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うた時計(うたどけい)
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作者:未知 文章来源:青空文库 点击数 更新时间:2006/10/21 9:12:14 文章录入:贯通日本语 责任编辑:贯通日本语 |
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「ひィよめ、 少年のうたうのを聞いて、男の人がいった。ひよめ、 だんご、やァるに くウぐウれッ」 「いまでもその歌をうたうのかい?」 「うん、おじさんも知っているの?」 「おじさんも子どものじぶん、そういって、ひよめにからかったものさ」 「おじさんも小さいとき、よくこの道をかよったの?」 「うん、町の中学校へかよったもんさ」 「おじさん、また帰ってくる?」 「うん……どうかわからん」 道がふたつにわかれているところにきた。 「坊はどっちィいくんだ」 「こっち」 「そうか、じゃ、さいなら」 「さいなら」 少年はひとりになると、じぶんのポケットに手をつっこんで、ぴょこんぴょこんはねながらいった。 「坊ゥ……ちょっと待てよォ」 遠くから男の人がよんだ。少年はけろんと立ちどまって、そっちを見たが、男の人がしきりに手をふっているので、またもどっていった。 「ちょっとな、坊」 男の人は、少年がそばにくると、すこしきまりのわるいような顔をしていった。 「じつはな、坊、おじさんはゆうべ、その薬屋のうちでとめてもらったのさ。ところがけさ出るとき、あわてたもんだから、まちがえて、薬屋の時計を持ってきてしまったんだ」 「…………」 「坊、すまんけど、この時計とそれから、こいつも(と、がいとうの内かくしから、小さい 「うん」 少年はうた時計と懐中時計を、両手にうけとった。 「じゃ、薬屋のおじさんによろしくいってくれよ。さいなら」 「さいなら」 「坊、なんて名だったっけ」 「 「うん、それだ、坊はその清廉……なんだっけな」 「潔白だよ」 「うん潔白、それでなくちゃいかんぞ。そういうりっぱな正直なおとなになれよ。じゃ、ほんとにさいなら」 「さいなら」 少年は、両手に時計を持ったまま、男の人を見送っていた。男の人はだんだん小さくなり、やがて まもなく少年のうしろから自転車が一台、追っかけてきた。 「あッ、薬屋のおじさん」 「おう、 えりまきであごをうずめた、年よりのおじさんは、自転車からおりた。そしてしばらくのあいだ、せきのためものがいえなかった。そのせきは、冬の夜、 「廉坊、おまえは村から、ここまできたのか」 「うん」 「そいじゃ、いましがた、村からだれか男の人が出てくるのと、いっしょにならなかったか」 「いっしょだったよ」 「あッ、そ、その時計、おまえはどうして……」 老人は、少年が手に持っているうた時計と懐中時計に目をとめていった。 「その人がね、おじさんの家でまちがえて持ってきたから、返してくれっていったんだよ」 「返してくれろって?」 「うん」 「そうか、あのばかめが」 「あれ、だれなの、おじさん」 「あれか」 そういって老人は、また長くせきいった。 「あれは、うちの 「えッほんと?」 「きのう、十なん年ぶりで、うちへもどってきたんだ。ながいあいだ悪いことばかりしてきたけれど、こんどこそ改心して、まじめに町の工場ではたらくことにしたから、といってきたんで、ひと晩とめてやったのさ。そしたら、けさ、わしが知らんでいるまに、もう悪い手くせを出して、このふたつの時計をくすねて出かけやがった。あのごくどうめが」 「おじさん、そいでもね、まちがえて持ってきたんだってよ。ほんとにとっていくつもりじゃなかったんだよ。ぼくにね、人間は 「そうかい。……そんなことをいっていったか」 少年は老人の手にふたつの時計をわたした。うけとるとき、老人の手はふるえて、うた時計のねじにふれた。すると時計は、また美しくうたいだした。 老人と少年と、立てられた自転車が、広い 少年は老人から目をそらして、さっき男の人がかくれていった、遠くの、稲積の方をながめていた。 野のはてに、白い雲がひとつういていた。 底本:「牛をつないだ椿の木」角川文庫、角川書店 1968(昭和43)年2月20日初版発行 1974(昭和49)年1月30日12版発行 入力:もりみつじゅんじ 校正:門田裕志、小林繁雄 2005年6月5日作成 青空文庫作成ファイル: このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。 ●表記について
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