうせ拙者を見つけて、大さわぎをするであろうが、そこで拙者が、眼を擦りこすりむっくり起き上って、下妻城下のやつらを 平馬のこの 「一人で行くのか」 「もちろん一人で行く」 「しかし、それも面白いが、この霧をはらしてからにしたまえ。この深夜の霧の中を敵地へ踏み込むのは、みすみす敵の術中に陥るようなものだ」 と、みんなが口を揃えて思い止まらせようとしたが、平馬はいっかな聞かなかった。 「なに、これから行って一泡吹かせてやるのが面白いのだ」 こう言って頑張りとおしたすえ、とうとう平馬が一人でこの霧の深夜に月見橋を渡って下妻の里へ乗り込んで行くことになった。 ここまで聞くと木の影の鏡之介、今夜こそ好機、途中待ち伏せして、大勢でひどい目に合わしてやろう。ことによったら斬り殺してもかまわぬと思いながら、急いで立ち上って森を出ると、 あとには、森の奥の結城組一同、平馬を中心に小さな輪に集って、額を突き合わして何事か真剣に談合している。 霧が濃くなったとみえて一同の肩が重く湿る。近くの木で、ホウ、ホウと二声、 濃霧の夜 「それではそこらまで送って進ぜよう」 いつの間に帰ったものか、集っていた人数の大部分がいなくなって、森に残っていたのは、平馬を取り巻く三人の友達だけだった。それが、月見橋の やがて来かかったのが月見橋 霧の奥に川の水音が寒々しく流れて、 と、橋の袂にぽつりと一つ提灯の灯が見えて、何やら黒い人影が――。 近づいて見ると、橋に丸太を打ちつけて、それに紙が貼ってある。 橋の中央破損につき通行禁止の事 平馬が提灯をつきつけると、こう読めた。提灯を持って番人が立っている。 「どうしたのだ? 橋の真中がこわれたとあるが――」 平馬たちが番人を返りみると、番人の男は続けさまにおじぎをしながら、 「へい。どうしたものか真中から少し下妻の方へ寄ったところが落ちまして、通れないほどではございませんが、なにぶんこの霧で危のうございますから、いっそ通行を禁じた方がよかろうということになりましたので、へい」 「いつから禁止になったのだ?」 「いえ、つい今しがたでございます。いま手前が来て通行止の丸太を打ちましたところで」 平馬はそれを聞き流したまま平気で丸太を乗り越えたかと思うと、そのまま橋の上の霧に消えて行った。番人も仕方がないから、ぶつぶつ言いながら、後に残った三人の友達と話していた。 月見橋。 名は美しいが、今夜は月どころか、ひどい霧である。まるで雨が降っているように、 と! 橋の中央にさしかかった時だった。ゆくてに赤っぽい提灯の光が見え出すが早いか、ばたばたと大勢の足音がとんで来て、突如、霧の中から躍り出た二十人余の人数が、橋上に平馬を取り囲んだ。 「 先に立った一人が言った――千草の兄鏡之介である。 「平馬、俺がさっき貴様らの会合に忍んで、貴様の来るのを知って、ここに待ち伏せしていたのだ。奉納仕合の前に真剣勝負だ。来いっ!」 叫ぶと見るや、鏡之介、真庭念流の覚えの腕に、氷刀一時に閃めいて、さっと平馬の退路に立つ。同時に、下妻方の人数一同、きらり、きらりと抜きつれて迫った。 霧に煙る剣陣。 だが、少しも驚かない平馬。ぱっと羽織を脱ぎ捨てるが早いか、とっさに豪刀の 「さあ、みんな出て来い! 俺はこの鏡之介を相手にするから、各々方はこやつらを斬り散らして下されい」 すると、この声に応じて、橋の下の横柱から無数の黒装束が蟻の群のように、橋の上へ這い上った。十人。十五人。二十人。三十人――結城の伏勢である。 ここで霧の中の月見橋の上に、一大争闘の場面が現出したが、結果は分明だった。多勢に無勢をもって、平馬一人を取っちめようとした鏡之介ほか下妻の一同も、二十人に対する三十人以上では、同じく多勢に無勢で、かえって 平馬は、斬ろうと思えばいくらでも鏡之介を斬り捨てることができたけれど、あの優しい千草の兄と思えば、平馬にはそれはできなかった。 わざと下妻の者をおびき寄せて森の奥の密談を聞かせ、それから橋の下に伏兵を忍ばせておいて、平馬ひとりが橋を渡るという――これはすべて平馬の計画で、手紙を齎した鸞は、平馬の愛している飼鳥であった。こうして敵をおびき出して逆にその裏をかいたのである。もとより橋の壊れたというのも敵の計で、乱闘中に結城方からの邪魔を入れないためにほかならなかったが、その番人も平馬の友達三人のためにすぐに押えられていた。 その夜明け、傷ついた鏡之介が、平馬の肩に そのお礼として千草は平馬に、いつかの鶯を呈したので、豪雄平馬、二羽の鶯を大事に飼うことになった。 この鶯の啼き交わす 平馬はもとから自分の飼っていた鶯を結城と呼び、千草鏡之介、兄妹から贈られた鶯を下妻と名づけて、毎年、筑波神社祭礼の奉納仕合の庭には必ずこの二羽の鶯を同じ籠に入れて、提げて行ったとのことである。 筑波おろしの春風のなかに、ホウホケキョと鶯が啼くとき、若侍は公正な微笑を交わして勇ましく立ち合うのだった――。 底本:「一人三人全集 ![]() 1970(昭和45)年1月15日初版発行 入力:大野晋 校正:松永正敏 2005年5月7日作成 2005年10月22日修正 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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